01 奄美剣星 著 始まりと終りと 『鬼撃ちの兼好』
挿図/Ⓒ奄美剣星 「S&W拳銃と銀弾・鬼撃丸」
ズバーン。
放たれた矢が的の真ん中に突き刺さった。
五十段の階段を登った常盤神社の境内には、弓矢練習場・的場がある。
矢を放ったのは、吉田兼好、二十六歳。狩衣、烏帽子姿。……元陸上自衛隊・曹長にして常盤神社の宮司だ。神職関係者は、藤原家から分家した吉田家出身者が多い。末流ながら彼もその一人だ。祖先の一人に、有名な鎌倉時代の随筆『徒然草』の作者がいるため、そこから名前をもらっている。
弓を構えてもう一矢を放つ。
またも矢は見事に的の真ん中を射抜いた。
そこで、
――お見事!
と、いわんばかりに、しなやかな黒猫が近寄ってきた。兼好が、夜叉姫と呼んでいる雌猫だった。
神殿の屋根で烏が鳴いた。
狩衣の若者が、そっちをみてから、また黒猫をみやる。すると若い女……というより童女に姿を変えた。そのくせ胸ばかりはデカい。まるで、危ないネットゲームのヒロインみたいだ。
「おいおい、なんだい、その格好は?」
漫画でも猫が女に化けるなら、和服とか、もう少し品のいい格好をするものだ。よりにもよって、猫耳付のゴスロリファッションときたものだ。神社というよりも、これじゃメイドカフェではないか。狛犬の台座にもたれかかって、悩ましく、伸びをしていた。だいたい、そのクネクネした尻尾はなんなのだ。滅茶イケてるではないか!
「あら、兼好様の好みじゃなくって? なんなら、『ゲゲゲの鬼太郎』にでてくる猫娘になってさしあげますわよ?」
ゴスロリ娘は、二の腕まで黒い長手袋ですっぽり覆っている。若い宮司の肩にもたれかかって、手袋に包んだ指でなでた。
「い、いや、いまのままがいい」
「よっ、好色一代男!」
「そこは、君、アレだよ、『エッチ!』とかいって両手で頬を押え『ポッ』とかやると、男的には萌えるんだ」
「殿方って、変なことばかり研究なさっていらっしゃるのね」
「まっ、そういうものだ」
「では……エッチ! ポッ」
夜叉姫は、兼好の要望に応えて、両手で頬を押える。小首を少し傾げつつ、脚は膝小僧をくっつけKの字にしてやるところはオリジナルだ。
兼好はふやけた顔になる。
二人がじゃれあっていると、ふうふういいながら、階段を登ってくる人の気配がした。 夜叉姫はまた猫に戻って、神殿の陰に消えていった。
客は、郷の氏子で、二十歳そこらの娘を連れてきた。
男一人所帯の社務所にあがってもらい、早速、話をきく。
「うちの娘です。どうも、鬼が娘のところに通ってきているようなのです」
「ぶっちゃけ、ストークされているというわけですね」
「そういうことです。宮司さんはお若いが、こっちの方面では第一人者だとの噂……」
「ただの噂ですよ」
「御謙遜を……」
「はい、謙遜です」
――自分でいうんじゃない。
とばかりに依頼者・氏子の父娘は閉口して互いの顔をみやった。
*
そして夜が訪れた。
常盤神社のある白水郷は小盆地になっているがゆえに白水谷ともいう。谷の真ん中を走る新川を挟んで、北側が願成寺の寺域となり、南側が集落域となって聖俗の住み分けをしている。常盤神社は、もともと神仏習合のため願成寺に付随していたのだが、明治の廃仏毀釈運動により、無理矢理、願成寺から分離させられたものだ。神社境内は寺の本堂のすぐ横に築かれていた。
神社から東にむかって歩いてゆくと、願成寺が管理する国宝白水阿弥陀堂の前にでる。前とはいっても、平泉・毛越寺を模した浄土庭園の池があるその手前で、門があったといわれている場所だ。
その位置から北東を並んで拝していたのは、烏帽子・狩衣の青年と、猫耳・ゴスロリ少女だった。
人に化ける猫は猫又だ。一般にいうイメージとして、尻尾が二つあるとされているのだが、それは、誇張表現のようだ。実際、夜叉姫の尻尾は一本である。彼女の役割は視鬼、鬼をみつける能力だった。
