目覚めの言葉は刃物のようで
レオン様は甘い物が好きなようで、私の木苺ジャムをとても気に入ってくれた。
その日、最初に渡したものがもう終わると悲しそうに言われたから、私達はまた、二人で木苺摘みに出かけた。
「それじゃあ、ルリアはベルクに来たことがあるんだな」
レオン様に村から出たことがないのかと聞かれて、最近、幼馴染の結婚式のために帝都に出かけた話をした。
「帝都はどうだった?」
「人と建物が多くて、凄く驚きました。この村には人族しかいないんで、他の種族の人も始めてみましたし、とにかく見るもの全部に驚いてしまって」
「ルリアは他の種族をどう思う?」
「どう……ですか?」
「怖いか?」
私はレオン様がどうしてそんなことを聞くのか分からなくて、首を傾げて「怖くないです」と答えた。
「どうしてそんなことを聞くんですか?」
私の質問に、レオン様は悲しそうに眉を下げて私から視線を逸らした。
「魔族と竜族の数は少ないが、帝都にはさまざまな種族が住んでいる」
「はい」
「私の妹は、私達とは別の種族の男に恋をした。そして……受け入れてもらうことはできなかった」
「……」
レオン様に何を言えばいいかと私が悩んでいると、レオン様はそんな私にいつものようにふんわりと微笑んだ。
「どの種族も、それぞれの種故の強さと弱さを持つ。私はそれを神が創ったこの世のための理だと思っている。誰一人完璧な者などいない。だからこそ、我等は己の足りないものを埋めるべく他者を求める。それでいいと、そう思っている」
瞳に真摯な光を灯すレオン様を見ていると、私は胸の奥をギュウと捕まれるような息苦しさを感じた。
「私は、男に拒絶され泣く妹に……その弱さを愛したのではないのかと言ってしまった」
「レオン様……」
「兄様には私の気持ちは分からない。そう言って私を責めたあれの気持ちが、今は少しわかる」
「え?」
「ルリア、君に出会ってから、私はその弱さが愛しくて……そして怖い」
「……っ」
微笑を消したレオン様が私へと一歩を踏み出したのを見ると、私は勢いよくレオン様から顔をそむけるように身体を反転した。まるで自分のものではないほど激しく動いている心臓に、必死に落ち着けと言い聞かせる。
「き、今日はもう少し木苺が欲しいですよねっ! レオン様がいっぱい食べても大丈夫なように!」
「……そうだな。だがルリア、私はジャムが特別好きなわけではないよ」
「え?」
レオン様の予想外の言葉に、私が彼の方へ視線を向けると、レオン様は少しだけ意地悪をたくらんでいるような顔をした。
「ルリアが作るジャムだから好きなんだ」
「れ、レオン様っ」
「ふふ、さあ木苺を探そう。たくさん作ってくれるのだろう?」
「は、はい」
空気を変えるようにふんわりと微笑むレオン様のあとを、慌ててついて行く。その後姿を見つめながら、私は自分の中に浮かんでくる期待と、必死に戦っていた。
「ルリアはそんなことを気にしているのか?」
「そんなことなんて酷いです! 私にとって、無駄に伸びた背はコンプレックスにしかならないんです」
「私の母は私とそう変わらないが、特に気にしている様子はないぞ」
「レオン様と変わらない!?」
私がレオン様の言葉に驚いて彼を見上げると、レオン様は私の頭を優しく撫でた。
「外見など、些細なことだ」
「で、も」
「それに、ルリアは私よりも小さいではないか。抱くのにちょうどいい高さだと思うぞ」
「……っ!」
レオン様の言葉に、私は耳まで真っ赤になって逃げるように後ろ向きに足を進めた。
「れ、れれ、レオン様っ。そういうことをですね、言われると……」
「ルリアっ!!」
レオン様が私の名前を呼んだ瞬間。私の背後から不気味な唸り声をあげながら、真っ黒な熊のような獣がこちらに向かってきた。姿かたちは熊だが、その大きさは通常の熊野三倍はある。
どうやら私達は話に夢中になって、森の奥へと足を踏み入れてしまっていたらしい。
(あれは魔獣!?)
