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自作小説倶楽部 第8冊/2014年上半期(第43-48集)  作者: 自作小説倶楽部
第46集(2014年4月)/「始まり」&「終り」
23/46

03 柳橋美湖 著  終わり 『運河の町の桜狩り』

.  運河の町の桜狩り

.

.   1 運河の町

.

 単線レールには二両連結のローカル列車が走っています。駅長さん一人がいる木造平屋の駅舎改札で切符を渡して降りたところは運河のある町でした。駅は郊外にあります。そこから市役所がある東にむかって五分ほど歩いてゆくと、観光物産館というのがあり、裏っかわにはなぜだか船着き場がありました。

 ホールの壁際には、物産品を並べた売店が並んでいるのですが、シーズンオフのためか店員は暇なようです。その中に、はっぴを羽織った鉢巻の若衆がいて、バスでくる団体さん相手に、船をだして運河巡りをするのだそうです。高校時代の級友・村上海斗むらかみ・かいとは、物産館で働いていました。

「友里、久しぶりに会ったんだ。乗せてやるよ」

 私の名前は南野友里みなみの・ゆり。東京の短大をでたあと、そのまま帰らずに、OLをしています。

「え、いいの?」

「500円」

「高い」

「けっこう重労働なんだ。ふつうは1000円。半額だよ。それにタダより高いもんはないっていうだろ?」

「引っかかるのよ、その最後の言葉が」

「勘ぐるじゃないよ、この変態娘」

「海斗、聞捨てならぬ、そこになおれ!」

 海斗カイト。名前の通りタコな奴です。運河の町の観光協会で働いています。櫂のついた和船を運河に浮かべ、観光客を乗せて名所を巡るとのことで、かきいれどきは三度。桜の季節、あやめの季節、紅葉の季節なのだとか。

 運河の巾は三メートルといったところでしょうか。それほど大規模なものではありません。町を抜け、田園地帯を抜け、湿地を抜け、また町に戻ってゆくのですが、単純な往復ではなく、複雑に巡らされた水路網をぬってゆくのです。

 運河沿いの桜や柳といった並木にはまだ葉がついていません。

 古い街道に面したお屋敷には蔵が四つ並んでいます。そこの玄関はなんだか運河に面しているようでした。

「三好ん家か。県の重要文化財に指定されるみたいだぜ」

「なーんだ。世界遺産じゃないのか……」

「あほか。そんな、ほいほい世界遺産が登録されたら、ありがたみがなくなるってもんだ」

「それもそうね」

 私と海斗はお腹を抱えて笑いました。

 睡蓮・あやめは、まだまだ。

 寒椿・水仙が、ちょぼちょぼ。

 鴨の親子が、箱形に板で組まれた小舟の前を横切って行きます。

 小春日和。

「さて、ここからは、今年からやるお試しコースだ」

 繋がれた馬がいて、かいば桶の草を食べています。海斗は、

「馬に綱を引っ張ってもらって川の上流へ遡ってゆくんだ」

 といったのです。

「おもしろそう!」

 これなら部分的にはエキサイティングな川下りができる。今年からは季節の変わり目ごとに東京から帰ってきたいな。

 しばらく帰っていないうちに、クラスメイトとかは、ほとんどいなくなっていましたけれど、やはり故郷でした。

.

.   2 乙女の祈り

.  

 地下鉄と特急を乗り継いで、駅改札をでたのは春とは名ばかりの2月上旬の金曜日でした。運河の町、故郷。……この地方としては珍しい雪が積もっていたのですが、商店街の人たちはスコップでかきだして歩行者が歩けるようにしてくれていました。

