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第4話 魔道士フェリス




「暑っ」


 窓を閉めきっていたので、室内はうだるように暑かった。

 悠真は、カバンを床に放り出し、エアコンを全開にすると、速攻でパソコンの電源を入れる。そして、ヤマさんに頼まれたゲーム、アヴァロンを起動した。

 机に座って待つことしばし。タイトルが表示され、ゲームが始まる。

 β版ということもあるのか、タイトル画面は極めて質素である。


 このゲームは、オープンタイプのシングル3DRPGであり、システム自体は目新しいものはあまりない。世界観はよくある中世風の、剣と魔法の世界で、レベル制になっている。

 だが、このゲームの凄さは別にある。それは圧倒的なリアリティだ。


 まず、グラフィック。

 よく、「実写のような」という枕詞が使われるが、そんなレベルではない。まさに、実写である。いくら目を凝らしても、CGとは思えない。しかも、通常のゲーム画面でもそのクオリティである。

 それだけではない、登場人物は、街の住民から店の主人に至るまで、毎日のように着ているものが変わる。ときおり、髪型が変わったり、髭を生やしたり剃ったりと、本当に生活しているかのように感じられるのだ。


 さらに、決定的に他のゲームよりも優れているのが、キャラの挙動とコミュ力である。


 おそらくキャラの一人ひとりにカスタマイズされた高度な人工知能が実装されているのだろう、明確な性格が与えられているうえ、なめらかなセリフで不自然な応答が一切ない。

 ゲームでありがちな、何度同じ質問をしても同じセリフが返ってくるなんてことがなく、パターン化した動きとセリフが全く認められない。

 例えば、道具屋で薬草を買う時でも、主人の動きやセリフ、言い方、表情が毎回異なる。あらかじめ作られたモーションから選んでいるわけではない。愛想が良いときもあれば、不機嫌そうな時もあり、世間話をしてくるときもある。まさに、現実世界と同じである。にもかかわらず、フルボイスなのだ。

 しかも、コマンド入力で会話するのではなく、マイクを通して直接話し、こちらの話すことは完璧に理解できている。

 正直言って、実は全キャラに「中の人」がいて、プレイヤーはその人たちと直接会話していると言われた方が、たとえ非現実的であろうと、よほど納得がいくレベルである。


『あら、悠真じゃない。おかえりなさい』


 前回ログアウトした宿屋の自室に出現し、居間に出ると、相棒のフェリスがソファに座って本を読んでいた。

 彼女は、悠真の二つ年上で、十九歳。

 肩まで届く金色の髪を後ろでまとめ、白を貴重としたゆったりとしたローブに身を包んでいる。

 初期街フューコットの近くにある修道院育ちで、修行のために悠真とパーティを組んでいた。

 ちょっとそそっかしいが、穏やかで面倒見が良い。優しいお姉さんの白魔法キャラだ。


 すでに、プレイして3ヶ月。レベルも上がり、これまでの活躍で周りから勇者と呼ばれるほどになった。事実、フェリスと組んで倒せない魔物はあまり出てこない。

 そして、毎日、ギルドや住民からクエストを引き受けて、二人で冒険している。


 もちろん、その合間に、テストプレイヤーとしてバグの発見に努めている。

 とはいえ、このゲームはβ版といいながら優秀で、おそらく意図的に設けられたと思われるチート機能を発見しただけだった。

 

 今日も、引き受けたままのクエストがいくつか残っていたが、しばらく彼女と話すつもりだった。最近では、冒険に出かけるよりも、彼女と話している方が楽しいのだ。


 早速、ヤマさんに呼び出されたことから、藤堂に絡まれたことまで、今日の出来事を話した。すでに、これまでの会話から、フェリスもこちらの状況をあらかた理解している。


「……というわけなんだよ」

『へえ、進路希望か。そんなのがあるのね。悠真ったら、そんなにこっちに来たいの?』


 優れた人工知能ルーチンのおかげか、フェリスは、悠真の現身(うつしみ)が彼女の世界に現れて、悠真自身は本当は別の世界にいるという、割とメタな理解をしているようだった。


「う、うん。まあ、そうかな」

『そう。それはうれしいわね。じゃあ、そんな嫌な人もいるんだったら、こっちに来ない? 私も、本当のあなたに会いたいわ』

「そ、そう?」


 見つめられて、思わず頬が熱くなった。

 悠真は、特に二次元キャラしか愛せないというほどではなかったが、彼女は別格だった。しかも、彼女も憎からず好意を持ってくれている気がする。傍から見たら、キモかろうが寒かろうが、好意を寄せられて悪い気はしない。

