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第3話 幼馴染



『お前なら、やっていけるさ』


 あれは、どういうことだったんだろう?


 今の一幕とヤマさんの一言の意味を考えつつ、生徒指導室から教室に戻ると、まだ数名が帰らずに残っていた。


 その中に、藤堂武志とその取り巻き二名、田代と山下がいるのを見て、悠真はとたんに憂鬱になる。

 しかも、藤堂は偉そうに悠真のイスに股を広げて座り、両名がそのそばに立っている。そして、悠真の姿を見ると、案の定、絡んできた。


「お、勇者様のお帰りだぜ」

「勇者さまあ」

「呪文でも使って見せてくれよ」


 何がそこまで面白いのかわからないが、ゲラゲラと笑う三人。

 周囲の無関係なクラスメート何人かが、何事かと振り返る。


「え、何のこと?」


 悠真は、素知らぬ顔で帰り支度を始めた。嫌な目に遭う前に、できるだけ早くこの場を離脱したい。

 椅子に座ったままの藤堂を避けて、引き出しの教科書を取ろうとする。

 だが、彼は己がじゃまと知りつつ、元ラグビー部の大きな図体を一ミリたりとも動かすことはしなかった。

 やむなく、机を少しずらせて中の物を取り出し、カバンに詰める。

 

「とぼけんなよ。お前、卒業したら異世界で勇者やるんだろ」

「オレ、ちゃんと見たんだぜ」


 取り巻きの一人、田代が得意気に云った。

 そこで気がついた。コイツが進路希望調査の用紙を集めたのだ。その時に盗み見たのだろう。

 といって、慎重な個人情報の取り扱いなど、彼らに求めても無駄である。


「進路希望にそんなの書くなんて、終わってんな、おい」

「ほんと、気持ち悪いオタクだよな、お前って」

「だ、だって、ヤマさんが好きなこと書いていいって……」


 思わず言い返して、しまった、と思うが手遅れだ。相手にしないで嵐がすぎるのを待つべきだったのに。

 藤堂が嘲るような笑いを見せた。

 

「あんなの例え話だろうが。マジで空気読めねえな、お前も」


 さらに、とんでもないことを言い出した。


「そうだ。おい、神代。今日から、お前のあだ名は勇者だ。いいな、勇者」

「おお、そりゃあいいや」

「勇者にパシらせるのもおもしれえな。『おい、勇者、ちょっとコーラ買ってこい』とか言ってよ」


 さぞかし面白いネタを見つけたかのように、盛り上がる三人。


「ちょ、ちょっと、それは勘弁してよ……」

 

 ただでさえ、クラスカーストの最下層にいる身で、そのアダ名はつらすぎる。

 別に底辺と言ってもクラス中にいじめられているわけではない。この三人組以外には、石ころ同然のように扱われているだけだ。だが、悠真はそれで満足していた。


 もともと目立つのが嫌いで、一人で趣味に興じるのが好きなタイプである。 

 ゲームとラノベが自分のテリトリーだが、それ以外には、アニメと科学全般、あと、将棋も少々。ミリタリーと切手収集も(たしな)み程度にフォローしている。


 昼休みや、授業の合間の休み時間は、一人でスマホゲームをするか、ラノベを読むか、これらの専門雑誌を読む。たまに、自分と似たようなオタク系友人と話ができればそれで満足だった。


 だから、LINEもやってないし、メールのやりとりもほとんどない。むしろ、よけいな連絡が来なくて清々している。

 みんながみんな、友達百人作りたいわけでも、四六時中繋がっていたいわけでもないのだ。


 しかし、ひたすら目立たないように過ごそうとしているのに、こいつらが事あるごとにちょっかいを出してくる。

 周りの者たちは、一緒にからかっては来ないが、助け舟を出すこともない。面白い見世物を見るような目で眺めるだけである。


 そして、残念ながら、一人にしておいてほしいという希望を、藤堂たちに分からせる度胸も腕力も悠真にはなかった。小柄で細身であることもそうだが、もともと、こういう奴らは、逆らわない相手を見つけるのがうまい。

 まさに悠真は蛇に睨まれたカエル状態だった。


「いいじゃねえか、なあ。いいだろう、勇者さま?」


 悠真の煮え切らない態度に苛ついたのか、おもむろに藤堂が立ち上がり、悠真と密着するぐらいの距離で凄んでくる。

 また、あの目だ。絶対に逆らえないと知って獲物を嬲るような目つき。

 相手に呑まれ、悠真は言い返すことが出来ない。

 

