戦士の仁
仁はテネブリスアニマの玉座に座っていた。ケーレスは不可視の塔、アサンはエルフの集落に出向いているために不在だ。近くに居るコレンティーナは配下のサキュバス達に忙しく命令している。雑務を任せていたゴブリンが全員マカンデーヤについて行ったため、その業務代行にもサキュバスにランクアップする前のインプ達が必要だった。
行政面が完全にストップしていたテネブリスアニマもやっと業務正常化のめどがたった。それと同時に人類の方で何やら激しい動きがあるとの第一報が入ってきた。諜報担当のコレンティーナは詳細を集めようとしたが、未だ結果は出ていない。これは不自然なまでにテネブリスアニマが人類の狙いに入っていないため、用意していた各種網が空振りに終わった結果だ。
忙しなく動くコレンティーナを横目に、仁はテネブリスアニマの現状を確認していた。マカンデーヤのためにランク4に上げて魔石のストックが枯渇した。そのすぐ後にアサンとケーレスの要望でランク5にまで上げた。そのためランク4で増やせる施設を後回しにせざるを得ない状況だった。
アサンとケーレスはマカンデーヤに対抗するために中型パワーノードの限界であるランク6まで最速で進む必要があると説いた。仁はマカンデーヤがすぐに敵対するとは思っていなかったが、ランクアップには賛成だった。そしてマカンデーヤといずれ雌雄を決する日が来る事も認めたくは無かったが認識はしていた。
幸い、魔石集めとアサン達のレベルアップは急に現れた高ランクモンスターのおかげで順調にこなせた。ケーレスは地震が地中にあるレイラインに影響を及ぼしてパワーノードから想定以上のモンスターが生まれたと推測していた。アイアン・サーガ・オンラインではそんなイベントは無かったので仁は適当に相槌を打っておいた。
アサンとケーレスはランク5になれたが、ランク5の成長限界に到達するにはまだ時間が掛かりそうだ。仁のために一定数を残したが、近隣の高ランクモンスターの大半を狩り尽くしたためだ。それでもテネブリスアニマをランク6まで上げるのは最優先課題として全員が取り組んだ。
ケーレスが不可視の塔に行ったのも、あの塔になら高ランクモンスターが居るのではと推測したから。残念ながらその試みは外れた。それでもちょくちょく魔石を狩り続けたおかげで塔に関係なく必要数が集まった。
『魔城をランク6にアップだ』
仁は手元のコンソールを操作しながらランプアック処理をした。ランク4以降のランクアップでは大きな変化は無い。そこはポイントを消費して様々な機能を追加させたいからだろう。
『いつもの倉庫拡張以外で増えたものは濃縮の石碑、ショップ、高ランク召喚、そして携帯ノードの4つか』
ショップは特殊エリアにワープしてゲーム内通貨でレアアイテムとイベントアイテムの購入が出来る場所だ。現金で購入が出来る課金ショップとの差別化を図るためか、品揃えは序盤から中盤のものだけだ。それでも序盤のイベントアイテムをロストしたり、構成上倒しづらいサブクエストのボスをスキップするのに役立った。
高ランク召喚は名前の通り、ランク4からのモンスターを召喚出来るようになる。コスト面では割に合わないが、即戦力が必要な場合は重宝する。コレンティーナの系譜ならウィッチやディーバなどの高威力魔法モンスターを呼び出せる。しかし低ランク止まりで文官をしているモンスターといらぬ軋轢を生むのは火を見るよりも明らか。
『この二つはグレー色で選択出来ないから、考えるのは後回しだ』
後回し出来る面倒事は後回しにする仁だった。
濃縮の石碑は守護の石柱と同じパワーノードの上に設置するアイテムだ。アイアン・サーガ・オンラインには無かったので仁は一際気にした。効果としては一月に魔石を一定数生み出すらしい。魔石が手に入るのは得に見えるが、その代償は何か。
『周りの土地の生命力とか吸うタイプだよな?』
この世界ではパワーノードから溢れる魔力を使って周りの土地に影響を及ぼす。守護の石柱ならモンスター避け、豊作の石柱なら農作物が良く育つ。濃縮の石碑がモンスターの発生まで抑制するなら価値はありそうだが、説明文にはそこまで書いてなかった。
携帯ノードは魔石をチャージしたポイント分、魔城の外で魔城の力を使えるアイテムだ。アイアン・サーガ・オンラインのプレイヤーの間では「手乗り魔城」なんて名前で親しまれていた。ゲーム最難関である大型パワーノード奪取をするためには長時間前線に張り付いて戦う必要がある。長期戦で失われる兵力を補充するのがこれの役目だ。高ランク召喚とセットで使い、即席特攻兵器として使うのが一般的だ。
「陛下、終わりましたか?」