私がそう理解するより前に、その魔獣は私の目の前で一瞬のうちに膨れ上がり、勢いよく破裂した。
「…………」
突然のことに頭が追いつかず、呆然としている私を、レオン様が心配そうに見つめる。表情を曇らしているレオン様に、私は何とか声を絞り出して聞いた。
「レオン様は……人ではないのですか?」
「私は……竜族だ」
人族でも、魔術を使ったり精霊術を使う人はいる。でも、潜在的に魔力の保有量の少ない種である人族や獣人族は、術を使うときは必ず詠唱が必要になるというのが常識だ。
詠唱もなく術を使うのは、魔族か竜族しかいない。
他の国のことは知らないが、イリスト帝国に限っていえば、帝国内にいる魔族や竜族は……貴族位以上にしかいない。
(思っていた以上に、遠い人だったんだ)
私はその事実を、不思議なほど穏やかな気持ちで理解した。
私は顔を上げると、笑顔でレオン様に御礼を伝えた。
「危ないところを助けていただいて、ありがとうございました」
「ルリア」
「木苺はもう十分取れましたので、村に戻りましょう。レオンハルト様」
「ルリアっ!」
私に向かって伸ばされたレオン様の腕から逃げるように、私はレオン様に背を向けて走った。
「ルリアっ! 待ってくれ!」
私の足が特別遅いわけじゃない。でも、鍛え上げられたレオン様と比べられる筋力のない私は、あっという間にレオン様に捕まり、その腕に閉じ込められた。
レオン様の腕の中にいる。そのことに私の思考が止まっていると、私の耳元へ唇を寄せるようにして、更に腕の力を強めた。
「ルリア、私から逃げるな。君を傷つけることなどしないから」
「レオンハルト様」
「レオンだ。そう呼んでくれていたではないか」
「でも……」
私が気軽に愛称を呼んでいい立場の方でない。そう続けようとしても、溢れてきた涙を堪えるのに必死で、声が上手く出ない。
「君が怖いなら、一生人の姿を変えることはしない。爪も、牙も決して見せない。だから、逃げないでくれ」
「……え?」
レオン様は、少しだけ私を抱きしめる腕の力を緩めると、鼻が触れ合うほどの距離から私を見つめた。とてもせつなそうなその表情に、私は溢れる涙をそのままに目を見開く。
「怖い……?」
「竜族である私が怖いのだろう?」
「いいえ……」
「だが、今、君は私から逃げたではないか」
「それは……レオン様が、貴族様だと……分かったからです」
私の言葉に、レオン様の表情が強張った。でも、次の瞬間には、私の顔をまじまじと見てくる。
「私が異種族だから怖くなったのではない?」
「私は他の竜族の方に会った事がないので、よく分かりませんけど……レオン様は、怖くありません」
「私は別の姿も持っているのだぞ。ルリアなど一撃で命を奪えるような爪や牙を持っていても、怖くはないのか?」
「竜のことも見たことがないので、よく分かりません。でも、騎士様であるレオン様が強い姿を持っているのは……とても安心できます」
「分からないなら、私を見てくれ」
レオン様の言葉に私が首を傾げるなり、目の前にいるレオン様の輪郭が歪み始めた。そして次の瞬間には、私の視界を真っ白な光が覆う。
私が反射的に瞑っていた目を開くと、私の目の前には、光を浴びて青にも銀にも輝く鱗を纏った大きな竜が、私を見下ろしていた。
人の姿のときよりも濃くなった空色の瞳が、私の言葉を待っている。
私はゆっくりとレオン様に近づき、その美麗な鱗に目を奪われた。
「レオン様はずるいです。人の姿でもあんなに綺麗なのに、竜になっても綺麗だなんて」
私の言葉を聞くと、レオン様は上半身を伏せ、頭を私の顔の高さまで下げてくれた。
『君の瞳のほうが綺麗だ』
「茶色なんて、村にいっぱいいます」
『いいや。君の瞳は、その輝きは、最初から私を捉えて放さない』
「……」
『ルリア、私の額にある石がわかるか?』
