第7話 ランデブーポイント
一時間半後。
悠真はまだオスプレイの機内にいた。
機体に沿って取り付けられた片側二十席ほどの座席の列。その真ん中あたりの席に薫と隣同士に座っていた。
インターコム付きの白いヘルメットを着けさせられているが、学生服のズボンにカッターシャツという格好が場違いも甚だしい。
二人の他には、自衛隊員と思われる男性二人が前方に少し席をおいて乗っていた。
彼らが悠真のシートベルトを締め、ヘルメットをかぶせてくれたのだ。彼らは、この機密の固まりのような新鋭ヘリに高校生を乗せることについて、何の疑念も感慨も持ち合わせていないようで、極めて普通に接していた。
この時点で、悠真は、もう事は一般企業のゲームソフト開発で済む話ではないと踏んでいた。軍用ヘリに自衛隊員まで駆り出すのだ、そんなはずがない。
だが、ヘリの中はけたたましい飛行音で、およそ詳しい話を聞けるような状況ではなかった。
離陸直後に、薫の携帯が鳴ったようで、こちらに背を向け何やら話していたが、機内の音で何を話していたのかは分からなかった。悠真に関する通話だったのか、携帯を切った後、意味ありげな目でチラリとこちらを見たが、何も言わなかった。
また、全てを説明すると言った彼女は、この状況では無理と判断したのか、その後はずっと考え事をしているように大人しく座っていた。
前方と背後の窓からは、外が見える。
とはいえ、随分前から海しか見えなくなってしまっている。海面が夏の日差しに映えて美しいが、すぐに飽きた。
そして、さらに半時間ほど経過した頃、
「そろそろランデブーポイントね」
腕時計を確認すると、ヘッドコムを通して薫が悠真に話しかけた。
「ここがどこだか分かる?」
「……小笠原諸島あたりですか?」
薫はすこし驚いた表情を見せた後、愉快そうに微笑んだ。
「聟島から西に20kmの沖合よ。よく分かったわね」
「ええ、まあ」
悠真はゲームオタクであると同時に、科学やテクノロジーも守備範囲で、それには少々のミリタリーも含まれている。
現在の時刻と太陽の位置から進行方向を確認し、後は、オスプレイの巡航速度450km/hから計算すればそこそこの位置ぐらいは分かる。
そして、ここまで来て、なぜただのヘリではなくオスプレイで迎えに来たのかも分かっていた。
この速度と航続距離が必要だったのだ。通常の小型ヘリだと倍以上の時間がかかる上、途中給油なしでこの距離の往復はできない。
だが、それよりも気になることがあった。
「あの、ランデブーポイントってどういうことですか? 島に着陸するんじゃなくて?」
「ここで乗り換えよ」
「へっ?」
ばかみたいに口をポカンを開けてしまって、慌てて閉じる。
薫の楽しそうな表情を見て、すこし赤面した。
どうもさっきから驚かされてばかりで分が悪い。しかも、相手はその様子を見て楽しんでいるフシがある。
それにしても、こんな海のど真ん中で乗り換えなんて、まさかヘリ空母でもいて、着艦するのだろうか? それにしては、それらしき姿は見えない。
だが、その予想は見事に裏切られた。
いきなり、機内後部のハッチが開き始めたのだ。
「さあ、行くわよ」
「行くわよって……」
颯爽と立ち上がった薫に促され、わけも分からずシートベルトを外して、自分も立ち上がる。
隊員が近づいてきて、黄色いライフジャケットと救助用のヘルメットを渡した。
「今から降下していただきますのでこれを着用してください」
何が始まるのか全く理解しないまま、言われた通りにライフジャケットを着て、ヘルメットを取り替える。
そして、今や完全に開ききった後部ハッチの手前まで連れて行かれた。潮風が機内に入り込むが、激しくはない。ヘリコプターはすでにホバリング状態で空中停止しているようだ。
脇から下を見ると、20mほど下に海が見える。というより、それしか見えない。それ以外は水平線だ。
「ま、まさか、海に飛び込めってことですか?」
この格好で、海に落とされたらたまったものではない。
「バカね。そんなわけないでしょ」
「でも……」
だが、その答えはすぐに分かった。
突如、真っ青な海面が一面黒くなり、大きく盛り上がったかと思うと、うねりを突き破って、クジラよりも遥かに巨大な物体が飛び出てきた。大量の水しぶきが舞い、それが海面に叩きつけられる音が機内に轟く。
潜水艦である。
「……」
あまりの迫力に言葉も出ない。
そして、艦が浮上しきったところで、ハッチから隊員が数名わらわらと出てきた。
皆こちらを見上げている。
艦橋にも2人ほどの隊員が現れ、双眼鏡で周りを見張っていた。
「時間通りね」
「……もしかして、これに?」
「最新鋭の調査潜水艦『ゆうなみ』よ。海の底に行くって言ったでしょ?」
薫は微笑んだ。