Giant Killing
安田と柿崎(妹)に採寸をとってもらい、数日間の調整を終えて、集合となった。
学校の都合もあり一日ゆっくりと時間の取れる土曜日に集合すると、機材を積み込んだワゴンで少し郊外の空地へと移動した、再開発計画のため周りは工事中の場所が多いが、まだまだ空地も目立っており、実験には格好の場所であった。
「窮屈でムシムシする、しかもこれにマスク着くんでしょ?無理ない?」
集合した学校で着替えを行い、すでにスーツを着た真であったが、その着心地には辟易としていた、
「少し我慢しろ、今は待機電力状態だが、稼働モードにすれば、そういった不満は全て解消する!」
自信ありげに言う兼一の言葉ではあるが、真にはどうも胡散臭く感じられた、スーツの着心地はそれほどに悪く動きづらく、これを着て戦うなら脱いで戦った方がよほど強いのではないか?企業が作る物を学生が真似た劣化粗悪品なのではないか?そのような事を考えてしまっていた。
「心配するな!終わったら好きなだけ糖分の補給はさせてやる!」
そんな事は心配していない、てか、せめてスイーツと言え、そんな事を考えているうちに目的地に到着した。
車から降り、数歩進むのもかなりきつく感じられた、まるでかなり大きめの怪獣やキャラクター系の着ぐるみを着せられているように感じた、歩くのもまるで粘質な水、言うならばハチミツや水飴の中に首までつかりながら歩いているような感覚を覚えた。
「ちょっと待っていろ」
ひと声かけると、設置されたテーブルの上に置かれた、モニター画面を見ながら、キーボードをせわしなく叩いていた、すると今まで感じていた違和感がまるでなくなり、まるで着ぐるみを着ていたのが水着に変わったような感覚を覚えた、
「何これ?まったく違和感なくなって、しかも邪魔な感じがまるでない、どうなってるの?」
彼女のその言葉を聞くと、さも愉快そうに解説を始めた、
「そのスーツには耐ショック用のゲルが内臓されているため非常に動きづらく感じたろう、しかーし、稼働モードに移行する事によってゲルは筋繊維と同等以上の効果を発揮する、つまり肉体の外にさらに補助筋肉を着けるようなものなのだ!」
よく分からなかったが、実際に着てみて、体感するとその性能には感心してしまった、
「よく分からないけど、すごそうなのは分かった、ただ少し蒸し暑いかな」
兼一が無言でキーボードを叩いていると、真が声を上げる、
「あ、ひんやりしてきた!」
その声を聞きちょっと得意げに「ふふん」と鼻を鳴らすと得意げに語り出した、
「炎天下の中で一日中着ても、猛吹雪の中で一日中着ても快適な温度で活動できるように設計されている」
得意げにしゃべっているが、たしかにすごいと感心してしまった、真としては最先端の技術などにはあまり詳しくないため、それに触れた時には純粋な感動があった。
「まぁ、実際の性能を体感してみたまえ、本庄!マーキングだ!」
「ほいほい」と返事をすると、真に近寄り「ちょっとこれ持ってて」とロープを端を手渡した、そのまま離れて行くと、ロープが目いっぱいの長さになった所に棒を突き刺し「離していいよ~」と呼び掛けてきた、
「いいか、あの棒まで約100メートル思いっきり走った後で垂直にジャンプしてみろ」
言われてもピンとこなかった、確かにスーツの違和感はなかったが流石にこんな余計な物を着てタイムが伸びるとは思えなかったからだ、しかしそんな彼女の思いを余所に、兼一は号令を発しようとしていた、
「いくぞ~、よ~い、スタート!」
何が何やら分からなかったが、『スタート』と言われた瞬間に実験に付き合わなければという意識から、走り出した、しかし彼女の目に映る光景は彼女の想像していたものと全く違うものだった。
今までも体育の授業などで全力で走った事は何度もあった、だからこそ自分が全力で走った時、どのような光景が目に映るかは、体感として分かり切っていた、しかしこのスーツを着て走る時、彼女の目に映る光景はまさにオープンカーに乗って前を見ているそんな感想を抱かせるものであった。
