新たなる大戦略II
「この地のパワーノードの事は知っているな?」
アサン達が頷く。テネブリスアニマの強さの秘密はパワーノードと密接に関わっている。そのためにティファーニアにある大型パワーノードの奪取は死活問題だ。敵国との国境沿いにテネブリスアニマの魔城が移動してきたのも、ここに中型パワーノードがあったから。仁は叶うならもっと安全な後方に本拠地を置きたかった。
「確か今は四つだったかしら?」
「中型一つに小型三つだ」
それとゲーム時代には無かった極小型パワーノードを1ダースほど支配している。ティファーニアを全支配出来ればこれに大型1、中型3、小型多数が追加される。ここまで支配出来ればアサン達の個人戦闘能力に頼らずとも他国と互角に渡り合える。
そこまで行けばアイアン・サーガ・オンラインならほぼ世界征服が確定する。防衛を一般戦力に任せ、アサンを敵の本拠地に特攻させる。敵国は壊滅するが、モンスター側でゲームをクリアするのに敵国の状況を気にする必要は無い。人間側で遊ぶ場合は占領政策もセットで考えないとティファーニアの二の舞になって詰む。
「その小型パワーノードをそれぞれに任せる」
「なんと!」
「任されるのは良いのですけど、何をしましょう?」
驚くアサンとは逆で統治に興味が無いコレンティーナは困惑の色を隠さない。ケーレスは何を考えているのか分からない。
「領土が大きくなる前の予行練習だ」
フェリヌーンは領土面積だけ見たら大国だ。しかし住民の数は一万人も居ない僻地。これから征服するティファーニアの領土面積はフェリヌーンより広く、なおかつ住民の数は少なく見積もっても数百万人。
仁が代官娼婦を派遣しても統治は行き届かない。そもそも代官娼婦の数が足りない。それ故にアサン達に委任統治させるしか無い。幸いにも三人にはそれぞれ一定数の配下がおり、適正を持つ者を探したり育てるだけだ。
「なるほどのう」
ケーレスが状況を理解して相槌をする。
「アサンはエルフの小型パワーノード、ケーレスはイーストエンドの小型パワーノード、コレンティーナは最初の小型パワーノードをそれぞれ担当してくれ」
この配分は三人の現状を踏まえてのものだ。アサンはエルフの世界樹を焼き、現在はエルフの支配者とし振る舞っている。エルフの基本スペックは高い。自然崇拝さえ卒業出来ればテネブリスアニマの中級文官の地位を独占出来るだろう。アサン本来の配下であるグールはレッサーヴァンパイアにランクアップするまで書類仕事は任せられない。育てば頼れるが、育つまで時間が掛かる。
コレンティーナはずっと代官娼婦を育てており、下級文官は彼女の配下が独占している。インプは戦闘能力が低いためか、ランクアップが速い。インキュバスかサキュバスになったら文官一本にすれば戦闘能力の低さも問題にはならない。仁がコレンティーナをもっとも信頼している事もあり、特別な価値がない本貫地を任せるに足る存在だ。コレンティーナとしては「妻として当然」との思いが強いのだろうが、二人は未だ結婚はしていない。
ケーレスはイーストエンドの町を勝手に実験場として活用している。彼の場合は他の所をアンデッド製造工場に変えられては困ると言う事情の方が強い。配下は基本的に思考能力が無いに等しいアンデッドばかりのため、大規模な領土の統治は無理だろう。それでも好きに出来る実験場の一つでも渡さないと見限られると仁が心配した。
「王命、しかと承りました」
アサンが芝居の掛かった大仰な振る舞いで頭を下げる。
「担当するパワーノード近くの村はどうしましょうかしら?」
「必要に応じて分割せよ」
コレンティーナの問いに仁が答える。
「それならイーストエンドの東にある二つの村は継続して差配するわ」
「エルフの森と南西にある廃村二つを貰おう」
