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ティファーニア農業国

 ティファーニア農業国の東セントリーアにある場末の酒場に何人もの男が集結していた。全員何らかの方法で顔を隠しており、一見すると怪しい団体の会合に見えた。この秘密会合は50年前から定期的に開催されているもので、この酒場が会場に選ばれたのも7回目だ。


 しかし年々規模を縮小しながら先鋭化していた参加者も今年はガラッと変わった。イスフェリアの町を巡る攻防から始まった一連の事態で状況が余りにも激しく動いてしまったためだ。対応出来ない者は埋没し、好機と思って動いた者は台頭した。もはや呉越同舟より掃き溜めの底の様相を呈していた。


「祖国解放会議を始める!」


 会合の責任者と思しき男が宣言する。まばらに拍手が起こる。そしてティファーニア農業国の独立を求めるはずの会議が踊り出した。様変わりしたとはいえ、この会合には5つの勢力が力を持っていた。しかしその一つは欠席した。


 祖国解放戦線。50年前から存在するレジスタンス組織。毎年の様に発生する農民反乱の8割は戦線の仕込みだ。ティファーニアを征服せんと軍を動かした帝国が足踏みしているのも7割方戦線のせいだ。武闘派の最大派閥なのだが、ティファーニア人の割合は意外と少ない。


 ゴールデンフィールド。本来はティファーニア農業国の商人ギルドであり、金貨と黄金畑を掛けた洒落た組織名を使っている。ミゼラリス商業連合国の武装商人ギルドに駆逐されるも、建国以来の様々なコネを使って生き延びた。


 貧者の道。犯罪者の元締め組織を自称している。今年に入って構成員が200倍に増え、上層部も血みどろの抗争で12回は変わっている。組織として機能しているのかすら不明だが、ティファーニアの流通を監視下においている。


 デヴァインナーズ。神々の軍勢が祖国解放のために現れると信じている狂信者集団。農奴の生活が苦しくなればなるほど信者の数が増える。天変地異を援軍到来の先触れと触れ回り、更に活性化している。実際に神々が派遣した人類の援軍が死と破壊のテネブリスアニマと知ればどうなるのかは誰にも分からない。


 ロイヤルブラッド。欠席した組織であり、ティファーニア農業国の王家の血筋を保護していた。彼らがレジスタンス運動に正当性を与えていたため、例年なら欠席は大きな痛手となった。現状では王家の血筋など如何程の価値も無い。それを分かっているからこその欠席だ。


「現状説明はあっし、貧者の道代表のカーチスが担当するでげす」


 カーチスと名乗る男が壁に地図を貼りながら話し始めた。この様な詳細な地図は軍ですら持っていない。貧者の道がまともに機能していた頃の財産だ。


 ティファーニア農業国は8つの州に分かれている。中央の西セントリーアと東セントリーア。北東のボーレニアから時計回りでイスフェリア、エウリア、ノッタリア、ウェスタニア、そしてゼフィリアとなる。


「西のウェスタニアは王国軍が駐屯してるっす。ここは手が出せないっす。一部が北西の津波で壊滅したゼフィリアを伺っているっす。攻めるかどうかは分からんでげす」


 エボルグラス王国は自国と隣接しているウェスタニアとミゼラリス商業連合国と隣接しているゼフィリアを欲した。ザンボルド帝国もそれには裏で合意した。


「ノッタリアは帝国軍がドデカい基地を作っているっす。これが出来たら超やばいっす。当面の狙いは西セントリーアのはずでげす」


 ザンボルド帝国の戦略はノッタリアを経由して東西セントリーアを落とす事。ボーレニアとエウリアは捨てる覚悟すらしている。


「イスフェリアはアンデッドの大群で参っているっす。これ以上の情報収集は無理でげす」


 テネブリスアニマはケーレスが防衛用に出したアンデッドが徘徊していた。更に天変地異の影響をもろに受け、貧者の道が詳しい流通経路が破壊された。今の貧者の道では位置から監視網を敷く事は出来ない。


「ボーレニアは津波の被害が大きいから放置されたっす。エウリアは特に何も変わっていないでげす」


 誰も口に出して指摘しなかったが、他国からもっとも遠いエウリアに複数のレジスタンス組織の本拠地がある。ここが無事なのもこれらの組織の支配が行き届いているからだ。


「東セントリーアはあっしらが居る場所で、まあ見ての通りっす。西セントリーアはオットーが戴冠してセントリーア公国を名乗っているでげす」


「巫山戯るな!」


「あの裏切り者どもめ、生かしたまま腸を食ってくれる!」


「天罰、うへへ、天罰が下るよベイビー!」


 建国の一報を聞いて今まで黙っていた参加者の怒声が飛ぶ。


「皆さん、落ち着いて。それよりオットーの行動理由を考えないといけません」


 ゴールデンフィールドの代表に一月前に就任したニコロが言う。ニコロの祖父はティファーニア商人から妻を貰い、ニコロの父は没落したティファーニア大農家から嫁を貰った。ミゼラリス商人であるニコロにはティファーニア人の血が色濃く流れており、斜陽の商業連合国より農業国の方が金儲け出来ると賭けに出た。


