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婚約破棄への道のり

 勇者一行の旅は、順調に進んでいた。

 度重なる戦闘でめきめき実力を上げていっただけではない。

 今や四人はすっかり意気投合し、最初の頃の陰鬱さはどこやら、互いの間に目に見えない絆が通っているのを実感していた。


 そして、四人の協力は魔族退治だけで発揮されるのではなかった。









「――それでは今から、会話ゲートを繋ぎます」


 ある日、魔王の領域に入る直前の宿にて。

 四人は宿の一室に集まっていた。


 四人がのぞき込むのは、テーブルに置いている手鏡。それ自体はなんてことのない、オリヴィアの私物である。

 今、この鏡にはオリヴィアの魔法が掛かっている。

 鏡と鏡を繋ぎ、そこに映る者同士でやり取りのできる遠隔会話魔法。高位の魔法使いにしか扱えないハイレベルな魔法だ。


 オリヴィアは半日掛けて、この手鏡と城の鏡を繋いだ。そして対応してきた魔法使いに取り次ぎを頼み――あらかじめ決めた時間に、「ある人」と話をするという約束を取り決めたのだ。

 断れることも承知の上だったが、ヒューバートの助力もあって取り付けは成功した。この魔法は魔力の消費が激しいので、長時間の会話はできない。約束の時間になるまでに、四人で打ち合わせも進めておいた。


 代表者は、フィン。彼が頷いたのを見て、オリヴィアは手鏡に魔力を流し込んだ。

 それまでは四人の顔が映っていた鏡面にさざ波が立ち、ぐにゃぐにゃと空間がねじ曲がる。そうして数秒の後には、鏡には別の部屋、そして別の人物の顔が映っていた。


「……兄上」


 掠れた声でフィンが言う。魔力を流すことに精一杯のオリヴィアは何も発言ができないので、フィンやヒューバート、パオラの行動を見守るしかできない。


 鏡に映っていたのは、フィンとよく似た顔立ちの青年――第一王子ランスだ。彼は明らかに不満そうな顔をしており、ちらと視線を動かしてヒューバートの方を見やった。


『……ヒューバート。これはいったいどういうことだ』

「お久しぶりです、殿下。少し、予想外のことが起きまして」


 そう答えるヒューバートは、至極真面目な表情だ。というよりも、今までへらへら笑っていた彼が偽りの姿で、これが彼の本来の態度なのだ。


『予想外? ……どういうことだ』

「それは私の方から説明します、兄上」


 そうしてフィンは、落ち着いた口調で腹違いの兄に語りかけた。


 フィンは、国王になるつもりがない。

 王太子位を授かったときには、「もうどうでもいい」という投げやりな状態だった。ヒューバートが自分を殺害しようとしていると気づいても、それでいいと思っていた。


 だが、パオラの思いやりに触れて考えが変わった。

 王太子位を兄に返上し、自分は一人の人間として、パオラと共に生きたい。オリヴィアとの婚約は円満に破棄し、オリヴィアやウォーターズ家には手厚い庇護を与える。

 

 そのための「舞台」を準備する必要がある。腐敗貴族と反現体制派が入り交じる王宮を揺さぶるために、皆の前で王太子位の移行と婚約破棄を発表する。――理由と対策があるとはいえ、オリヴィアの尊厳を踏みにじりかねない展開にフィンは難色を示したが、オリヴィアの方が推し進めた。


(どうせやるなら、派手にかき回した方がいいものね)


 オリヴィアだって、黙って流されているだけの令嬢ではない。今まで流され、手のひらで転がされ、フィンもろとも操り人形にされそうだったという痛手を受けているのだ。痛みを受けることは旅の中で慣れてしまったし、少々痛い思いをしても思いっきりしっぺ返しをしてやりたい――そう主張し、フィンたちの了解を得たのだ。


「舞台」の準備は、旅の空の下にいるフィンたちにはできない。よって魔王を倒す前からランスに打診し、協力を申し出る。事前に彼が動いてくれれば、フィンたちは凱旋後の慰労会などで行動しやすくなるからだ。


 事のあらましを聞くランスは、驚愕の表情を浮かべていた。彼も、実弟がここまで物事を把握しているとは思っていなかったのだろう。ランスはフィンとふれあう機会もほとんどなかったとのことだったので、彼もまた弟が「抜け殻王子」であると信じ切っていたのだろう。


 フィンが語り終えても、しばらくの間ランスは黙っていた。彼の目には、弟の言葉を疑う色はない。フィンの側にいるヒューバートが黙って頷いているというのも大きいのだろう。


『……なるほど。おまえは全てを知っていたのだな、フィン』

「……はい。そして、私たち四人の要望を叶えるためには、兄上の協力が必要不可欠。そう思ってオリヴィアに無理を言い、会話ゲートをつなげてもらったのです」


 いざ婚約破棄をするとなっても、それは魔王を討伐してからである。フィンたちの計画には、早さも求められる。となると、今のうちからランスへの理解と協力を仰ぐ必要があった。


『……魔王討伐の旅で難儀していると思ったら、その先のことで悩んでいたのか』

「魔王に関しては、正直そこまで心配していないので」


 フィンはさらりと言ってのけた。確かに、一番の難所は魔王の討伐である。しかし四人の実力と魔族の勢力、そしてたびたび遭遇してきた手先との戦闘を鑑みると、勝機は十分にある。

 未来への希望を強く持つ四人を前に、魔王は逃げ姿勢になっている――そんな兆候も見られるくらいなのだから。


 ランスは弟の強気な発言に、ククッと笑った。


『……そうか。それならば心強いな』

「はい。了承してもらえますか」

『もちろんだ。……フィン』

「はい」

『申し訳ない』

「え?」

『おまえはもう分かっているようだが、私はヒューバートに命じ、おまえを暗殺するつもりだった。ヘイワーズ国が腐敗貴族どもの手に墜ちて崩壊するくらいなら、実弟といえどろくに接点もなかったおまえを殺す方がましだ――そう考えたのだからな』


