切り裂かれる森III
道を作りながら森の奥に足を踏み入れたアサンは迷いの森に近づいていた。
「全員止まれ」
アサンは腕を回して必要以上に大袈裟なポーズを取る。
「魔王様、何かあるのん?」
新しい副官になったサキュバスが間の抜けた声で質問した。彼女は鈍くさいと言う理由で同僚にこの重責を押し付けられた。インプから昇格したばかりで同僚の中でも下から数えた方が早い人材が副官をするのは異例だ。それだけアサンの副官と言う地位は忌避されていた。
「この先に罠がある」
アサンは魔力を飛ばし周りの状況を常に確認していた。仁なら「魔法ソナー」とでも名付けただろう。魔法ソナーが迷いの森の空間魔法の影響を受けて正常な数値を返さなくなった。
「それは大変なのん!」
必要以上のオーバーリアクションで驚くサキュバス。アサンに合わせようと涙ぐましい努力をしている。全部が哀れなほど空振りしている。
「我が罠を潰す。貴様らはこの線より西の木々を処理せよ」
アサンは足で地面に線を引く。配下を特攻させて罠を解除させる事も出来たが、そんな格好良くない事はしない。配下の安全を確保しながらテネブリスアニマに有益な作業に没頭させる事にした。
「分かったのん!」
サキュバスが勢い良く言う。揺れる程度はある胸が元気良くはねる。大半の男ならこの胸に釘付けだろうが、アサンは興味を示さなかった。流石に鈍くさいと言われるサキュバスでも自信を喪失しそうになった。
アサンは罠に対処するために東に進んだ。配下は遠巻きに見守ることしか出来なかった。
「作業を開始するのん」
サキュバスが言うと、ベテランインキュバスが作業の割り振りを始めた。サキュバス自身の指揮能力は低い。本来ならこのベテランインキュバスが副官をやればよりスムーズに事が運ぶ。
後方での喧噪を聞きながら、アサンは眼前の罠を調べだした。
「まずは石を投げるか」
魔力で作った小石を適当な木めがけて投げた。小石は少し進んで消えた。
「小石の魔力反応はあっち、いやこっちか」
アサンは同じ事を数回繰り返し、小石が何処に行くかマップを作った。結果は毎回同じだったが、何故そうなるのかは分からなかった。
「幻影魔法ならお手上げだったが、空間魔法なら遣り方はあるか」
これだけの仕掛けが幻影魔法によるものだったらコレンティーナを呼ぶしか無かった。幻影ごと森を吹き飛ばす事も出来たが、今回の目的は木材の調達だ。無秩序な大量破壊は最終手段だ。
「可能性は二つに一つ。ケーレス老に匹敵する魔法使いがいる、または魔法道具で広範囲に展開している」
アサンは結論を急がなかった。しかし実証できる後者から取りかかった。手始めに眼前にある罠と近辺を吹き飛ばした。何本か木が駄目になりそうだが、その程度で絡繰りを暴ければ安いものだ。
「あれか?」
アサンは破壊した近辺で人工物を発見した。念のために小石を近くに投げたら上空を通過して、もっと先で消えた。人工物は少なくても一時的に機能を停止している。
アサンは早速球体の人工物をばらした。中には複数のクリスタルとそれらをつなぎ合わせる何らかの装置があった。
「この赤のクリスタルが空間魔法発生装置か。緑が大地から魔力補充で青が自己修復か状態保存か」
アサンはクリスタルの魔力を解析して大凡の機能を瞬時に見抜いた。ケーレスなら内部の術式まで瞬時に理解出来たが、アサンにはそれだけの知見は無かった。なお、エルフと人類の英知が結集してもこれが何も分からない程に人類の魔法理解は衰退している。
「我では作り直せないか。自己修復しない所を見ると青は状態保存で間違い無い」
自己修復と状態保存は双方とも人工物が動き続ける様にするための魔法だ。しかし自己修復は壊れたら直すのに対して状態保存は壊れないようにする魔法だ。アサンの一撃を受けて状態保存の限界を超えて壊れた。
「しかしエルフが作ったにしては機械的だ。自然崇拝が行き過ぎた蛮族にあるまじき事だ。過去の遺産を食い潰しているだけなら良いが、これを作れる者が居るのなら皆殺しは余りに惜しい」
この人工物の価値を正しく理解出来たアサンはエルフ相手の戦略を変える必要を認識した。例えエルフに作れる者が居なくても、それを調べるまで皆殺しに出来ない。そうなると今の手勢では討ち漏らしが発生する可能性が高い。
アサンはここに出城を建て、本格的な増援を呼ぶ事を検討し出した。ケーレスかコレンティーナと共同で事に当たれば完全勝利間違い無し。性格からしてケーレスの方が好ましかったが、そこは仁の考え次第だ。
そんな事を考えている最中に予想外の接触が起こる。迷子になっていた族長の妹であるエルフの巫女と彼女の取り巻きがそこに居た。アサンの姿と破壊された森を見て瞬時に得物を構えた
「森をこんな風にしたのは貴方? 許さないわよ!」
「エルフの雑魚か。我は天を味方に付けた!」
かくしてアサンとエルフの巫女が激突した。




