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揺れる心。そして再会

 レオン様たちが村から去って、三ヶ月が過ぎようとしていた頃。私は、自分の体の変化に気付いた。月のものが来なくなり、激しい目眩と吐き気。

 うろたえる私を、家族と村の皆が支えてくれた。


 妊娠中に、レオン様から一度だけ手紙が届いた。


 人の身でありながら竜族との間に子供を作ったせいなのか、私のつわりはとても酷いものだった。

 尻が小さいとからかわれ、笑われていたのが何年も昔のように、私はお母さんが私から隠れて泣くほどに肉が落ち。あっというまに骨の上に皮だけがあるような姿に変わってしまったのだ。

 そんな時、嬉しそうに私の家へと駆け込んできた村長が、私に一通の封筒を渡した。

 初めて見る真っ白な封筒の中には、同じように真っ白な便箋にとても綺麗な文字が書かれている。


『ルリア、元気にしているか? なかなか迎えに行けずにすまない。少し片付けなければいけない問題が起こった。同封してある物を私と思い、今しばらく待っていて欲しい。愛しているよ』


 私が震える指で封筒の中を確認すると、あの日、私が目を奪われた青銀の鱗が一枚、同封されていた。

(レオン様、一体どれが貴方の本心なんですか? 私は、貴方を待っていてもいいんですか……?)

 私は溢れる気持ちのまま涙を流し、村長に便箋を分けてくれるように頼む。すると、すぐさま村長の持つ一番上等な紙を持ってきてくれた。この手紙を届けてくれた騎士様が、まだ村長の家で待っていてくれるというので、私はレオン様に『いつまでも待っています』と返事を書いた。


 レオン様から貰った鱗は、お母さんに頼んでネックレスにしてもらった。すると、不思議とつわりの症状が落ち着き、私は少しずつ元の体に戻っていった。

 そうして皆に支えられ、私はその一年後、小さな卵を産み落とした。


 最初は片手に乗るほどだったその卵は、温めようと毎日抱きしめているうちにどんどん大きくなり、今では人の赤ちゃんと同じほどの大きさにまでなった。

 一年以上の妊娠期間。そしてようやく生まれたのが卵ちゃん。その事実は、村のみんなにこの子の父親が竜族であり、貴族であることを気付かせるのに十分だった。

 でも、皆は一度も私に父親のことを聞かずに、卵ちゃんのアディーを村の仲間として受け入れてくれた。

 私は、みんなの優しさに感謝し助けられながら、一人でアディーを育てていた。でも最近、私は卵ちゃんの成長に不安を感じ始めている。


 アディーが生まれた当時、私は温めていればそのうち卵から孵ると思っていた。でも、アディーは卵のままどんどん大きくなっていく。

 今の大きさになってからは、それすらも止まってしまう。どれ程待っても孵ることはなかったけど、その代わりに、アディーは卵の中から声を飛ばしてくるようになった。

 村には人族しかいない。誰に聞いても竜族の子供の育て方が分からないし、村長の家の本にも竜族のことが書かれている物はなかった。

 私が途方にくれていたときに、その人はやってきた。


 ノエル様は、この三年の間に二度村を訪れていた。

 一度目は私がアディーを産んですぐ。二度目は、帝都に来る七日前だ。

 ノエル様がこの村に何の用があったのか、私には分からない。一度目のときは、私の家の玄関で私の顔をジッと見つめていた。

 そして、私の何度目かの「ご用件はなんでしょうか?」という言葉に、眉間にしわを寄せながら聞いてきたのだ。


「レオンが好きか?」


 それに、私は「はい」と返事をした。

 私の返事を聞いたノエル様は、私の胸元を見つめて溜息をつくと、それ以上何も言わずに帰っていった。

 七日前にきたときも、同じようにレオン様を好きかと聞かれて、私は「はい」と答えた。すると、ノエル様は玄関から部屋の奥を見つめ、今回は言葉を続けた。


「あれから、お前は人族と番えていたらせずに済んでいた苦労をしただろう。それでもか」

「私は何も苦労などしませんでした」


 私の言葉を聞いたノエル様は、一度深いため息をつく。


「二週間後、第一皇子の立太子式と……婚約式がある。帝都では盛大なパレードも行われる」

「それは……おめでとうございます?」

「娘、レオンの正式な名は、レオンハルト・コルテ・トフ・イリストだ」

「……え?」


 レオン様の名前を聞いて青ざめる私を、ノエル様は眉間に寄せていたしわを解いて見つめる。


「名の意味は分かるな? それでもお前がレオンを想うのなら、俺はもうお前を止めようとはしない」


 それだけ言い、振り返ることなく去っていくノエル様の背中を、私は呆然としながら見送った。

 『レオンハルト・コルテ・トフ・イリスト』それは大国イリストの第一皇子の名。

(そういえば、イリストは代々竜族が治める国だったね)

