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帝都へ

 馬車に揺られること三日。私のお尻の皮がむける前に、なんとか帝都に辿り着くことができた。

 世界最大の大陸、ソマング大陸で最大の面積と国力を誇るイリスト帝国。その帝都であるベルクは、世界各国から人の集まる巨大都市だ。

 この帝都では、人族、魔族、獣人族、そして竜族が住んでいる。

 生まれてから二十年。ずっと人族しかいない田舎の村で育った私には、どこを見ても建物や見たことのない人たちで、どうにも落ち着かない気持ちにさせられる。

 一目で人族との違いの分かる獣人族や、見た目はそう変わらないのに色鮮やかな髪や瞳を持っている人たちを見ると、自分の茶色い髪や瞳はその他大勢として埋没しているだろうなと少し面白い。

 国営馬車を降りてベルクに入るための入都検問を受けると、私は腕の中に抱えている彼にも見えるように、もこもこの青い布を少しずらした。


「ほら見える? ここがベルクだよ、アディー」

『ベツにヌノをずらさなくても、ちゃんとミえるよ、ルリア。ここはキのカオりがしないね。ハヤくムラにカエりたい』

「そんなことを言わないで、初めての都会を楽しみましょう。もうすぐね、この国の偉い方の婚約式があるの。その時にベルクでお祝いのパレードが催されるから、一緒にそれを見たら、村に帰ろう」

『ルリアは、それをミにキたのか?』

「そうよ。私と、あなたに見せたくて来たの。一緒に見ようね」

『ワかった。ミる』


 少しだけ嬉しそうなアディーの気配に、私は彼に笑いかけてから布を元に戻した。




 ベルクには三年前にも一度訪れていたから、私は少し油断をしていたみたい。帝都の中は私の記憶以上に広くて、なかなか目的地に辿り着くことが出来ない。

 私は記憶を頼りに、片手にアディー、片手にトランクを持ってひたすら歩く。途中で何度か商店の人に地図を見せて道を教えてもらい、ようやく目的のお店に着いたときには、すっかり疲れきっていた。

 帝都の中心からやや東にあるこのお店は、帝都で一、二を争う大人気の食堂……らしい。確かに窓から中を覗くと、お店の中は超満員。私は少しだけエリーの話を疑っていたことを、心の中で謝った。

(さて、どうやってエリーを見つけよう?)

 私はとりあえずお店の中に入って、エリーがいないか店内を見渡した。すると、すぐに店員の女性が気付いて声をかけてくれる。


「いらっしゃいませ! お一人様ですか?」

「はい。あ、ごめんなさい。私、お客じゃないんです」

「え?」

「あの、エリー……エンリカ・マルフェの友人なんですが」


 私が幼馴染の名前を告げると、店員さんは笑って「少し待っていて」と告げると、お店の中をすいすい歩いていった。

 どうやらエリーはお店の奥にいるらしい。無事に彼女に会えそうだと、私はホーッと息を吐き出した。



『ルリア、ここはナンだ?』

「ここは食堂だよ。村でハンスおじちゃんがやっているでしょう?」

『トカイとは、どこにイってもヒトばかりだな』

「そうだね。なんだか目が回りそう」


 エリーを待つ間アディーと小声で話していると、奥から小柄な少女が私に向かって駆け寄ってきた。


「ルリアっ!」

「エリー!」


 私と同い年だから今年二十歳になったはずなのに、小柄で大きな目のせいか、いつも成人前の子供に間違われてしまう私の幼馴染、エリー。

 自分の外見が本人はとても嫌らしくて、ふわふわの髪を長く伸ばしたり、お化粧を変えてみたりと、努力を重ねている。私からすればエリーは私の憧れそのものなんだけどな。今日は仕事中だからか、走ってくる彼女の後ろでポニーテールが揺れていた。

 そんなエリーが、両手を広げて私に飛びついてくる。あまりの勢いに、私は一歩足を後ろに出し何とか踏みとどまった。

 私に抱きついたまま、エリーが満面の笑みで「ビックリした~、どうしたの?」と聞いてくる。私はエリーのその言葉に、え? と焦って確認した。


「エリー、村長から手紙が届かなかった?」


 エリーは私の言葉に頷くと、不思議そうに首を傾げた。


「届いたわよ。ルリアが帝都見物に行くから、よろしくって。でも、到着は明日の日付だったから」

「え!?」

「だから私、休みを明日にずらしたんだもの。門までルリアを迎えに行こうと思って」


 エリーの言葉に、私達は顔を見合わせて溜息をついた。


「村長ったら、一日間違えたんだね」

「ちょうど村長がエリーのお父さんに手紙を出すって言っていたから、便乗して連絡してもらったのに……ごめんね、エリー。もし大変なら私、今日は宿に泊まるから」

「何を言ってるのよ! 私は一日早くルリアに会えてとっても嬉しいんだから、気にしないで。まあ、村長には帰ってから一応文句を言っておいてね」

「わかった」

「ふふっ、それじゃあ部屋に案内するから。あ、ルリアご飯は? 何か食べた?」

「まだ。エリーに帝都を案内してもらいながら食べようと思ってたけど、今日は仕事なんだよね?」


 私の言葉に、エリーは申し訳なさそうに頷いた。ただ、今ちょうど奥でお昼休憩をしていたらしい。「一緒にどう? うちのご飯はとっても美味しいんだから」というエリーの言葉に、私は喜んで甘えることにした。



