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自作小説倶楽部 第8冊/2014年上半期(第43-48集)  作者: 自作小説倶楽部
第47集(2014年5月)/「連休」&「切り札」
34/46

07 かいじん著  連休 『 黄金旅程(STAY GOLD)』  

   黄金旅程(STAY GOLD)


「私とやりたいと思ったら、私はいつでもあなたとやってあげるわよ。……心配しなくても私がちゃんとリードしてあげるから」

 杏子センパイが言った。

 僕ら2人が歩いている国道脇の歩道のすぐ下の畑では紺色のJA(全農)の帽子を被っている、よく日焼けしたマスダの爺さんが作物をいじっていたが、思わず振り返って僕らの方を見た。

 連休中の5月初めにしては、かなり強い陽射しがほぼ真上から照りつける中、僕と杏子センパイは、低い丘陵の様な山々と九十九里海岸までの間に広がった田園地帯を、まっすぐに横切っている国道を西に向かって歩いていた。  

 僕らの歩いている100メートル程先には、西洋の城を模った、塀を高くしてガレージ が外から見えない様に工夫された休憩宿泊施設があった。

 そのすぐ手前まで来た時に、振り返ってみると、腰をかがめて畑をいじりつつも、首にかけた手拭いで、顔の汗を拭いながら、僕らの方をチラ見しているマスダの爺さんの姿が見えた。

 僕らはその建物を通り過ぎて歩いていった。僕と杏子センパイが歩いている国道から少し離れて総武本線の単線線路が並行する様に続いている。僕らはボタン式信号の交差点の所で国道を渡り、黒い瓦屋根の寝具店と簡素なコンクリート造りのコンビニエンスストアの間に挟まれた道を駅の方へ向かって歩いた。

 やたらにだだっ広く感じられる駅前の広場と簡素な駅舎の中やその向こうに伸びたホームは、連休中にもかかわらず、まったくひと気が無く、不思議な静寂の中で真夏を思わせる程の強い陽射しに晒されていた。

 脇に古びた公衆電話がぽつんとあるだけの入り口から、無人の駅舎に入り自動改札を抜けてホームに出て、更に跨線橋を渡って反対側のホームに出て僕と杏子センパイは待合のベンチに並んで座った。

 目の前には標高200Mに満たない山々の若々しい緑が陽光を受けて輝き、その麓に点在している屋根瓦もきらきらと照り輝いて見えた。

「ところで(例のあのコ)とは、その後どうなっているのよ」

 何の脈絡も無く、杏子センパイが突然、僕に聞いてきた。

 僕は、この高2の春に、前々から気になっていた、倉橋由美子と同じクラスになってしかも席が隣同士になった事で、はじめて言葉を交わして、その後、少しずつ親しく話をする様になった。

 突然その距離が急速に縮まって、日増しにその内心の想いがますます強くなっている事は、まだ誰も知る者が無い筈だったが、学年すら違う杏子センパイの眼はまるで千里眼の様だった。

「どうなってるって、別に……」

 僕は曖昧に言葉を濁した。

「カァーッ! あきまへんなあ、何をやってるのんや。 高校時代言うもんは、人生で1回きりしかやって来へんのんやでぇ」

 杏子センパイは、下手くそ過ぎる関西弁でそう言った後、首を振った。

(そう言ってる杏子センパイはどうなんですか?)

 内心、そのセリフが浮かんだけどそれを言うと、大抵怒り出すので僕は黙っていた。

「まあ、それは今、どうでもいいわよ」

 杏子センパイはそう言って、バッグからスポーツ新聞を取り出した。

 1面にでかでかとした見出しでキズナと書かれているのと、馬の顔がアップで写っているのが見えた。

     ・・・

 この連休中、特にする事も無く、大体どこかに出掛ければ人出が多い事が目に見えていたので、ほとんどの時間を家の中でぶらぶらと過ごしていた。

 昨日の晩、高校の演芸研究会の杏子センパイから僕の携帯では無く家の電話にかかって来た。

 彼女の家は僕の家から目と鼻の先にあって、2階にある僕の部屋の窓から、20M程離れた所にある2階の彼女の家が見えるくらいだ。

 高校で演芸研究会に入ったのも、彼女に少し強引に誘われたからで、最近はコントをやってみないかとか言われている。

 子供の頃の苦い思い出のいくつかの場面には1つ年上の彼女の姿があった。

「ワタシ、明日生まれて初めて競馬に行って見る事に決めたのよ」

 電話の向こうで出し抜けに杏子センパイが言った。

「競馬……ですか?」

「そう。でもか弱い女の子が1人で、あんな所に行くのはいくらなんでも心細いでしょう?