白水谷古道は、本来、東流する新川に沿った一本道だった。近現代になって、白水谷を取り囲む尾根を開削して道路にした。谷の北東をぶち抜いたV字切土の峠はそういう道路の一部だった。昭和四十年代に工事されたのだが、途中、阿弥陀堂の寺域が国指定だというクレームが文化庁から入って、中止になった。その後、浄土庭園池の発掘調査がなされて、地中から池の敷石がそのままでてきた。遺構は復元されることになる。
視鬼の夜叉姫がいった
「兼好様。あのV字切土してできた峠のむこうは、どんなところだか御存じかしら?」
「鬼ケ沢。……かつて、岩屋に鬼どもを封じた祠があった。ところが幕末に石炭鉱床が発見されたため、明治時代ごろ、そこを掘削していた炭鉱会社が、崖縁にあった岩屋の扉を、ダイナマイトで吹っ飛ばしてしまった。おかげでそこから鬼が噴きだして、あたりにウヨウヨはいだしてしまった。おまけに、北東にあんな峠道をぶち抜いたもんだから、清浄なる結界・白水谷にも、岩屋の鬼どもが押し寄せてきている」
「しかしアレですわね。墓穴を掘るとはこのこと。V字切土峠はまさしく鬼門になってしまった」
峠道から白水谷に下る自動車用道路の坂道こそ取り払われたが、散策路という格好で、
人間や自転車なら通ることができる。
外灯に照らされた桜花の並木道を二人が連れだって歩いてゆくと、あばた面で眼鏡をかけた学ランの高校生が、アダルト雑誌を開いて、読みながらこっちに歩いてきた。
「兼好様、きたみたいですわ。じゃ、健闘を祈りますわね」
「夜叉姫、たまには手伝ってくれよ」
「嫌、絶対・嫌。だって、あの子、キモイんだもん」
ケチ。
吉田兼好がブツブツいいながら高校生に声をかけた。
「やあ、高校生クン、隠しても無駄だよ、牛頭鬼だね?」
「えっ、どうしてそれを――」
制帽を被ったミカン面の高校生の頭は、いつの間にやら、三尺(九十センチ)もの長さ角となった。やはり牛頭鬼。そのくせ学生帽と眼鏡だけはしたままだ。
そいつが、エッチい本を後ろに放り投げ、突進してきたではないか。
砂埃が舞い上がった。
烏帽子・狩衣の青年は、いつのまにやら闘牛士みたいに赤い旗をたなびかせて、牛を挑発し誘い込んだ。その際、ズダンと銃声をたてる。
ぎゃあああああ。
「……陰陽師とかいったら呪文をつかうとか、せめて鬼斬り丸とかいった日本刀とかをつかえよ。飛び道具とは卑怯過ぎる」
「スミス&ウエストン……拳銃だって、立派な切り札だ。坂本竜馬なら、『これからはこれの時代ぜよ』って、きっというよ。弾丸は、女神を彫りこんだ御神体・市の要文化財を少し削って、弾頭にはめ込んだ、聖弾だ。よく効いたと思うがね。牛頭鬼クン、しっかりと祓われたまえよ」
若い宮司の言葉きき終わらぬうちに、牛頭鬼は両膝を土につけ、そのまま頭から突っ伏し、もがいた。やがてガラスが砕けるような感じでキラキラと輝きながら消えていった。
狩衣の男がつぶやく。
「これで、鬼にストークされ困っていた娘さんは、俺にチュッチュしてくれるだろう。夜明けが楽しみだ」
すると、話をききつけたかのように、いつの間にやら黒猫に化けたままの夜叉姫が現れた。ジャンプするや、「エッチ!」と叫び、彼の顔に数条からなる嫉妬の爪痕を描く。そこで、ポンと白い煙があがって、ゴスロリ乙女となった。両頬に手をやり、「ぽっ」とつぶやく。
萌え~。
と、いいたいところだが、若い宮司は、代わりに悲鳴をあげ、白水谷にエコーさせたのだった。
――彼の名は吉田兼好。常盤神社宮司。独身。
了
●常盤神社・願成寺・白水阿弥陀堂の縁起
http://www.kankou-iwaki.or.jp/sightseeing/31828
●夜叉姫の格好は、下記ブログ右サイドバー、セルフィーアバター・猫耳ゴスロリ童女を参照としました。
http://r24eaonh.blog35.fc2.com/