「あ、ああ。やはりノワールはまだ出てこない」
コレンティーナが長い間沈黙している仁に声を掛けた。それを彼女がノルンの事を心配していると間違った仁が見当違いな答えを返す。コレンティーナの気分は見る見る悪くなった。
「あの子はどうでも良いのです。陛下が難しい顔をしていたので心配したまでです」
「そ、そうだったか。実はそろそろ俺もレベル10まで上げようかと思っていて、色々と考え事をだな……」
仁は浮気現場を押さえられた駄目亭主の様な言い訳を繰り返す。ここで気の利いた台詞の一つでも言えば二人の関係はここまで拗れなかった。
「……分かりました。戦うのでしたらお供いたします」
コレンティーナは盛大なため息を付きながら出かける準備を始めた。仁には戦ってほしくないが、戦うなら自分の見ている場所で、と言う思いが強かった。仁も残った雑務を片付けて装備を身に纏った。
「何かあれば素早く知らせなさい」
コレンティーナは留守居を任せたサキュバスに残った業務を任せ、仁と共に出発した。以前の不機嫌は「二人っきりでデート」と思えば霧散していた。
そして魔城テネブリスアニマの南東に数時間歩いた先で仁はウェアウルフに似たモンスターと対峙した。敵は地震の影響で誕生したと思われる高ランクモンスター。本来の実力差を考えれば仁は一秒と持たない。それを互角まで持ち込めているのは献身的に仁を支えるコレンティーナのおかげだ。
「ウィザー!」
彼女の放った「ウィザー」の魔法は生命力と活力を奪うバステ系の魔法だ。アイアン・サーガ・オンラインなら弱体化し過ぎて数値がひっくり返るのではと心配しないといけないが、この世界では生命活動が停止するまで弱体化する。
「くっ、攻めきれない!」
仁は忌々しそうに言う。ウェアウルフは既に牙を全部折られ、両腕を引き千切られ、更には両足の腱も切られている。その上にバステ山積み。対決している仁はテネブリスアニマで手に入れられる最高ランクの装備で身を固め、能力を数倍に引き上げるバフが重ね掛けされている。ここまでやれば最弱のゴブリンですらこのウェアウルフに勝てる。
「陛下、頑張って!」
コレンティーナは後ろで応援する。流し目一つで殺せるウェアウルフ相手にこれ以上バステを重ねたら死んでしまう。仁が相手を一撃で倒せる状態まで持って行くのは本当に大変だ。仁でも倒せる程度に弱らせる実験で今日まで三桁のモンスターは事故死している。
忠臣アサンですら「養殖ゴブリンに切り替えては?」と真剣に進言した程だ。しかし仁は殺すためだけにモンスターを召喚したくは無かった。そのためにこの様なリスクが高い方法でレベル上げに及んだ。
「うおおお!」
仁が咆哮しながら剣を大ぶりする。ミスったら死ぬ。実際はコレンティーナが割り込むのだが、ウェアウルフ討伐は失敗に終わる。
「ぎゃん!」
幸いにも仁の攻撃は珍しくウェアウルフの体を捉えた。そして武器性能のおかげでウェアウルフを斬り殺すことに成功した。
「お疲れ様です、陛下」
「はあ、はあ……やっとか」
仁はこのウェアウルフ討伐で成長限界に到達した感じがした。詳しくは玉座の間で調べないといけないが、遂に進化の間を使う前提条件が揃った。
「他のモンスターはどうされます?」
「アサンに譲ろう」
高ランクのモンスターは他にもたくさん居た。しかし成長限界に到達している仁とコレンティーナでは倒してもレベルアップしない。それならランク6を目指して近隣のモンスターを狩りまくってるアサンに譲る方が建設的だ。
仁とコレンティーナがランクアップした後なら経験値として美味しいが、二人のランクアップ予定はまだ先だ。高ランクの敵を放置して農地に被害が出ては意味が無い。
「では残ったモンスターから認識されない様に魔法を掛けます。このまま帰還されます?」
「折角ここまで来たんだ。ちょっとエルフの集落に寄ろう」
この時期ならアサンもエルフの集落に居るはず。仁はモンスター討伐許可を与えるついでにエルフの生活ぶりを見たかった。魔城に戻るとまたコレンティーナの機嫌が悪くなるのを心配した訳では無いはず。
「では、その様に」
先導するコレンティーナを追って、仁は歩き出す。内心は「誰か運んでくれ」と言いたかったが、そこまで格好悪い姿を見せるのには躊躇した。
『この体、能力10割減みたいなバステ掛かっているんじゃないか?』
仁は思うように動かない体に悪態を付きながらエルフの集落への長い道のりを歩ききった。コレンティーナのおかげでモンスターの襲撃は無く、仁が歩く場所は風魔法で整地されていた。それでも集落に着いたその日は泥のように眠った。




