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自作小説倶楽部 第8冊/2014年上半期(第43-48集)  作者: 自作小説倶楽部
第44集(2014年2月)/「祈り」&「試験」
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02 柳橋美湖 著  祈り 『乙女の祈り』


 地下鉄と特急を乗り継いで、駅改札をでたのは春とは名ばかりの2月上旬の金曜日でした。運河の町、故郷。――この地方としては珍しい雪が積もっていたのですが、商店街の人たちはスコップでかきだして歩行者が歩けるようにしてくれていました。

 駅前広場に臨むお店は、喫茶店、そば屋、定食屋、ビジネス旅館、それから貸自転車屋さんなんかもあります。

 私はバスがくるまでの間、時間をつぶそうと喫茶店に足を運び、古びてくすんだ木枠の扉を開けました。途端、ぷーん、と甘い匂い。珈琲豆はまだ挽いたばかりのようでした。

 大きなガラス窓があって、テーブル席が3つ、そしてカウンター席があります。そのカウンターには、音楽とガーデニングの雑誌が、小気味よく散らかっていました。

「おかえり、友里ちゃん」

 口髭をはやしたノッポなエプロン姿のマスターは顔馴染みで、常連というには少し違う。大学時代の長期休講期間、ここでアルバイトをさせてもらっていたのです。

 私はマスターの座っているカウンター席の横に腰を降ろしたとき、ふと、店内に流れているのが、『乙女の祈り』だということに気づきました。

「マスターくらいの世代の人って、ふつう、ジャズでしょ? どうしてクラッシックなの?」

「さあね。好みとしかいいようがない。ところで友里ちゃん、『乙女の祈り』の作曲者って知ってる?」

 私は首を横にふりました。

「――19世紀、テクラ・バダジェフスカっていうポーランド人だ。ピアノの弾き語りをし作曲もしていた。『乙女の祈り』がいい出来で、パリの音楽雑誌で紹介されると、一躍欧州中で有名になった」

「それで?」

「しかし、結婚して子供5人を産むと、ワルシャワで亡くなった。25歳くらいだったそうだ」

「えっ、女流作曲家だったんですか! それにしても若死にですね」

 マスターが、なんだ知らないの? という顔をして開いた雑誌を斜めにして、私をのぞきこみました。

「病弱で早死にしたこと、正規の音楽教育というのを受けていなかったことで故国ポーランドじゃ最近まで評価されていなかった。さらにそこが戦争で焼野原になったもんで、彼女の関連資料が紛失してしまい、35曲を作曲したこと以外は、ほとんどなにも分かっていないらしい」

「おや、友里ちゃん、バスがきたみたいだよ」

 駅前ターミナルにそれが停まっているのが窓からみえたので、私は店をで、それに乗り込みました。

 発車するとき乗っていたのは、お年寄りが2人、高校生の男女が5人くらい。

 座席に腰を降ろした私は、マスターから夭折した作曲家の話をきいて、ちょっとブルーになっていたところ。

「あれ?」

 出発の間際に、ノッポさんが、乗車口の扉が閉まる直前に乗り込んできて、私の横を通り過ぎようとしたとき、

「あれえぇ!」

 といいました。

 それは私も同じ。

 実は、年末に本家の伯母から電話があったのです。

「――友里ちゃん、ぼおっとしていると、あっ、という間に、30の大台を越えちゃうわよ」 

 縁談。……そのため私は、土日を挟んで2日ほど東京の会社を休み、帰省しました。お相手というのは、地元で造り酒屋をやっている旧家・三好家のご二男・ようクン。そこんは、運河沿いに蔵がいくつも並んでいて、運河側に入口があります。

 洋クンは、高校時代の同級生で。現在、私と同じで東京の会社に勤めている人でした。

 お見合いのことを会社にいうと、同世代の同性同僚は、

「え、いまどき? なんだか田舎くさい」

 とか、

「古風ね、友里ちゃんって、実はお嬢様だったの?」

 といって、クスクス笑って冷やかしていたのを思いだしました。

 高校時代、吹奏楽部にいた私は、部活のみんなと洋クンのお宅を訪ねたことがあり、お宅に練習用じゃなくてグランドピアノがあったことに、皆で驚いたもの。

 洋君は通路を挟んだ向こう側の席に座って、こっちをみずに挨拶しました。

「よっ」

「よっ」

 けれど言葉のつづきがなく、2人でうつむいていました。

 それから、

「洋クン、『乙女の祈り』って弾ける?」

「まあな」

「じゃあ、そっちにいったとき、聴かせてくれる?」

「いいよ」

 お見合いの相手は洋クン。嫌じゃない。


           END


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