 駅前広場に臨むお店は、喫茶店、そば屋、定食屋、ビジネス旅館、それから貸自転車屋さんなんかもあります。

 私はバスがくるまでの間、時間をつぶそうと喫茶店に足を運び、古びてくすんだ木枠の扉を開けました。途端、ぷーん、と甘い匂い。珈琲豆はまだ挽いたばかりのようでした。

 大きなガラス窓があって、テーブル席が3つ、そしてカウンター席があります。そのカウンターには、音楽とガーデニングの雑誌が、小気味よく散らかっていました。

「おかえり、友里ちゃん」

 口髭をはやしたノッポなエプロン姿のマスターは顔馴染みで、常連というには少し違う。大学時代の長期休講期間、ここでアルバイトをさせてもらっていたのです。

 私はマスターの座っているカウンター席の横に腰を降ろしたとき、ふと、店内に流れているのが、『乙女の祈り』だということに気づきました。

「マスターくらいの世代の人って、ふつう、ジャズでしょ? どうしてクラッシックなの?」

「さあね。好みとしかいいようがない。ところで友里ちゃん、『乙女の祈り』の作曲者って知ってる?」

 私は首を横にふりました。

「――19世紀、テクラ・バダジェフスカっていうポーランド人だ。ピアノの弾き語りをし作曲もしていた。『乙女の祈り』がいい出来で、パリの音楽雑誌で紹介されると、一躍欧州中で有名になった」

「それで?」

「しかし、結婚して子供5人を産むと、ワルシャワで亡くなった。25歳くらいだったそうだ」

「えっ、女流作曲家だったんですか! それにしても若死にですね」

 マスターが、なんだ知らないの? という顔をして開いた雑誌を斜めにして、私をのぞきこみました。

「病弱で早死にしたこと、正規の音楽教育というのを受けていなかったことで故国ポーランドじゃ最近まで評価されていなかった。さらにそこが戦争で焼野原になったもんで、彼女の関連資料が紛失してしまい、35曲を作曲したこと以外は、ほとんどなにも分かっていないらしい」

「おや、友里ちゃん、バスがきたみたいだよ」

 駅前ターミナルにそれが停まっているのが窓からみえたので、私は店をで、それに乗り込みました。

 発車するとき乗っていたのは、お年寄りが2人、高校生の男女が5人くらい。

 座席に腰を降ろした私は、マスターから夭折した作曲家の話をきいて、ちょっとブルーになっていたところ。

「あれ?」

 出発の間際に、ノッポさんが、乗車口の扉が閉まる直前に乗り込んできて、私の横を通り過ぎようとしたとき、

「あれえぇ!」

 といいました。

 それは私も同じ。

 実は、年末に本家の伯母から電話があったのです。

「――友里ちゃん、ぼおっとしていると、あっ、という間に、30の大台を越えちゃうわよ」 

 縁談。……そのため私は、土日を挟んで2日ほど東京の会社を休み、帰省しました。お相手というのは、地元で造り酒屋をやっている旧家・三好家のご二男・ようクン。洋クンは、高校時代の同級生で。現在、私と同じで東京の会社に勤めている人でした。そこんは、運河沿いに蔵がいくつも並んでいて、運河側に入口があります。

 お見合いのことを会社にいうと、同世代の同性同僚は、

「え、いまどき? なんだか田舎くさい」

 とか、

「古風ね、友里ちゃんって、実はお嬢様だったの?」

 といって、クスクス笑って冷やかしていたのを思いだしました。

 高校時代、吹奏楽部にいた私は、部活のみんなと洋クンのお宅を訪ねたことがあり、お宅に練習用じゃなくてグランドピアノがあったことに、皆で驚いたもの。

 洋君は通路を挟んだ向こう側の席に座って、こっちをみずに挨拶しました。

「よっ」

「よっ」

 けれど言葉のつづきがなく、2人でうつむいていました。

 それから、

「洋クン、『乙女の祈り』って弾ける?」

「まあな」

「じゃあ、そっちにいったとき、聴かせてくれる?」

「いいよ」

 お見合いの相手は洋クン。嫌じゃない。

.

.    3 運河の町の桜狩り

.

