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自作小説倶楽部 第8冊/2014年上半期(第43-48集)  作者: 自作小説倶楽部
第46集(2014年4月)/「始まり」&「終り」
25/46

05 紅之蘭 著  終わり 『アラビアのロレンス』

 1918年の初めに、タフィーラ三角谷に集結していたトルコ帝国軍1000名を、英国軍と麾下に加わったアラブ兵の大軍が、包囲殲滅した。それで、勢いを得たわれわれは、

ジェルフ、アズラクといったオアシスの拠点を攻略してゆくわけだ。

 物資の補給がなされた。

 1台のオートバイと、9台のロールスロイス、2〇〇〇頭のラクダがファイサル率いるアラブ叛乱軍に引き渡された。このうち車両のいくつかは装甲車に改装した。戦闘がおこなわれないとき、僕はオートバイに乗って、北伐ルート沿いにいる砂漠の諸氏族の間を回って、叛乱軍側につくように説得してまわった。

 族長たちの言いぐさは決まって、

「――で、帝国の分捕り品はどのくらいある? 分配率は?」

 といったものだ。アラブ独立とか大義とかに関して、まったくというわけではなかろうが、関心は薄く、まったく戦利品のほとんどをくれてやる、という条件で味方に引きいれた次第だった。

 鉄道施設・通信網の破壊工作に関しては、カイロの総司令部から、エジプト人からなる専門部隊が送りこまれていた。彼らが扱っていたのは通称「チューリップ爆弾」だ。爆弾様は2台のロールスロイスに分乗して運ぶ。叛乱軍が、帝国軍鉄道守備隊を一掃すると、同行するエジプト兵専門部隊が、30ヤード間隔・6マイルに渡るレール区間で、綿火薬ダイナマイトを仕掛けてゆくわけだ。

 僕が起爆スイッチを押し込む。すると、ドミノ倒しみたいに、次から次へと爆弾が火を噴いてゆく。壮観なものだ。その後を検分してみると、レールがグニャリとΩ(オメガ)の字を描いて彎曲してしまう。……さながらチューリップ街道になってしまうというわけだ。

 守勢に立った帝国軍は、後方にあるオアシス・アズラクに戦力を集結させる。そこの飛行場に配備されたドイツ製のフォッカー戦闘機をつかって、われわれの作戦を妨害してきたのだ。

 前年に失敗したヤルムク鉄橋の爆破にむかう叛乱軍。わが軍に配備された航空機といえば、スクラップ寸前のB・E12型飛行機・ただ1機だった。

 僕の専属パイロット、オーストラリア人のジュナーは、さながら軽業師だ。叛乱軍・地上部隊が作戦を遂行する間、敵航空隊の囮となって、8機という絶望的な数を引き受けてくれたのだ。

 機関砲掃射を、横スライドしたり、急降下したりして、巧みに逃げ回っていたのだが、「燃料が切れた」という通信筒を落とした。ほどなく、砂漠の平たいところに機体を着陸させる。後を追ってきた敵機がしめしめと、掃射してきて被弾。着陸・滑走している途中で機体が横転。それでジェナーは投げ出されてしましったのだ。ところが、こいつは不死身だ。近くに走ってきた装甲車に乗り込むと、機銃を敵機にむけて発砲しだした。

 彼の働きのかいあって、叛乱軍による鉄橋爆破は成功した。やがて、帝国機も燃料切れを恐れて引き返していった。

「――それにしても、敵機はうざい」

 不死身のジュナーは、僕のところに戻ってきて、そういった。

 僕らの叛乱軍は、その後も、いくつかの鉄橋とレールを爆破した。そして、アレンビー将軍麾下の英国軍主力部隊が到着するまで、ウムタイイェというオアシスで待機することになった。

 12マイル先には、帝国の前線基地があり、そこから航空機を飛ばしてくる。連中も必死で、毎日のように空から襲い掛かってきた。

そこで、ジュナーが、「ハエ叩きにゆこう」というので、僕らは、ロールスロイス装甲車2両に分乗し、奇襲をかけにいった。

 敵基地の飛行場には航空機が3機いた。このうち、1機は、僕が乗っている装甲車の砲弾で吹っ飛ばしたのだが、残り2機はパイロットが全速力で飛び乗って、空に飛んで逃げ、背後にあるデラア基地で爆弾を積んで、撤退中の僕ら2両の装甲車に爆弾を落としてきた。 ――まるで活劇映画ではないか!

