新たなる大戦略I
テネブリスアニマが人類合同軍を倒して早半年。世界は大きく動き出した。その動きにテネブリスアニマは望まずに巻き込まれた。そんな中、仁は次なる大戦略の種まきを開始した。主導したくは無い。しかし主導権を失えば滅亡する。仁に取っては望まない領土拡大の始まりだった。仁は拡大が予定の範囲内に収まれば良いと思いながらも、それが儚い夢だと言う事を一番良く知っていた。
「全員揃ったな」
玉座の仁が確認する様に言う。目の前にはもっとも信頼する三人が立っていた。半年前は四人だったが、それを言っても始まらない。
仁の正面に立つはキングの駒、アサン。ロード・オブ・エターナル・ダークネスの称号を持つエルダーヴァンパイアキングであり、対外的にはテネブリスアニマの王と思われている。フェリヌーン隷国の征服、人類との不戦条約、そして世界樹の焼き討ちなど華々しい活躍を続けている。
アサンの右に立つのはクイーンの駒、コレンティーナ。メイデン・オブ・ドリーミング・テンペストのアークサキュバスクイーン。神すらも欺くコレンティーナの幻影魔法が無ければテネブリスアニマの伸張は無かった。目立った活躍は無いが、敵地での情報収集と人類から物資の大量購入でテネブリスアニマの裏方と屋台骨を支えている。
アサンの左に立つはビショップの駒、ケーレス。ビショップ・オブ・インフィニット・トームの称号を持つエルダーリッチフィロソファー。知識の探求のためなら平気でテネブリスアニマを裏切る危険なビブリオマニアだが、テネブリスアニマに所属するより効率的な蒐集方法は未だ発見されていない。
「陛下、ついに動かれるのですか」
アサンのバリトンが玉座の間に良く通る。二人の声を聞いただけでは、やはりアサンが王に聞こえる。それでもアサンは仁の命令なら従う。従った結果が仁の想像の斜め上を行くのもいつもの事だ。
「次なる標的はティファーニア農業国。正確にはその首都にある大型パワーノードだ」
宣言はしたものの、これは既に四人で合意した事。後は仁が王として正式に命令を出すのを待つのみだった。半年の間に大凡の準備は終わり、後は吉日を選ぶだけだった。この日が選ばれたのはたまたまこの日が満月の夜になるから。特に大きな意味は無い。
「となると儂らもやっと全盛期の力を取り戻せますのう」
仁の目的を聞いてケーレスが骨だけになった顎を指でなぞる。アサンはその発言に頷くも、コレンティーナは複雑な表情をする。
仁がこの世界に転生した時、仁が購入していた課金アイテムのおかげでアイアン・サーガ・オンラインのPCだったアサン達も同じく転移して来た。その際に全員のレベルがリセットされた。しかし課金アイテムの効果でアサン達の種族は最上位のままだった。最上位種族は初期ステータスとレベルアップ時のステータス上昇が高いため、今のアサン達は既にレベル99の頃よりもステータスが高い。
それでもケーレスが力に拘るのは半年前の出来事のためだ。かつてナイトの駒だったマカンデーヤは「大天使の羽」を使いゲームには無かった天翔鬼にランクアップした。その力はかつてレベル99だった頃のマカンデーヤを軽く凌駕していた。あの時マカンデーヤが仁と敵対していれば、どうなっていたか。敵対の可能性を予見した仁がアサンを玉座の間で待機させて居なければ、仁達は全員死んでいた。玉座の間に居れば数値上は無敵と言うキングの駒の特殊能力に頼った綱渡りだったが、軍配は仁に上がった。
「それと同時に俺とコレンティーナのランクアップを平行して進める」
「……はい」
コレンティーナは心配そうに答える。仁はこれまでランクアップと呼ばれるレベル上限解放を渋っていた。その理由をコレンティーナだけは聞かされていた。上限解放時に神々の介入があるのでは、と仁は疑っていた。そしてそれを裏付けるかの様にマカンデーヤはテネブリスアニマを去った。しかしアサンとケーレスには目に見える変化が無い。そのため、コレンティーナの上限解放は安全だろうと仁は考えた。
