表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テネブリスアニマ ~終焉の世界と精霊の魔城~  作者: 朝寝東風
第三章 ティファーニア炎上
153/185

アサンの領地拡張ⅠⅠ

「貴公が帝国の使者か?」


 アサンの執務室に案内された帝国の使者は正解を引いたと確信した。テネブリスアニマの魔城に行かず、直接この砦に来る事は非常に大きなリスクだった。道中の山越えはいかに帝国軍人でも軽く熟せる旅では無かった。しかし彼が得た情報を総合した結果、山越えをすれば必ずアサンが対応すると出た。リスクとリターンを天秤に掛け、十二分に採算が取れる計算になった。


 全ては彼の情報ソースが確度の高い情報を流したためだ。無事に帰還出来れば、彼女にはお礼の美男美女の生け贄を進呈する必要があるだろう。アサンの居場所と性格は幼い美男美女20人をマハイに捧げて得た。密談のセッティングまで任せた場合、生け贄100人を所望されたので断るしか無かった。少々口が軽すぎるマハイでも仁の事は一言も語らなかったため、帝国ではアサンこそが王だと確信を深めた。傲慢でもマハイは仁の情報を流していればアサンに八つ裂きにされると理解出来るだけの分別はあった。


「ザンボルド帝国情報部のカーチスであります! お目に掛かれて光栄の極みであります!」


 様になる敬礼をしながらカーチスは名乗りを上げた。ニコロを諭した貧者の道代表その人だ。カーチスにとってはニコロは捨て駒の一つでしか無かった。ニコロが無事に帰還出来たと知り、テネブリスアニマとは裏取引できる相手だと情報を得た。ならば次は本命であるカーチスが真の裏取引を結ぶだけだ。


「我が夜を統べる王アサンだ」


 アサンは一回頷いて名乗りを返す。「テネブリスアニマ王」と名乗らないのは彼なりの忠誠心の証だ。必要とあらば名乗るし、他者が勘違いしても訂正する事は無い。カーチスは帝国軍人らしくテネブリスアニマは部族制でテネブリスアニマ王と言う役職が内部には存在しないと考えた。


「帝国は陛下とティファーニアを二分したいと考えいます」


「それは奇な事だ。貧者の道は両国を天秤に掛けたふりをして、帝国に総取りさせる予定では無いのか?」


 テネブリスアニマの情報網は有能だ。帝国情報部に比べると格落ちは否めないが、カーチスが貧者の道に所属していて、表向きはティファーニア独立のために動いてる事は突き止めた。帝国と太いパイプを持っていると当たりを付けていたが、本人が帝国情報部に所属しているまでは調べられなかった。


「敵を欺くには味方からと言いしょう?」


 カーチスは涼しい顔で答える。しかし内心では冷や汗をかいた。テネブリスアニマを侮った積もりは無いし、手強さは情報より三割増しで想定して来た。しかしアサンはその上を軽く飛び越えた。


「なるほど」


 アサンはあえて「その場合の敵は誰か?」とは問わなかった。


「帝国としてはゼフィリア、ボーレニア、イスフェリア、エウリアの四州を渡す用意があります」


 ボーレニア州とイスフェリア州はテネブリスアニマが現在侵攻している州だ。ここを譲るのは帝国に取っては痛くない。ゼフィリア州はエボルグラス王国が狙っている州で、両国が戦端を開く可能性がある。帝国はテネブリスアニマとエボルグラス王国が戦争状態になるのが望ましい。最後のエウリア州はレジスタンス運動の本拠地であり、帝国はテネブリスアニマにレジスタンスを滅ぼし欲しい。


「滓領地ばかりでは無いか?」


「農地としては有用です」


 大型パワーノードがある西セントリーア州が候補に入っていないためにアサンは興味を示さなかった。帝国は十全に使いこなせないとはいえ、大型パワーノードをテネブリスアニマに渡す気は無かった。