 この店の人気メニューである具沢山シチューを堪能したあと、私はエリーに店の二階にある住居スペースへと案内された。

 そこで客間に通され、エリーの仕事が終わるのを待っているように言われる。


「ごめんね、せっかく帝都に来たんだから色々みたいだろうけど、ルリア一人で出歩くのは心配だから」

「気にしないで。私も今日はへとへとだから、少し休憩してる」

「明日はいっぱいお店に連れてってあげるからね! あ、夕飯のときに改めて旦那を紹介するから」

「うん」


 本当に忙しいんだろう。エリーは私に何度も謝りながら、下へと走っていった。私はエリーが出て行ったドアを暫く見つめると、少しだけ痛んだ胸を落ち着けるように、胸元にある青い石をギュッと握り締めた。そして少し落ち着くと、布に包んだアディーを抱きしめる。


『ルリア、どうした? ナニがカナしい』

「何も悲しいことなんてないよ。久しぶりに幼馴染に会えて、嬉しいなって思ってるの」

『ルリアは、たまにウソをつく。オレにはナイショのキモチか』

「ごめんね、アディー」

『……ハヤくカエろう。ママ』


 抱きしめているアディーから、私のせいで落ち込んだ感情が流れてくる。それが分かっているのに、私はアディーにそれ以上何も言ってあげられなかった。




 日が落ちて夜もふける頃にエリーが、暫くしてエリーの夫のナルクさんが二階へと戻ってきた。

 三人で夕食のテーブルを囲むと、私は二人に改めて一日早く来てしまったことを謝った。エリー同様笑って気にするなと言ってくれるナルクさんは、このお店の店主さんだ。早めに隠居して、田舎に引っ越して行ったご両親から受け継いだこのお店を、立派に切り盛りしている。

 細めで背の高い彼は、自分の肩にも届かないエリーが可愛くて仕方ないらしい。エリーに向かってよく「小さくて可愛い」と言うそうだ。エリーはそれが嫌だけど嬉しいと、さっきこっそり話してくれた。

 エリーは四年前、帝都に家族旅行に来てナルクさんのご飯に惚れたらしい。どうしてもこのお店で働きたいと、帝都まで引っ越してしまった。

 最初はご飯に、そして次第にナルクさん本人に惚れて、二人は三年前に結婚した。今はエリーの両親も帝都で暮らしているし、私がエリーと会うのは結婚式以来。約三年ぶりだ。

 正面に座っている二人は、話している最中も何度も目を合わせて笑いあっている。本当に仲がいいんだな……と、私も目を細めてそんな二人を見ていた。


「でもルリアがベルクに来てくれて本当に嬉しい! ほら、村まで行って帰ってくるだけで六日もかかるでしょう? ずっとルリアに会いに帰りたかったんだけど、そんなにお店休めなくて。手紙ももっと書きたかったけど、紙は高いしね」

「お店、凄く繁盛しているんだね。よかったじゃない」

「そうなの。ナルクのご飯が美味しいからね、常連さんがいっぱいいるの」


 エリーの言葉に、ナルクさんは照れたように頬を赤くする。そして、話を変えるために私の膝の上にいるアディーの事を聞いてきた。


「ところでルリアさん、その布に包んだ物は?」

「あ、私も気になってた! 随分大きいけど、私達へのお土産とか?」


 二人の言葉に、私は苦笑し否定する。


「ううん。お土産は今飲んでいるワインだけ。この子は、私の子供なの」

「…………えっ!?」


 仲良く声をそろえて驚く二人にきちんと紹介するために、私はアディーを包んでいた布を解いた。緊張しているのか、微かに不安な気持ちを伝えてくるアディーを撫でながら、二人にもう一度伝えた。


「この子はアディー。一年ほど前に私が産んだ息子よ」

「え? ルリア、冗談でしょう?」

「冗談じゃないよ」

「だって、……それ、それ卵じゃない!?」


 目を見開いてアディーを指差すエリーを、私は黙って見つめた。私の視線を受けたエリーは、私が冗談を言っているわけじゃないことを感じ取り、混乱からか視線を部屋中に彷徨わせている。

 そんなエリーの隣に座っているナルクさんは、真っ青な顔で私に聞いた。


「ルリアさん、君が帝都に来たのは……その子の父親に会うためか?」


 生まれも育ちもベルクのナルクさんは、卵で生まれたことでアディーの種族が分かったんだろう。そして、私がアディーの父親に会う困難さも、きっと気付いている。

 私はゆっくりと首を振ってナルクさんの言葉を否定する。


「違います。ただ、この子に……アディーに帝都を見せてあげたかったの。ほら、もうすぐパレードがあるんでしょう? 私達が生きている間に何度も見られるものじゃないから、それを見たら、もしかして孵ってくれるんじゃないかと思って……」


 ナルクさんにそう言うと、私は両手でアディーを抱きしめた。ちょうど人間の赤ちゃんと同じほどの大きさの、薄くブルーの混じった白い卵。でも驚くほど軽い……私の卵ちゃん。

 アディーは、生まれてから一年以上も、卵のままなのだ。

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