異世界で片思い
野上可憐
17歳
地味顔
恋愛体質
アルナルド
19歳
貧乏貴族出の騎士
金髪碧眼の美形
橘由加里
17歳
可憐の幼馴染
美しい神子姫
ニーナ
7歳
アルナルドの妹
可憐大好き
「クラスメイトのミホちゃんから借りたラノベは、神子として異世界に召喚された主人公が美形の騎士と恋愛する胸キュンラブストーリーだった。美形騎士なんてしょせんは空想の生き物だと思っていたけれど、なんとわたくし、野上可憐17歳、ただいま騎士様と恋愛中です!」
「うるさい。口を動かす暇があったら、働け。この穀潰し」
「わーひどいー騎士のくせに可憐な乙女を蹴るなんて最低デスよー」
「お前のどこか可憐な乙女なんだ。馬鹿馬鹿しい」
アルナルドはフローのたてがみをブラッシングしていた手を止めて立ち上がった。
ブラシを片付けて大人しくしていた愛馬にご褒美の角砂糖を与える。
自分だけ屋敷に戻る気満々だ。
「え、ちょっと待って。私まだ終わってないんだけど」
「餌やりが終わったら、肥料作りやっとけよ」
「ええーあれ超臭いじゃん」
「やらなきゃ飯抜きだと思え」
「・・・慎んでやらせて頂きます」
家畜小屋を出て行こうとしたアルナルドが、戸口で振り返った。
「ユカリ様がお前に会いたいと言っていた。今日の午後、支度して待っていろ」
「おお。久しぶりのお誘い。ユカリってば、最近超忙しそうだもんね。神子様っぽくなったし」
アルナルドは、無表情で私の顔をジッと見つめた。
「もうユカリ様を責めないのか?」
「ユカリを責めても、状況は変わんないことが分かったんだ。悲しい気持ちになるだけ。私はね。この世界で恋に生きるって決めたの!」
バケツを放り出してアルナルドに突進してガバッと抱きついた。
「大好きよ、アルナルド。あなたが泣いている私にハンカチを差し出してくれた時、あなたに恋したの」
上目遣いで見上げると、アルナルドは思いっきり迷惑そうな顔をしていた。
そこは胸がドキッとする場面ですよね。
「その話は五百回位聞いた。服が汚れるから離してくれ」
素っ気なく言い放ち、アルナルドは、屋敷の方へ行ってしまった。
今日も脈なし。
***
そろそろ、自己紹介しましょうか。
私の名前は、野上可憐といいます。
年は17歳。
元々は皆さんと同じ日本生まれの日本育ちの中学生でしたが、ある日突然、幼馴染の橘由加里と異世界トリップしてしまいました。
由加里は地味顔の私と違ってウルトラ級の美少女なんだけど、その由加里がなんと異世界に平和と幸福をもたらす神子姫だったのです。
神子姫召喚に巻き込まれトリップしちゃった友人とは私のことですよ。
由加里と私は私達を召喚したメリア国の城で生活することになりました。
由加里は神子姫の能力(?)を使って異世界の人々と会話することができましたが、おまけの私がそんな能力を持つはずもなく、異世界の言語を使えるようになるのにとても苦労しました。
異世界に来て一年が経った頃、私は私達がもう二度と元の世界に帰れないことを知りました。
私は由加里のせいだと彼女を責めました。
優しい由加里は自分も辛いのに私の一方的な言い分を黙って聞いていました。
一カ月間、私は由加里と口を利きませんでした。
ある日、一人の騎士が城の中庭で泣いていた私に声を掛けました。
明るい金髪と青い瞳をした騎士は、私にハンカチを差し出しました。
それから騎士はなにも言わず私の隣にいてくれました。
私は彼を好きになってしまいました。
騎士の名前はアルナルド。
由加里を警護する騎士の一人です。
アルナルドに恋した私は、由加里と仲直りすることに決めました。
由加里は本物の神子姫みたいに広い心で身勝手な私を許してくれました。
その時初めて、私は由加里が神子姫として呼ばれたことを実感しました。
さて、由加里と仲直りした私は、アルナルドに猛アプローチを開始しました。
アルナルドの実家がとても貧乏で、幼い妹がひとりぼっちで留守番していると聞きつけた私は、アルナルドの実家に押し掛けました。
アルナルドは嫌がって私を締め出そうとしました。
アルナルドの妹ニーナは、流行病で両親を亡くして以来塞ぎ込んでいると聞いていましたが、私とアルナルドが言い合いしている姿を見て大爆笑しました。
