私の中の動き出した世界
浅井那岐くん。私が働いているカフェ木漏れ日のマスターの従兄弟らしい。
今のマスターが髭をそって数年若返れば、そっくりだなと思う。生徒会長が何処かで見たことがあると思ったのはきっとマスターの面影があったせい。
マスターの従兄弟ってだけで、警戒心がゼロになる私は単純だなぁって思うけどね。だって、行先が同じ喫茶店だって言うし荷物持ってくれるって言うし、私はかんざし買いたいし。那岐くんの言葉に甘えました。
マスターも『浅井』だから、那岐くんに下の名前で呼んでと言われたので、呼ばせてもらっているけれど、私は『マスター』としか呼んでないからその必要はないとは思うんだけどね。
荷物を持ってもらっているから、素直に呼ぶことを承諾しました。やっぱり私って単純。
「那岐くん荷物ありがとう。お陰さまで妹にかんざし買えちゃった。とても助かりました」
並んで喫茶店に向かう。那岐くんてば車道側を歩いてくれるの、優しいよね。それに荷物を持って待っててくれるって、本当に紳士。さすが生徒会長。
「いえ、その。秋奈さんのお役に立ててとても嬉しいです。今もその、一緒に歩けて。はい、夢みたいです」
「何か過大評価してない?夢みたい、なんて。なんだか不思議」
那岐くんとは今回が初対面だよね、でもマスターの従兄弟なら喫茶店で会ったことがあるのかも知れないし。でも記憶にないんだよな。
「はい、その。秋奈さんとはカフェ木漏れ日で、助けてもらいました。今の僕があるのも秋奈さんのお陰で」
「えっ、そうなの?ごめんね、全然覚えてない」
「そりゃそうですよ。今と姿違いますし、その時はもっと前髪長かったですし。いつも喫茶店の中で隅っこに縮こまって日々を過ごしてたのに、秋奈さんに救われたんです」
言われてみれば、そんな子いたかも。マスターの従姉妹というで、しばらく預かってるって言っていた女の子。会話はしたことないけど、話しかけてはいたな。「今日は過ごしやすいね」とか「夕焼け綺麗だね」とかありきたりな言葉だったけど。
「私、その子には何もしてないよ」
「恥ずかしい話、両親が過保護で将来をかなり期待してて。逃げれないレールの上に立たされていた頃だったんです」
顔を赤らめて、話す様子は生徒会長って言葉があまり似合わないのだけどね。
「そんな時、従兄弟の拓海兄さんに誘われて。あのカフェ木漏れ日に喫茶店で数日間暮らしていたんです。何もしないで、ただ時間が流れるなんて初めてでした。焦りもなく苛立ちもなく静かな気持ちで過ごせたんです。そこにあなたが、秋奈さんがいた」
「なんか那岐くんの中で私のこと美化されてないかな」
マスターから聞いた話で勝手に従姉妹だと女の子だと思ってたなんて言えない。思春期という時期の中で、春奈のこれから来る思春期のことをを思ったらほっとけなかったんだよね。話す声も聞いたことないし。
まさかの従兄弟、男の子だったなんて。
「そんなことないです。自分に自信が持てたらちゃんとお礼を言おうと思ってました。でも、今日秋奈さんを見つけて、思わず声をかけちゃいました」
この、那岐くんってば可愛いじゃない。真っ赤っかな顔をして、でも恥じらっていて。そんじょそこらの女の子よりもよっぽど可愛い。春奈と一緒に記念撮影したいかも、もちろん那岐くんにはスカートはいてもらって。絶対可愛いよね、おっきなテディベアを抱き締めてもらってもいいかも。
って、思考がやばい方向に進んでる。
「秋奈さん?今日は僕はこれで失礼します。また、明日」
「えっ、は?えっと。はい、また」
気がつけば喫茶店の中。持っていたはずの紙袋もカウンターに置いてあるし、どんだけ妄想じゃなくて想像していたんだろ。恥ずかしい。
「お帰りー秋奈。那岐、元気になっただろう?」
「そうですね、マスター」
気を引き締めないと、これから忙しくなる時間帯だし。
