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短編集

近未来東京

作者: 宛路マリ

構想がもっと練れたらシリーズにしようと思っています。

 

 まて、落ち着け。

私は叫ぶのをやめ、早まった動悸を抑えるように胸に手をあてた。


 足下にあるのは青空だった。

 でも地に足がついている感覚はある。


 辺りの光景をぐるりと一周見渡して、私はこう結論づけた。

 通りを埋め尽くす湾曲した建築物は、ショーウィンドーを見せたお店。上空を飛んでいるのは人型ロボット。歩いている人々の周りに浮かんでいるのは、ホログラムの操作パネル。私が立っているのは、その下にある青空を一切の曇りなく見ることが出来る程、限りなく透明なガラス。

 そしてここは、近未来世界なのだ、と。




 今日は部活が休みだったので、私はふと、どこか知らない町へ行こうと思い立った。ちょっぴり贅沢して、電車に乗って定期券の範囲外へ。聞き慣れなくて、清潔感がある感じの、でもワクワクする名前の駅で下車した。


 改札を抜け、人型の銅像を中心に据えた駅前の広場に出た。チェーン店がポツポツと広場を囲むように並んでいたが、微妙にマイナーなお店ばかりで、なんだか気分が妙に高揚した。


 駅を背にして進んでいくと、すぐにコンビニも無くなっていき、したもやの間に文具屋、古本屋、煎餅屋だとかが三軒おきに並ぶ、かろうじて商店街の体裁を保っているような立ち並びになった。幾つかシャッターの閉じた店もある。

 いよいよ私は楽しくなってきて、足の赴くままに気になった路地に入ったりしているうちに、少し身震いしてしまう程、周りが開けてだだっ広い、寂れた建設現場に行き着いた。


 人の気配が感じられず、まるで高野かと思う程その周りは殺風景だった。その中心には大きな建設途中の鉄骨の骨組みがある。規模で言ったらショッピングモールくらいだろうか。

 建設予定表や大型重機だとか白い仕切りだとか、そういう物が一切ない。それがここの奇妙さを生み出しているのだろう。これではここが建築途中なのかさえわからない。ただただ鉄骨がそびえ立つだけだった。


「なんだここ・・・」


 独りぼっちの私を取り囲むように激しい虚無感が襲ってきた。寂しさに呑み込まれてしまうような気がして、私は声を出さずにはいられなかった。


 その鉄骨造は近未来のディストピアのような、発展と荒廃を感じさせた。だが同時に、どこか郷愁感もあるのが、なぜか心を惹き付けた。


 近くによって見たいという思いが、ふつふつと湧き出てきた。視界の端に、何故か一つだけポツンと立った、白い立ち入り禁止の看板が見えたが、申し訳程度に立っているだけで、周囲は鎖や縄で遮られてもなかった。


「あーあー見えませーん」


 見えなかったことにして鉄骨造へと向かう。襲ってくる虚無感を振り払うように、勢いよく歩く。

 近づいていく道すがら観察したが、どうやら中の建設については全く手を付けられていないようだった。


 目の前まで辿り着くと、奥に何やら光っているものが見えた。確認しようと一歩踏み出した瞬間、その足下から、まるでデータを上書きするようにモザイクが一瞬で広がった。解像度の低いものから段々と鮮明になって、見えている風景が別の風景へと変わっていった。


「え?」


 すぐさま後ろを振り向いたが、元の風景は既になくなっていた。


「嘘でしょ…ってえええええうわあああああああ」


 そして上書きされた風景は、青空の上だった。





 通りの中心でひとしきり叫んだ後、現状を確認した私は、主に精神的疲労から膝に手をつき溜め息をついた。俯いた先に見えるのは、地面ではなくまばらに雲が漂う青空だったので、気が休まることは無かったのだが。

横目で伺うと、周りの人々のうち何人かは立ち止まって、突然大声を出した私を訝しげに見ていた。殆どの人はちらりとこちらを見た後、そのまま我関せずと歩き去っていく。現代日本と同じ、いや、それより冷淡な感じだ。


「大丈夫ですか?」


 奇声を上げるのをやめ、大人しくなった私の様子を見て、近づいて話しかけてきた人物がいた。

 私は反射的に現代日本人の自己主張の弱い、いや思いやり深い性から、大丈夫です、と笑顔で応えようと顔をあげた。

 だがその見上げた顔が、藍鉄色の鉄板部品で構成されていたので、驚きのあまり身体が動かなくなって、大丈夫の『だ』の口で半笑いのまま、その顔を見上げて固まってしまった。


 私の心臓の機関は、今日一日に何度も活動を急停止しているのできっと大忙しだろう。基盤を操作する小人のようなものが、ワタワタと動いている様子を想像して、少し癒された。


