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自作小説倶楽部 第8冊/2014年上半期(第43-48集)  作者: 自作小説倶楽部
第48集(2014年6月)/「水溜り」&「魚」
37/46

04 むぅ 著  水溜り&魚 『アヤカシ』

   アヤカシ

.

   1 水溜り

.

 深夜から降り始めた雨は昼過ぎまで降っていた。

 執念深く、とでもいうのかしら、細く、弱弱しく……。

.

 雨が止むと、街の音が一斉に大きくなる。

.

 喫茶店。……そんな呼び方が一番しっくりする、小さな店。

別段呼びのメニューもなく、珈琲も唸らせるほどのものでもない……小さな小さな喫茶店だが、客が何時間いても構わないよ的な、投げやりな雰囲気が好きで、よく来ては時間をつぶしている。

 ただ 今日は少し違っていた。

 「何をそんなに急いで生きる」そう口に出してしまいそうになる人の流れを、乱す様にその少女は小一時間もしゃがみ込んで、水溜りを見ていた。

水溜りに何かいるのか? と、少し身を乗り出して覗きこもうとした瞬間。少女は不意を突いた様に、此方を見た。

「知っていたわよ」とでも言いたげに、それはにやりと笑って見せた。

 それはまるで野生の動物の様な。いや……違う。

 多分、地上には存在しない物。とても、美しく醜いもの、と形容するに相応しい、不思議な感じがあった。

少女は窓硝子をトントンと、悪戯っぽく人差し指で打つと、おいでおいで、と笑いながら手まねきした。

 今度のそれは、無邪気な幼女の様。

 リューは顔のほてりを隠す様に 目を逸らして見せた。

 ケラケラと甲高い笑い声が 耳元のすぐそばで聴こえる。

 いや……これも違う。頭の中で、だ。……頭の中で聴こえる。

『おいで。可愛い子がいるよ。きゃはは』

「なんだ、こいつ」

『おいでよ。退屈してたんでしょ』

「オレ、疲れてるのかな……珈琲にヤバい薬でも入れられたのか……」

『やばい薬。あはは^^ やばいだってww。やばい。あはははは……』

「何笑ってるんだ! って、お前心がよめるのか?」

『それが心かww ダダ漏れだよ。お前の顔、直ぐ出る。それに、心ってもっと美味い。お前のは食う気もしないww』

.

 喫茶店の入り口のドアが、大きな音を立てて開く

 リューは驚いて 体を固くする……そしてゆっくり振り返る。

 リューはその時になって初めて気がついた 喫茶店の空気が止まっている事に……。

 マスターはカップに珈琲を入れている途中だった。

.

「儘よ!」

 リューは、席を立ち、ゆっくりと外へ出る。

  街の時間もやはり止まっていた。

「お前何をした!」

 リューは自分の声の大きさに驚いた。頭の中で自分の声が壁に当たって跳ね返る……軽い目眩。

『壊れてしまうよ。頭が割れそうでしょ。砕けて壊れるよ。クックック』口両手をあて、少女は楽しそうに笑う。

『お前は……』今度は心の中で。

『見て。出てきた』水溜りを覗きながら、何時の間に手にしていたのか、少女はキュウリを小さく振って見せた。

「チッ! いつの時代だよ! まだキュウリで俺様を釣ろうってか」

「河童! 河童なのかぁ!!!」

 うおぉぉ~。リューは自分の声で、頭の骨がきしみ、耳や目が熱くなるのを感じた。

『バカ 死んじゃうよ』少女が、リューの頭を押さえこむ。それは丁度、胸に抱き込む形になる。少女の唇がリューの額に熱い息を吹き込む。

 繰り返し繰り返しゆっくりと……。

 すーっと、体が軽くなってゆくのを感じる。

.

   2 魚

.

『ああ……良かった』

 頭の上で声がした。河童が眼の前に居た。

 驚いて体を起こすと、まだ、目眩がしたが、割れる様な頭の痛みは消えていた。

『声は出すな。ここは意思の世界だ。言葉は意思を縛るもの、跳ね返って矢となり、発したものを刺す』

 リューの横に立って、背中を向けていた白髪の少女が静かに語りかける。

『お前には何が見える?』河童が言う。

 リューは、真っ青な空に浮かぶ小さな白い雲、と答える。

『オレは、魚が見えるぞ、ほら、大きな綺麗な魚だ』

 そう言うと、河童は、ぴょんぴょん飛び上がり、宙を舞う大きな魚と格闘しているようだった。

.

『やった~~ どうだ、見事だろwwそれをむしゃむしゃと食べ始める。

 だが、リューにはそれが見えない。『河童は何をしている? 僕を馬鹿にしてるのか?』

『此処は意思の世界だ。河童が魚を望めば魚が見える。馬を望めば馬が見える……そういう事』

 白髪の少女は、踊る様に振り返って、『私はヤヤ。お前を食らうものだ。宜しくね』にっこり。最高の笑顔だぞ、とでも言わんばかりのニッコリ。所謂、営業smile上級者のお手本。

『そっか……僕を食うのか……って、食われねぇし。ってか、宣言しネェだろう普通。食いますよぉ~~とか言うか? 嫌だし。僕未だ未経験で、食われ慣れてないし。食べても美味しく無い! そこは保障する』

 ヤヤと名のった少女は、ケケケ、と不思議な声を出して笑った。いや……多分、そう聞こえただけで、普通に笑っただけかもしれない。

『どうして僕なんだ……いや……どうして僕は食われる』

『お前がそう望んだから、子供の頃から、望んでいたではないか。僕は僕になりたいって、僕は強い人に食べられて、それになるんだって。だから、私が食ってやる』

 ああ……。

.

 子供の頃、リューは何時も一人だった。

 学校へも行けず。母はリューを誰の目にも触れさせず、隠していた。

 存在しない子供、リュー。

 この世に居ない者……戸籍もないので仕事もない。

 母が死んでから、戸籍が無くても働ける場所を転々として来た。

. 

 そう、強くなりたかった。でも、子どもの自分には力が無い事も知っていた。その時、お金が入って上機嫌だった母が買ってくれたゲームの中に、倒した兵士をパワーに換える物があって、最後に倒した相手に体を乗っ取られる というのがあった。自分はその最後の兵士になりたかった。

『思い出したか』ヤヤが消え入りそうな声で、更に繋ぐ、『私と行くか?』

『それは……』眠い……リューは急にもの凄い睡魔に襲われた『僕は食われるのか?』

 瞼が重く開いていられない。このまま食われてもいい。と思うほどの甘い睡魔だ。

 ヤヤが優しく頭を撫でて 自分の胸に抱き寄せる。

『大丈夫。お前は、美味く無いのだろうww』

 その言葉は、もうリューには届かなかった。

.

 リューを抱くヤヤ。その周りを飛び跳ねながら、未だ魚を追いかけている、河童。

 空はすこぶる青く、風は風車を回すには丁度良いww

     END

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