「しょせんは金で雇われた傭兵よ。大望などあるものか!」


 祖国解放戦線の老司令官タンカードが吐き捨てる。


「そうでしょうか?」


 ニコロはタンカードの考えに懐疑的だった。ニコロはオットーを何回かパーティーで見かけた。傭兵軍を擁するだけ有り、抜け目の無い男に見えた。旧王家の娘を妻に迎えた事からして、多少政治も分かるのだろう。


「3歳のガキを王家の血筋と言って結婚する奴っす。ガキは孤児院で拾ったのを適当にそう言っているだけっす。ガキの父親は流れの傭兵、母親は安娼婦っす。間違っても王家の血は流れていないでげす」


 カーチスが種明かしをする。


「ですがロイヤルブラッドは彼女を王家の血筋と断定したのでしょう?」


 ニコロが追求する。子供の素性はどうでも良かった。ロイヤルブラッドが認めた事が最大の懸念だ。


「先走りっす。次代の嫁に王家の血筋を宛がう予定でげす」


「ふーん、次代が居れば、ですか」


 ニコロが納得した風に何回か頷く。オットーが成功すれば王家の血筋から嫁を出す。オットーが失敗したら何知らぬ顔で切り捨てる。


「次代などは無い!」


 タンカードが納得しかかったニコロを一喝する。


「そう言うのなら、何か戦略があるのですか?」


 ニコロが問う。既にここに来たのを後悔していたが、手ぶらで帰るのは不味い。ゴールデンフィールドの構成員である会ったことも無い親族を頼って今の地位を手に入れた。成果無しでは容易に蹴り出される。


「正義の決起で侵略者どもを追い出す!」


 タンカードの宣言を聞き参加者から拍手喝采が起こる。50年の間に一回も成功しなかった農奴反乱が成功するとは思えない。参加者もそう考えていた。しかし反乱は隠れ蓑に使いやすい。その間に所属する組織の利になる事をやれば良い。


「決起と共に神々の援軍が今度こそ現れるであろう!」


 ウィマークと名乗っている狂信者が当てにならない予言をする。酒場は静まりかえった。


「さて、具体的な作戦だが……」


 タンカードはウィマークを無視して大独演会に突入した。参加者全員は適当に相槌を打ちながら聞き流した。


「カーチス、帝国は攻めてくるぞ」


「アルフォンソの尻に火が付いた状態なら当然だろう」


 ニコロがカーチスと密談を開始した。カーチスも不自然な語尾を辞め、ビジネスをする顔になった。王国がミゼラリス商業連合国を攻め終わる前に帝国はティファーニア農業国を攻め終わらないといけない。王国は多少手こずるかもしれないが、最終的な勝利は揺るがない。方や帝国の方は勝利が確約されていない。


「西と国内に目を向けないといけない分、帝国は不利か」


「少し無理をして本気を出せば俺たちは吹き飛ばされる」


 帝国の西には人類の敵。これは特に語る事は無い。国内には貴族がいる。帝国は徳政令を発令せず、商業連合国の商人から借金を底値で買い取っている。そしてその借金の証文を元に貴族を締め付けている。反発は大きいが、帝国軍が東で大敗しなければアルフォンソが勝つというのがニコロとカーチスの見解だ。


「帝国と魔国を引き釣りこんで独立の尻持ちをして貰うのが最善か」


「帝国はまあ話せるでしょうが、あっちは大丈夫か?」


「難しい。しかし魔国の王とは面識がある」


 レジスタンス単独では勝てない。それならば帝国の後押しを受けて独立を狙う。しかし帝国だけなら約束を反故にする。帝国に約束を守らせる対抗国家が必要だ。以前なら王国に頼んだが、現状では悪手だ。ならばテネブリスアニマに賭けるしか無い。


「分かった。帝国は俺が説得する」


 カーチスはそれだけ言って裏口から退出した。ニコロもすぐ後に続いたが、既にカーチスは何処にも居なかった。酒場に戻ろうかと思ったが、得るものは無いだろうと切り上げた。そしてニコロはそのまま宿に戻り眠りについた。


 翌朝、秘密会合に使っていた酒場が不審火で燃え尽きたと知った。焼死体の数からしてタンカードとウィマークも焼死したと思われた。秘密会合の場所をチクッた裏切り者がいる。そしてカーチスはそれを知っていた。


 ニコロは手早く荷物を纏めてテネブリスアニマへ向かった。ティファーニア農業国の未来を決める戦いは熾烈を極めだした。そしてその戦いの前ではティファーニア人の思惑など無いに等しかった。

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