仁は自分の上限解放はそう上手く行かないだろうと考えていた。仁の種族はブロークンと言うゲームには無かった特殊なもので有り、そのステータスは最弱のゴブリンにすら劣る。そして最初からある「鳳凰の卵殻」と言う仁専用のランクアップアイテム。使用すればアサンとも互角に戦える様になる。これを使って神々の下僕になれと言わんばかりの怪しいアイテムだった。
神々の下僕になるだけなら仁は力の誘惑に負けたかもしれない。ランクアップ後の種族が炎の精霊王なのが致命的だった。精霊王はアイアン・サーガ・オンラインのボス専用種族であり、その属性は天翔鬼と同じ光。光属性の天敵であるアサン、コレンティーナ、そしてケーレスとはその場で雌雄を決する事になったかもしれない。仁は自分が最弱であり続けようとも、仲間を裏切る真似をする気は無かった。
「俺のランクアップに時間が掛かるかもしれない。その間に事を進めておけ」
大戦略はティファーニア農業国にある大型パワーノードの奪取。仁は仔細を語らず三人に手段は任せた。何をしても最終的には戦いになる。そうなればアサンを突撃させるだけで終わる。
「不戦条約の残りは四年と少し。二年を目処に進めるのが良かろう」
アサンが方針を伝える。誰しも五年の不戦条約が最後まで守られるとは思っていなかった。三年持てば良い、遅くても四年目には攻めてくる。それがテネブリスアニマと人類の共通した考えだ。
「サキュバス達の話だと帝国も狙っているらしいわ。王国はどうも目を北の方に向けているわ」
コレンティーナが西に放ったサキュバス達のスパイからの情報を明かす。大抵は娼婦として町に紛れ込んだが、中には商人の娘に扮したり貴族令嬢の真似をする者も居た。軍や行政に直接関わろうとすれば正体が露見したかもしれないが、社会の底辺に位置する限り誰も目くじらを立てないために紛れ込みやすい。
「こうも情報が筒抜けでは帝国もやりづらいだろう」
仁は素直な感想を述べる。人類は決して情報を軽視している訳では無い。実際コレンティーナが自信を持って派遣したアマンディーヌは身動き取れない状態になっている。全ては場所が悪い故に情報がただ漏れになっている。
「逃げてきた人間とそれを隠れ蓑にする人為らざる者達に取っては暮らしやすい国なのでしょう」
国だったのは50年前まで。今はミゼラリス商業連合国に征服併合された一地方。しかしその統治は失敗に終わった。行政が麻痺しているのを良いことにどの国にも属さない巨大な裏社会が形成されていた。そこに様々な人が流れ込み、ティファーニアにある町という町は混沌の坩堝と化していた。
腐敗して機能不全に陥った行政、統制を外れ略奪を繰り返す傭兵軍、国内の正常化が権力消失に繋がる裏社会。これに独立を望むレジスタンス運動まで加わり、もはや誰が誰の味方かすら不明だ。
「人を隠すなら町か」
仁は呟く。テネブリスアニマが支配したフェリヌーン隷国はこの手の人間をティファーニアから追い出すために30年前に作られた。しかし開拓失敗により隠れていたい人間は寄りつかず、来てしまった人間は必要以上に目立ってしまった。
「フォフォフォ、何が隠れているのか楽しみですのう」
ケーレスが邪悪な笑みを浮かべながら言う。混乱していればしているほど、実験素材に困らないとケーレスは考えた。この半年でフェリヌーンで得た素材は粗方使い果たし途方に暮れていたのでまさしく渡りに船だった。
「なれば早速……」
「しばし待て、アサン」
「何か?」
「最後に一つ三人に任せたい事がある」
仁はティファーニア攻略と平行して行うもう一つの計画を明かした。