 世界最強種族といわれる竜族が治めているからこそ、イリストは千年を超える歴史を持つ、大陸一の国なのだ。

 私はふらふらと覚束ない足で部屋に戻ると、ノエル様に見つからないように、部屋に残していたアディーを抱き上げた。


『ルリア、どうした?』

「ねえアディー。一緒に帝都見物に行こうか」

『テイト? ルリアはそこにイきたいのか』

「うん。今度ね、そこで大きなお祝いのパレードがあるんだ。パレードってね、とっても楽しくて、素敵なの。だから、ね、二人で観に行こう。家族旅行しよう」

『ルリアとイッショなら、イく』


 嬉しそうなアディーを揺らしながら、三年前に一度だけ訪れた帝都の様子をアディーに教えてあげる。

(バカだなあ私。いつか本当にレオン様が来てくれるって、信じてしまってた。アディーに一度だけでも、レオン様を……父親の姿を見せてあげたい。そうすれば、もしかしたら卵から孵ってくれるかもしれないものね。アディーにレオン様を見せてあげて、いい加減、夢から目を覚まそう)


 数日後、私はパレードを観るために、アディーと少しの荷物を持って、帝都へと向かった。




 アディーをナルクさんに見てもらい、今日までのことをエリーに話し終えた私は、全部話し終わったと同時にエリーに抱きつかれた。


「ごめん、ごめんねルリア!」

「何でエリーが謝るの?」


 私の首にしがみつき、傍にいてあげなくてごめんと謝り続けるエリーを抱きしめ返す。暫くそうしていると、控えめに部屋のドアがノックされた。

 エリーの返事を聞いて入ってきたナルクさんは、アディーを抱いたまま途方にくれたように眉を下げた。


「話中にごめんね。アディー君がルリアさんがいないと淋しいみたいで」

『シツレイなことをイうな! オレはオレがいないとルリアがナくから、ソバにツれてイけとイっただけだ!』

「アディー、心配してくれてありがとう」


 ナルクさんから受け取ったアディーをギュッと抱きしめると、アディーは嬉しそうに笑ったようだった。そんな私達を見ていたナルクさんが、私に確認するように聞いてくる。


「ルリアさん、アディー君は竜族だよね?」

「はい」

「そうか……あのね。随分前に聞いた話だけど、竜族の卵は、孵るときに竜族の大人の協力が必要だと聞いたことがある」

「え!?」

「詳しくは知らないんだけど、前に店のお客達がそんな話をしていたことがあるんだ」


 ナルクさんの話に、私はエリーと顔を見合わせた。

(それじゃあ今のままだと、アディーはいつまでも卵ちゃんのままなの?)


「あの、もし誰か竜族の方に協力してもらえれば、アディーは孵ることができるんですか?」


 幸いここは帝都だ。七日後のパレードを見学するために世界中から観光客が来ているだろうし、探せば協力してくれる竜族の人を見つけられるかもしれない。

 そう思ってナルクさんに詰め寄れば、ナルクさんも噂話くらいしか分からないからと困ったように口ごもってしまう。

 それでも、ナルクさんは知り合いに、協力してくれそうな竜族を知らないか聞いてくれると約束してくれた。

(もし、もし竜族の人が見つからなかったら、その時はどうにかしてノエル様に頼んでみよう。アディーを見たらレオン様の子だと気付かれてしまうかもしれないけど、だからこそ、協力してくれるだろうから)

 その場合、私はアディーから引き離されてしまうのだろうか。そんな不安を飲み込むように、私はアディーを抱きしめ続けた。




 あれから、あっという間に日々が過ぎていってしまった。ナルクさんやエリーがいろんな人に聞いてくれたけど、竜族の卵の孵し方を知っている人はいなかった。

 気持ちばかりが焦る中、とうとうレオン様の立太子式と婚約のお祝いのパレードが行われる日がやってきた。




 私はアディーを柔らかい布で包んで抱き上げると、エリーと一緒に大通りに向かった。エリーが調べてくれた情報だと、この場所が一番馬車に乗った皇族の人が見えるらしい。

 私たちからよく見えるのは嬉しいけど、レオン様に見つかるのは避けたい。だから私達は見物客達の一番後ろの列で、建物の影になっている場所を見つけると、そこで待つことにした。