 お見合い相手である造り酒屋の二男坊・三好洋クンと4回目のデートをしました。主に週末、レストランにゆくこともあれば、映画館にゆくこともありました。洋クンはけっこう真面目で、前回のデートでようやく手をつないでもらえた段階。この分では、たぶん、キスはあと2、3回先になるだろうと思います。

 3月の終わり、洋クンが、

「近場の名所でお花見をしよう」

 と、いいました。

 しかし、そんなときに、祖母の具合が悪くなり入院したという話になって、お見舞いに行くことになったのです。デートはもちろん中止。残念ですが仕方のないことです。

 会社に3日分の有休休暇の届けをだし、土日を合わせて5日間の休日をとり、地下鉄と特急を乗り継ぎ、運河の町に戻ったのでした。東京からだいぶ南に下った故郷は暖かく、1週間ばかり早く桜の花が咲いていました。

 商店街のある駅前ロータリーでタクシーを拾い、市民病院に駆けつけると、祖母は点滴はしていたものの、意外と元気で、自力で半身を起こし、

「友里、よくきたね」

 と声をかけてきました。

 さらに、付き添いの母、見舞いにきた父が2人して、照れたように舌をだし、

「洋クンとの関係は順調なようだな。それはそうと、友里の顔がみたくなったんだ」

 っていうものだから、当然、私は叱りましたよ。

「もう、お祖母ちゃんをダシにして!」

 祖母も頭を掻きながら、

「いやいや、私も会いたかったのさ」

 と笑っていましたけどね。

.    * * *

 休日はあっという間に過ぎ、東京に戻ろうとしたとき、迷惑をかけた会社の人たちにお土産を買ってあげようと、物産館に立ち寄りました。

 黒い瓦に白い壁、ショー・ウィンドウ。自動扉から中をくぐって、地元特産の煎餅とかを買おうと、棚を物色していると、むこうから声がしてきました。陽に焼けた顔。中学・高校時代の同級生で元野球部員の村上海斗がいたのです。

「おい、友里。10分後に花見の舟をだすんだ。時間あったら、乗っていけよ」

「う、うん」

 祖母の一件は拍子抜けで、デートどころか週末の予定のすべてが台無しです。はっきりいって、けっこう、ストレス度数が上がっていました。こんな調子で明日、会社にいったら、周囲の人たちに当たり散らしそう。ここは気分転換をすべきとき。そういうわけで、海斗の申し出を受けて舟に乗ったというわけです。

古風な舟の後ろで、竿を持った海斗は、練習の甲斐あって、前に乗せてもらったときより、だいぶ上手になっていました。

 お花見シーズンといえば稼ぎ時。乗客は私を混ぜて20人が乗っています。私は海斗に近い側にいましたから、ときどき、話をしてきます。

「友里、洋と結婚するだってな。幸せになれよ」

「えっ、知ってたの?」

「おいおい、ここをどこだと思っているんだ。ド田舎だぞ。数百メートル離れた家がご近所っていっているくらいだ。おまえたちの噂くらい、きかんでも、周りのお喋りババアが教えてくれるよ。……ま、いまだから白状するけどな。俺は、昔、おまえに惚れていた。いまでもちょっとは気がある。しかしまあ、そういうのも含めていい思い出になった」

 運河の岸辺に植えられた桜は、満開になっていて、なぜだかたまに吹く冷たい南風が、ふっ、と数枚の花びらを飛ばしていました。ちょっと舟の両横をみやれば、後方にV字の波をつくっていて、また前方の水面をみやれば、桜木が映り、蜜蜂が水仙の花の合間を飛び交っていて、そこを突然、燕たちが、U字に急降下・急上昇をして飛び去っていったのです。やがて鶯や蛙が鳴く中を、舟は運河から川の本流にでてゆきました。

 ――海斗は優しい。舟に乗せてくれたのは、彼なりの結婚祝いだったんだ。

 ここにきて、海斗のことが知りたくなってきました。…… 彼女とか、いるのだろうか。もしいたら彼も幸せになってほしい。

 私たちの会話はそこで止まりました。しかし充実した沈黙でした。

.    END

※ 1月期・2月期更新分も併記したこと

 全部で3部構成であるこの掌編作品。私が、はじめ読んだとき、あと最低2部を足して、三好青年とヒロインの友里が危機を迎え、ラストでどちらかを選ぶというのが、定石だと考えました。しかし本人はそれを理解したうえで、前半だけで切ってしまったのです。私は、えっ、と思いましたが、仲間内のコメントなどを拝見したりして、これは一種の詩なのではなかろうか、と考えるようになりました。第3話「おわり『運河のの町の桜狩り』」に加え、先に更新した2作を足して出してみることにした次第です。(奄美)

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