それで、仁クンも、一緒に行ってくれないかなぁって思って……」

「でも、高校生が馬券なんか買っていいんですか?」

「なんで、高校生が馬券を買ってはイケナイの?」

「それは……高校生としての健全な育成上……」

「健全な高校生? ……あのねえ、仁クン、ワタシは思うんだけどねえ。世の中に、(不健全なオトナ)が多過ぎる原因の1つは、若い頃の(社会勉強)が不足しているせいだとワタシは思うんだよ。大体、一緒にシ。ブやろうって言ってる訳じゃなし……」

 杏子センパイが凄まじい

 持論をまくしたてはじめた。

 性格が少々吹っ飛んでいるけれど、学校のテストでは常に学年で10位以内に入っている杏子センパイは、その気になれば、1時間でも、2時間でも、あらゆる話題を持ち出してひたすら喋べくり倒す事が出来た。

 その事を十分過ぎる位、知っている僕は少しでも早く切り上げる為に、早々に彼女の要求を呑む事にした。

 その夜、九時を過ぎてから、僕は取りあえずPCで、競馬について検索してJRA(日本中央競馬会)のホームページと言うのを見つけて、いろいろいじった末に、杏子センパイが電話で言っていたレースの出馬表を開く事が出来た。

.

  京都11R 第149回 天皇賞(春) (G1) 芝3200m

.

 その下に馬柱と呼ばれる表に18頭の出走馬が馬番順に表示されて、性齢/毛色やら騎手名やら、血統、前4走の成績、単勝オッズやらがいろいろ書かれているがはじめの内はごちゃごちゃし過ぎていて、何だかよくわからなかった。

 しばらく、眺め続けている内に大体の意味はわかる様になったけれど、そのデータをどう参考にして、このレースの勝ち馬の予想をすればいいのかはさっぱりわからなかった。

 そう言えば、ビギナーズ・ラックとか言って、初心者が適当な予想で買った馬券とかが案外、よく当たるなんて事を聞いた事がある様な気がする。

(第149回なんだから、1番と4番と9番)

 などと適当に考えてみて、出馬表でその3頭のデータを照合してみる。

.

  1番 アスカクリチャン (18頭中15番人気)

  4番 サイレントメロディー (18頭中18番人気)

  9番 タニノエポレット (18頭中13番人気)

  3連単 1-4-9 15553,3倍

.

100円が155万5330円になる計算になる。

 いくらなんでも、そんなまぐれ当たりは期待出来そうには無かった。

「奇跡を待つより、捨て身の努力よ!」

 不意にそんなアニメの台詞を思い出して、その後、倉橋由美子の事を考えた。

     ・・・

  ♪ 悲しい事はきっと この先にもいっぱいあるわ ♪

  ♪ My darling. Stay gold. 傷つく事も大事だから ♪

                宇多田ヒカル 「Stay Gold」

     ・・・

 向かい側のホームの方を見ると駅舎の脇に植えられたツツジの薄紅色の花が強い陽射しに照り輝いているのが見えた。

「仁クンは、このレース、どの馬が来ると思う?」

 プラットホームのベンチで、僕の隣に座っている杏子センパイが、スポーツ新聞の競馬欄を真剣な目で眺めながら言った。

 今日、これから生まれて初めて競馬に行くと言う僕らだったが、彼女の耳にはこれから列車に乗るというのにも関わらず、既に赤エンピツが挟み込まれていた。

 新聞の出馬表の辺りには、玄人のオッサンかと思える程に、びっしりと印やら数字やらが書き込まれている。

(そのあからさまに気負い込んだ姿で、電車に乗るつもりか)

 内心そう思ったが、それについては何も言わない事にした。

「はっきり言ってよくわかりませんが……しかしどの馬を買うかは一応決めてあります」

 僕は答えた。

「へえ、じゃあ仁センセイの春の天皇賞予想を聞かせてくれるかな?」

「7番、8番、12番、14番の馬番連勝式ボックス買い、全6通り 各300円」

.

  4枠 7番 フェノーメノ (4番人気 単勝11,5倍)

  同枠 8番 ゴールドシップ (2番人気 単勝4,3倍)

  6枠 12番 ウィンバリアシオン (3番人気 単勝6,5倍)

  7枠 14番 キズナ (1番人気 単勝1,7倍)

.

