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王子一行の物語

 世界は、人間と魔族の争いの中にあった。

 闇から生まれる魔族と、人間との諍いは何千年も続いている。

 光があれば、いつでも闇がある。

 魔族が絶えることはない。人間と心を持たぬ魔族が和解することは、あり得ないのだ。


 この世界の創造主である神は、魔族の誕生を止めることはできない。天地創造の時点で、光と闇の攻防は始まっている。光――神の姿を模した人間――がいる限り、闇である魔族がいなくなることはない。滅することはできないのだ。


 だが、例外はある。

 魔族は数百年に一度、強力な魔王を生み出す。魔王は、世界のバランスを崩しかねない規格外の力を持った異形。光と闇の均衡を崩しかねない魔王が生まれたときのみ、神は行動を起こす。


 神は、人間界から勇者となる人物を選定する。それは、王子だったり村人だったり漁師だったり時には女性だったりと、いつどこで誰が選ばれるのか分からない。だが神の選定を受けた勇者はどのような生まれ、性別だろうと、魔王を打ち砕く力を授かる。


 神が勇者に破魔の力を授けるのは、勇者が魔王を倒すまで。光の闇の均衡が戻り次第、勇者は「人」に戻るのだ。


 そして去年、魔王の誕生におびえる人々に神からの救いの手がさしのべられた。ヘイワーズ王国の第二王子に勇者の選定が下されたのだ。

 第二王子フィンは、国王のお手つきによって侍女が産んだ婚外子である。侍女はフィンを産んで間もなく亡くなり、侍女にも息子にも愛着のなかった国王に関心を持たれることもなく、第二王子は離宮へと追いやられた。そうしてフィンは使用人たちから粗雑な扱いを受けながら成長した。


 そんな中、フィンが勇者の選定を受けた。突如現れた神から聖剣を賜ったフィンは離宮から引きずり出され、あれよあれよという間に救国の英雄としての使命、そして王位継承権を受けることになった。

 生まれて初めてまみえる父国王。彼からの命令を聞くフィンの表情は、死んでいた。離宮で冷遇されて育った彼は感情が欠落しており、何も考えない、何も言わない「抜け殻王子」だったのだ。


 当時王太子だった兄を蹴落としての次期国王推薦は、フィンを利用しようと企む重鎮たちの仕業。彼らは有能とは言えなかった国王を巧みに操作し、「頭が固くて出しゃばりな第一王子よりも、救国の英雄となる第二王子の方が有効だろう」と囁いた。もちろん、彼らの目的は優秀な第一王子を廃して「便利な」第二王子を利用すること。


 そうして、勇者の使命を授かったフィンは、死んだ表情のまま旅に出た。

 旅の供に選ばれたのは、三人。

 護衛騎士のヒューバート・デッカー。

 聖女パオラ・クィンシー。

 そして魔法使いであるオリヴィア・ウォーターズであった。









 オリヴィアは不満だった。


 魔道の家系として高名なウォーターズ公爵家令嬢。絶世の美貌と、魔法使いとしての確かな腕前を誇る彼女は、今の状況にひたすら流されていた。


(……仕方ないとは分かっている。でも、これはあんまりでしょう!)


 不満顔を隠そうともしないオリヴィアは、じろりと辺りを見回す。隣に座るのは、表情の死んでいる王子フィン。国王そっくりの美貌と剣術の才能を併せ持つ勇者だが、美貌も台無しなほど愛想も表情もない。彼の育った環境を思えば仕方のないことではあるが、これが自分たちのリーダー、しかも未来の旦那様だと思うとお先真っ暗である。


 オリヴィアとフィンは馬車に乗っている。王子と公爵令嬢が乗るためにあるので、内装はきれいだし調度品もそろっている。だが、隣に座るのが顔面凍結王子なのでおもしろみも何もない。


 ここからは見えないが、御者台には騎士が座っている。デッカー侯爵家出身であるヒューバート・デッカーは次期騎士団長に推薦されている将来有望の若者だが、いつもニコニコ笑っており何を考えているのか分からない。その笑みも決して思いやりに満ちたものではなく、なんとなく裏のあるような嫌な笑顔なのがまた気が滅入る原因だ。


 そして馬車と併走して馬に乗っているのは、パオラという若い娘。勇者一行四人の中で唯一平民出身であるが、生まれながらに神官としての高い才能を持っている彼女は聖堂から推薦された聖女で、回復魔法の使い手だった。同じ魔法使いでも、オリヴィアが得意とするのは派手な攻撃魔法であるので、癒し手の存在はありがたい。

 だがパオラは顔合わせの段階から挙動不審で、いつもビクビクおびえておりまともに目を合わせたこともほとんどない。治癒の時にはすぐに駆けつけてくるし回復魔法の威力も絶大だが、いつも泣きそうな顔をしているし会話もほとんどできない。


 表情筋が死亡した抜け殻王子。

 得体の知れない騎士。

 おびえてばかりの聖女。


 オリヴィアは瞬きを繰り返すのみの王子から視線を剥がし、内心毒づく。

 納得はできないが、分かっている。


 オリヴィアの実家ウォーターズ公爵家は今、存続の危機に陥っている。

 魔法使いの大家として栄えてきたウォーターズ公爵家だが、オリヴィアの曾祖父の代に国王の信用を裏切る失態をかまし、それ以降冷遇されてきた。祖父、父と名誉回復のために奔走してきたが、世間がウォーターズ家を見る目は相変わらず厳しい。正直、たぐいまれな魔力を保持する家でなければさっさと始末されていただろう。


 だが、このままではいずれお家断絶の日も遠くない。公爵家の地盤は緩く、オリヴィアの弟が家督を継げるかも怪しいくらいだった。

 優しい両親と病弱ではあるがしっかり者の弟に、これ以上辛い思いをさせたくはない。

 だからオリヴィアは、「第二王子フィンの婚約者になり、魔王討伐の旅に同行しろ」という命令に背くことはできなかった。


 ちゃんと役目を果たせば。オリヴィアさえ我慢すれば。家族が助かる。

 王妃を輩出した家になり、魔王討伐の名誉も受ければ、ウォーターズ家は持ち直す。


 それでも――王太子である第一王子ランスを蹴落としてまでフィンが王太子になったというのには、不安しかない。「抜け殻王子」を利用しようとする者の策略では――と、オリヴィアだって気づいていた。


(でも、後には退けない。これしかないのよ)


 ヘイワーズ王国の未来は暗い。

 分かっていても、他にはどうしようもない。

 家族を守りたいのならば、何もかも背負うしかない。

 未来がなくても、絶望しか見えなくても。


 やるしか、なかった。

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