「い、いや、あの……」

「はっきりしろよ、オラァ」

「わっ」


 肩を突き飛ばされて、床に倒れ込んだ。


「な、何するんだよ……」

「けっ、ちょっと手が触ったぐらいで倒れてんじゃねえよ。いじめてるみたいじゃねえか。そんなんじゃ立派な勇者になれねえぞ」

「ハハッ、ちげえねえ」

「ちゃんと修行しろよ」


 取り巻きが同調する中、藤堂が下衆な笑いを浮かべて見下ろす。

 悠真は唇を噛んで、うつむく。

 情けない気持ちでいっぱいだった。とにかく、一秒でも早くこの場から逃げたい。そして、ヤマさんから借りたゲームの続きがしたい。


 その時だった。


「ちょっと、あなたたち。何やってるのよ!」


 ポニーテールを揺らして、颯爽と一人の女子生徒が教室に入って来た。

 隣のクラスの三島香澄だ。全国大会で優勝した弓道部のエースでもある。

 涼やかな目と、古式ゆかしき弓道部員らしい凛とした佇まいで、和風美人とか大和撫子と言われている。制服のセーラーよりも、羽織袴が似合うのは間違いない。

 そしてまた、悠真にとっては、物心ついた頃からの幼なじみであった。

 その姿を見て、藤堂たちが囃し立てる。


「お、今度は従者が来たぜ」

「そりゃいいや。ギャハハ」


 彼らを無視して、香澄は悠真のそばに駆け寄った。


「大丈夫?」

「う、うん」


 香澄は悠真を立ち上がらせると、かばうように前に出て、毅然と藤堂に噛み付いた。

 

「どうしてこんなことするのよ。三人で一人を取り囲むなんて卑怯じゃない?」


 口元を引き締め、まさに矢で射抜くように藤堂を見つめる。整った顔立ちをしているだけに、こうして怒った表情を見せると、迫力がある。


「知るかよ。こいつが勝手に転んだだけじゃねえか」


 だが、そんな香澄の怒気も意に介さず、ニヤニヤと不快な笑顔を浮かべて、藤堂が答えた。


「従者のくせにちゃんとそばにいねえから悪いじゃん」

「まあ、こんなんだとどちらが勇者か分かんないけどな」

「まったくだぜ」


 田代と山下が、横から援護射撃をする。


「うそ言いなさい。あなたが突き飛ばしたんでしょ。それに、さっきから何よ、従者とか勇者とか分からないこと言って」


 不信の眼差しで、藤堂を見る。三人に囲まれているが、背筋をぴんと伸ばし一歩も引かない構えである。悠真は人事のように感心した。


「知らねえのか、こいつ、進路希望調査票に『異世界で勇者』って書いたんだぜ」

「え?」

「ゲームばっかやってると、こんなふうになるんかねえ」

「お前の教育がなってねえんじゃねえか」

「ペットはちゃんと躾けとけよ」


 また三人が大笑いした。


「……」


 香澄は問いかけるような表情で、自分の背後に隠れるように立つ悠真を振り返った。

 慌てて、言い訳する。


「あ、う、うん、そうなんだよ……。ヤマさんが好きなコト書いていいって言うから……」


 香澄が、大きなため息をつき、諭し聞かせるように云った。


「だめじゃない、まじめに書かなきゃ。あなたの将来なのよ」

「う、うん。ちょっと反省してる……。あ、でも、ヤマさんはそれでいいって言ってくれたよ」

「今回はこれでいいけど、次はちゃんとしろってことだったんじゃないの?」

「そ、そうかなあ……」


 悠真は、先ほどの会話を思い出す。どちらかというと、ヤマさんのほうが乗り気だったのだ。

 

「まあ、いいわ」


 再び、香澄が三人に向き直る。


「もう悠真にちょっかいだすの、いいかげんにやめなさいよね」

「何言ってんだ。一人で寂しそうにしてるから、親切で構ってやってるだけだろ」

「ぼ、僕は、一人でいたいから、べつに相手にしてもらわなくてもいいんだけど……」


 香澄の後ろからなんとか抗議しようとするも、藤堂に睨みつけられて口ごもる。


「ほら、帰るわよ。もう用意はできてるの?」

「う、うん」


 悠真は、机の上に置いたカバンを拾い上げる。


「なんでえ、女に助けてもらって帰るのかよ」

「やっぱ、お前のほうが従者じゃねえの?」


 悠真も香澄も、背後から聞こえてくる藤堂たちのヤジを無視して、教室を出た。




 帰り道。


「もうちょっとシャキッとしないとダメだよ。あんな人たちにいいように言われて、悔しくないの?」

 

