入り江と謎の塔II
「これは海図かのう?」
ケーレスは待っている間に船から回収したものを確認することにした。多少の金銀財宝を除いて、一番価値がありそうなものが海図だった。他の町で手に入れた地図は地域の地図ばかり。この海図には海岸線、そして海を越えた先の陸地が記載されていた。
「海を渡る手段がいるのう」
ケーレスは海図を見るだけでテネブリスアニマが方針を更新する必要があると見抜いた。ここまでは大陸は一つの前提で動いてきた。他の大陸の大きさは不明だ。それでもその大陸が海を越えて攻めてくれば、今の防衛網では対応出来ない。
敵は西から陸路を使って攻めてくる。その前提が崩れた。なんらかの方法で海を渡り、その先にある大陸に攻め込まなくてはいけない。現在の海岸線で守りを固めるなどと言う軟弱な発想はテネブリスアニマには無い。
「うぅ・・・・・・ここは?」
ケーレスが侵略計画を思い描いていると、少女が目を覚ました。
「が、骸骨? わ、私死んだの?」
悲鳴を上げて気絶しないだけ肝が据わっているのかもしれない。
「まだ死んでおらんのう」
「が、骸骨がしゃべった!?」
「儂はケーレス、ただのエルダーリッチよのう」
「え、えーと・・・・・・私はワルドラダ・・・・・・生け贄です」
多少困惑したものの、ワルドラダは名乗り返す事に成功した。
「生け贄とはどういう意味かのう」
ケーレスは途端にこの少女に興味がわいた。家の名前を出すなり、奴隷だと申告するのは分かる。しかし生け贄と自己紹介する存在は初めてだ。
「は、はい。私は海を渡った国に居る金持ちに下げ渡される貢ぎ物です」
ワルドラダは自分の生い立ちを語り出した。ケーレスに取っては余り興味を引く話では無かったが、自分が知らない人間社会についての情報収集と諦めて静かに聞いた。
「私の家が属していた商人グループは大陸間貿易で設けておりまして・・・・・・」
商業連合国は複数の商人が結託してグループを形成している。そのグループ筆頭が大商人になり、議会での投票権を持つ。国政のあり方からして、複数の中商人より一人の大商人が居た方が有利になる。もちろん、グループ内で逆転不可能なカースト制度が出来上がる不具合もあり、ワルドラダはその犠牲者とも言えた。
「順風満帆では無くなったとのう」
「ティファーニアを征服したグループのせいです!」
「陸と海では接点が無いのう」
「接点が無いからこそ裏切られたのです」
ワルドラダが語気を強める。
商業連合国の稼ぎ頭は大陸間貿易だった。多大なリスクを負いながらも別大陸の貿易品を運ぶ事業は金になった。貿易品は商業連合国で陸路を使う商人に売った。その商人は王国と帝国に売った。前者を海商人、後者を陸商人と呼んだ。
しかし陸路を使う商人は簡単に稼げる状況でおごった。それと同時に海頼りな商売をリスクが多いと言って嫌った。陸商人は海商人の物を買いたたこうとし、海商人は独自の陸路を開拓しようとした。
「縄張り争いよのう」
「ここまでは商業連合国発祥以来の伝統みたいなものです」
ワルドラダはここまでの事をいつも通りと語った。商人グループ同士が火花を散らすなど特段珍しくない。
陸商人グループはあろうことかティファーニアを征服した。曰く、農作物を扱えば海商人に頼らずとも金儲けが出来る。海商人は反対した。まともな軍を持たず、他国を支配した経験も無い。それに大陸の食料庫に頼っている王国と帝国が黙ってはいない。陸商人は食料庫を人質に取れば他国は折れると聞く耳を持たなかった。
「勝算はあったのかのう?」
「彼らの中にはあったのでしょう」
ワルドラダは投げやりに答えた。事実、商業連合国はティファーニアを征服し支配した。それどころかフェリヌーン隷国まで作った。見た目だけなら陸商人の大勝利だ。しかし王国と帝国はこの暴挙を許しはしなかった。
「他国は領有を認める代わりに食料と他大陸の貿易品の大幅な値下げを要求してきました」
食料だけならここまでこじれなかった。しかし欲に目がくらんだ陸商人は貿易品の件も同意した。陸商人の値段では海商人は赤字だ。しかし貿易品を売らなければ他国が契約違反として商業連合国を責める。国を失いたくない海商人が文字通り血を吐いて働いた。それでも限界はとうに超えていた。
「最終手段として他大陸の金持ちに私の様な者を生け贄として差し出して貿易を続けるしか無くなりました」
ワルドラダは生け贄になるために生み育てられた。彼女がケーレスを前に取り乱さないのもそう言う風に教育されたからだ。金持ちの玩具にされるもリッチに殺されるもそう大差無かった。
「なるほどのう」
「実は私が生け贄になるのは数年先の予定でした」
「何か理由があるのかのう」
「恐らく。少し前に商業連合国は大規模な貸し付けを王国と帝国にしました。その結果、私のグループは借金を返す資金が無くなりました」
イスフェリアの町防衛のために王国と帝国が軍を出す条件の一つだった。イスフェリアの町が落ちたので完全な無駄出費となった。それどころか報酬代わりにティファーニアの一部を横領されたり、津波で本国が壊滅したりと散々な目にあった。
「商業連合国の位置からすると津波で壊滅よのう」
「何故あのような事が・・・・・・」
「儂の魔法よのう」
「えっ?」
ワルドラダが目を大きく開く。初めて感情らしいものが見えた。
「狙ったわけでは無いがのう。おまけで滅ぼしてしまったようだのう」
ケーレスは大した事が無い様に言う。確かにケーレス基準では朝飯前の事。ケーレスなら今の場所から一歩も動かず数日魔法を唱えるだけで世界を滅ぼせる。ワルドラダとは元々物を見るスケールが余りにも違う。
「そんな力を持って、私をどうするおつもりですか?」
「考えておらんのう」
気まずい沈黙。そして・・・・・・。
グウウウ。
「も、申し訳ありません!」
ワルドラダの腹が鳴る。ケーレスの魔法で全快したとはいえ、数日は食べていない。話が一段落して体が飢えを思い出した。
「何か食うかのう」
「そ、それと出来れば何か着る物を」
「まあ、良いかのう」
ケーレスはワルドラダの服をひんむいた事を気にしなかった。ケーレスが多少知る二人の女性の普段着が下着と真っ裸だからでは決して無いと思いたい。ゴブリンスケルトンが箱から服を適当に取り出しワルドラダに与える。
「魚は食えるかのう?」
「生はどうかと思います」
「ならばゲヘナフレイム!」
ケーレスは一メートルほどある魚を手掴みで持ち上げた。そして第4階級魔法のゲヘナフレイムで焼いた。焼こうとした。漆黒の炎が一瞬で魚を炭化させ、ケーレスの腕には何も残らなかった。
「軟弱な魚よのう」
「火加減が強すぎます!」
流石のワルドラダも突っ込まずにはいられなかった。ワルドラダが多少焦げても食べられる魚をごちそうになるまで箱にあった魚の半分は灰になった。




