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エルフの集落

 エルフの集落に着いたその夜。


「コレンティーナ、陛下はお疲れの様だが?」


「無理してエルフの集落を見たいと言うものだから」


「完全に安全と言うわけではないのだぞ」


「だから今日は早めに寝てもらったのです」


 寝ずの番で仁を守るアサンとコレンティーナが密談をする。エルフは世界樹を焼いたテネブリスアニマを恨んでいた。圧倒的な戦力差があるアサンに弓引く事は無いが、最弱の仁相手なら間違いを犯す可能性はある。


 二人にとって幸いな事に仁にもその自覚があった。だから仁の方からエルフの誘いに乗って死地に入る事は無い。そんな中で仁がエルフの集落に来た理由は世界樹の跡地で発見された物を確認するためだ。そしてもう一つ、コレンティーナにもまだ話していない事を調べる目的があった。


「我の信頼する手勢にそれと無く警護を命じてある」


「私の子達もちゃんと情報収集と問題を起こしそうなエルフを骨抜きにしています」


「となると、残るは突発的な凶行か」


「そこは私たち二人が対応するしか無いでしょう」


 突発的な凶行なら計画的に二人を仁から引き離して、その隙に仁を殺す方法は取れない。近寄ってナイフで一刺しか、遠距離から矢で狙撃するか。同時に来ても二人なら対応出来る。


 次の日。


「へえ、ここに世界樹が立っていたのか」


 仁はかつてあった世界樹の根元まで来た。既に全て撤去してあり、誰かに言われなければただの火事後にしか見えない。


「地中に残った根を引き釣り出した時には大層驚かされたものだ」


 側に控えているアサンがその時の光景を仁に伝える。いつも通り身振り手振りを交えて大げさに語る。真実を知らぬ吟遊詩人が聞いたら、英雄が激しい戦いの末ドラゴンを倒した物語と誤解する。仁が見た限り、近くで聞いているエルフ達は楽しそうだ。それならアサンを止める理由もないのでしばらく彼の話に耳を傾けた。


「そして出てきた物が小型パワーノードか」


 アサンの話が一段落したのを見て、仁が物語の帰結を先取りする。


「陛下、ここからが良い所だったんだが?」


「すまん、すまん。詳しい事は今度聞かせてくれ」


「仕方があるまい。魔城大劇場で独演会と行こう」


 その時の勇姿を思い浮かべて、アサンの顔に自然と笑みが浮かぶ。


「お手柔らかに頼む」


 アサンの独演会となれば何日続くのか想像も付かない。魔城大劇場はテネブリスアニマをランク5にした際に、アサンの強い希望で追加した数万人収容可能な劇場だ。魔法とゴーレムで再現されたステージ上の仕掛け類、更には照明と音響システム完備の近代施設だ。不可視の塔に赴く前にケーレスが「解析せねばのう」とか言って一月ほどそこに籠もっていた程だ。


「アサン、陛下は忙しい身ですから。陛下、ご依頼の人材を発見しました」


「そうか! なら会いに行くとする」


 コレンティーナが助け船を出す。そして仁がエルフで会いたい人材を確保した事を伝え、場所を移させる。仁が求める人材は一定数いたが、その中で仁と話しても良いと言ったのは一人だけだった。


 仁達は区画整理された住居を越え、更には新しく作られた畑類を越え、エルフの集落の外れにまで来た。アサンが攻め滅ぼす前まではエルフは農業をせず、住居も木々の間に乱雑に建っていた。


「メインストリートがあると移動が楽だ」


「道路があって初めて国と言えよう」


 道路による流通速度の加速は国家に様々な恩恵をもたらす。去年までは孤立した辺境だったエルフの集落も、来年にはテネブリスアニマの国土一号線に道路が繋がる。国土一号線は最初の小型パワーノードからイスフェリアの町跡まで東西に延びる大道路であり、この道路近くに住んでいる人間に取ってはなくてはならないライフラインとなっている。


『そうなると次は外との商売だ。そこは何故かアサン達の考えから不自然に抜けているんだよな』


 仁は歩きながら一人で考えた。アイアン・サーガ・オンラインでは商業活動こそが本体と言える文明があった。逆にテネブリスアニマには商業系ツリーが存在しなかった。「金を払うくらいなら武力で奪え」を地で行く蛮族経済の体現者だ。


 生産物が国内流通するだけで完結するなら問題はない。しかし仁が国策とした穀物輸出による外貨獲得戦略が事態をややこしくした。輸出先が無いと、テネブリスアニマの魔城に集まる穀物の9割が腐る。歌って踊るアンデッド小麦など喜ぶのはケーレスくらいだろう。