レオン様の言葉に額を見ると、そこには一際青く輝く丸い石があった。
『ルリア、それに触れてくれ』
言われたとおりにその石に手を伸ばすと、私の指先が触れた途端、その石はレオン様の額から私の手の中へと零れ落ちてくる。
驚く私に、レオン様はプレゼントだと言った。
『私を綺麗だという君に、私からのプレゼントだ』
「こんな高そうな宝石、もらえません」
『その石に値段などない。気にせずに受け取って欲しい』
「でも」
『どうか、私の願いを受け入れてくれ』
「レオン様……ありがとうございます」
まだレオン様の体温を感じることのできる石を両手で握り締める私に、レオン様は満足そうに「クゥ」と鳴いた。
騎士様たちが村に滞在して、そろそろ一月が過ぎる。昨日、ついに魔獣の巣を発見し、近日中には騎士様たちが魔獣を討伐してくれるそうだ。
私は村長から村人達に伝えられたその話を聞くと、胸元をぎゅっと握り締めた。そこには、あの日レオン様に貰った青い石を嵌めこんだネックレスがある。
(魔獣がいなくなったら……レオン様も村を出て行っちゃうんだ)
覚悟していたこと。私は自分にそう言い聞かせて、ぐちゃぐちゃになりそうな感情を必死に抑えた。
そして、せめて別れの言葉を伝えたいと、騎士様たちのテントのある泉へと足を進めた。
私がレオン様のテントの前に行くと、中からレオン様の友人であるノエル様が出てきた。私が見上げてしまうレオン様より更に大きなノエル様は、目の前にいる私に気付くと、眉間にしわを寄せた。
「娘、まさかレオンに会いに来たのか」
「すみません、あの、私」
最初に言葉をかけられてから、ノエル様には何度もレオン様に近づくなと忠告を受けている。
ノエル様の威圧感に、今は逃げてしまおうかと私が後ずさると、ノエル様は私に向かって中へ入れと告げた。
帰れと言われるなら分かるが、中へ入るように言われると思わなかった私がうろたえると、ノエル様はもう一度中へ入れと言い、自分もテントの中へと戻っていった。
私が恐る恐る中に入ると、テントの中にはノエル様の姿しかない。どうやらレオン様は出かけているようだ。
ノエル様は落ち着かない私に椅子に座るように言うと、私の正面に腰を下ろした。
「お前は、レオンが好きなのか?」
「……っ」
直球すぎる言葉に、私は真っ赤な顔で口を開けたり閉じたりするしかできなかった。ノエル様は、そんな私を暫く見つめた後、ふーっと長い溜息をついた。
「レオンはやめておけ」
「え?」
「あいつの相手は、人の女では無理だ」
「…………」
「あいつはお前とは違い、竜族なのだ」
「知って……います」
私の言葉に、ノエル様は目を大きく開いて私を見つめた。
「お前はそれを知りながらも、レオンに近づくのか?」
「……あの、ご迷惑はおかけしません。今日は、村長からもうすぐ魔獣を討伐されると聞いたので、今までのお礼とお別れの言葉を伝えたくて来たんです」
「…………」
私の言葉を聞いたノエル様は、何かを考えるように目を閉じてしまった。私は気まずい空気に、出直すと伝えようと口を開く。
「あの、ノエル様」
「お前に、本当のレオンを見せてやろう」
「……えっ!?」
「傷つけるかもしれないが、それがお前のためだ」
「何を……」
突然のノエル様の言葉に、私は理解が追いつかない。これからとても怖いことを言われるんじゃないか。無性にそんな恐怖が襲ってくる。
微かに震える手をもう一方の手で押さえる私に、ノエル様は「今日の夜、もう一度このテントに来い」と言うと、私を残し出て行ってしまった。
(本当のレオン様? それって、竜の姿のこと? 私のためって……何?)
早くこのテントから出なきゃと思うのに、身体に力が上手く入らない。私が呆然としている間に、またテントの入り口の布が動いた。
(いけない、ノエル様が帰ってきたっ!)
