5話 国境の町ラートシス
このあたりはいわゆる売春宿街、今風にいうと風俗街である。
特殊浴場ってこの時代からあったのか
まあ、ここは地球の中世ヨーロッパではなく
中世ヨーロッパ風な異世界のということになる。
豚、羊、牛、馬、鶏がいてトマト、キャベツ、玉ねぎ、じゃがいも、茄子が採れて
一日が約24時間で月の満ち欠けの周期は約30日と地球とほぼ同じだ。
ということはここは他の惑星ではなく
時系列違う地球と理解したほうが説明がしやすい。
などと、割とどうでもいいことを考えていたらどうやら行き過ぎたらしい。
引き返してさらに狭い路地に入る。
生暖かい風が頬を撫でる、一匹の猫が無防備にのんびりと昼寝をしている。
およそ売春宿街には不釣合いな幼い顔立ちの少女とすれ違う。
たが、何故か違和感を感じなかった。
それはここの住人という匂いを嗅ぎ取ったからである。
ここにいる売春婦の多くは自分の意思で働いている。
この時代では家が貧しいと娘が、体を売って金を稼ぐのは普通のことである。
売春婦には貧乏でない女もたくさんいる。
短時間で大金を稼ぐには売春と泥棒以外にはない。
この妖しい快楽街も昼間はさびれた商店街のように
人通りがみられない。今、街は眠る時間だ。
俺は別に売春宿街の下調べにきたわけではない。
精霊石を売っている店を探している。
日曜市で売っていた店をやっと見つけ中に入る。
店番していたのはあのときの老婆ではなかった。
カーラという紫色のフードの美魔女といった感じの女性がいた。
「すみません、先週市場の店にいった者ですが精霊石は売っていますか?」
「……はい、伺っております、……申し訳ありませんが今はありません」
「……そうですか、火の精霊石は売り切れてしまったか……」
「精霊石はとても貴重なモノなのですぐ売り切れてしまいます」
「そんなに貴重なのモノなのか……惜しいことをしたな」
「ああ……そういえば氷の精霊石ならラートシスで売ってますよ」
「ラートシス?」
「はい、南の国境の町です」
「でもこれから買いにいっても売り切れでは?」
「氷の精霊石は高価なのでたぶん、だいじょうぶです」
「高価とは、いくら位でしょう?」
「……そうですね……相場によって違いますが、最低でも金貨80枚はします」
「わかりました、その店の場所を教えてもらってもかまいませんか?」
「はい、……それでは、これをもってラートシスの占いの館にいってください」
そういって紹介状を渡された。
金貨80枚は痛いが氷の精霊石はなんとしても手に入れたい。
国境の町ラートシス、ノースポイント共和国、アーリシア自治国との交易の街。
王都から南へおよそ400キロメートル、高速馬車でまる2日はかかる。
この世界にきて初めての長旅だ。
不安はあるが、今はわくわくのほうの気持ちが上回っている。
早速、家に帰って準備に取りかかる。
本当はシャルとマリーを連れていきたいのだがお金もかかるし
なにより危険であるのだ。
王都付近の治安はいいのたが、南の街道は野盗がたまにでるという。
アズが心配して軍で訓練を受けたリザードマンを護衛につけてくれた。
俺もなにか武器になるものもっていくか。
昼間、街道で襲われることはまずないといっていい。
なぜならこの南街道は交易の重要な道なので人通りが多い。
当然、警備も厳しい。
襲われるとしたら宿屋で深夜だな。
おそらく敵の武器は剣かナイフだろう。
いくら軍で訓練を受けた屈強なリザードマンといえども
多人数に不意打ちされればアウトだ。
用心に越したことはない。
暴漢に襲われるシミュレーションを何パターンも妄想していた俺に油断はない。
防刃ベストと防刃グローブは常備する。
あと他にもいろいろ準備してある。
使わないで無事帰ってこれれば一番いいけどね。
出発する日がやってきた。
見送りが仰仰しいんだけど……どうしてこうなった。
国王を始め、カジャール内務相、衛兵に城のメイドたちざっと50人。
どこの初陣兵士の壮行式ですか!!