「あーんなに、可愛かったのに時は残酷だよな」
マスターの言葉に心の中で頷く。今もとっても可愛いと思う。
「女の子、だと思ってただろう?」
その言葉に手に持っていた春奈のプレゼントを落としそうになっちゃった。ジロリとマイナーを睨むけれど、ニヤリと俺は知ってるという顔をする。本当に嫌な笑顔だ。
だから私、にこりと笑っておきました。
*****
side春奈
今日もルンルンで学校に行く。大和は直ぐに気が付いてくれた。そう、昨日あき姉にもらったかんざしを身に付けて学校に行くのだ。浴衣の買わない事を残念がっていたけれど私があき姉の浴衣を着たかっただけだったのに、可愛いかんざしプレゼントしてくれて。あき姉大好き、今日は1日きっと楽しく過ごせそう。
よい気分で過ごせそうだったんだけどな。なんで私が、生徒会長に呼び出されなきゃいけないんだろう。大和が心配してたから同席してもらってるけど、だって1人で来いとは言われてないもん。
生徒会長の浅井那岐。お人形のような顔立ちで女子の人気はめっちゃくちゃ高い。あまり話すことはせずに、大事なことを簡潔に伝える寡黙な人。副会長がおしゃべりだから良いコンビなんだろうけどね。
生徒会室には生徒会長しかおらず、応接セットの長椅子に大和と並んで座るように指示を受ける。
生徒会長も腰を落ち着かせるのを見てから、大和が口を開く。
「生徒会長、春奈になんの用ですか?」
「君は?呼んでない」
生徒会長の切れ長の目がすうっとさらに細くなる。
「ごめんなさい。何の用事か分からなくて大和に付いてきてもらいました」
「まぁ、いいだろう。立花春奈」
緊迫した声に思わず姿勢を正す。
「その、まぁ……あの、だな」
何故か口ごもるし生徒会長。いつもずばっと話すのにとても珍しい。その思いは大和も同じようで、膝の上に置いた大和の手がぎゅって握りなすのを目の端でみた。
「いや、男らしくないな。こほんっ立花春奈」
「は、はい」
「そのかんざしは?」
えっ用事ってかんざしの事?あき姉に貰ったかんざしだからいくらでも自慢できるよ。後で悠斗をからかって遊ぼうかな。
「姉にもらいました」
「そう……」
一言告げると生徒会長は下を向いてしまった。何かを決めたのか顔を上げ、私を睨んでくる。睨まれるような事した覚えないんですけどーっ。とっさに大和の制服の袖を摘まむ。
唾を飲み込む音が部屋に響き渡りそうなくらいの緊迫した空間の中でゆっくりと生徒会長が口を開ける。
「立花秋奈さんには、恋人がいるのか」
今何て言った。
えっと「立花秋奈さんには、恋人がいるのか」って恋人!?
「はぁ?生徒会長ってあき姉知ってるんですか」
あき姉もいつの間に。まさか生徒会長の好きな人ってあき姉なの。
「あの、生徒会長は秋奈姉さんと何処で知り合ったんですか」
そう、私も知りたい。どこであき姉は生徒会長をひっかけたの。
「質問に答えてもらおう。秋奈さんには」
「まだいません!で、生徒会長はどこにあき姉と知り合ったんですか」
そう“まだ、恋人はいない”でも、あき姉に好意を持ってる人は他にもいるらしいし、このままじゃヘタレが泣きを見るかも。
「カフェ木漏れ日」
「そこってあき姉の職場」
これはヘタレ悠斗には部が悪そう。なにかきっかけ作らなきゃ。いや、きっかけ作る必要あるのかな。私としてはあき姉が幸せにしてくれる人なら良いんだけどね。生活面で苦労しないというのが前提だけど。
生徒会長だから、将来は有望だよね。と、手に暖かいものが触れる。ちらと大和を見れば帰ろうと目が訴えてる。
「生徒会長、用件はそれだけですか?それでは失礼します」
大和は袖を掴んでる私の手をぎゅって触り、手を繋ぎなおした。そして生徒会長にむかって会釈をする。手を振り払うこともせずに私もペコリと頭を下げて2人で生徒会室をあとにした。
その後悠斗の為の作戦会議をこっそりとしてあげる私達、優しいよね。