変わりつつある王子一行
オリヴィアの旅は、とにかく精神的疲労の毎日だった。
魔族との戦闘は、まだいい。魔法使いとして訓練してきたオリヴィアは、公爵令嬢ではあるが魔族の血を被っても断末魔を聞いても、それほど動揺しない。
やられる前にやる。
オリヴィアが倒れたなら、「任務失敗」として両親や弟にまで罪に問われてしまう。
怖がっている場合ではない。
魔族を殺すことにためらっている暇はない。
迫り来る魔族を火炎で焼き尽くし、風刃で切り裂き、落雷で叩きのめす。
死ぬわけにはいかない。
殺されるわけにはいかないのだから。
表情死亡済みのフィンも、普段は亡霊のように生きている気配を見せていないのだが、戦闘となるとすさまじい剣術を披露し、あっという間に魔族を斬り伏せてしまう。離宮で、血反吐を吐くまで剣術をたたき込まれたという噂は本当だったようだ。
そしてへらへら笑っているばかりのヒューバートも、その笑顔のままで魔族をひねり潰す。フィンほどの敏捷性はないが、大柄な体躯から繰り出す一撃は重い。彼が笑顔で魔族を粉砕した最初の日には、パオラは白目を剥いて卒倒してしまっていた。
一方、癒し手のパオラ。
彼女は非戦闘員なので、魔族との交戦中は陰に隠れている。回復手である彼女の死は、パーティーの全滅も同じ。だからパオラに魔族の意識が向いたなら、全員即座にパオラを守るのだ。
仲間が負傷したら、パオラは真っ青な顔で震えつつも的確な回復魔法を披露した。オリヴィアならば切り傷を治すのもやっとなのに、パオラが祈りを捧げると瞬時に火傷も骨折も治る。聖堂で修行し、「聖女」と讃えられる彼女にこそできることだった。
戦闘は問題ない。
とにかくオリヴィアを疲労させるのは、仲間意識も協調性も何もないパーティーの有様だった。
王子は生きる屍。
騎士は正体不明。
聖女はおびえてばかり。
(……わたくし、正気を保てるのかしら)
奇声を上げて飛びかかってきた魔族を爆破魔法で粉砕しつつ、オリヴィアはぼんやりと思った。
旅が始まって、二月くらい経った頃からだろうか。
パオラに変化が起きた。
「お、おはようございます、オリヴィア様」
宿屋で朝を迎え、朝食の席でパオラがおずおずと挨拶をしてきた。
おや、とオリヴィアは首をひねりつつも、悠然と挨拶を返す。
「ええ、おはよう。パオラ」
「……き、今日もいい天気ですね!」
「曇りですけれど」
「…………すみません」
パオラは真っ赤になり、うつむいてしまった。
だがその後、食堂にヒューバートが現れると、「お、おはようございます、ヒューバート様」と同じように挨拶をした。ヒューバートはあの得体の知れない笑顔を一瞬だけ引っ込めた後、また笑顔に戻って「うん、おはよう」と返した。
そして驚いたことに、パオラは最後に現れた亡霊――否、フィンにも朝の挨拶をしたのだ。
「おはようございます、フィン様」
相当の勇気が要ったのだろう、最大まで顔を真っ赤にして挨拶したパオラだが、残念。感情欠落王子はパオラに視線を寄越すことさえせず、すすっと席について食事を始めてしまった。
……ということが、それ以降毎日続いた。
さらに朝の挨拶だけに留まらず、パオラが積極的に話しかけてくる回数が増えた。
そのたびに、オリヴィアは当たり障りのない相槌を返し、ヒューバートは笑顔で返事をし、フィンは完全無視をする。
パオラは努力を続けた。
(……あの子、変わろうとしているのかしら)
仲間たちに声を掛けるパオラは、必死だ。
少しでも現状を変えたい、皆と話をしたい。
彼女の深い緑の目は、そう語っていた。
あれから、いろいろなものが変わってきた。
オリヴィアは、たまには自分からパオラに話しかけるようにした。といっても、たいていはパオラが恐縮してしまい、逃げられてしまうが。
ヒューバートは、あの気味の悪い笑顔を引っ込め、なにやら考え込むことが多くなった。笑顔はとにかく不気味だったので、オリヴィアとしてもありがたかった。
そしてフィンは――あの「抜け殻王子」フィンも、変わってきた。
パオラの挨拶に、返事をした。「ああ」との一言だが、それだけでも大事件である。
そして、フィンが表情を動かすことがたびたび起きるようになった。といっても、「不快」を表すために顔をしかめるとか、「疑問」を示すために眉根を寄せるとかそういうレベルではあるが、これまたすさまじい変化である。
(パオラが、わたくしたちの気持ちを変えている)
居心地最悪だった勇者一行が、少しずつ変わってきている。ばらばらだった皆の思いが、ほんの少しずつ、同じ方向を向いてきている。
――そして、魔王の本拠地へ近づいたある時。
四人の未来を変える出来事が発生した。