焦って何とか立ち上がろうとした私にその瞬間聞こえてきたのは、私の思っていた人の声じゃなかった。
「ルリア!? なんだ、ここに来ていたのか」
「レオン様……」
「どうした? なんだか顔色が悪いが」
「大丈夫です。勝手にお邪魔してごめんなさい」
レオン様の姿に私がつめていた息を吐くと、レオン様はそんな私を抱きしめた。レオン様から青い石を貰ったあの日から、レオン様はこうして私を優しく抱きしめてくれるようになった。
もしかしたら私は、レオン様の特別になれたのかもしれない。
もうすぐ終わりが来るのに、そんな馬鹿なことを考えてしまう。
レオン様は私の顔を覗き込むと、私を心配していたと安堵した。
「ルリアに会いに村に行ったんだが、どこにも姿が見えなくて……。一人で森に行ってしまったんじゃないかと心配していたんだ。ここにいてよかった」
「どうしてもレオン様に会って、伝えたいことがあったので」
私の言葉を聞くと、レオン様は驚いたように目を見開いた後、嬉しそうに細めた。
「ルリア、それは私に先に言わせてほしい」
「……? はい」
頷く私から少し身体を離すと、レオン様が突然地面に方膝をついた。そして、右の拳を心臓の上に重ねるように胸に当てる。
驚いて固まる私の手を左手で取ると、私の目を見つめて言う。
「ルリア、私の心臓を君に捧げる」
「っ!!」
それは、このイリスト国の女性が一度は夢見る言葉だ。なぜならこれは、男性からの愛の言葉、『求婚』の言葉だから。
驚きすぎて言葉が出ない私を、レオン様はじっと待ってくれた。
「れ、おんさま。本気です、か?」
「当然だ。神聖な言葉を偽りの気持ちで伝えることなどしない」
「……」
「ルリア、どうか返事を。イエスと言ってくれ」
「……」
「ルリア」
私を優しく見つめてくれるその人に、私は勢いよく抱きついた。イエスと声に出しながら。
私はレオン様から、騎士様たちが明日の早朝から、一斉に魔獣討伐をすると教えてもらった。どうやら三つ大きな巣があり、一つも逃さず殲滅するために、三箇所を同時に攻めるらしい。
そして、討伐が完了すれば、すぐに村をたたなければいけないとも言われた。
「ルリア、魔獣を討伐したら、私は一度帝都に戻らなくてはならない。君を迎える準備を済ませて、必ず迎えに来る。だからそれまで、いい子で待っていてくれ」
テントの中、しわ一つないベッドの上で、レオン様は私に幸せな夢と……優しい嘘をくれた――
「一緒に夕食をとらないか」というレオン様の誘いに、とても心惹かれたけど、家族に何も言わずに外で食事を取るわけにいかない。私は離れたくない気持ちを何とか押し殺して、レオン様のテントから家へと帰る。
そして、村中が寝静まる頃。私はノエル様に言われたとおりに、もう一度レオン様のテントへと向かった。
「来たか」
テントの前で私を待っていたノエル様は、そう言うと私をテントの中へと促した。さっきまであんなに幸せな気分でいたその場所で、私は嫌な予感に胸がざわついていた。
「レオンは今、部下のテントで明日の討伐作戦の確認をしている。それが終わり次第戻ってくるだろう。それまで、お前はどこかに隠れて待っていろ」
「ノエル様。私が来たのは、改めてお断りをするためです。私は、私に見せてくれているレオン様が全てだと思っていますから」
「俺の言うとおりにすれば、レオンが本当はお前をどう思っているのかわかるぞ」
「それは、レオン様から直接話してもらわないと意味がありませんから」
本当は数時間前にレオン様に言われたことをノエル様に言いたい。でも、そのせいでレオン様に迷惑がかかってしまったら……
そう思って、私はさっきのことは言わずに、ノエル様に何とか断ろうと言葉を探した。
「おい」
「はい?」
俯いて考えていた私は、ノエル様の声に顔を上げた。そして、私を無表情で見つめるノエル様の瞳を見た瞬間。私は声を出すことも、身体を動かすことも出来なくなっていた。
(何!? 声が、身体が動かないっ!)