アッという間に棒の傍まで行くとその推進に使っていたエネルギーを下方にぶつけるかのように地面を蹴り跳び上がると校舎の屋上くらいの高さまで一気に跳躍した、頂点まで到達し、自由落下が始まった時彼女は、『これ私死んだんじゃない?』そんな事を考えた、確かに学校の屋上から落下すればただでは済まず、大ケガ、下手をしたら死ぬ事も十分考えられた。
しかし、兼一は余裕の表情でモニターと彼女を交互に見ていた、鈍い音とともに地面へと足から落下した彼女は、キョトンとした顔で自分の身に何が起きたのか理解が追い付かない、そんな風情で立ち尽くしていた、
「どうだ、すごいだろう?」
彼の言葉に対しすぐに言葉を返す事が出来なかった、あの高さから落下すれば足から落ちても、足、腰への衝撃から絶対にどこか骨が折れている、そう考えるのが自然であるが、彼女はまったくの無傷であった。
自分の膝を曲げたり足首を伸ばしたり曲げたりしながら異常がない事を確かめた上で、尋ねた、
「どうなってるのこれ?」
その質問に対し、自慢げに彼は答える、
「先ほど言った耐ショックゲルの影響だ、マネキンで実験済みだが、猛スピードでつっ込んでくるトラックに撥ねられても無傷だった」
単純にスゴイと感じていた、まるでテレビに出て来る特撮ヒーローになったような気分だった。彼女も格闘家として、柔道、剣道、空手、等様々な格闘技の観戦を行う事はしばしばあった、しかし、『FUB』に関しては大企業の宣伝ショー、どちらかと言えばF1レースに近い気がしており、格闘技ジャンルとは見ていなかったのだ、それが実体験してみると、このスーツを着て戦う超人バトル、かなり胸躍るものがあった。
「すごい事はすごいんだけど、走った時目が痛かったよ、風の抵抗がモロに来るんだよね」
「ああ、それなら心配ないぞ、そのスーツの頭部パーツはまだ未完成だから着けていない、それにマスクがついて完成だ」
話ながらも兼一は真の様子がかなり乗り気になってきているのを感じていた、最初はお義理でつきあってやろう、くらいの意図が透けて見えていたが、今は面白いオモチャを手に入れた少年のような目をしていた。
元々合気道の大会で優勝するくらいなのだから、勝負事が嫌いな性格ではないと考えられた、うまく押せばなんとかなるかもしれない、そんな事を考えると、少し遠回しな話から入ってみた、
「なぁ、部員数10人くらいの弱小野球部が、100人以上部員がいるような名門校を打ち破るとか、どう思う?」
いったい何の話をはじめるのだろうか?と少し怪訝な顔をしながらも、質問の内容自体はそれほど複雑なものではなかったので、あまり考える事無く、素直に回答した、
「痛快だね!なんかそういうのいいよね!」
「おお!わかるか!やはりGiant Killing、大番狂わせにはロマンがあるよな!」
『しめた!』心の中で喝采を叫びながら、この流れならいけるかもしれない、そんなことを考えながら続けた、
「大企業がバカスカ開発費用をかけて作ったスーツを大学生がサークル活動で作ったスーツで打ち破る!メダリストやチャンピオンを現役女子高生が打ち破る!燃えるシュチュエーションだと思わないか?」
自分で言っていて、ほぼ漫画のような展開だと思ったが、実際にそんな事になったら大騒ぎになり、連日注目の的になる、そうすれば自分達の作ったスーツが注目される、たとえ一回戦で負けても話題性で十分注目を集められるのではないか?そんな打算もあったが、予想以上に彼女は乗り気になった。
「いい!それいい!」
『墜ちた!こいつ予想以上にチョロイ!』そんなことを考えながら、追撃のように、話を進める、
「では、一緒に頂点を目指そうじゃないか!」
「おお!」
柿崎(兄)は妹に向かってボソッと呟くように尋ねた、
「お前の友達、そのうち悪い男に騙されるんじゃないか?」
妹はそれを聞き「とりあえず、大会が終わったら注意しとく」とだけ答えていた。