 本当に彼女のそばに行くことができれば、どれほど素晴らしいだろう。


「だけど、行きたいのは山々だけど、無理だよ」

『どうして?』


 その答えに少し失望を感じる。人工知能の限界を見た気がしたから。


「どうしてって、ほら、僕たち住む世界が違うから」

『……そう、あなたはそんなふうに思っていたのね』


 フェリスが悲しげに目を伏せた。

 あれ? 何か、大きな勘違いをしていないか。


「え、いや、ちょっと待った。ち、違うよ、そうじゃなくて、ただ、そちらに行く方法がないから行けないだけで」


 なんでキャラに言い訳しなきゃならないのかと、心の中でツッコミつつ、それだけやっぱり思い入れがあるのだろうとも思う。

 たとえ、NPCだろうと、悠真にとってみれば、彼女は生きてそこに存在しているのだ。


『そうなの? それなら、こちらに来る方法があれば、来てくれるのね? 私、ホントに待ってるわよ』

「う、うん。もちろんじゃないか」

『そっか……ふふ、うれしい』

「ぼ、僕も会えたら、うれしいよ……」

 

 ……さすがにこの会話は自分でも寒い。

 だけど、本当にそんな方法があったら良かったのに……。そう思う自分もいた。

 やはり自分は、異世界で勇者になりたかったのかもしれない、この自由な世界で、フェリスと一緒に冒険をして生きていくというのは、とても魅力的に思えた。


『……分かったわ。あなたならきっと大丈夫。ちょっと待ってて』


 急に話しかけられて、我に返った悠真は、言われたことが頭に落ちてこなかった。


「えっ? どういう意味……? あ、ちょっと待っ……」


 彼女は、こちらに背を向けて、どこかに行ってしまった。スクリーンにはもう宿屋の部屋しか映っていない。


 ゲームの世界に行く方法があるってことだろうか。

 もしかして、ここで画面が光り出して、自分を(いざな)ってくれるのかと、わけもなく緊張して28インチの液晶モニタを見つめるが、やっぱり何も起こらない。


 じゃあ何のことだ?

 エアコンの音だけが静かに流れる。


 その時、けたたましい音量で携帯の着信音が鳴った。


「うわっ」


 あまりのタイミングに、椅子の上で飛び上がる。心臓が口から出そうになりながらも、スマホをひっ掴んだ。

 画面を確認すると電話番号は表示されていなかった。ただし、非通知ではない。「表示不可」である。


「な、なんなんだよ……」


 一体どこから掛けたらこうなるのか、不審に思いつつも電話に出た。


「も、もしもし?」

『神代悠真君ね』


 落ち着いた女性の声だった。相当に知的な感じがする。

 何かの勧誘とかそんな感じではない。


「は、はい、そうですけど……」

「異世界に行きたいって本当?」

「は?」

『勇者になりたいんじゃないの?』

「なんで、そんなこと……、っていうかどちら様ですか?」


 本来なら、無言で通話終了ボタンを押すのだが、今日のヤマさんとの面談を思い出した。机の上に無造作に置いた名刺が、目の端に入る。


『私の名前は秋月薫。ロストサイエンス社の主任研究員よ。アヴァロンのテストプレイ、ありがとう』

「……ヤマさんに聞いたんですか?」


 今日の呼び出しの後にこれだ。偶然であるはずがない。だが、彼女の答えは違った。


『ヤマさん? ああ、あなたの担任の山科桂吾ね。いいえ、ちがうわよ」

「じゃあ、フェリスに聞いたんですか?」


 彼女がヤマさんのフルネームを知っていることに少々驚きを感じつつ、問い返す。


『そうよ』


 単なるゲームのキャラから知らせを受けたというのは、シュールな会話ではあるが、彼女の会社がこのゲームを作ったということを考えると、何らかの形で、こちらの情報や、ゲーム上の行動が送られていたのかもしれない。

 シングルRPGなのに常時ネット接続が必要な理由はこれなのだと気がついた。


「僕に何の御用ですか? まだゲームは最後まで済んでませんけど」

『いいのよ。そんなことより、もっと重要な話があるの』


 そこで、薫は一旦言葉を切った。


『ね、あなた、異世界に行って勇者をやってみるつもりない?』


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