7話 国王宛ての訃報
夜中にふと目が覚める。
時計を見ると午前2時を回ったばかりだ。
隣のミーナはすっかり夢の中だ。
「……ご主人さまぁ、そこはちがいますぅ……えっちぃ……」
いっておくけどこれはミーナの寝言だ。
誤解を受けるような夢を見るんじゃねえよ!。
幸せなそうな顔してるな……あれ? こいつこんなに可愛かったっけ……
あれから体はきちんと石鹸で洗うしシャンプーも毎日してるからきれいだ。
不思議なんだが俺と同じシャンプー使っているはずなのに
ミーナの髪は甘いようないい匂いがするんだよなぁ……。
出会ったときのミーナは身なりをみてもわかるように
相当ひどい暮らししていたはずだ。
これからは俺がこの無邪気な笑顔を守っていかなければならない。
奴隷を買うということはその娘の人生を買うということだよな、責任重大だ。
明日、自宅に帰れるのはいいのだがひとつ問題が……
そう、このミーナのことである。
シャルは妹ができてうれしいニャアと喜びそうだけど。
マリーはライバル視する可能性がなきにしもあらず。
おバカキャラかぶりだけどマリーはお子ちゃまで
ミーナは耳年増だから少し違う。
問題は……アズ国王だよな……。
絶対怒るよな……なんていったらいいんだろ……
アズ国王は王城では
二代目様は王家の馬車まで使って何をしてらしたのかしら
とか嫌味を言われるだろうな……。
もっと怖いのはうちにきたときだ……
想像しただけでマジ怖えー。
ひたすら土下座であやまるしかない。
お土産を渡したぐらいでは許してくれるわけないよな……
浮気しないでっていってたよな、確か……
―――はぁ……どーすんだよ。
……ま、今更どーしようもないか。
明日、考えよ、明日……
無理やり結論をだした頃、ようやく睡魔が襲ってきた。
突然、鳴り響く防犯ブザーで起こされる。
廊下で夜盗と護衛のクライドが激しく争う音が聞こえる。
夜盗は足音からして複数いる気配がする。
ひとりとはいえ亜人のクライドなら人間をはるかに超える腕力、反射神経をしている。
しかし、そんなことは俺なんかより夜盗のほうが熟知しているはずだ。
リザードマンの警護を知りながら襲撃するということは
何らかの手を打ってると考えられなくもない。
なにせ奴らはそれで飯を食っている、いわば襲撃のプロ集団だ。
修羅場をくぐり抜けた猛者でもある。
そんなことを考えれは考えるほど恐怖は大きくなっている。
部屋の俺は軽いパニックを起こしていた。
初めて経験する人間に襲われる恐怖に脳内が真っ白になる。
想定では襲撃される前に武器をもち防御体制をとるはずだった。
暴漢に襲われるシミュレーションなんて何度しようと意味はなかったみたいだ。
武器の用意すらまだできていない、身体が普段どおりに動かせないのだ。
もちろんベッドの上で震えてるミーナを気遣う余裕もない。
声さえかけることもできないかった。
そのとき、部屋のドアが開けられた。
「え……クライドは……?」
クライドならなんとかしてくれるという希望的観測は絶望へと変わる。
入ってきたのは手に全長90cmぐらいの刀剣をもった
身長180センチぐらいの武装した男だ。
パニックの中でリュックに手探りでつかめたのはこのスタンガンだけだった。
俺がスタンガンの電源を入れたと同時に
敵は踏み込んで刀剣を力いっぱい振り落とおろす。
重そうな幅広の両刃の刀剣が俺の肩口から下腹部まで切り裂く!