コレンティーナとアサンがパワーノード近くの村を指定する。アサンが廃村を欲したことは仁にとっては意外だった。
「立て直すのか?」
「エルフの森を切り開くよりは農業しやすいかろう。それにあの廃村からは帝国に抜けるルートがある。そこを潰す意味でも再建は急務と見た」
アサンが理由を説明する。もっともらしい説明だが帝国と秘密の交渉ルートをアサンが手に入れた瞬間だった。アサンを信頼していた仁はその可能性に思い至らなかった。
「となるとエストヴェルの村は……不要か」
「うむ、エルフと要らぬ軋轢を生むだろうからな」
廃村から最も近い人間の村の人口は五千人を越える。一年前までは人口600人の寒村だったのに、イーストエンドの町とイスフェリアの町が壊滅した余波で最後の村に全てのしわ寄せが行ってしまった。
「ならエストヴェルの村は俺が直接見る。頼んだぞコレンティーナ」
「任されたわ」
直轄にしながら統治を丸投げする仁。これまでもコレンティーナの代官娼婦が差配していたので、それの追認と言う形になった。今更違う代官を派遣しても混乱が酷くなって最悪は次の冬を越せない事態に陥るかもしれない。
「儂は村など要らぬが、入り江への道にある二つの廃村を貰おうかのう」
「欲しいなら構わないぞ」
ケーレスがそれを欲しがる理由が分からなかったが、仁は二つ返事で了承した。人間が多い村を欲しがられては断るのに苦労する。ケーレスの本命が不可視の塔であろうと仁は間違って考えた。
ケーレスは分割の事を聞くと同時に入り江に港町を作る計画を思いついた。それはあの小うるさい女を黙らす最高の方法だと思ったからに他ならない。あれは商人の娘と言っていた。ならば港町を与えて海運業を仕切らせればそっちに集中するだろう。そうすればケーレスが望む静寂が再度訪れる。知の探求者たるケーレスは何故かあの女を殺す事を考えつかなかった。その理由を考えていればまた違った行動に出たかもしれない。
その後、仁達は細々とした事務の話をして解散した。アサンとケーレスは早速為すべきを開始した。そして玉座の間には仁とコレンティーナだけが残された。コレンティーナが仁の護衛役なのもあるが、今回は少々用向きが変わっていた。
「陛下、本当に進化の間を使うのですか? 私は反対です!」
「大丈夫だ」
「しかし!」
「コレンティーナの心配も分かる。あれには何か絡繰りがある」
「そうです! それに私が陛下を常にお守りしますから!」
「そう言って貰えると嬉しいが、これ以上弱いままで居ると統制が取れなくなる」
仁が進化の間を使うのは力を得るため。それだけならコレンティーナが仁の力として側に居れば良い。リスクのある進化の間を使う必要は無い。仁はマカンデーヤの変質をその目で見るまでその考えでいた。アサンとケーレス、そして他の配下のモンスターは進化の間を使って更なる強さを求める。今は良くてもいずれ弱い仁に従うのを良しとしなくなる。超攻撃型文明テネブリスアニマの王が弱者で居られる訳がない。
「それでしたら……」
テネブリスアニマを捨てれば良い、とは流石のコレンティーナも言えなかった。恋のライバルであるノワールを置いて出て行くのに抵抗は無かった。しかし仁はテネブリスアニマを作るのに心血を注いで来た。仁がそれを「たかが」神々の奸計程度で捨てる事は無いとも知っていた。
「辛い思いをさせて済まない。だがコレンティーナが魔城に居る限り、俺の帰る場所はここだ」
「陛下!」
コレンティーナは堪らず仁の胸の中にダイブした。仁はコレンティーナが泣き止むまで髪を摩っていた。
「落ち着いたか?」
「申し訳ありませんわ」
「気にするな」
仁は必死に平静を装ったが、コレンティーナのスイカ並みの胸を押し当てられた感触からは逃れられなかった。コレンティーナが見守る中、多少前屈みになりながら進化の間に入っていった。




