切り裂かれる森II
アサンが切り裂いている森の奥深く。そこには噂通りの小さなエルフの集落があった。本来ならばアサンの接近を察知して何らかの対抗策を講じていた。講じたところで何の役にも立たなかっただろう。
「迷いの森はまだ直らないのか?」
エルフの族長が叫ぶ。
迷いの森の正体は空間魔法で作られた迷路だ。真っ直ぐ北に進んでいると思ったら森の反対側で西に進んでいる事もある。道を知らない存在がエルフの集落に辿り着く事は絶対に不可能だ。そもそもエルフの集落がある事を認知する事すら出来ない。
迷路が迷路の形を保つためにはアンカーが必要だ。それが岩や木に埋め込まれている。しかしケーレスが起こした地震のせいで迷路を作り出す道が全損した。壊れただけなら良かったのだが、まったく新しい迷路に変質してしまった。
エルフは迷路の見取り図を持っており、それと迷路にしたマーキングを参考にしながら迷いの森を抜ける。アンカーが変わり、肝心のマーキングが間違った道を示す事で混乱に拍車が掛かった。
「世界樹と住居はある程度修復出来ましたが、外はまだ手つかずです」
エルフの祭司長が答える。族長と違い落ち着いているのは解決策が無い事を知っているから。
迷いの森のメンテナンスは祭司達が長年請け負っていた。枯れた木からアンカーを取り出して新しい木をその場に植える程度の事は出来た。しかしアンカーそのものを遠くに動かしたり、迷路を弄る実力は無かった。
祭司達は一から迷路を調べないといけない。そしてそれは数日どころか数十年掛けても終わらない大事業。外に出る道が一つ見つかるまで集落のエルフが全滅しなければそれは奇跡だ。
「狩人が帰還出来ないで困っているだろうが!」
狩猟民族であるエルフに取って狩人が帰ってこない事は食べる食料が無い事を意味した。蓄えはあるが、そんなのは一月もすれば無くなる。
「打てる手はありません」
「なんとかしろ!」
「出来ません」
「なら出来るやつを連れてこい!」
「居ません」
「ならどうしろと言うんだ!」
「何も」
祭司長の発言は族長を苛立たせた。それが全て真実で、族長が修復の足を引っ張っている事をエルフ全員が自覚していた。族長は族長の義務を果たすべく声を荒げていたが、声を出すたびに自分が惨めになっていった。
「酒だ、酒を持って来い!」
族長は召使いのエルフに当たり散らしながら族長宅に引っ込んだ。もはや酒でも飲んで酔わないとやっていられなかった。祭司長はそれを見届けてため息をついた。族長はエルフ基準では決して無能では無い。ただこの緊急事態を御せるエルフが存在しなかっただけ。かつて存在していたとされるエルダーエルフやスピリットエルフが居れば違ったかもしれない。祭司長は頭を振ってその考えを打ち消した。神話の物語に出てくる存在に頼るようでは本当に未来が無い。
「祭司長様、次は何をしましょう?」
頃合いを見計らってエルフの巫女が問うてきた。族長の妹である彼女は完全な縁故採用だった。実力ではとても巫女にはなれない子だった。それでも政治的なパイプとしては重要な子であり、祭司と巫女には重宝された。兄同様実技さえ控えてくれれば言うことは無い。
「うむ、そうだな・・・・・・集落の西の境から十歩の範囲を調べてくれ」
祭司長は色々頭を悩ませて、恐らく問題にならない程度の仕事を任せた。何人ものエルフが二十歩までは安全を確認している。族長の妹が再確認しても問題は無い。
「頑張ります!」
族長の妹は自信満々に言う。十歩先で終わらなそうな雰囲気だ。祭司長はそれを見越して安全マージンを取っていた。本来ならばそれで大丈夫だった。しかし今は緊急事態。疲労と絶望からそれを見落とした祭司長は判断ミスをおかした。
族長の妹を見送った祭司長は主戦力と頼る者達を招集した。外に聞かれては事なので祭祀を執り行うコテージの中で密談を開始した。
「手詰まりだ。案はあるか?」
「食料制限」
「制限するなら間引け」
「だがこれ以上同胞の数が減れば!」
「なら木でも囓るか?」
「果物ならまだしも、木は食えん」
「世界樹を頼れないか?」
「エルフには答えない」
「ちっ、やくに・・・・・・」
役に立たないと言おうとして若い祭司は黙った。流石に不敬が過ぎると自重した。それでも彼の考えは一定以上の支持を得ていた。世界樹を神聖視する祭司長の理解は絶対に得られないが、祭司長はこの雰囲気が危険だと長い経験で理解していた。頭ごなしに叱責すれば暴発もあり得た。
「た、大変です!」
若い祭司見習いがコテージに飛び込んでくる。彼には参加資格が無いので祭司と巫女が彼を睨む。
「何事?」
「西の境を調査していた巫女の一団が忽然と消えました!」
祭司長は頭を抱えた。族長に続いて族長の妹まで面倒ごとを起こした。手漉きのエルフは残っていなかった。その巫女が族長の妹で無ければ見捨てるの一択しか無い。しかし族長が騒いだ場合のデメリットを考えると手を打つ必要があった。




