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出逢い

 イリスト帝国はとても大きな国だ。中央に帝都ベルク、そして東西南北に主要都市を持つ。私の村は、そんなイリスト帝国の最東端。隣国との国境沿いにある。

 百人ほどしかいない村は、皆が家族のように助け合って暮らしている。村人は少ないし、生活もほぼ自給自足だけど、村の特産のおかげで、豊かでとても過ごしやすい村だ。

 私達の村の近くにある山は、精霊様のご加護に恵まれていて、力のある精霊石がよく取れる。

 精霊石というのは、魔力を持った者の力を増幅してくれる不思議な石だ。男が山で取ってきた精霊石を、女子供が身に付けやすいようにアクセサリーに加工する。

 出来上がったものは、村と取引をしている商人が十日に一度受け取りにくるのだ。その時に村人達は商人から日用品の買い物もできるから、私は村で不自由だと思ったことは一度もない。


 生まれてから十七年。毎日繰り返される穏やかな時間。

 変化は突然訪れた。




 みんなで村の作業場でペンダントを作っていると、おばさんたちからエリーの結婚式の話を聞かれた。


「エリーね、すっごく綺麗だったよ。旦那さんのナルクさんやその両親も優しそうな人で、ホッとした」

「そうかいそうかい。私らも行きたかったんだけど、ベルクは遠いからねえ」

「そうだね。私、もう馬車には二度と乗りたくないって思ったもの。お尻が腫れ上がった気がする」

「はははっ! ルリアの尻は小さすぎんだよ。もっと肉をつけな」


 その言葉に周りにいるおばさんたちも笑って同意する。

(しょうがないじゃない。いくら食べても、横じゃなくて縦に栄養を運ぶんだから)

 私はおばさん達に向かってむすっとしながら、心の中で反論した。

 私は村の女性の中で一番背が高い。もしかしたら男性の中でも上のほうかもしれない。エリーのように柔らかい胸や尻がない変わりに、にょきにょきにょきにょきと背ばっかり伸びてしまった。

 全然胸に肉がないわけじゃない。タプッとしていないだけ。……多少はある。周りが気付いてくれないだけなんだから。うん。

 そんなことをブツブツ言いながら精霊石を嵌める留め金を作っていると、外から興奮したおばさんが入ってきた。


「ちょっとちょっと! 騎士様たちが来たよ!」

「ええっ!? どうしてこんなとこに!?」

「わかんないけど、今、村長の家の前にズラーッと並んでんのさ!」


(騎士様?)

 国を守る騎士様は、主に帝都や主要都市に詰めている。貴族でも平民でもその能力が認められればなれるが、一年に一度あるその試験での合格率は1%あるかないかという、物凄く狭き門の職業だ。一旗挙げてやるぜ~な人は、一度は夢見る職業でもある。

 そんな騎士様が村にやってきたのだ。村人達の興奮は想像できるだろう。

 当然私も滅多に見れないレアな人たちを見るために、おばさんたちと固まって村長の家へと野次馬をしに行った。



 村長の家の前には、三十人ほどの騎士様が立って話をしていた。青銀の鎧を着けたその人たちは、自分達を遠目に見てはしゃいでいる私達を、苦笑しながらも許してくれていた。

 村長の家で何があったんだろう? 皆でそんなことを話していると、村長の家から二人の騎士様が出てきた。

 最初に出てきたのは短く切った真っ黒な髪に筋肉質で大きな身体の騎士様。

 その騎士様に続くように出てきたのは、青みがかった銀色の髪を後ろで一つにまとめた騎士様だ。最初の騎士様に比べたら細く見えるけど、がっしりとしていて背の高い人だと分かる。

(銀の騎士様だけマントをつけているから、一番偉い人なのかもしれない)

 私がそんなことを思いながら見つめていると、ふいに銀の騎士様が私達のほうを見た。

(え? 目が合った……?)

 私と目が合った騎士様は、暫く見つめ合った後にふんわりと微笑んだ。どう反応すればいいのか分からずに、私も何とか笑おうと口元をピクピク動かす。

 すると、そんな私の近くで友達たちの声が聞こえる。


「やだーっ! 私、今騎士様と目があっちゃったー!!」

「違うわよ、私の事を見たの!」


 そんな話を聞いて、私は自分の勘違いに恥ずかしさで顔に熱が集まった。慌てて騎士様たちから目をそらすと、近くにいたおばさんに先に戻ると伝えて、作業場へと走った。

 力いっぱい走って作業場の戸を開けると、自分の机の前まで行き、目を瞑って息を整える。

(これは、走ってきたから。呼吸が戻ったら治まるはず)

 ドクドクとうるさい心臓を落ち着けるように、胸に手を当てて深呼吸を繰り返す。


 この日、私の初恋は突然始まった。




 騎士様たちが村にやってきたのは、魔獣のせいだった。私達の村から更に東に進んだところにある隣国で、魔穴が生まれてしまったらしい。

 魔穴は、そこにあるだけで無限に魔獣を生み出してしまう不思議な黒い霧だ。魔獣は魔族の人たちと違い、私達と意思の疎通ができない。そして田を、森を、生き物全てを食べる獰猛な黒い獣達。