 鏡の向こうで神妙な顔をするランスに、四人は顔を見合わせる。


 ランスは、フィンを暗殺することにした。

 弟が腹黒い貴族たちに操られて傀儡政治となるくらいならば、弟を殺害する。

 残酷だと言えばそれまでだ。弟に嫉妬したのかと言われても、言い逃れはできないだろう。

 だが、誰に何と言われようと――フィンを国王にするわけにはいかなかった

 国を守らねばならない、という義務心はもちろんあった。そして当時の彼は、弟の現状を知らなかった。

 知らなかったとはいえ、実の弟の命と国の将来を天秤に掛け、迷わず弟を切り捨てる判断をしたことを悔いているのだ。


 フィンは鏡を見下ろし、首を横に振った。


「……兄上のお気持ちを考えれば、致し方のないことです。私だって、どうなってもいいと投げやりになっていました。国も未来も魔王も、どうでもいい。国民にとっても仲間にとってもオリヴィアにとっても失礼なことばかり考えていたのです」

『……フィン』

「兄上、承諾してくださりありがとうございます。……私たちもこれから魔王討伐に向けて気を引き締めて参りますので、兄上もどうか、よろしくお願いします」

『……ああ。こちらこそ。……ああ、そうそう。パオラ……だったか。もう少し顔を見せてくれ』

「パオラ」

「は、はい」


 ランスの呼びかけに応じ、パオラが鏡の正面の位置に移動し、他の三人はその場から後退する。


「は、初めまして。パオラ・クィンシーと申します」

『ああ、お初お目に掛かる。……時間もないから、簡単に。弟を救ってくれて、ありがとう』


 ランスが言った直後、鏡の向こうで「あっ……すみません!」と声がして、王子の姿がかき消えた。オリヴィアはまだ体力が余っているので、ランスの方でゲートをつなげていた魔法使いの方が疲労してしまったのだろう。


 ふう、と息をついてオリヴィアは鏡面を拭う。魔力の切れた鏡はもう会話ゲートとしての役割を終えて、オリヴィアの顔だけが映っていた。


「……よし、ランス様の同意も得られましたね」


 ヒューバートが明るい声を上げ、思いっきり背伸びをする。


「それじゃあ、向こうでの準備はランス様がしてくださりますし、俺たちは俺たちでやることがありますからね」

「……そうだな」


 フィンが顔を上げ、オリヴィアたちを順に見つめてくる。


「……未来のことを考えるのは、一旦後にしておこう。……魔王討伐、何としてでも乗り切るぞ」










 今後の方針などを固め、就寝の時間になった。

 宿に泊まる際、オリヴィアとパオラは二人で一室を取っている。これは前からずっと同じなのだが、最初の頃はギスギスしていた二人も今では気軽に話せる仲になり、二人っきりになると肩の力を抜いてお喋りをするようになっていた。


「ランス殿下にも認めてもらえてよかったわね、パオラ」


 寝間着姿でベッドに寝ころぶオリヴィアが言うと、隣のベッドに座っていたパオラは頬を赤らめてふわりと微笑んだ。


「はい……それに、ランス殿下は私たちの計画にも納得していただけました。魔王討伐はもちろんですが、凱旋後のことも気がかりだったので安心しました」

「そうね。……本当なら、あなたたちは身分も何も関係なく自由になれたらいいのでしょうけど、そうはいかないからね」


 フィンが国王にならなかったとしても、彼は腐っても王子。パオラも、平民出身ではあるが聖堂の推薦を受けた聖女。完全に自由な身分になるのは不可能だと、四人とも分かっていた。

 だがフィンもパオラも、自分たちの未来には納得しているようだ。彼らにとって納得のいく結論がたたき出せたのならば、オリヴィアから言うことはない。


「ふう……いつかわたくしも、素敵な結婚をしてみたいものだわ」

「えっ!? あ、あの、すみません」

「いいえ、フィン殿下は全然いいのよ。正直なところ、殿下はわたくしのタイプではないし、結婚生活がうまくいくとも思えないからね」


 行儀が悪いとは思いつつも、ベッドをごろんと寝転がりつつオリヴィアは言う。


「魔王討伐後、いずれ公式に婚約破棄することになるけれど、わたくしには大魔法使いという称号が付いてくるはず。さらにランス殿下はわたくしの実家を保護してくださる。となれば、婚約破棄された身といえど引く手あまたじゃなくって?」

「……ふふ、オリヴィア様なら、たくさんの男の人が求婚されると思いますよ」

「あら、ありがとう。……でも考えてみれば何もかも、パオラのおかげなのよね」

「私ですか?」


 オリヴィアは頷き、仰向け状態から体を起こしてパオラに向き直る。


「……この旅が始まった直後、わたくしたちはギスギスしていた。殿下はあれだし、ヒューバートはランス殿下の命令を受けていたし、わたくしもいろいろ諦めていたし。でも、あなたは勇気を出してわたくしたちに挨拶をしてきたでしょう?」

「……はい。みなさんとお話がしたいと思ったので」

「そう、その気持ちよ。その思いがあったから、わたくしたちは変わった。フィンは心を開き、あなたもフィンのことが好きになった――そうでしょう?」


 指摘すると、とたんにパオラは真っ赤になる。オリヴィアは小さく笑い、パオラを見つめた。


「……応援しているわ、パオラ」

「は、はい! ありがとうございます、オリヴィア様!」


 オリヴィアはパオラと顔を見合わせて、笑った。

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