シャルとマリーは泣きそうだし、いやマリーはもう泣いてるし。
「主さま……、ぐすん……なにがあっても生きて帰ってくるって約束して……」
「泣くなよマリー、絶対生きて帰ってくるって約束するよ」
死亡フラグたった―――― 勘弁して……。
「ご主人さま……帰ってきたらまたニャでてほしいニャー」
「シャル、いっぱい撫でてあげるから待っててね」
あずにゃん……そんな冷たい目で見ないで……
「……二代目さま、気をつけていってらっしゃいませ」
両手でがっちり握ったあと去り際に耳元でささやくように
「ゆうと、浮気したら許さないから……」
……いやいや、まだ付き合ってもないから……
「二代目さま、ご無事で」
「二代目さま、お気をつけていってらっしゃいませ」
……なんか俺、ホントに死ぬんじゃね? こういうのは苦手だ―――
アズが王家の心配してお抱えの馬車を貸してくれた。
さすが王家の馬車だ、振動は普通の馬車よりかは少ない。
とはいえ道が道なので長旅はきついぞ。
「二代目さま、あっしなんかがここに座ってよろしいんで……」
「護衛だからね、よろしく頼むよ。」
「命に代えてもお守りいたしやす」
今日は王都から100キロメートル南のクヌスまでいく予定。
麦畑が終わると少し上りになる。
予定通り4時ころ宿場町クヌスに到着。
暗くなる前に宿屋に入る。
一階が食堂(酒場?)で二階が客室だ。
まずは食事だな、パンとチーズ、豚肉のハーブ焼き。
飲み物は葡萄酒を頼んだ。
どうもぬるいビールは旨くない。
「クライド、遠慮しなくていいよ。ひとりで飲んでも旨くないだろ」
「それじゃ、いただきやす」
「護衛だから、しっかり食べてくれ」
「ありがとうございやす」
さすが、肉食男子だ、いい食いっぷり肉食う姿は迫力ある。
「クライド、城のメイドで好きな子いるの?」
「ぐえっ……!? いえ……いやせん……」
思いっきり動揺してる……
「ホントはいるでしょ」
「……あっしが勝手に思ってるだけっす」
「どんな子なの? エルフ? それとも猫耳?」
「……え……メデューサでやす」
メデューサって髪の毛が蛇の化け物? そういう子もいたのか……爬虫類つながり?
そのあともメイドの話で盛り上がる。
……いや、違うな、正確には盛り上がっていたのは俺だけだ。
クライドはひたすらつっこまれていただけだ。
リザードマンって俺が会った人だけだけど、純情でいいやつ多い。
二日目はヘイムトゥスで泊まり王国を出て3日目の日暮れ前に国境の町ラートシスへ到着した。
ラートシスはセインガルド、ノースポイント、アーリシアの三ヶ国が交わる国境にある。
市場は毎日開かれていて三ヶ国の特産品の見本市といった感じだ。
南国のアーリシアには褐色の肌の先住民と
開拓と称して侵略した白い肌の開拓民のふたつの人種がいる。
たくさんの穀物を運んでいる馬車が西街道から市場へと入ってきた。
ノースポイント人は農耕民族でカラフルな民族衣装が印象的である。
ここラートシスはセインガルド王国の町ではあるが
異文化が交じり合って、なんというかひとつの独立国のようだ。
翌日、護衛のクラウドを連れてラートシスの占いの館へきていた。
「王都のカーラさんにここに氷の精霊石があると教えられてきました」
「カーラから伺っております」
黒い布で目以外を覆っているので顔はよくわからない 褐色の肌なのでおそらくアーリシア人だろう。
「精霊石の他にも大陸各地より珍しい綺麗な宝石がいっぱいこざいますが如何でしょう?」
「ほほう……宝石ですか、是非ともと申したいところですが、今回は急ぎの用がこざいますのでまた次の機会に……」
「……それは残念でございますね、いいモノがこざいましたのに……次回お待ちしています」
高価そうな装飾がしてある宝石箱の鍵を開け
「……これが氷の精霊石です」
といってクリスタルな石をだした。
大きさはビー玉ぐらい、火の精霊石より相当小さい。
呪文は2種類ある。
桶に入った水とかある水を冷気で凍らせるのが
「……凍える冷気の衣よ、覆い尽くせ イヒラムフラム」
氷柱を直接だすのが
「……凍てつく氷の柱よ、降り注げ イヒラムフラム」
冷気で凍らせる水は2メートル四方ぐらい。
氷柱の大きさは縦2メートル、横1メートルぐらい。
降り注げとあるが空から降ってくるのではなくて
氷柱が突然出現する感じだ。
少し広い部屋へ行き、実際に呪文を詠唱した。
直径1メートルの大樽の中に水を張る。
目を閉じて氷のイメージを思い浮かぶ。
「……凍える冷気の衣よ、覆い尽くせ イヒラムフラム」
──────────しーん……
どうやら失敗したらしい……。
てゆうか凍らせるイメージって何? 難易度高っ!
