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自作小説倶楽部 第8冊/2014年上半期(第43-48集)  作者: 自作小説倶楽部
第47集(2014年5月)/「連休」&「切り札」
33/46

06 Sian 著  切り札 『女神の恋人』

.   女神の恋人

.

 天を突くかとみまがう石の城壁の外側に、天幕がおびただしく並んでいる。

 なだらかな丘陵にすし詰めに張られ、あたかも白波のよう。

 その波は、いまにも打ち寄せ城壁に迫らんばかり。

「四方を囲まれたか」

 革鎧の兵士は、城壁の内側、見張りの塔から天幕の海を眺めるや。螺旋の石段を降り、石畳の狭い道をすり抜け、都の中央にそびえる城へとひた走った。

 城の中には、不安と恐怖でやつれた顔。顔。顔……。

 都の女子供だけでなく、城壁の外で暮らしている農民たちも大勢避難している。着の身着のまま都に逃げ込んできて、泥だらけの手には鋤や鍬を持ったまま。家畜も一緒に連れてきて、モーモー、メエメエ、コケコッコーと、そのあたりだけにぎやかだ。

 革鎧の兵士は城の上階にある謁見の間に入り、片膝をつき。震え声で部屋の奥にいる者に報告した。

「将軍。四面みな敵ばかりです。千年続きました花の都も、はやもちますまい」

 頭垂れるその鼻先から、眼からにじみ出るものが混じった汗がぽたぽた流れ落ちる。

 しかし輝く鎧の将軍は、その顔を見なかった。謁見の間の奥に立つその人の眼に映っているのは、すぐ目の前の空の玉座。

 兵士は呻き、拳を床に叩きつけた。

「王は、逃げたのですね……民を見捨てて」

「いや、私が逃がした」

 輝く鎧の将軍は即座に答えた。しかしその悲しげな目は、はっきり示していた。それは嘘だと。

「白旗をあげますか?」

 革鎧の兵士の問いに、将軍は口を引き結んで否と答えた。

「海を越えて来たあの兵どもは、北のイリオンを落として調子づいている。降服すれば、都は好き放題に蹂躙されよう。女子供もただでは済むまい」

「しかし、このままでは」

「我らが都の城壁は、イリオンの壁より頑丈だ。備蓄はたっぷりとある。門を死守すればよい」

 それから輝く鎧の将軍は、都の広場に武装した都の男たちを集め。声朗々と宣言した。

「七つの門を死守せよ! 万が一ひとつでも門が破られ敵が中に入ってきたなら、私が王より預かったこの鍵で、城の地下の開かずの間の封印を開け、我が身を生贄として捧げる!」

 将軍の手に掲げられたそれは、巨大な青銅の鍵であった。

「開かずの間には、我らが都の高祖がかつて神より賜いしものが眠っている。それは生贄の魂に呼ばれて目を覚まし、敵をことごとく駆逐するであろう」

 おおそういえば、と髭の白い革鎧の男が目を輝かせ、槍をどんと地についた。

「二十年前に、一度奇跡が起きたな。王が生贄を捧げた時に」

 すると隣に立つ年配の男が、槍をどんと地についた。

「そうじゃった。王が生贄を開かずの間に入れた直後に、雷の嵐が巻き起こって。敵がヒイヒイいうて逃げていったのう」

「開かずの間には、嵐を起こす神獣がいるとひい爺様に聞いたぞ」

「わしは婆様から翼の生えた兵士と聞いた。奇跡を起こすつわものだと」

 ざわつく男たちに向かって、輝く鎧の将軍は青銅の鍵を掲げ、雄たけびをあげた。

「戦え、つわものどもよ! いよいよの時は我の血が、敵を砕く者の封印を解くであろう!」

.

 都の兵らは七つの門の守りを固めた。

 七つの地区の長が、門を守る将となり。真南の正門には、輝く鎧の将軍その人が詰めて敵を迎え撃った。

 長い梯子をかけて昇ってくる敵兵の頭上に煮えたぎる油を幾度もふりかけ。石や火矢を雨あられと浴びせると。城壁ぎりぎりに建つ敵の天幕はたちどころに燃え上がり、天幕の白波は炎の海と化した。

 東の門が破られそうになると。輝く鎧の将軍はあっという間にその場に駆けつけ、城壁から大弓を射かけ。敵の将の額を貫いた。

 西の門が破られそうになると。将軍はまたあっという間にその場に駆けつけ、城壁から大斧をぶるりと投げ飛ばし。敵の将の脳天をかち割った。

 腕たくましきその人の背には、あの巨大な青銅の鍵が常に輝いていた。

「将軍をゆめゆめ死なせるな。この方を失ってはならん」

 都の兵らはその鍵を見ては揮いたち、雄たけびあげて敵に矢を射かけるのだった。

.

