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自作小説倶楽部 第8冊/2014年上半期(第43-48集)  作者: 自作小説倶楽部
第45集(2014年3月)/「雪解け」&「詐欺」
17/46

03 BENクー著  雪解け 『夫婦喧嘩』

 「すまん。金は、貸した」

 お早は、徳利の首をつまんだまま固まった。

「何度目ね。もう、知らん!」

 笑顔の消えたお早は、奥の部屋で布団を被ってふて寝してしまった。今日は、網元に納めた魚の代金をもらってくる日だったのだ。これで辰之助の今夜の寝床は囲炉裏端に決定した。囲炉裏に掛けられた鍋からは好い香りが漂っていた。そっと蓋をあけると、野菜たっぷりの味噌汁の真ん中で真っ赤に煮えた渡り蟹が鎮座していた。お早は夕餉に辰之助の大好物を用意していたのだ。

『うわっ、もったいなかこつした』

 辰之助は即座にこう思ったが、さすがに女房を怒らせた手前、独りで夕餉を食う訳にはいかなかった。今さら言い訳もできないまま、ただ黙ってぬるくなった酒をあおるしかなかった。

 それでも明日も早暁から出漁である。酒で身体は温まってもさすがにすきっ腹では力も出ない。

 囲炉裏で暖をとりつつ酒を飲み終えると、ちらちらとお早の背中に目を遣りながらお椀に味噌汁をすくった。音を立てないように気を遣ったせいか、お椀の中は汁ばかりだった。明け方前、すきま風に煽られた辰之助は寒さで目を覚ました。囲炉裏の火はすでに消えており、木戸に当たる風の音がすきっ腹をいや増した。お早は布団に包まったままである。

『はらへった…』

 空腹で声も出ない辰之助がふと鍋の先を見ると、反対側の囲炉裏端に大きなお握りが二つとたくあんが置かれてあった。

『すまん…』

 背を向けたお早に手を合わせた辰之助は、二つのお握りをあっという間に平らげるとそそくさと漁の支度をした。

「行ってくるけん」

 辰之助はこう言って、静かに戸を閉めた。お早は布団の中でもう一度目を閉じた。朝日が海の上を照らし始めた頃、誰かが戸を叩いた。お早があけると、そこには三軒隣りの英次の妻お光が立っていた。

 板子一枚下は地獄…と言うが、板の上でも漁師に怪我は付き物である。月はじめの漁の時、網が絡まって指の骨を折った英次は満足な漁ができなかったのだ。

「昨日辰之助さんが来らして、『英次は怪我して漁が出来んかったけん、今月は苦しかっだろ』って、お金ば置いて行かしたっと。舟の支払いのあったけん、ほんなこつ助かったとよ。有難うね、お早ちゃん。今すぐにはムリばってんが必ず返すけん。ちょっと待ってはいよ」

 お光は、涙ぐみながら頭を下げた。

「なに言うとっと。うちん人もいつ助けてもらうか知れんとだけん、魚の獲れた時に返してくれれば良かよ。もう泣かんで良かよ」

 お早の言葉に涙を拭ったお光は、何度も頭を下げながら家へと戻って行った。澄みきった空に輝く朝日に目を細めながら、お早は沖に浮かぶ船影に思いを馳せると、「もう一回鍋ば温めんといかんね」とつぶやいた。

 -おしまい-

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