大量の生臭い血が派手に飛び散る。
俺は刀剣を体に叩きつけられた勢いで一気に壁まで吹っ飛んでいき
下手すればそれが致命傷になりかねない勢いで
壁に後頭部を思い切りぶつける。
「きゃあああっ! 」
ミーナの悲鳴が部屋じゅうに響きわたる。
俺を切りつけた男が勝利の雄たけびをあげる。
「きゃっほー、こいつ、変なもん出しやがるから強いかと思ったが、弱っちいーやつ、楽勝だぜ! 」
俺は後頭部を激しく打った衝撃で意識が薄れていく……。
「こいつ、金どこに隠してやがんだ? くそっ……」
「おい、金はもういい。国境警備隊が来る前にずらかるぜ、早く女を連れてけ! 」
……このリーダーの口ひげ……宿屋にいた商人だ……
ミーナは無理やり連れていかれる。
「……ゆうと――いやあああっ! 」
俺が最後に聞いたのは、ミーナの哀しい叫び声だった……
◇◆◆◆◆◆◆◆◆◆◇
翌日の正午すぎの王城にて
二代目さまこと神崎結斗の到着を心待ちにしている
セインガルド王国のアズ国王は慰労会の準備をしていた。
予定によれば今日の午後二時頃到着予定である。
慰労会の会場にはシャルとマリーの姿もあった。
見送りの会では泣いていたマリーも今日は屈託のない笑顔だ。
料理の準備も着々と進んでいた。
王家のお抱えシェフたちがはりきって伝統の王国料理を作っている。
シェフたちがはりきっているのには訳がある。
近頃は財政再建のために園遊会の予算を
大幅に減らされてしまいメニュー作りに四苦八苦している。
いくら金がないといっても不味いものを出す訳にはい行かないのだ。
王家のお抱えシェフとしてのプライドがある。
彼らは国に超一流シェフと認められて採用されている。
今日は予算を気にせず豪華な料理を作るよう言われているのだ。
王国各地より取り寄せた美味しい特産品も届いている。
色とりどりの野菜のサラダによく煮込まれたシチューや
美味しそうに焼きあがった肉料理などがところ狭しと並んでる。
「帰りはまだなの?午後二時だったわよね、遅い……」
帰りが待ち遠しくて動物園のクマのようにうろついているアズ国王であった。
「国王さま、まだ十二時すぎででございますよ?」
「……そんなことはわかっています!」
「とばっちりを受けているのが、叔父のカジャール内務相だ」
「まだかニャア? ご主人さまが帰ってきたら頭を撫でてもらうニャア」
「お土産が楽しみであります! どんな美味しいモノか今からワクワクするであります」
相変わらず対照的なシャルとマリーであったがうれしい気持ちは同じである。
そのとき、馬にのった飛脚が信書を手にしてものすごい勢いで入ってきた。
和やかな空気が 一変しにわかに緊張感が漂う。
神崎結斗が到着時間に間に合わないという可能性が非常に高いからだ。
おそらく、なにかのトラブルが起きているということだろう。
考えられるトラブルは馬車が故障した、事故が起きた、盗賊に襲われる、病にかかるなどだ。
馬車が故障したというのが一番ありえる、なにせ遠路であり道の悪いところもある。
事故が起きた、盗賊に襲われるというのは確率は低い。
なぜなら、クヌスから王都の街道は道も広く整備もされているし警備兵の巡回があるからだ。
病にかかるも可能性はある。
長旅の疲れや風土病感染はあっても不思議ではない。
せっかく作った料理はどうなるのかとシェフは頭の痛いところだ。
予算的には作り直す余裕はないので中止になるだろう。
アズ国王やシャルとマリーはゆうとの身に何が起きたのか心配で気が気ではない。
皆、嫌な予感はしてたもののこのような最悪の事態が
起きていたと予想した者はひとりもいなかった。
信書を読み上げ始めたカジャール内務相の顔色が一瞬で変わる。
「本日午前二時半、クヌスの宿於いて神崎結斗さまは夜盗に襲われて死亡が確認されました……」
ショックでアズ国王はその場で倒れ気を失った。
「国王さま!」
あわててかけ寄るメイドたち。
「そんなの嘘であります、主さまは絶対生きて帰ってくるって約束したであります」
「そーですニャア、ご主人さまは嘘は絶対つかないニャ。それに勘でわかるニャア」
ふたりには現実が理解できない。
城内が騒然とするなかカジャール内務相は軍兵を伴いすぐにクヌスへと向かった。