 昨日の晩、初めての競馬予想ながら、いろいろデータを参考にしたりして結構長い時間、考えてみたが、やっぱり絞り込むとすればこの4頭だった。

 新聞やネットでも(4強対決)という言葉を多く目にした。

 さらにこの中から本命馬を1頭決めようとしてみたけど、それは僕には難しい様に思えた。

 やや圧倒的な人気を集めている、去年のダービー馬、キズナは目下国内重賞4連勝だが、2400m以上の距離を走るのは今回のレースが初めてと言うのが少し気になった。

 2番人気のゴールドシップは前走の阪神大賞典(G2・芝3000m)で2着に3馬身半差をつけて完勝していたけれども、近走の成績を見てみるとどう走りにムラがある様だった。

 (シルバーコレクター)の異名を持つ、3番人気のウィンバリアシオンは重賞2勝だが2着に入ったレースが3つのG1を含めて5レースあって侮れないし、4番人気のフェノーメノは前走、5着に敗れているが、昨年このレースの優勝馬で今年は連覇を狙っている。

「ふうん、全くの初めてにしては無難な買い方だわね」

 などと、言って杏子センパイは薄く笑った。

「杏子センパイは何から買うつもりなんですか?」

 僕がそう聞くと杏子センパイは途端に目を輝かせた。

「ワタシもとりあえず一応は決めているんだけど……ワタシは今回、(黄金の船)に乗ろうかなぁなんて」

杏子センパイはそう言いながら、メモの切れ端を僕に手渡した。

「馬番単式 8-12、8-14 各300円、8-2 8-3 8-7 8-18 各100円 3連単 1着8番 2着12、14番 3着 2、3、7、12、14、18 全10通り 各100円」

 投資額が2人とも、2000円以内なのは、昨日の晩に電話でそう決めたからだ。

「人生でも、テストでも、競馬でも常に(正解)を導き出すのがワタシ流なんだよ」

 僕がその予想を書いた紙片を眺めている時、杏子センパイはきっぱりとそう言い放った。

 8番ゴールドシップを本命にして、6頭の馬を相手に選んでいる。単式馬券なのでゴールドシップが1着に入線する事が、的中の条件になる。

「ゴールドシップ本命で勝負するんですね」

 僕はそう言って、メモの切れ端を彼女に返した。

「だって、今はゴールデンウィーク中だもの」

 事も無げに杏子センパイが答えた。

 そんな事を言っている内に、東に真っ直ぐ伸びた線路の向こうから特急列車が近付いて来るのが見えた。

 東京-銚子間を結ぶ特急しおさいは昼間運行の、しおさい5号(下り)10号(上り)に 限って、成東-銚子間の区間を各駅に停車する。

 やがて特急列車がホームに停車して僕と杏子センパイは車内に乗り込んだ。

     ・・・

 「ところで仁クン、ワタシ今、新聞みてて思ったんだけどさ」

 列車が発車してしばらくたった頃、杏子センパイが口を開いた。

「仁クンの買う6点の馬券、これ馬番連勝の8-14、12-14だともし当たっても配当6倍もつかないよ?」

「それでも、その組み合わせは外せないですよ」

 昨日の番、あれこれとネットで検索出来る情報だけを頼りに予想を考えている時一度は7-8、1点(前日オッズで18倍くらい)だけを買おうかと思った。

 しかし、自信がないので結局、実績、人気ともに上位の4頭の馬をボックスで買う事にした。仮に馬連の1、2番人気の組み合わせで決着しても7割以上は戻って来る。

 一度、7-8の1点買いに決めかけた理由は、この2頭が同じステイゴールド産駒で今がゴールデンウィークだからと言う、実は杏子センパイと同じ発想だった。

 しかし僕の場合は、ネットで何気なく見たフェノーメノ、ゴールドシップの父であるステイゴールドと言う馬の競争馬時代の軌跡がなかなか興味深かったと言う理由もあった。

 ステイゴールド……常に善戦して2着3着に入る事が多かったがなかなか勝つ事が出来ず、初めて重賞(目黒記念)に勝ったのはデビュー5年目の38戦目の事だった。

 そしてデビューから50戦目の海外での引退レース、香港ヴァース(国際G1)に勝って20回目のG1レース挑戦で悲願のG1制覇を成し遂げて、競走馬生活を終えた。

 この時、香港、沙田シャンテン競馬場では、ステイゴールドの馬名は(黄金旅程)と紹介された。

 種牡馬生活に入ってからは、史上7頭目の3冠馬で昨年の有馬記念で8馬身差の圧勝劇を演じて引退したオルフェーヴル、今日のレースに出場する2頭を含めてこれまで8頭のG1馬を輩出している。