 後でゆっくりいたわってやろう、というところまで思考を現実逃避させていたところに、先のロボットから二度目のアクションがきた。


「大丈夫ですか?」


 さっきより声が少し穏やかだが同じ問いかけがきた。同じ言葉でも場合によって違うパターンが用意されているようだ。

ロボットは白色の、警官のような格好をしている。


 彼に応えなければ、と思いやっと呼吸を再開させ声を出そうとしたが、そもそも今の状況は大丈夫とは言い難い。

 なので、何とこたえたらいいか分からなくなってしまい、『あ』とも『え』ともつかないような間延びした声を出して、誤魔化しつつ考えたのだが、未だに動揺した頭では一つの考えさえまともに出てこなかった。


 とりあえずこの疑問だらけの状況をなんとかしようと思い、ロボット様に大変失礼なことではあるが、質問に質問で返させて頂くことにした。


「えーと、ここってどこらへんですかね?」


聞き方には気をつける。あくまで自然に、この世界の住人ではないとさとらせないように。彼への言動がどこかの機関に筒抜けになっていて、異世界人は捕らえられてしまう可能性も無きにしもあらずなのだ。

 まあ、異世界にトリップして、まるで物語の主人公になったつもりでいるから、無駄にそんな事を考えてしまうのだが。厨二病ともいう。


「ここは西東京都11区35番、あけび通りです」


一瞬耳と、自分の記憶を疑った。現代日本にそんな地名はなかったはずだ。


「に、西東京都?」

「はいそうです」


ロボットは淀みなく応えた。

 ここは近未来世界だとは思っていたが、どうやら地球の近未来らしい。未来では東京がドイツのように東西に分かれたのだろうか。

 いったい何があったというのか。というより、ここは何年後の東京なのだろうか?


「今日って何月何日ですっけ?」


 不審に思われないように日付を忘れた振りをして聞いた。


「七月十日です」


 私が来た日と同じ日だ。


「ちなみに今、西暦何年でしたっけ?」

「西暦2100年です」


 なるほど、日付は同じ約八十年後の世界に来てしまったらしい。八十年後でも西暦は使われているみたいだ。

いや、単にロボットが質問に対して正確に応えただけで、そうとは限らないとは分かっていたが、少しでも現代日本との類似点を見つけなければ、なんだか泣きだしてしまいそうだった。

 だが相反して、色々と日本がどうなったか見てみたいという気持ちもある。だが、深入りしたら元の世界に戻れなくなるような気がした。

 というか、どうやって戻ったらいいのだろうか。


「あのー、タイムマシンってあると思います?」


 あくまで彼個人の考えを聞くように問いかけた。タイムマシンのことを探っている人間がいる、と何処かに通達されて以下略なんてことは困る。

 こんなに発展しているし、私は実際に過去から飛ばされてきたのだから、無くては困るのだが。

 しかし次に聞こえた言葉は、期待はずれの事実だった。


「タイムマシンは存在を認められていません。それを研究及び開発することは法律で禁止されています」

「え、な、ないんですか」

「はい、現在この日本には存在しません」

「うっそ……」


 身体から一気に力が抜けていく気がした。無意識に脳の隅に押し込めていた、最悪のパターンだった。帰る手段がすぐに見つからないという事実は私に大きな衝撃と、絶望を与えた。

 少し、彼の言い回しに引っかかることがあるような気がした。だが、今ばかりはそんな細かいことを考えていられる精神状態ではなかった。


「ど、どうすれば……ってえっ?」


 絶望に浸り、膝から崩れ落ちそうになったとき、急に何者かに腕を引っ張られた。


「おまえ、ちょっとこっち来い」

「えっ、えっ?」


 革製の帽子と空気穴の空いた黒いマスクに、曇ったゴーグルを付けた完全防備の少年に、かなり強引に路地裏に連れ込まれた。先程の衝撃のあまり、もう振り払う気力すら、私には残されていなかった。少年はどんどん奥へと進んでいく。

ガラス張りだったビル群は、奥に進むにつれて元いた時代の雑居ビルの裏手のような風景に段々と変わっていった。過去の風景も残っているのだなと、少しホッとした。


 そのまま引っ張られるままに入り組んだ路地裏を進むと、彼はある袋小路で立ち止まり腕を離した。そして辺りを警戒した後、素早く下にあったマンホールを開けて中に入ってしまった。

