ニコロの頼みIV
絢爛豪華な玉座の間の中でも一際豪華な玉座に座るアサンがニコロ一行を見下ろしていた。ケーレスがまるで宰相の様にアサンのすぐ横に立っていた。ニコロ一行の左右にはテネブリスアニマの者がアサンの臣下の如く立ち並んでいた。コレンティーナとリンダは欠席し、玉座の間から行ける小部屋で待機していた。二人はニコロと面識があるため、ここに居ると知られるのが不味いと考えた。
「ニコロよ、面を上げるが良い」
取るに足らない挨拶と貢ぎ物を受け取ってアサンは早速本題に入った。
「ははっ」
アサンの前に跪いていたニコロが顔を上げた。ニコロがアサンの事を良く知っていれば違和感を感じただろう。本来のアサンならもっと劇場型で大仰な対応をしていた。いつもは力を入れている光と音楽による寸劇どころかオーケストラによる演奏も無かった。ニコロ一行が入場した時にドラムを叩かせた程度だ。
アサンは玉座に座る事に抵抗は無かった。しかし仁を差し置いて王として振る舞う事は望まなかった。ニコロが来ると知れた際に一番揉めたのがアサンの表向きの身分だ。リンダは「国家のトップである王が対応しないといけない」と人類の常識を語った。コレンティーナも集めた情報からこれに賛成した。ケーレスは特に興味を示さなかった。そしてアサンが王になることを強く望んだのがエルフ達だ。
王候補は三人。仁、アサン、影武者。仁は不在で更に弱い。アサンが仁の絶対の忠臣であろうとも、仁を表向きの王として世に出す事はテネブリスアニマの不利益にしかならない。影武者に関しては「後で面倒になる」と言う事で却下された。消去法でアサンが王と振る舞う事になった。
アイアン・サーガ・オンラインならこれで問題は無かった。プレイヤーがキングの駒を使わずとも駒の上位に常に位置していた。テネブリスアニマがこの世界に来た直後なら問題は無かった。何かあれば腕力で問題を解決すれば良かった。しかしアサンが独自の臣下を得た今、アサンは彼らの期待に応えなければいけなかった。アサンの忠誠心と臣下の希望が正面から衝突した。今回は玉虫色の回答で場を濁したが、潜在的な火種が着火されてしまった。
「して何用だ?」
興味なさげに振る舞うアサン。
「今日はティファーニア農業国の外交官として来ました」
「ティファーニア? 貴様はミゼラリス商業連合国の者では無かったか?」
アサンはニコロの所属が変わったことに多少興味を抱いた。
「母方がティファーニア人でして、その縁でティファーニアの外交を任されました」
「縁故か」
アサンは取り敢えず納得したが様々な疑問が心中で湧き起こった。国をコロコロ変えるニコロを信用できるのか。そしてそんなニコロを重用しないといけないティファーニア農業国は大丈夫なのか。そもそもティファーニア農業国は滅んだはず。
「一時主権を奪われた国なればこそ、血の縁が大事なのです」
「滅んでいないと?」
「はい。ミゼラリス商業連合国は一時的に支配に成功しましたが、維持には失敗しました」
「続けよ」
「イスフェリアの戦いの後、ミゼラリス商業連合国はこの地を捨てました」
「西の混乱は聞いているが……」
ティファーニアの西側で帝国軍と王国軍が軍事行動をしているのはアサンも知っていた。帝国軍についてはアマンディーヌが薬にも毒にもならない程度の情報を手紙で知らせている。踏み込んだ事を書けないのは帝国軍の監視が優れているからだ。ティファーニア中央でも新たな王が誕生したと聞いたが、国交が無いため無視した。
それでもミゼラリス商業連合国がティファーニア農業国を捨てたと言う情報は入っていなかった。軍事的に見て事実上の失陥なのは理解していたが、相手がそれを認めるかは別問題だ。
「この期にティファーニア農業国は主権を回復し独立国として復活します」
「力尽くか」
「はい」