     ・・・

 しばらく間、車内の2人掛けのシートに並んで座っている僕と杏子センパイは、黙ってそれぞれの思いや考えの中に耽っていた。

「ところで仁クンさぁ」

 不意に杏子センパイがそう言って意味ありげな笑みを浮かべた。

「キミが今、夢中になってるあのコ、キミはこれからどうするつもりなのかな?」

 そう言って興味深そうに僕の顔を覗き込んだ。

「どうするって、別に何も……」

「ふうん」

 彼女はつまらなそうな顔をして再び手にしたスポーツ新聞に目を向けた。

「でもさ、仁クン」

「?」

「出来るだけの事を精一杯やって、その結果駄目だったのと、何もしないままに

そのまま駄目になっちゃうのは、まるで全く違う事なんだよ?」

 新聞に目を向けたまま、何気ない調子で杏子センパイは言った。

「本当にそのコの事が好きだと思ったらさ・・・何だかんだ理由を付けていつまでもぐずぐずしてない方が良いと思うよ」

「……」

 やがて僕らが乗った特急しおさい10号は、東京の錦糸町駅に到着した。

 僕と杏子センパイはそこで列車を降りた。

 ホームに降り立って北の方角にはスカイツリーが良く見えた。

 僕らは改札を抜けて人でごった返している中を南口の方に出て駅から程近いところにあるWINS(場外馬券売り場)に向かった。

 僕らは人で溢れかえっている連休中のWINSで、何とかはじめての馬券を買う事が出来、あまりにも人が多過ぎたので結局、レースは近くにあったテレビ中継を放映している喫茶店に入って観戦する事になった。

 僕らが店に入った時、既にテレビでは出走場が本馬場に入場している場面が映し出されていて、実況アナウンサーが京都競馬場の芝生の上を慣らし走行し始めた出走各馬を順番に紹介している所だった。

 やがて、15時40分の発走時刻になって音楽隊によるファンファーレが流れると初めて買った馬券を手にした時から続いていた僕らの緊張が一層高まった。

 ファンファーレの後、出走各馬のゲート入りが始まった。

 枠入りは順調でどの馬も落ち着いた様子で係員に誘導されてゲートの中に納まって行きテレビ画面では最後の18番デスペラードがゲート入りを始めようとしていた。

(さあ、近年、一筋縄では行かないこの春の天皇賞、今年は……)

 実況がそんな事を言っている時、突然、激しい馬の嘶き声が聞こえてきた。

 馬の嘶きと言うよりは猛牛が吼えている様な凄まじい声だった。

「すごい……あっ、あっ、ゴールドシップが……ほ、吼えてます!吼えて、立って、はい……」

 スタート地点リポートの女性アナが慌てた声で言った。

 テレビ画面にゲートの中程で嘶きながら前脚を跳ね上げて立ち上がりゲート内で暴れているゴールドシップをウィリアム騎手が振り落とされない様にしながら必死に宥めている場面が映し出された。

「ちょっ、ちょっ、あああっ!」

 僕の向かい側では杏子センパイが吼えながら立ち上がりかけた。

 それでも何とか体制が完了して、係員の合図でゲートが開いた。

 各馬、一斉にスタートを切ったが、1頭、葦毛の馬が大きく出遅れた。

(あーっ、出遅れたぁ! 地鳴りの様な喚声、どよめき、いや、むしろこれは悲鳴が挙がりました!ゴールドシップなんと殿しんがりです! ……レース序盤からいきなり不穏な空気が立ち込めました!)

「ひゃーっ!」 

テレビの実況通りに、杏子センパイは悲鳴をあげていた。

 3200mの長丁場のレースなので、18頭の馬達は長い行列になって向正面から1週目の第3コーナー第4コーナーを回って、まるでパレードみたいに正面スタンドの前を通過して行き、第1コーナーに入って行った。

(……人気どころはまだいない、あーっ、後方から2頭目にキズナ、そして殿追走から

何とゴールドシップ、人気どころは後方追走です……)

 各馬は長い隊列のまま、第2コーナーから、再び向正面に入って行った。

(先頭は3番のサトノノブレス、2番手にアスカクリチャンが続いて、……3番手

ヒットザターゲット、その後ろに……さらにはアドマイヤフライト……少し差が付きました。内から連覇を賭けるフェノーメノ……さらには)