恐怖でパニックに陥った私に、ノエル様は安心しろと告げると、私に背を向けた。
「レオンの気持ちを聞かせたら解いてやる。それまで大人しくしていろ」
「…………」
(嫌だ、怖いよ。なんでノエル様はこんなことをするの!?)
身体は動かせないけど、涙は関係ないらしい。私は溢れそうになる涙を何とか堪えながら、開放されるときを待った。
レオン様は、それからすぐに帰ってきた。テントの中に入ると、私の目の前を通り過ぎ、ベッドへと仰向けに倒れこむ。
こんなに目立つ場所に立っている私に、ちっとも気付く様子がない。
(レオン様が気付かないのも、ノエル様が何か術を使っているから?)
無詠唱でこんなことができるのなら、ノエル様も人族とは違うんだろう。そんなことを考えながら、レオン様に助けてくださいと必死に念を送った。
「レオン、明日の準備は?」
「全部済んだ」
「出発は明日中でいいんだな?」
「ああ。魔獣を討伐したら、さっさとこんなど田舎からおさらばしたいからな」
レオン様へと近づきながら、ノエル様がチラッと一度私へ視線を向けた。
「村の娘に別れを伝えたのか? 手を出したのだろう」
「ははっ、そんな必要ないだろう? あんなつまらない娘に、不相応の夢を見せてやったんだ。綺麗な夢のままにしてやったほうが、あの娘のためだろう。それにしても、田舎の娘はどんなものかと楽しみにしていたが、たいした身体じゃなかった。お前も味見してみたらどうだ? 少し気のあるふりをするだけで、簡単に堕ちるぞ」
「遊びが過ぎると、そのうち婚約者に捨てられるぞ」
「まだ仮だろ。それに遊びも許容できない妻はいらないな。おっと、一つ指示を忘れてた。ちょっと行って来る」
ベッドから勢いよく立ち上がったレオン様は、私の前を素通りすると、テントの外へと出て行った。
その姿を見送ったノエル様は、無表情のまま私の前にやってくる。
「ど……うして、私に、聞かせたのですか……?」
「これがお前のためだと思うからだ。今は辛いかもしれないが、その傷が癒えれば」
「どうして綺麗な夢のままにしてくれないの!?」
私の叫びにノエル様は一度きつく目を閉じ、もう一度これが私のためだと言うと、テントを出て行く。
私は溢れる涙をそのままに、一人残されたテントを飛び出した。
(レオン様、私、竜族が怖いです。こんなに簡単に、私の心を壊すあなた達が、本当に怖いっ!)
走って走って、なんとか家に帰りついた私は、自分のベッドにすがりつき……止め方を忘れたように涙を流し続けた。
次の日、騎士様たちは村の周辺にあった魔獣の巣を、無事全て討伐し、村から旅立っていった。
レオン様はあんなことを言っていたけど、最後にちゃんと私に別れの言葉を伝えに来てくれた。
私の家まで訪ねてくると、一晩中泣いていたせいで腫れ上がった私の瞼を見て、「何があった!?」とうろたえながら抱きしめてくる。
「昨日のことが、あまりに……幸せな夢だったので、思い出すたびに涙が止まらなかったんです」
「ルリア……私も、とても幸せだった」
私の言葉に、レオン様はふんわりと柔らかく微笑み、そっと私の頬へ手を添えた。ゆっくりと近づいてくるレオン様の顔を、私は目を閉じずに見つめる。すると、レオン様が目元を赤く染めて、彼の手で私の視界をふさいだ。
「ルリア、キスのときは目を閉じるものだ」
「レオン様の笑った顔を見ていたかったんです。私がレオン様を思うときに、一番に思い出せるように」
「ルリア。必ず、必ず迎えに来るから」
何度も私の唇に触れるレオン様は、最後に私の瞼にキスを落として去っていった。
レオン様にキスをされると、先ほどまでの状態が嘘のように腫れが引いた瞼は、背を向け、振り返ることなく去っていくレオン様の姿を、私にはっきりと見せたのだった。