 こうして七日七晩、攻防は続いた。

 破城槌がことごとく油で焼かれてもなお敵軍はあきらめず、投石機で攻めてきた。はね上げ式の機械がヴンヴン唸り、石の塊をいくつも城壁に叩きつける。

 城壁が激しい攻撃にさらされる中、革鎧の兵士は城の中を見回った。

 一週間経ち、避難民たちは疲労の顔を浮かべている。ふと中庭を見やれば。

「なんとこれは……」

 農民たちが連れて来たニワトリがみな死んでいる。

 これはただごとではないと、兵士は南門の塔へ走り、輝く鎧の将軍に告げた。すると将軍は血相を変え即座に命じた。

「今すぐ家畜を全部殺せ。革にくるんで決して触ってはならぬ。城内すきまなく酢をまいて清めよ。それから家畜の死骸は……」

 それからほどなく。城壁の外に、家畜の死骸が次々放り出された。

 敵兵は、都の者が自暴自棄になって貴重な食糧を投げ込んだのだと思い込み。その死骸をみんな拾いあげて、これみよがしに門の前で捌いて喰らった。

 こうして知らずのうちに恐ろしい病の素に触れた敵兵たちは、数日後には高熱を出してバタバタと倒れだし。城壁の外は恐ろしい呻き声と泣き声で満ち。

 そして――。

「やりました、将軍。敵兵が退いてます!」

 くすんだ天幕を打ち捨てて、敵は這う這うの体で逃げ去った。

 あの青銅の鍵を使うことなしに。

.

 戦勝に湧きたつ都の者らは、逃げた王に代わって輝く鎧の将軍を都の王とした。

 新しい王が即位したその夜、城の中庭で盛大に祝宴が催された。

 革鎧の兵士も酒杯をしたたか楽しんだが。夜も更け、新王がもう眠ると席を辞した時、あの青銅の鍵を席に忘れていってしまったのに気がついた。

 兵士は鍵を取り、王へ届けようとしたものの。

 開かずの間がどうにも気になって仕方なくなった。

 開けるだけなら……見るだけなら……生贄が必要ということはあるまい。

 兵士はこっそり地下へ忍び。「その部屋」を探し出し。

 息を潜めてそっと鍵穴に鍵を入れて回した――。

.

 寝室の窓辺から星を眺めていた都の新王は、空に向かって笑みを浮かべた。

「こんばんは、女神様」

 宵空に十歳ぐらいの半透明の女の子がぷかぷか浮いている。

「戦ってる間中、私に飛んでくる弓矢の軌道を曲げてくれてたね。おかげで無敵で戦えた。ありがとうな」

「あれぐらい、簡単よ」

 女の子はころころ笑ったが、ふと耳に手を当てた。

「あら、あたしの部屋に誰か来たみたい」

「えっ? 鍵を置き忘れてきたか。しまったな。誰か開けたのか?」

「ちょっと! その誰か、大声で笑ってるわ。涙流して。何にもないじゃないかって。もう、失礼ね! ちゃんと地べた見なさいよ。あたしの骨が転がってるじゃないさ」

「許してやってくれ。みながんばったんだから」

 王はくすくす笑った。半透明の女の子はぷうと頬をふくらませる。

「もう、あんたまで! いいこと、幼馴染だから守ってあげてるんだからね!」

「うん、感謝してる」

「あんたに最後の切り札は使わせないわ。あたしと同じく神になるなんて認めない。せいぜい、王までよ」

 女の子はすうと目を細める。

「あんたはあたしの分までちゃんと生きるの。そう約束したでしょ」

 王は苦笑して肩をすくめた。

「爺さんになるまでだっけ。でも、一生結婚はしない」

「なんでよ」

「そりゃあ……」

 言葉を濁す王の顔を、女の子が覗きこむ。

「何赤くなってんの?」

「酔ってるからね」

「ほんと、あんたお酒に弱いよね」

「ああ、からっきしだ」

「あたし、ちょっと空飛んでくる」

「いってらっしゃい女神様」

 王は微笑して都の守護神を見送った。

 満天の星空に、流れ星がつうと流れていった。

.     END

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