12 まゆ 著 『水たまり』
水たまり
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大地から湧き出た溶岩がまだ冷めきらないうちに雨が降り始めた。
真っ赤に煮えたぎっていた岩は、蒸気を上げながら冷やされて黒く穴だらけの土地へと変わっていった。
降り続く雨は、黒い岩だらけの大地に水たまりを作った。
雨がやみ静かな時が流れても、水たまりの中には、水と岩しか無かった。
ある日、水たまりに石ころが投げ込まれた。
水がはね、波だち、水たまりの中に激流が起こったが、それは一時のことで、すぐに静けさが戻った。
火山が噴火して、水たまりの中に溶岩が流れ込んだとしても、一時期、水を沸騰させるだけでまたすぐに元の水たまりに戻った。。
水が少なくなり、水たまりが小さくなると、また大量の雨が降る。
そんなことが、長い時間繰り返されていくうちに、水たまりの中に変化が起こった。
雨に溶け込んだ大気中の二酸化炭素やメタンが、互いに反応し、一つの細胞が生まれたのだ。
彼らは硫黄やメタンを喰い数を増やしていった。
しかし、そのささやかな営みに終わりの時が訪れる。
ある日、恐ろしい毒素を生産する細胞が現れた。
その細胞は、シアノと呼ばれ、太陽の光を浴びて毒素を生産し周りの生物を焼き殺していった。
地獄のような水底で、幾億幾千万の命が失われた。
古い細胞は死に絶え、毒素をまき散らすシアノたちが水たまりを支配するかに見えた。
ところが、シアノたちの毒素をエネルギーとして利用する細胞が現れた。
その細胞は、絶滅してしまった古い細胞たちより遥かに効率よく生きることができた。
うまく利用された毒素は、優れた生命エネルギーとなり、水たまりの中は新しい細胞で満ち溢れ始めた。
その中で、細胞同士が固まり、共同で生きるコロニーが生まれてきた。
細胞は互いに役割を分担し、一つのコロニーを支えることを学んでいった。
やがて、一つのコロニーが一つの生命として活動をし始めた。
それらはシアノたちを喰って大きくなったが、シアノたちが生産する毒素がないと生きることができない。
そのためシアノを食い尽くすことができないのだ。
そのコロニーからなる生命体の種類や数は、爆発的に増え、水たまりの中は賑やかになっていった。
それらの生命は、エラを得、手足を得、目、耳、嗅覚器官を得た。
その中で、小さな脳を持つ生命が生まれた。
その生命はヒレを持ち、水たまりの中を自由に泳げるようになり、のちにウオを呼ばれる命となる。
やがて、ウオの中でも変わり者は、水たまりの外の世界に出たいと思った。
意思を持たない植物たちは、すでに水たまりの淵に進出している。
ウオは、それにつかまり、水たまりの外へ出た。
そこには、青い空が広がり、遠くに煙を上げる火山が見えた。
また、長い時間が経ち、外へ出ようとしていたウオは足を得、肺を得た。
水たまりの外を歩くことができるようになったウオは、もうウオではなかった。
さらに気が遠くなるような長い年月を経て、そのウオは無数の進化を遂げ知性を得ることになる。
そして、知性を得たもはやウオと呼ばれることがなくなってから幾億年ったってしまった生物はヒトと呼ばれるに至り、水たまりを「海」と呼んだ。
おしまい