 こんな時ばかりは、自分の背が高いこともありがたい。


「アディー、寒くない?」

『オレにサムいなんてカンカクはないぞ。ルリアは? ヘイキか?』

「私も平気。エリー、つき合わせてごめんね」

「いいのいいの、もともとルリアと見物するつもりで休みを取っていたんだから」


 少しだけ肌寒い空気を感じながら、私達はレオン様たちが乗る馬車が来るのを待った。

 暫くすると、真っ白な六頭の馬に引かれた馬車がやってくる。通常の馬車とは違い屋根のないそれは、遠目からでもレオン様の銀色の髪を見つけることが出来た。

 久しぶりに見るレオン様は、あの時と全然変わっていなかった。光に当たると青みがかった銀色に輝く髪も、いつだって私に向けてくれていた笑顔も、何も変わっていない。


「アディー……あの人が、この国の偉い人だよ。ほら、隣に綺麗なお姫様を連れているでしょう? 今日のパレードはね、あの二人が結婚の約束をしたお祝いなの」

「え? 結婚って……」


 エリーが驚いたように私を見上げたあと、考え込むように俯いて何かを呟いていた。

 私はそんなエリーが気になったけど、今は最後になるだろうレオン様の姿を目で追ってしまう。

 レオン様の隣には、まるでレオン様の対のようなお姫様が座っていた。金の髪を綺麗にまとめてティアラをつけ、綺麗な微笑を浮かべて集まった民達に手を振っている。


「お姫様、綺麗だね」

『あんなのよりルリアのほうが、ママのほうがずっとキレイだ』

「ふふ、ありがとう、アディー」


 アディーの言葉に、思わず涙が溢れてきて視界が滲んだ。

 私達の目の前を、馬車がゆっくりと進んでいく。

(せっかくレオン様を見に来たのに、これじゃあちっとも見えないよ)

 その時、滲んだ視界の中で、レオン様が私に気付き、驚き目を見開くのが見えた。まさか私が田舎から帝都にやってくるなんて、想像もしていなかったんだろうか。

 私はレオン様が私を覚えていてくれたことを喜んでしまっている自分に、苦笑をもらす。そしてレオン様に向かって、深く頭を下げた。

(レオン様を一度も恨まなかったとはいえません。でも、今思い出すのは幸せだったことばかりだから。綺麗で幸せな夢をありがとうございました。私にアディーを授けてくれて、ありがとうございました)

 私が顔を上げると、何故か馬車が歩みを止めていた。そして、こちらに向かって何か叫んでいるレオン様が見える。

 周りの歓声が凄すぎて、レオン様の声が聞こえないのが、少しだけ残念だ。

 馬車の上に立ち上がり身を乗り出すレオン様は、初めて見るとても険しい表情。そんなレオン様の腕を抱くお姫様と私を、交互に見ながら口を動かしている。


「レオン様、ありがとうございました。どうかお幸せに……行こう、エリー」

「あっ、ルリア!」


 私は最後にレオン様に向かって声をかけると、エリーの手を引っ張って馬車とは逆の方向へと駆けた。人の波をアディーを庇いながら何とか進んでいく。

 その時、広い帝都中に声が響き渡った。


「グギャーーーーーーーーーーーッ!!!」


 その声に私達が驚いて足を止めた時、太陽が雲に隠されたのか、頭上に大きな影が落ちた。それと同時に、周囲から沸きあがる歓声。


「何? 何が……きゃあ!?」


 私が周囲の人と同じように空を見上げようとすると、突然私の体は突風に包まれ、次の瞬間には私は空を飛んでいた。

 あまりのことにパニックに陥っている私に、忘れたいのに忘れられなかった声が聞こえてくる。


『ルリア、落ち着いて。暴れられると落としてしまう。正直、今の私は力の制御が利かない』

「レオン様……」


 私は混乱したまま、あの日見惚れた青銀の竜の手に身体を掴まれ、そのまま帝都の中心にあるお城まで連れて行かれたのだった。

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