 2機の航空機のうち、1機は搭載していた爆弾4個をいっぺんに落とした。それらはてんでいい加減なところに落ちて炸裂した。ところが問題は残る1機だ。パイロットは慎重な奴で、爆弾を1個ずつ、丁寧に落としてくる。3個は車体に近いところで次々と爆発し砂煙をあげた。そして4個目が落とされた。最後の1個が砲塔の穴から、運転席に落っこちてきた。

 僕らがテンパっていると、爆弾はさらに、タイヤに近いところにある穴から、地面に落ち、後方に転がっていって爆発した。

 そして、叛乱軍の前線拠点ウムタイイェに無事に引き返す

.

 拠点に戻ると爆弾以上に厄介なことが明るみにでたのだ。トルコ帝国一掃後に占領地をどうするかということに関して、アラブに全てを与えるという案、ユダヤ人にエルサレム一帯を与えるという案、さらには欧州列強間で分割する案まででてきた。

 アラブのヒジャーズ王国国王フセィンは、英国の三枚舌に怒って、親英的なファイサル王子を総司令官から更迭して、代わりの指揮官を送るとまで通達してきた。そのあたり英国は、脅したリなだめたりしながら、けっきょく最後まで、王子を司令官としてつなぎとめておくように画策。僕がそのあたりの尻拭いをするこことになる。

 例のパイロット・ジュナーの元に送られてきた航空機で、エジプト・カイロや、ヒジャーズ王国の主要拠点を飛び回って調整してゆく羽目になった。

 僕は、苦労の多いファイサル王子のために、

 ――大戦終結後、トルコ帝国の敗戦処理をすることが予想される、開明的なケマル・パシャ将軍の一派と、極秘交渉を始めるべきです。その際、英国には内容の一切を伏せておくのが得策だと思います。

 と進言した。

.

.    * * *

.

 同年秋。

 シリアにおけるトルコ帝国を、アレンビー将軍麾下・英国軍は、シリア地方で最大の兵力を擁していた帝国第4軍と、各拠点守備隊を撃破していった。戦線を突破された帝国側敗残部隊は、続々と、ダマスカスに集結してゆく。そのなかには帝国の同盟国であるドイツ軍、オーストリア軍もいた。

 プロイセン・ドイツは、あのナポレオンを相手に、戦略的撤退というのをやって、後日、報復したという過去がある。その行軍は遅くもなく早くもなく見事なものだ。

 僕には兄と弟が4人いる。そのうち2人がドイツ軍によって戦死させられている。こんな強兵を相手に、弟たちは勇敢に戦い、祖国のために殉じたのだろう。思わず涙がでてきた。

 連中をやり過ごして、タファアスのオアシスに着いた。そのとき僕らが目にしたものは、撤退してきた帝国・シリア総督直属槍騎兵たちによる住民虐殺の跡だった。焼き討ちされた家の隅で物音がするので、瓦礫をどけた。するとだ、10歳に満たない女子が、血だらけで、か細い声をあげて、

「小父さん、撃たないで、お願い」

 と懇願したのだ。

 首近くを槍で衝かれている。

 村と縁故のあるアラブ兵が、彼女を抱き上げると、腕の中で息絶えた。彼は泣くことができず、顔を引きつらせ、狂ったように笑っていた。

 堪らず、僕は麾下の親衛隊に命じた。

「――トルコ兵を追撃する。捕虜は要らぬ。皆殺しにしろ」

 アラブ叛乱軍は、槍騎兵の後背を衝く格好で襲い掛かった。電信網はあらかじめ僕の部隊が寸断している。連中は司令部と連絡がとれずに右往左往しているだけで抵抗らしい抵抗はできない。手を挙げ、命乞いもしたが、アラブ兵は許さない。連中の軍服や銃や馬といったものをすべて、剥ぎ取り、そして射殺した。

 すべてが終わった後、僕は乗っていた装甲車から飛び出し、嘔吐した。

 数日後、アレンビー将軍に、ファイサル王子率いるアラブ叛乱軍が合流、オーストラリア兵、インド兵、グルカ兵なんかと一緒に、ダマスカスの前面にいたトルコ帝国第4軍を潰走させ、シリア最大の都市を制圧した。

 大佐に昇進した僕は、英国に逃げ帰った。

 英国の報道機関は、僕を英雄という虚像にまつりあげ、事実上の軟禁状態にしている。窒息しそうになって脱出しよとしたアメリカなどの外国は、僕を危険人物として扱い、入国を拒み、逐次行動に目を光らせる。そして愛するアラブだ。戦友たちは、いまもダマスカスで僕の帰りを待っているのだという。しかし彼の地は、僕の理想にむかっていない。

 ――これが勝利の代償なのだ。 

     END

引用参考文献/

●R・グレーヴス著 小野忍訳 『アラビアのロレンス』 平凡社 2003年

●中野好夫著 『アラビアのロレンス』 岩波新書 1940年

●T・E・ロレンス著、J・ウィルソン編、田隅恒生訳 『知恵の七柱』 第1-5巻 平凡社 2008年

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