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テネブリスアニマ ~終焉の世界と精霊の魔城~  作者: 朝寝東風
第二章 フェリヌーン陥落
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激突イスフェリアXVI

 イスフェリアの町は交渉に派遣された三人がゴブリンスケルトンの波に消えるのを見た。そして彼らがまた現れるのを今か今かと首を長くして待った。ゴブリンスケルトンが戦闘を開始しなかった事から交渉は継続中と思われた。


 待つこと三時間。城壁に登っている者は三人がイスフェリアの町に向かっているのが見えた。住人は交渉の結果を知りたくて仕方が無かった。神殿の大司祭は「絶対に失敗する」と一人気勢を上げていたが、大半の者は成功を祈っていた。


「聞いたか、もうすぐ門に着くらしい」


「なんでもペトロニス様が自信満々な顔をしているとか」


「商業連合国のやつは死んだ様な顔らしいじゃないか!」


「あれは俺が賭博で今月の給料をすった時の顔だ」


「おいおい、またかよ?」


 人々は無責任な噂で盛り上がった。そうでもしないと待ち時間を我慢できなかった。ペトロニス達が近づくにつれ噂も3つに集約されていった。ペトロニスは自信満々。サイモンは笑顔。ニコロは顔面蒼白。


 下の無責任な噂をよそに、王国軍の司令官は壁の上から三人を見ていた。正確にはサイモンの右指を見ていた。サイモンは左腕を右手で触っていた。そして真っ直ぐな指は人差し指、中指、薬指の三本。


「これは期待出来そうだ」


 司令官の顔に自然と笑みが浮かぶ。他人に見られては事なので必死にポーカーフェイスに戻した。司令官を詳しく知らない者ならサイモンが無事だった事を喜んだと誤解するだろう。司令官はサイモンの実力を信じていたが、彼の強すぎる野心に懸念していた。結果を出したとはいえ、司令官に取ってサイモンは扱いづらい参謀である事に変わりは無かった。


「参謀長、数えたな? 早速緊急会議だ」


 司令官は側に立つ参謀長に命令する。流れは王国軍に来るみたいだが、いつ反転するか分からない。指の数と言うアドバンテージがある内に動くに限る。


 サイモンの指は出発前に急遽決められた暗号だ。


 右手を動かさなければ交渉は失敗。その場合は即時撤退と決まっていた。


 人差し指は撤退交渉が成功した意味だ。仔細は不明でも、一息は着ける。


 中指は不戦条約の集結を意味していた。これも良いニュースだ。


 最後の薬指は想定以上の結果を意味していた。司令官はそれだけが気がかりだった。古来より軍人は勝つことを至上とするが、勝ちすぎると後が大変なのを知っている。そしてこれは司令官の懸念通りとなる。


 しばらくしてペトロニス達が町に入った。住人が彼らを取り囲む。王国軍の兵士が三人を守る様に展開する。


「サイモン殿、ここは何か言ってはどうか?」


 ペトロニスがサイモンに結果報告をしてはと進言する。ニコロはとてもそんな状態では無い。ペトロニスは撤退後に病死する予定だ。そうなると英雄願望の強いサイモンが適任となる。サイモンは数回謙遜した後に意を決する。


「イスフェリアの民よ、聞いてくれ!」


 サイモンが大声で言う。先ほどまでの喧噪が嘘のように静まりかえる。


「明日から3日以内に町を出れば助かる!」


 本来は今日を含めて3日以内だった。しかしニコロが粘り強く交渉してもう1日勝ち取った。昼過ぎに交渉が終われば、半日も残らないと言う主張をアサンが認めた。


「おおおおお!」


「流石王国軍!」


「サイモン様、バンザーイ!」


 大きな歓声が上がる。王国軍の兵士達も騒ぎたかったが、必死にこらえた。サイモンは右手を挙げて、皆が静まるまで待つ。


「私はこれから領主様に報告に行く。追って出る王国軍の指示に従って撤退しろ」


 サイモンはそう言ってペトロニスとニコロと共に領主の館へ向かった。領主に報告するのに避難は王国軍が主導すると言う辺りがサイモンが野心家と警戒される由縁だ。


 領主の館には残っていた主要人物が集合していた。ニコロが合意書を領主に手渡した。サイモンが持っていた合意書は参謀長に渡された。参謀長はそれを持って別室で王国軍の武官と相談を開始した。そしてペトロニスの持っていた合意書は早馬で帝国軍に送られた。


「こんなの認められるか! 破棄だ、破棄!」


 領主は合意書の内容を確認して大声で叫んだ。


「王国と帝国は破棄する予定は無い」


 王国軍の司令官が発言する。内容を精査していないが、サイモンの才覚を信じて行動した。ペトロニスは司令官に迎合したが、それ以上の発言は控えた。せっかく嫌われ役を王国軍がやってくれているのだ。帝国が首を突っ込む必要は無かった。


「こんな事をして、本国が黙っていると思うのか!」


「さて、本題に入ります」


 喚く領主を無視して司令官が話を進める。


「本題?」


「今回の軍事行動に掛かった費用の支払い、更には戦死者への追悼金です」


「守れなかったでは無いか!」


「それが何か?」


「・・・・・・」


「王国は鬼ではありません。ティファーニアの西郡割譲で結構です」


「馬鹿な、そんな事を認めるとでも?」


「認めます」


「し、子爵、何を言っているのか分かっているのか?」


「もちろん。帝国は南西郡を頂きますので」


「王国として認めよう」


「な、何が起こっている?」


 領主は混乱した。他の商人達も何を言えば良いのか分からなかった。


「軒を貸して母屋を取られた、と言うことだ」


 ニコロの発言が沈黙を打ち破った。彼にはアサンとの会話でずっと感じていた違和感の正体がやっと分かった。王国と帝国の狙いは最初からティファーニアの分割。テネブリスアニマとの戦いは軍をティファーニアに入れる口実に過ぎない。


「だがアンデッドだぞ? どうやって?」


「アンデッドとでも商売が出来ると豪語していた国は何処ですかな?」


 司令官が嫌みたっぷりに言う。商業連合国のがめつさは有名であり、真偽不明ながらアンデッドなどのモンスターとの取引の噂が絶えない。


「ゆ、夢だ! きっとこれは全部夢だ・・・・・・。明日目が覚めたらアンデッドも何も居ないんだ・・・・・・あははははっ」


 ついに限界を超えた領主が錯乱する。


「では王国軍は避難民の誘導があるので、これで失礼します」


 司令官がサイモンを伴って部屋を出る。王国軍と関係が深い人間も一緒に退出する。


「私も微力ながら南西に向かう民の力となりましょう」


 ペトロニスはそう言いながら帝国貴族を纏め上げて退出した。


 残るは狂った様に笑い続ける領主と商業連合国の商人達のみ。そして商人達も商機を逃すまいと急いで動き出す。そんな光景を見ながらニコロは首を横に振るだけだった。

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