 マンホールって少年の手でも開くほど軽かっただろうか。


「はやく」


 中から手招きされた。誰かに見つかるとまずいようなので急いで彼の後に続き、マンホールの中に入る。


「このフタ……は……」

「閉めといて」


 外のマンホールを引っ張ると木材程度の重さだったので、案外すぐに閉めることができた。なるほど少年にも一瞬で開けられる訳だ。少年は既に下へと梯子を降りている。私も急いで後に続いた。


 梯子を降りている途中で気がついた。今、この少年が上を向いたらスカートの中が丸見えになるな……。まあ、部活の短パンを履いているから別に構わないのだが。


 少年は梯子の途中で止まった。彼が左手でコンクリート壁を探ると、あるポイントで手が壁をすり抜けた。そしてその次の瞬間、彼はその壁の中に全身で入っていってしまった。

 と、思ったら顔と手が出てきた。


「おい、お前もこ……いよ……」


 言葉が一瞬詰まったのはどうやら呼ぶ際にスカートの中を見たらしい。語尾は若干悲しそうだった。残念だったな、少年。


 少し降りて私も手探りして入ってみた。もう少年は何者かとかは気にしない。

 中はしっかりと作られた通路になっていて、天井からビームみたいな物が入り口に放射されていた。どうやらコンクリートの壁に見えていたものはホログラムだったらしい。ビームの始点には小さいが四角い機械があった。


 プシュゥゥゥゥという音がしたので通路の先に目を向けると、少年が赤く錆びたドアのハンドルを回していた。立ち上がって近づく。抜けてくる空気からはこの時代に来てから嗅いだことのない、どこか懐かしくてあったかい匂いがした。

 そして漏れる灯りが段々と広がりドアが開かれた。今いる通路が暗いせいで、中がとても眩しく光っている。

 暖色の光の先に見えてきたのはどうやら民家のようだった。


「ただいまー」


 少年は私を置いてスタスタと入って行ってしまった。


「お…じゃましまーす」


おずおずと私も中に入る。


「おうおかえりー……って、なんじゃ、久しぶりに新人連れてきたのか?」


 聞こえてくる返事はしわがれ声だ。


「まだわかんねー」

「お前……まーた何も言わずに連れてきおったな?」


 少年の後を追ってリビングに入ると、肘掛け椅子に座った白髪の老人がいた。

 一服している最中だったらしく、右手のキセルから煙が出ている。

 目が合うと笑いかけてきた。


「こんにちは、おじょーちゃん。まあまあ、そこら辺に座りなさいな。カケル、お茶準備しなさい」

「はぁーい」


 少年は奥の台所に小走りしていった。

 私は近くにあった一人用の赤いソファーに座った。金の装飾で縁取られていて高級そうだったので、一瞬座るのを躊躇ったが、他にも二つ程あって主人用のソファーという訳でもないようなので問題ないだろう。


「ふむ……して、おじょーちゃんはあの小僧に何も聞かされずここまできたのかな?」


キセルをふかしながら、いかにも好々爺といった笑顔でその老人は聞いてきた。


「はい……」

「おじょーちゃんはどこの出身かな?」

「えっと……」


 まさか本当の住所を答えるわけにも行かない。どう嘘をつくか逡巡した。


「もしかして、別の時代からやって来た、とかかね?」

「……」


 ばれた、と思った。驚きが顔に出てしまった。頭がまた真っ白になる。

なぜ分かったのだろうか。私だけがパニックになっているだけで、そんなに珍しいことでもないのだろうか。それとも、私が過去から来たことを聞き出して、警察か何かに突き出すつもりなのだろうか。

 不安そうな私を見て、


「安心せい、どう答えてもワシらはおじょーちゃんに危害を加えたりはせんよ」


 と、老人は優しく言った。どうも嘘には聞こえなかったので正直に答えることにした。


「……だいたい、八十年くらい前から来たみたいです」

「そうか……不安だったじゃろ。丁度あったかいお茶も来たところだし、一旦落ち着きなさいな」


 少年がお盆に湯呑みを乗せて持ってきた。机に置かれていく湯呑みからは湯気が出ている。

 少年が三つとも机においてソファーに座ったところで、老人からお茶を促された。有り難く頂く。

温かい熱が胸の辺りを通ってお腹に流れ込む。焦っていた心も静まっていくようだった。


 そしてしばらく無言のままお茶を飲んだ。何も考えてはいなかった。

 頃合をみて、老人が落ち着いたかね、と聞いてきたので素直に頷いた。頭もようやくまわってきたように思う。


「まずはこやつが君を連れてきた理由から話そうか。ワシらはな……」


□□□□


 そして私は、彼の口から語られた衝撃の真実を知ることになる。


 彼らの活動に協力する代わりに、彼らに助けてもらいながら、タイムマシンを探し出す冒険に出るようになるのは、そう遠くない未来の事だった。

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