ニコロが断言する。テネブリスアニマは軍事力を持って躍進した国だ。力を示せば取り付く島があると考えた。テネブリスアニマはニコロが考えるより単純な国だ。そういう意味では多少読み違えたと言える。
「我が力尽くで支配する可能性が高いと思わないか?」
「そのために私が外交の使者として来ました」
「ほう、テネブリスアニマの進軍を止められる策があると?」
アサンは笑みを浮かべた。ニコロの都合を考えずに軍を進ませるのが正解だ。ティファーニアの残存兵力が結集してもテネブリスアニマ軍なら鎧袖一触だ。ニコロとてその程度は理解している。それを知った上で共闘を持ちかけて来たのなら、期待できるかもしれない。失うものがない分、ニコロの話に耳を傾けた。
「テネブリスアニマがティファーニア農業国の主権回復に力を貸して頂けるのでしたら、食料の融通、軍の通行権、そしてティファーニアが掴んでいる二カ国の絶対防衛線についての情報を提供します」
ティファーニア農業国は大陸の食料庫だ。食料の融通は痛くない。しかしアンデッドの兵力が多いテネブリスアニマに取って食料はそれほど重要なリソースでは無い。通行権があればテネブリスアニマ軍は西に動きやすい。しかしそれを与えて独立国と言えるかは不明だ。絶対防衛線の情報は有益だがテネブリスアニマがそこまで進む前に状況が変わる。情報的価値は高いが軍に取っては無用の長物だ。
「それでは我を説得出来ぬ」
アサンはにべもなくニコロの申し出を断る。周りの臣下も頷く者が多い。別室のコレンティーナとリンダも「当然ね」と言う顔だ。リンダに至っては「それでも商人か!」と怒鳴って玉座の間に突貫しそうな所をコレンティーナに押さえつけられた。
「そんな!」
流石のニコロも焦る。これはニコロが独力で提示できるほぼ最高の条件。テネブリスアニマを味方に引き込むために越権行為に手を染める事は出来るが、情報不足のために何処をどう攻めれば良いのか見当がつかない。
「せっかくの使者を手ぶらで帰すのは良く無かろう。今宵は晩餐を楽しみ、明日にでもまた話すとしよう」
アサンはそれで会話を打ち切った。ニコロはまだチャンスがあるだけ恩情と感じ、素早く退室した。相手が商人なら利を説いて粘る所だが、相手が国王では使い辛い手だ。
「ハンス、どうしたら良いんだ!?」
イレーネがニコロ一行が滞在する部屋に案内した後、ニコロは半狂乱になってハンスに当たっていた。難易度は高いと知っていたが、ここに来るまでに難易度が想定以上に高くなった。その上でアサンの興味を引けなかった。失敗してもティファーニア農業国は独立出来るかもしれない。しかしそれで独立したティファーニア農業国にはニコロの居場所が無い。
「俺に聞くなよ」
ハンスはハンスで添え付けの高そうな酒を飲んでいた。なおイレーネの差し金だ。ハンスは商売の行方に興味が無かったし、誰の差し金だろうと旨い酒なら飲んだ。
「も、もう駄目だぁぁぁ」
ベッドに蹲るニコロ。
「ボス、晩餐会で情報を集めれば良いじゃないか?」
ハンスはそれっぽい事を言ってニコロを慰めようとした。
「晩餐会? そうだそこでイレーネに聞けば!」
「あれはそんな口の軽い女じゃないと思うぜ」
「貴様に何が分かる! ええい、こうしてはおれん。残った貢ぎ物から何か選ばないと……」
「ボス、落ち着け。彼女の持ち物に見合う貢ぎ物なんて無いと言ったのはボスだろう?」
「はっ、そうだった!」
再度項垂れるニコロ。外交でも女でも結果を残せない事を知って更に凹んだ。そんなニコロを見て、ハンスは自分が腹を括ればニコロを助けられると思った。ただそれはイレーネの露骨な誘いに乗る事を意味していた。
「罠と知りつつ飛び込むべきか」
ハンスはニコロに聞こえない様に呟いた。既にショックで茫然自失のニコロでは聞こえてもただの雑音としか理解出来なかった。ニコロは残った酒を飲み干し、ボトルをテーブルに置いた。
「晩餐までには戻る」
そう言ってハンスは部屋の外に出た。そして彼は翌朝まで戻ることは無かった。