「こちらです、陛下」


 コレンティーナは崩れかけのボロ屋の前で止まった。ボロく見えるが、実際はエルフの一般的な建築物とそう大差ない。


「陛下、この様な貧相な家にお越しいただき、申し訳ありません」


 エルフの老人はそう言ってアサンに頭を下げる。


「待てい! 陛下と呼ぶべきは……」


「良いのだ、アサン」


「しかし!」


 アサンの猛抗議を仁が止めた。アサンに取っては仁こそが唯一無二の陛下であり、臣下の礼を取らないこのエルフはとても許せるものでは無かった。


「俺は魔城の王ではあるが、エルフの王では無い」


 仁はきっぱりと言う。エルフの王を主張する事は簡単だ。アサンを使って力尽くでそれをエルフに認めさせるのもたやすい。しかし、エルフは忠誠を誓わないだろう。面従腹背で耳障りの良い事を言って、裏で仁とアサンの対立を煽るだろう。


 仁はそんな面倒な事に関わる気は無かった。それなら全部アサンに丸投げしてしまえば良い。エルフが誰を王と仰ごうが、テネブリスアニマの支配は揺らがないのだから。


 しばらく微妙な沈黙が続いた。そして最初に口を開いたのは仁だった。


「俺はジーンと言う。先ほど聞いたと思うが、魔城の王をやっている。今日は少し過去の事を聞きたくて訪ねたのだが、良いだろうか?」


「アルダスだ」


 エルフの古老はぶっきらぼうに名前だけ言う。暴発しそうなアサンをコレンティーナが必死に抑える。アサンを怒らせるのがアルダスの狙いなのは明白。仁が居なければそれに乗せられて、さらにその後に起こるだろう問題を力尽くで解決すれば良かった。


「過去の記録とかを見たいのだが?」


「記録は無い」


「そうか」


「……だが記憶は有る」


 一見素っ頓狂な会話だが、仁はこうなると想定していた。エルフには文字があるし大陸で人間が使う文字にも詳しい。しかし文字を外で見る事は無い。世界樹跡に看板一つ無いので確信した。エルフは文字で何かを伝えたり残したりする文化を持たないのだと。


「アルダスが死んだらそれは失われる。惜しくは無いのか?」


「私の死で消えるならその程度のもの。悠久の時の前では皆塵芥よ」


「そういうものか」


「それに知っている事は既に娘に伝えた」


 仁は黙って頷く。「だからここで刺し違えても俺を殺すつもりか」とは流石に聞けなかった。聞いたら返答が来る前にアサンがアルダスを殺してしまう。そうなれば仁が欲する記憶を手に入れる難易度がさらに上がる。


「1000年前に何か大事件が起こらなかったか? そしてそれはエルフと関係しているのでは?」


 仁は何処から話を始めて良いか分からなかった。リッチと不可視の塔の時代が同じなので、エルフもそれに巻き込まれたのではと考えた。


「……あの時代を覚えている者はもういない」


「それは変な話だな」


 仁は純粋な好奇心から発言した。この古老は1000歳と言わずとも、それ相応に生きている。彼の祖父辺りは1000年前のエルフだ。それなら何か話を聞いているはず。何らかの理由で知識が断絶したか、話せない理由が有るのか。


「500年ほど前の事だ。一人の人間が歴史を書き残すと言って、エルフの都にやってきた」


 アルダスが語り出す。エルフの都はかつてザンボルド帝国にあった。そしてエルフもまた大陸中に都市を造り文明的な生活を送っていた。歴史に詳しかったエルフはその人間に過去の出来事を多く語った。


「ならその本を手に入れたら分かるのか」


「残っていればな」


「焚書でもされたか?」


「エルフの全てと一緒に」


 アルダスは語る。大神殿はその本を悪魔の書として糾弾。そしてその知識を披露したエルフこそ悪魔の走狗。大陸中の人類がエルフを殺すために立ち上がった。私財を捨て身軽になった少数のエルフは東に逃げた。そして先住エルフが居たこの地で静かに暮らす事を選んだ。


「歴史を残さない裏にそんな過去があったのか」


 黙って聞いていた仁がそう呟いた。その歴史書には余程都合の悪い事が書いてあったのか、エルフ財産を接収するための方便か仁には判断が付かなかった。


「それ以降は私の様な老い先短い者が記憶を担当している。余り役には立たなかっただろう?」


 もはや話すことは無いと言う体を取るアルダス。アサンの我慢も限界に近い。仁は話を切り上げて、退散すべく立ち上がった。


「そんな事は無い。感謝する、これで調べるべき事の指標が出来た」


 素直に感謝の言葉を述べる仁に驚くアルダス。エルフの穴だらけの知識では、これ以上の情報を手に入れる術が消失していた。仁に取ってはパズルの大枠が出来、紛失しているピースの大凡の在処も分かった。コレンティーナをお遣いに出せば程なく完成する。


 去り際、仁はふとアルダスに問うた。


「良かったのか?」


「今しばらくは新しい事を覚えるのも悪くは無い」


 仁は自分が殺されなかった理由を知り、頷いてボロ屋を出た。困惑して遠くから見ているエルフ達を無視して仁は帰路に付いた。

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