 キズナ、ゴールドシップ、ウィンバリアシオンは、5頭の最後方の集団の中で9番タニノエポレット13番オーシャンブルーなどとひと塊になって走っていた。

 先頭は坂を登りきって、第3コーナーの坂の頂上を過ぎて、坂を下って第4コーナーに向かって行ったがこの辺りで各馬が少しずつ動き始めた。

(キズナはいつ動く?ゴールドシップはいつ動く? ……まだ先頭とは10馬身くらいの差がある……)

 坂を下りきった第4コーナーの手前辺りで距離を詰めて来た各馬はひしめくような集団になり、横に広がりながら第4コーナーから最後の直線に向かって殺到して行った。

(ウィンバリアシオンとキズナは外に行った!一方のフェノーメノは内にいる! そして一番外から白い馬体が踊って来るゴールドシップ! ……直線を向いた!」

 各馬、最後の直線に入って最後の追い比べになった。

 残り200mの標識を過ぎた辺りで、フェノーメノが最内で粘っていたサトノノブレスとラストインパクトをそのすぐ外から交わして先頭に踊り出た。

 さらにそのすぐ外を、ウィンバリアシオンが半馬身ほど遅れてフェノーメノを追走さらにその外をキズナがいい伸び脚で前の2頭にぐんぐん迫って来て、大外を回ってきたゴールドシップも一番外からその3馬身程後ろまで進出してきた。

 どうやら僕が買った馬が上位を占めそうだったので、安心しかかった時、突然人気薄の6番ホッコーブレイブが鋭い脚で内側からキズナより前に出て来てさらに前の2頭を一気に差し切る様な勢いで突っ込んで来たので僕はギョッとした。

 結局、この4頭が横に広がってなだれ込む様にゴール板の前を駆け抜けて行ったが一番内側にいたフェノーメノが首一つ抜け出ていたのと一番外側のキズナがほかの3頭より少し後ろだったのだけはテレビ画面からでもはっきりわかった。

(フェノーメノだ!フェノーメノ!連覇達成、フェノーメノ! ……史上3頭目の連覇達成フェノーメノ!)

 こうなると僕にとっては気になるのが2着争いだったが、僕が見た限りでは、まさにゴールぎりぎりの所で、ホッコーブレイブがウィンバリアシオンを捉えた様に見えた。

 何気に杏子センパイの方に視線を向けると彼女は既に口をぽっかり空けて呆然と静止していた。

 1着7番 4着14番 5着9タニノエポレットはすんなり掲示板モニターに上がったが、2着と3着は写真判定と表示された。

 テレビ画面にゴール前のリプレイがスローで流された。

 フェノーメノに続いて入線した、ウィンバリアシオンとホッコウブレイブ、騎手の帽子はホッコウブレイブの田辺騎手の赤帽の方がゴール前、ウィンバリアシオンの武幸四郎騎手の緑帽より前に出ていたが、この2頭のどちらのハナが先に出ていたかは微妙だった。

 落ち着かない気持ちで、判定結果が出るのを待っていたが、やがて掲示モニターに2着12番 3着6番の表示が出たのを見て僕は安堵して大きな息を吐いた。

.

  第149回 天皇賞 (春) レース結果

  1着 7番  フェノーメノ

  2着 12番 ウィンバリアシオン クビ

  3着 3番  ホッコウブレイブ ハナ

  4着 14番 キズナ 1/2馬身

     ・・・

  7着 ゴールドシップ

.

  馬番連勝式 7番-12番 2080円 (6番人気)

     ・・・

 僕と杏子先輩が銚子行きの各駅停車の電車を降りて駅のホームに降り立った時には陽はもう西の彼方に沈みかけようとしていた。

「このツライ体験を乗り越えて、ワタシはきっと今よりもさらにずっといいオンナになっていくんだわ……」

 杏子センパイがよくわからない事を言った。

 何はともあれ、(アツかった連休の1日)は終わった。ゴールデンウィークももう終盤に差し掛かり、その後はもう日常の学校生活に戻る事になる。

 結果の事は考えずとにかく精一杯頑張ってみようと思った。過ぎ去ったらもう戻って来ない高校2年の季節を光り輝く黄金の日々にする事を目指して。日中の熱気の残った中を歩きながら夏が近いのを感じた。

     END

 いつものように、最後を飾って寄稿してくださる、かいじんさんをもって、5月号はお開きとさせてもらいます。それでは、次回6月25日にお会いしましょう。(管理人 奄美)

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