何故だか分かりませんが、私はニーナに気に入られました。
私に懐くニーナを見たアルナルドは、私を住み込みの使用人として雇うことに決めました。
一緒に暮らすようになって私はニーナが大好きになりました。
ニーナは一見引っ込み思案な大人しい子に見えますが、中身はイタズラ好きの茶目っ気たっぷりの女の子でした。
ニーナと私は毎日一緒に食事をしてお風呂に入り同じベッドで寝ました。
もちろん私はニーナの友人でありながらアルナルドに雇われた身でもありますから、炊事、洗濯、掃除、家畜の世話と何でもやりました。
貧乏なアルナルドの家には私以外に使用人がいなかったので、私が来る前はアルナルドが家事をこなしていたそうです。
アルナルドは良い雇用主でした。
私の作る料理を不味いと貶しながら残さず食べてくれるし、騎士の仕事が早く終わる日は家事を手伝ってくれました。
何より、好きな人と一緒にいられるのは幸せです。
そんなこんなで、私の異世界生活は、四年目に突入しました。(←今ここデス)
***
定期的に神子姫に御目通りできるのは、幼馴染特権だ。
由加里はどんなに忙しくても、私を城に呼ぶ。
城にいてほしいと言われるが、断っている。
アルナルドの近くにいたいんだもん。
「神子姫様、ご機嫌麗しゅう」
「元気そうね、可憐。わざわざ来てくれてありがとう。なかなか会えないから呼んじゃった」
神子姫の幼馴染は、私を隣の席に招いた。
警護中のアルナルドが眉をひそめたけれど、私は無視して由加里の隣に座った。
無礼で結構。
友達だし。
「由加里、忙しいそう。ウチも相当ブラックだけど、神子業もブラック職種だよね」
「私ができることはやろうと思っているの」
由加里は日毎に綺麗になる。
えらいな、といつも思う。
由加里のためにできることがあるとすれば、こうして会いに来て、元気に楽しくやっている姿を見せることだと思っている。
由加里と一時間ほどお喋りした後、私はお土産のお菓子をもらってアルナルドの家に帰った。
アルナルドの帰宅が遅くなりそうだったので、ニーナと二人でパンケーキを焼いて食べた。
夕食がパンケーキなんてアルナルドにバレたら、絶対叱られる。
ニーナと私は素早く食べて皿を洗って証拠隠滅した。
一緒にお風呂に入ってニーナが眠るまで本を読み聞かせした。
たった三年で、本まで読めるようになった私は我ながらすごいと思う。
恋の力ってすごい。
枕元の明かりを消そうとしたとき、階下のドアが開く音が聞こえた。
私はニーナを起こさないようにそっと寝室を出た。
コートを脱いでいるアルナルドに声を掛ける。
「おかえり。遅かったね」
「晩餐会の警護があった」
「夕食は食べた?明日の朝ごはん用に野菜のシチューを作ったけど、温める?」
「ああ」
アルナルドがお風呂に入っている間、私はシチューを温めて、暖炉の火でパンを軽く炙った。
湯上りのアルナルドは冷えたビールを飲んで、私はホットミルクを飲んだ。
アルナルドは、シチューに入っていた不恰好な人参を訝しげに眺める。
「ニーナが野菜を切ってくれたんだよ。人参はハート形にしたんだって」
「・・・美味い」
「ふふっ」
分かりやすいシスコンぶりが面白く、思わず笑ってしまう。
青い目が私を見つめる。
ふとアルナルドの手が伸びてきて、私の髪に触れた。
「・・・ゴミついてる」
えー!なにそれ!
期待してドキドキして損した。
「私、寝る。たらいに水が張ってあるから、食べ終わった食器を入れといてね」
「カレン」
「何?お休みのチュー?」
「ユカリ様はお前にしか心を許していない。神子姫を悲しませることだけはしないでもらいたい」
「うん。もう由加里を傷つけないよ」
「それならいい」
アルナルドが大事なものは、この世にたった二つだけ。
ニーナと由加里。
泣いている私にハンカチを差し出したのは、由加里に頼まれたからだって知っている。
私をそばに置いているのは、ニーナが私に懐いてくれているからだ。
アルナルドは、私を見ていない。
それでも、私はいつかアルナルドにとって三つ目の宝物になりたいんだ。