04 シェル著 はじまり・おわり 『後朝(きぬぎぬ)』
後朝
ドナーが見つかった。
「見つかった」って言い方、正しいのだろうか。
. ◇
「ゆっくり目を開けて……」
包帯が取られる。
一年ぶりの ひかり。
「あ……」
「見えますか?」
私は、温かなぬくもりをすぐ隣に感じ、視線を移した。
「光……・」
「紫。俺が見える?」
うん。うん。
何度も頷いて その拍子に涙がこぼれ落ちる。
光を とり戻したの
. ◇
私は16歳で結婚した。
相手は25歳の六条光。
デキ婚ではない。
お互い、友人に、「デキ婚だろ?」なんて言われたけど。
もう4年経つのに 子どもに恵まれない。
「外の光に慣れてきたら大学に戻ったらいいよ」
「え……でも」
「休学扱いになってるし、勿体ないじゃないか。君はさ、優秀なんだから」
「……いいの? 学費」
それだけじゃない、医療費だって生活費だって。
「紫、俺一応、高給取りだぜ?」
「そうだっけ?」
「任せなさい」
えっへん って言う光が可笑しくて笑ってしまう。
. ◇
ああ……青空が綺麗。
当たり前って凄いんだな。
見える。聞こえる。話せる。呼吸ができる。
それは失って、得て初めて分かる幸せ。
生まれたての赤ちゃんは、嬉しいんだきっと。
それが凄いって事を知ってるんだ。
ふと、公園のベンチの隣の席に小さな男の子がいることに気がついた。
「あ……ひかる?」
え?
私、なに言ってるんだろう。
まだ5歳くらいの、可愛い男の子。
でも……光にそっくり……・
その時、目の奥で閃光が走った気がして、瞳をぎゅっと閉じた。
ああ……まだ外の明るさは無理なのかしら。
横を見ると、もう男の子はいなかった。
「え?俺にそっくりな子ども?」
「うん。びっくりしちゃった。本当にそっくりなんだもの」
「へぇ~見てみたいな。でもえらく老けた子どもだな」
「ちーがーう。小さい頃の光の写真」
あはは、なるほどね。
いいなぁ。子ども、欲しいなぁ。
. ◇
光の会社は水曜日は定時に終わる。
失明していた時も、私は引きこもらず
よくこうしてこのcafeで待ち合わせした。
夫婦だけど 恋人気分。
いつもの、窓際の席で待っていよう。
「……あ」
15歳くらいの少年が座っていた。
仕方なく、別の席に座った。
私の胸はドキドキして 喉の奥から心臓が出てくるんじゃないかと思った。
「あ、紫、ここにいたのか」
「……光」
「なんだよ、まだ来てないのかと思った。いつもの席じゃないから」
「うん。ほらだって、いるでしょ?」
「え? ああ、そっか、今空席になったのか」
光……何言ってるの。
いるじゃない。あなたにそっくりな少年が。
私は目を覆い隠した。
「紫? 具合悪いのか? 大丈夫?」
「……うん。きっと見えすぎて……疲れてるのね」
. ◇
今日は同級生の紅ちゃんと会う。
大学、一年遅れちゃったけど頑張んなきゃ。
紅ちゃんは医学部だ。
大変だろうなぁ……全部の科を勉強しなくちゃいけないなんて。
「6年じゃ足りないよ!」って。
でも前向きで明るい紅ちゃんが好き。
「紫~♪」
私は、別に他意はなかったんだけれど
本当に何となく、光に似た男の子たちの話をしてみた。
「っていうかさ……今私が見えてるってことは、誰かが死んじゃって、その角膜を貰ったってことだよね」
「そうね。大事にしないとね」
「うん。一体……どんな人だったんだろう」
「医学的にはありえないんだけど……」
と、紅ちゃんは不思議な話を聞かせてくれた。
. ◇
「記憶する臓器?」
「うん。ドナーの記憶が 移植された人によみがえるって」
「それと 俺に似た子たちとどう関係するの?」
「う~ん。わかんない」
「じゃぁ……ベッドでゆっくり考えるか」
うふ♪ 光のエッチ。
光より先にシャワーを浴びて
寝室に向かった。
ベッドの横には大きな鏡があって
事の最中、凄く興奮する。
ベッドに腰掛けて 何気に鏡を見てギョっとした。
「き……きゃ――!」
「どうした? 紫!」
「光、光」
「大丈夫。俺がいるから。大丈夫」
「今……鏡に見えたの……高校生くらいの光と今の私が……エッチしてた」
「……え?」
「私……頭おかしくなっちゃったのかな、私、死ぬのかな」
「ばか! 死ぬわけないだろ!」
「だって自分の分身を見ると死ぬって」
「そんなの迷信だよ。明日心療内科に行こう」
コクリと彼の胸の中で頷いた。
彼の鼓動が、いつもより激しいことに気づいた。
. ◇
「ああ、旦那様ですね。奥様は目が見えるようになった事で、多少、情緒不安定になっているようですが、お薬はなるべく使わず 気長に支えてあげて下さい」
「光……私ね不妊治療受ける。光の赤ちゃん どうしても欲しいの」
「紫……」
「先生、私 赤ちゃんできますか?」
「一緒に頑張りましょうね」
「ええ……愛しい人との子どもを早く見たいわ」
私の瞳は、にっこりと微笑んだ。
あゝ 外の藤の花が綺麗だわ……
「これから、ずっと一緒よ、光君」
そして、光の分身たちは見えなくなった。
. 終わり