子供の頃に見た南極探検隊の映画のシーンを思い出す。
「……凍える冷気の衣よ、覆い尽くせ イヒラムフラム」
あっ……。やべっ……大樽の水がみるみる凍っていった。
すげっ……、魔法みたい……いや魔法だった……。
続いて氷柱も成功した。
やった。ありがとうタロウジロウ!
氷の精霊石の値段は金貨90枚だった。
昼時のラートシスの街の中心は常に多くの人が行き交っていて祭のようににぎやかだ。
屋台もあちこちであがる炎や湯気が人々を誘ってるようだ。
大通りのひとつ隣の裏通りにいってみる。
ここはいろんな店舗があった。
看板のない怪しい店もたくさんあるな、……そのときだった。
商人たちに連れられていた、ひとりの褐色の肌の少女と目があった。
足まで隠れるマントを着ていた。
おそらく、あれは足枷のくさりを隠すためだ。
……そう、あの少女は奴隷だ。
法で奴隷が禁止になったとはいってもそれはまだ王都周辺だけだ。
奴隷を禁止にすればいいと思ってやったけど
よく考えてみると奴隷が禁止されて困る人が大勢いるかもしれない。
娘を売らなければ生活できない場合はどうなる。
生きるために他国で売ることになるだろう。
王都で奴隷が見られなくなったがそれは表面上のことだ。
俺のただの自己満足かもな。
……認識が甘かったのは事実だ。
さっき彼女と目があったとき一瞬助けてという目をしたような気がした。
俺が初めて見た奴隷に哀れみを感じたのか。
それとも罪滅ぼしのマネごとなのか。
いや、あれは確かに目で何かを訴えていた。
あなたに買ってほしいという目だったのもしれないが
それでもいい、これも何かの縁ということにする。
彼女が連れて行かれた建物の中に入ってみる。
待合室があり一見、普通の両替所だ。
でも確かにあの娘たちはここの裏口から入っていった。
「すみません……ここで奴隷が帰ると聞いてきたのだが……」
「あんた、見かけない顔だね……なんだ……紹介状はもってないのかい」
「王都からやってきました、……もってないです。なんとかならないですか?」
元締めらしい中年女性の手に金貨を三枚握らせる。
「本当に内緒にしといてくださいよ、最近やたらとうるさいんで」
中に通され奴隷市場へ連れていかれる。
奴隷にはランクがある。
魔法が使えるハイエルフ、白エルフ、セインガルト人の娘はハイクラス奴隷
ハーフエルフ、猫耳娘、うさぎ耳娘、メデューサ娘は中級奴隷
ダークエルフ、アーリシアの先住民は下級奴隷
ハイクラス奴隷は競りにかけられ高額で取引きされる。
「今日は下級奴隷しかいないけどいい娘揃ってるよ」
廊下は昼間とは思えないくらい薄暗い、歩いているとまず気になるのはその匂いだ。
酒やタバコのヤニの匂いが鼻につく。
案内されたのは一番奥の部屋。
高い位置にある窓から中を覗き込む。
奴隷たちは一部屋に大勢押し込まれていた。
奴隷たちは腰に布を申し訳程度に巻いただけで上半身は何も着ていない。
熱気を含んだ空気と女の体臭に咽 そうになる。
朝は水も浴び綺麗にしていたかもしれないが
長時間、冷房もない部屋に大勢いれば蒸れて汗もかく
お世辞にもいい匂いとはいえない、いやむしろ悪臭に近い。
なのに俺はありえないほど興奮している。
男の本能を呼び起こさせる生々しい女 の匂い。
手を伸ばし、わたしを選んでといわんばかりのアピールをしてくる女たち。
その中にあの少女がいた。
あのときと同じ目で訴えてくる。
わたしを助けてと。
別に俺だから助けを求めた訳ではないことくらいわかっている。
この娘を助けるということは他の娘は助からないということだ。
この行為が自己満足で偽善ということをわかったうえで
俺は生まれて初めて奴隷を買った。