 魔穴は隣国の人たちが塞いだらしいけど、そこから生まれた魔獣が何匹かこちらに向かったかもしれない。隣国から、皇帝陛下にそう連絡が来たらしい。

 騎士様たちは、皇帝陛下から送られた魔獣討伐隊だった。

 騎士様たちの調べで、どうやら魔獣の巣が私達の村の近くにあるようだとわかり、私達を守りに来てくれたのだ。

 そんな話を、私は作業場の噂話で知った。女ばかり集まれば自然とおしゃべりが始まるもので、最近のみんなの話題はもっぱら騎士様たちのことばかりだ。

 おかげで私も、騎士様たちが数人を残して毎日森の中を捜索していることも、村の近くの泉の周りにテントを張ったことも知った。

 ついでに銀の騎士様の名前がレオンハルト様で、黒い騎士様がノエル様だということも、お二人の年がどうやら三十前くらいで、独身らしいということも、初日には村中の女性が知っていたのだった。


「私ね、きのう騎士様に名前を聞かれたの!」

「うそっ! どの人?」

「赤い髪でジュリオ様というらしいの」

「いいな~!!」


 私と年の近い子達は、滅多にないこの機会に玉の輿に乗ろうと、婚活に励んでいるようだ。作業をしながら彼女達の会話を聞いていると、友達に話をふられてしまった。


「ねえ、ルリアは誰か気になる人いる?」


(気になる人)

 その瞬間、私の頭の中に浮かんだのはふんわりと微笑むレオンハルト様。私は慌てて頭を振って思考を散らして返事をする。


「いないよっ。だって、魔獣を退治してくれたら、帰っちゃう人たちだもの」

「え~。でも奥さんになったら都会で暮らせるんだよ」

「私は、この村が好きだから」

「村は好きだけど、やっぱり都会にも憧れるんだよね~」

「うんうん」


 みんなの声を聞きながら、私は何度も同じ言葉を心の中で繰り返す。

(帰っちゃう人。うん、帰る人なんだから)

 その現実を自分に言い聞かせるように、何度も繰り返した――




 村に近い森には、この時期木苺がたくさん実る。その木苺で作るジャムは、私の家族の大好物だ。

 私は仕事が休みの今日、森に入ろうか迷っていた。村長からは、村を出るときは騎士様に安全を確認するように言われている。

 でも、騎士様たちにジャムを作りたいから森に入っていいか聞くのは、ちょっとしり込みをしちゃうのだ。

(でもな~。前に作ったジャムはもう終わっちゃうし、テオの好物だし)

 私が村の出口でうろうろと歩きながら悩んでいると、突然背後からトンと肩を叩かれた。


「ひぃっ」


 ビックリして変な声を出した私が勢いよく振り向くと、そこには目を丸くして私を見ている銀の騎士様がいた。


「あっ……」

「すまない、声をかけても気付かなかったから」

「い、いえ。私こそ変な声をだしてごめんなさい」

「いや、かまわない。それよりもどうした? 村の外に用があるのか?」


 私の持っているカゴを見つめながら聞かれ、私はつかえながらも森に入りたいと伝える。


「その木苺は森の入り口にあるんだな?」

「は、はい。奥に行けばたくさん生っているんですけど、家族の分なので、そんなに量がなくても平気です」

「そうか……じゃあ行くか」

「へ?」

「入り口ならすぐそこだろう? 一人より二人のほうが早く帰ってこれるしな」


 そう言うなり、騎士様は私の手から籠を抜き取り、私の横を通り過ぎる。私は暫く呆然とした後、騎士様が本当に村を出ていくのに気付き、慌てて彼の後を追った。




 近くで見たレオンハルト様は、空のように澄んだ青い瞳を持つ、驚くほど綺麗な男性だった。そして、とても優しく微笑んでくれる人。


「ルリアの弟は、そんなにジャムが好きなのか?」

「はい。何度言ってもつまみ食いをやめなくて」

「そんなに美味しいのなら、私も食べてみたいな」

「ええっ!?」

「ルリア、私にこの労働の対価として、ジャムをわけてくれ」

「でも、あの、本当に普通のジャムしか、私作れないです」

「それが食べたいんだ」


 私の話に柔らかく笑って、そんな要求をしてくる。私は何とか頷くと、木苺と同じくらい赤い顔をレオンハルト様から隠すようにして、木苺摘みを続けた。



 次の日、私が本当に受け取ってくれるのか不安になりながらジャムを差し出すと、レオンハルト様は嬉しそうにビンを受け取ってくれた。

 その日から村の中で会う度に、レオンハルト様は私に声をかけてくれるようになった。ジャムのお礼と言って青い飾り紐を貰い、私はそのお礼にヤギのチーズをプレゼントする。

 そうして、何度も言葉を交わし、村の近くなら二人で散歩に出かけたりした。

 レオンハルト様は、まるで物語に出てくる王子様のよう。いつも私に優しく微笑み、時には手を引いてエスコートされる。

 彼といると、生まれ育った森がまるでお城の舞踏会のような錯覚を起こす。

 レオンハルト様は私より十も年上なのに、嫌な顔一つしないで私の話を聞いてくれる。彼が話してくれるのは私の知らないことばかりで、私はその話を聞いている時間がとても楽しくて……

 レオンハルト様がいつも楽しそうだったから、私は彼との距離を勘違いしてしまった。



 私にその事を気付かせてくれたのは、ノエル様だ。レオンハルト様と散歩に出かけ、村の入口で別れた時、私は初めてノエル様に声をかけられた。


「そこの娘」

「はい。ノ、ノエル様っ」


 辺りに私しかいなかったから、すぐに振り返った私を、ノエル様が無表情で見ていた。


「娘、どういうつもりか知らんが、あまりレオンに近付くな。お前とレオンの間に幸せな未来などない」

「……」


 何も感情が込められていないようなその声は、浮かれきった私の気持ちを簡単に現実へと戻す。


「レオンと関わるな。それがお前の為でもある」


 それだけ言うと、簡単に私に背を向けて去っていくノエル様の背中を、私は呆然と見送った。

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