 悠真は、香澄に説教を受けていた。


「それは、そうなんだけど。僕には無理だよ……」


 自分でも情けないと思うし、なんとかしたいとも思っているのだが、もうすでに苦手意識が植え付けられているのか、彼らを目の前にしただけで腰が引けるのだ。


「ホント、悠真って私がいないとダメよね。もっとしっかりして欲しいんだけど……」


 香澄が、またため息をついた。


「そんなことない……いえ、あります」


 ジロリと睨まれて、うなだれる。

 まさに、針の(むしろ)に正座させられている感覚である。


 小さい頃からいつもそうだった。

 近所の子供にいじめられると、香澄がかばってくれたのだ。

 それだけならよかったのだが、そのあと必ず叱られるのだ。

 それが何年も続いたせいか、この力関係が定着してしまい、いつまでたっても香澄には頭が上がらない。


 せめて香澄の頭が良くなければ、勉強を教えてやって、優位に立てることもあるのだろうが、残念ながらというべきか、香澄はいわゆる才色兼備というやつで、成績はよい。むしろ、こちらが気を抜けばやられるほどだ。

 というより、このうえ勉強でまで負けたくないということがモチベーションになっていて、悠真の成績はつねに上位だったのだ。まさに、香澄のおかげとも言える。


 それだけではない。

 悠真は今、彼女の親が所有するアパートに一人暮らししているため、そこでも世話になっている。

 悠真の父は考古学、母は生物学と、分野は違うが、両親とも世界を飛び回る学者で、ほとんど自宅にいない。そんな二人の一人息子がオタクでひきこもり気味というのは皮肉な話だが、それはそれである。

 ただ、そんなこともあって、高校入学と同時に、長年の友人である香澄の両親にいわば預けられたような形で、香澄の自宅に隣接するアパートに引っ越した。

 

 それ以来、食事を始め、日々の生活でも何かと世話を焼いてくれているのだ。


 周囲の者たち、特に香澄を憎からず思っている男子からは、この関係を羨ましがられることもあるのだが、実はそんなことは全くない。

 もともと家が近く、両親同士が友人で、互いに一人っ子ということもあり、物心ついた頃から二人はしょっちゅう一緒にいた。

 幼少時は悠真の両親不在の際に、香澄の家に泊めてもらったことも何度もある。

 そのため、異性というより家族といったほうが近く、悠真にとって香澄は姉(妹ではなく)のような存在であった。

 そしてまた、彼女も自分のことを、世話のやける弟とみなしているはずだと悠真は思っていた。


「まあ、いいわ。小さい頃から悠真の世話が私の仕事なんだし」


 半ばあきらめのようなため息を付いて、香澄が云った。


「あいすみません。でも、僕もそのうちちゃんとできるようになるって」

「そうね。そうなるのを楽しみにしてるわ。……でも、前から言ってるけど」


 すこし真面目な、そしてどこか不安げな表情で、香澄が悠真を見つめた。


「いつか、私が泣くようなことがあったら……その時は、そばにいて私を守ってね」

「うん、任せておいてよ」

「約束よ」


 はにかんだような笑顔を見せる香澄。


「でも、そんなときあるのかな。香澄が泣いたの僕見たことないし」

「あ、ひっどーい」

「うあ、じょ、冗談だよ」


 香澄がげんこつでたたくふりをして、悠真が慌てて避ける。


 ちょうど、二人は自宅の前に着いた。

 香澄の家とアパートは同じ敷地内に隣接して建てられている。


「もう、ふざけてばっかりなんだから。あ、そうだ、あとでお昼ごはん持っていってあげるね。今日は私が作ったのよ」

「え、ほんと? コンビニに行かなきゃって思ってたんだ。ありがと」

「うん。じゃ、あとでね」


 手を振って、香澄が自分の家の玄関に消えていく。


(さて……)


 腕時計を見ると、昼時までまだ少し時間はある。香澄が昼食を持ってくるまで小一時間はヤマさんが貸してくれたゲームができるだろう。

 悠真は、香澄の手作り料理とフェリスに会うのを楽しみにしながら、アパートの階段を上がり、2階の自室に入った。

 



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