03 奄美剣星 著 連休 『オープンカー』
たぶん砂丘だったのだろう、市街地が途切れる松林となった小高い堤の坂の頂きから海がみえた。黄色いオープンカーに乗っていたのは、おそろいの縦縞シャツを着た男子二人だった。
「叔父さんから借りたこの車、イカスだろ、なあ恋太郎」
「うん、イカス。……そういえば、愛矢、去年、免許とっていたんだったよな」
助手席にいたのが田村恋太郎。身長百七十センチ強。やせ形。流し髪。そこらへんにいくらでもいる、田舎大学の、学生だ。
オープンカーは、ハリウッド映画にでてくるようなフォードの左ハンドル車だ。運転しているのは、長髪を後ろで束ね、伊達眼鏡をかけた同じ年の若者・川上愛矢。恋太郎よりも頭一つ丈がある。
五月のゴールデンウィークを利用して、新潟に遊びにきたのだ。
松が植えられ林になった砂丘を抜けて、海岸通りにでる。そこから、北上してゆくのだ。松林の砂丘を箱型に掘りこんだ道がどこまでも続いていて、途中途中、漁師のトマ屋が浜辺に並んでいる。
車の進む左手にまた海がみえた。
エメラルドグリーになった濃い青。水平線に陸がみえた。
「なあ、愛矢。あそこにみえるのは朝鮮半島だろうか」
「あのな、恋太郎。あれは佐渡島というのだよ」
「そういうものか」
「そういうものだ」
「一般常識か」
「一般常識だ」
空は青かった。そこそこ暑いのだけれども酷暑というほどではない。風は浜辺に沿って北上してくる。
「爽やかだよな、恋太郎」
「うん、爽やかだ」
するとだ。二人を乗せたオープンカーのむかう先で、プラカードのようなものをもったリュックの乙女が二人、親指をあげているではないか。ポニーテールにボブの子。Tシャツにジーンズといった格好だ。
「ヒッチハイクみたいだな」
「そうみたいだ。愛矢、気の毒だから途中まででも乗せてやろう」
ハンドルを握ったノッポの愛矢がいぶかしげな顔をした。
「もし、二人が海賊だったらどうするんだ、恋太郎?」
「ありえない」
「人はみかけによらない。きっと二人ともさらわれて、奴隷船に乗せられてしまうんだ」
「汝、右の頬を打たれれば、左の頬をさしだせ」
「うっ……」
愛矢は牧師の息子だった。それをいわれるもうどうにもならない。けっきょくのところ、ヒッチハイクの女の子を後部座席に乗せてやる羽目になったというわけだ。
小さな港がいくつかあった。
一年で最も陽射しの強い季節に入ろうとしていた。
風景はどことなくフェイドインしたかのような、白っぽい風景だ。
道路横にテトラポットが山積みされていた。そこから下がなだらかな崖になっていて、堤防に囲われた小さな港になっている。桟橋のあたりから、漁船を押しのけて、風を受けた白い帆のヨットが沖にでようとしているのがみえる。その光景をみた女の子たちは、「わあ、綺麗!」と叫んでキャッキャッとはしゃいでいた。
喫茶店とかいった洒落た建物はない。
大きな川には水門があった。
水門の手前がこれまた小さな漁港になっていて、クルーザーのような小舟が何隻も停泊している。橋を渡って市街地となったところで、ポニーテール娘のお腹がグルル~っと、はしたない音をたてた。
恋太郎が苦笑していった。
「しょうがないな、奢ってやるよ」
「いいんですか? わあい、やったあ!」
オープンカーがいった先は、駅と港の間にある、明治時代創業のホテルで、そこに収まった洋食食堂でランチをとるということになった。煉瓦風のタイルを貼りつけた箱型のビル。そこの地下二階に車を停め、フロント・玄関近くのレストランに入る。
入口からみて女の子二人を手前の席に座らせ、奥の席に恋太郎と愛矢が座った。若い男性店員がきたので、おすすめメニューのポークカレーを頼んだ。
流し髪の青年がいう。
「ここのホテルってイタリア軒っていうんだ。もともとは洋食屋さん。由来は、ヨーロッパからサーカス一座がやってきて新潟市で興業したことがあった。一座のコックはイタリア人。ところがここで病気になってしまう。団員は彼を見捨てて、次の興行地にいってしまった。しかし心優しい土地の人が看病した上、彼のために店をつくってやった」
「へえ、それが大きくなって今では老舗ホテルになったってわけね」
ポニーテールの娘がいった。
つづいてボブの娘が目を閉じていった。
「イタリアのコックさんがこの地にたどり着いたのは運命だったのよ。きっと彼の前世は新潟の人で、懐かしい人たちに巡りあうためにきたの。奥さんはたぶん、日本人女性。その人とも赤い糸がつながっていたんだわ」
ポニーテール娘が、恋太郎の手をとって指をからめた。
流し髪の青年がドギマギした顔になる。
合わせてボブ娘が、愛矢の手をとって、指をからめた。
長髪を後ろで束ねた青年がドギマギした顔になる。
乙女二人は上目遣いにして、クスクス笑った。
店内は細長く伸びていて、テーブル席が通路の左右に置かれていた。真ん中あたりにカウンター席があり、そこのむこう側に、コックたちが忙しく料理をつくっていた。初老の料理長にお弟子の若い料理人が三人。給仕の女性二人とマネージャーがいた。
数分が経過した。
「お客様、ご注文の品です」
給仕の青年が大皿をもってやってきた。大きな皿に肉の塊りをまじえたポークカレーだ。そして、恋太郎と愛矢がいるテーブルの前で、一瞬、目を皿のように大きくしたのだ。
「恋太郎、給仕さんが困っているぞ。そろそろ戻ってこいよ」
流し髪の青年は、隣ではなく相むかいの席に座った長髪の若者の指に、自分の指をからめていたのだ。
「恋太郎、空気彼女との語らいはあとにして、ひとまずは昼飯を食おうや」
彼の魂魄はまだ宙空の彼方だ。
「恋太郎、おい、恋太郎……」
長髪の若者は、友のために十字を切って合掌し、「アーメン」と唱えた。
了