「これではとても頷けん」


「それは困りました」


 カーチスは全然困っていない風に言う。初期交渉が難航するのは想定の内。交渉を持てた事が重要だ。それに何も堅牢なアサンを真正面から攻めるだけが外交では無い。事前に得た情報とマハイからの情報でアサンは今回の戦争に積極的では無いと分かっていた。なら積極的な三人に働きかけるのも手だ。それが無理ならカールストン家を持ち出すか、ここのエルフを有効活用すれば良い。


「着いたばかりで追い出すのも気が引ける。魔城に比べると質素だけ数日は残留するが良かろう」


「ありがたき幸せ」


 アサンの発言にカーチスは大仰な礼で答えた。アサンの趣味に合致するだろうと考えての事だ。その夜は疲れているだろうと言う事で部屋に案内された。


「やれやれ、王族用の客室か?」


 カーチスは一人になったのを見計らって言った。砦と言う事で部屋は狭く使用人部屋は併設されていなかった。しかし調度品はどれも一級品だった。カーチスが一度だけ見た事がある皇太子殿下の避暑地にある自室に勝るとも劣らぬ品々だった。罠と盗聴の可否を調べてからカーチスは椅子に座った。


「チャンスは一回か」


 情報部の人間として、敵地で考えを筆記するのは危険と教えられてきた。カーチスはこの状況を頭の中だけで整理し、一回でアサンを説得出来る案を提示しないといけなかった。アサンは複数回のプレゼンに付き合ってはくれないだろうし、それなら説得しやすい他に労力を割いた方が良いと判断した。


 帝国情報部は三体のヴァンパイアに接触を計っていた。スーキンには取り付く島が無く、放った捨て駒は全て殺された。そのためスーキンについての情報は無く、残り二人から得た話を元に想定するしか無かった。コットスは一番簡単に接触できたが、口が堅く機密情報を得る事は出来なかった。マハイは生け贄と引き換えに口が非常に軽くなったが、生け贄以外で攻略出来る手が発見出来なかった。


「領地……これが正解か?」


 カーチスは独りごちた。三体のヴァンパイアの情報を総合すると「領地」が鍵に思えた。三人はアサンの腹心で軍を任せられるほど信頼されている事に誇りを持っていた。しかしカーチスはアサンと話した印象から、アサンは彼らをそれほど重用していないと見抜いた。彼らはアサンが重用しないといけない身分を望んでいる節があった。


 ならばコットスがイスフェリア州とマハイがエウリア州の領主になる様に働きかけるのが手っ取り早い。二人が領主になれば、スーキンも対抗意識からボーレニア州の領主になるのを望むとカーチスは知っていた。同期の二人に距離を開けられるのはヴァンパイアの種族本能が我慢できない。


「ゼフィリアは無しの方向で」


 テネブリスアニマとエボルグラス王国をぶつける作戦は早々と見抜かれた。これに固執してはテネブリスアニマとザンボルド帝国の戦争に発展するかもしれない。それに王国がゼフィリア州を手に入れたら、テネブリスアニマのボーレニア州と隣接する。新しい謀略の手はそこから伸ばすだけだ。


「後は手土産でもあれば!」


 アサン個人に効く何かがあれば話を纏められる。アサンは現場の独断を黙認するだけで良い。テネブリスアニマも領地が増える。アサンが黙認出来る段取りさえあれば、テネブリスアニマはこの密約に同意する。カーチスはこれまでの情報から勝率を8割超とした。帝国の手札からカーチスが使えるカードは何か。カールストン家の令嬢なら切り札になりそうだが、カーチスの一存で使えるカードでは無かった。


「押して駄目なら引っ張るか」


 カーチスはとんでもない計画を思いついた。アサンをザンボルド帝国に招待する。アサンが文字通り不在なら現場が独断で行動しても仕方が無い。アサンが帝国までカールストン家の令嬢を迎えに来ると言うシナリオならカーチスでも令嬢のカードを使える。カーチスはアサンも「カールストン家との約定」が嘘だと露見して欲しく無いと想定した。おそらく上手く行くだろうと重い、カーチスは目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一日一回投票可能です
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