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キムという男


 もっかのところの問題はどうキャラバンに合流するかなのだ。

 直接的な手段、絡め手、買収、どれも叶わないとすれば、もはやキャラバンの後をつけていくしかないのだが、キャラバンに入らないということは庇護を受けられないのと同意義である。アッシュは死にたくはなかった。

 何度も何度もキャラバンに接触するも、大抵は用心棒に追い払われるのがいいところ。話そうともしないキャラバンが大多数。財力にものを言わせることができるならともかく、そんなものがないアッシュにはつらいところだった。

 さてどうしたものかと眠りにつき、目覚めてみると、コンテナの扉を叩くものがいるではないか。

 時間帯は早朝。四時。牧場やその他の職業の者たちが起き始める時間帯ではあるが、アッシュのようにメカニックもしくはスカベンジャーにとっては、惰眠をむさぼる時間帯であり、鳩がまめ鉄砲を食らったような顔で起きることとなった。

「んだよ……」

 下はパンツ、上はシャツ、という見事な軽装備のアッシュは、寝ぼけ眼にて乱れた髪の毛を掻きむしると、ベッドから起き上がり机に引っかけておいたズボンを履き、欠伸を噛み殺しながら扉に手をかけようとした。

「っと」

 手を止めると、慎重に息を殺し、部屋を振り返る。

 部屋の隅の一角にて体育座りでずっと待機していたクリアへと目線を合わせる。クリアは教科書通りの体育座りで膝に顔を埋めるような格好でいたが、音がするなり顔を上げていた。機械に睡眠は必要がない。ただ低電力状態にするだけだから、スイッチ一つで全開するのだ。

 クリアが音も無くベッドの下に潜り込むのを確認してから、コンテナの扉の覗き穴から外を窺う。

「………」

 誰もいない。角度を変えて見ても、誰も見えない。しかし見えないからいないのではない。隠れているに違いない。扉から離れると、机へと歩いていき、拳銃を手に取る。スライドを引くと安全装置を解除。腰にまわして隠すと、片手で扉の鍵を操作した。

 カチリと南京錠が音を立てて外れた。慎重に錠前を取り、扉を開いていく。

「………ァあ?」

 誰もいなかった。落胆と多少の怒りを込めた声を漏らすと、扉の左右を確かめ、死角になりうる扉の裏側を覗き込むも、誰もいない。

 悪戯だったようだ。アッシュは拳銃の安全装置をかけ、尻ポケットにねじ込んで、くるりと背中を向けて内部に戻ろうとした。

 ――ザッ。

 誰かが背後の地面を踏みしめる音。着地。コンテナの上に隠れていたらしい。舌打ちをして拳銃を抜くと、背後へと突きつけ――そして、その腕ごと見事に逸らされた。

 指が反射的に動くも、弾が発射されない。なぜなら侵入者の手袋に包まれた指が撃鉄と雷管を繋ぐパーツの間に入り込んでいるからだ。銃とはつまり雷管を撃鉄で叩くことに集約される。ジェット機関の吸気口を塞がれているようなものだ、撃てるはずがない。

「!?」

 あらぬ方向に向けられた拳銃。その射線を掻い潜るかのようにして、懐に漆黒の男が飛び込んでいた。

 あ、と驚嘆の声を上げることもできぬまま、接近を許す。漆黒が首根っこを摑まえ、反撃せんとする前方方向への動きを見越して足を引っかけると、馬乗りになって拳銃を奪う。同時に腕を固めて反撃力を制圧した。手練れの動き。なすすべもない。

 クリアは既に動いていた。体育座り姿勢から腕力だけで飛び上がると、着地と同時に前転をして一挙に距離を詰め、男へと襲い掛かった。

「おっと、そこまでです」

「………」

 が、男がアッシュの後頭部に拳銃を押し付けると、クリアの動きは静止した。その腕は既に振りかぶられており、もし全力で放てば侵入者の頭が飛んでいたであろう。

 クリアの腕力という武器と、拳銃という武器。完全なる詰みの状態。

 アッシュは相手に見事に腕の関節を奪われているため、苦しい吐息を漏らしつつも、なんとか首だけを男の方に向けて言葉を発した。

「クリア。いい。よせ、俺の脳味噌がはみ出る。やめろ、本当にやめろ」

「よくない。必要があれば殺す」

 クリアの瞳に淀みは無い。片手は殴打を、片手は抜き手。人間以上の馬力を誇るが故、その肉体全てが武器であり、一秒とあれば相手を抹殺することも容易いだろう。

 アッシュに馬乗りになった男はその名前を聞くと深く頷き細い瞳に笑みを宿らせた。ただし拳銃をアッシュの頭にぐりぐりと押し付けては脅迫を強めていきながら。

「だそうですよ。クリアさん………」

 ねっとりとした物言い。まるで宝物でも見つけたかのような言い方にアッシュは鳥肌が立つのを止められないでいたが、同時に、その声に聞き覚えがあった。忘れるわけがない。

 制御を奪われていない方の手の拳を強く握ると、井戸の底から語りかけるような細い声で名を呼ぶ。

「……テメエ。その声は、キムだな!」

「ご名答。私はキム。しがないキャラバンの護衛係です」

 漆黒の男――キムは、軽薄にも頷いて見せると、アッシュの頭に押し付けていた拳銃を離し、銃身を掴んでクリアに向けた。

 緊迫が場を支配する。クリアは、その拳銃をどう解釈するべきかと格闘姿勢を崩せず、アッシュも馬乗りにされているので動けない。

 するとキムはあっさりと拳銃をクリアの胸に放り、両手を肩の高さで持ち上げたいわゆるホールドアップをとると、アッシュからどいて床に跪いた。柔和な笑み。しかし、その笑みは顔面という鉄仮面を挟んで底知れない何かを内包していることを、隠しきれていなかった。

 突然襲い突然退く不可思議な男。

 絶好の好機をクリアが逃すはずもなく、服の裾を翻し、まるで風のようにアッシュを乗り越えると首根っこを掴んで床に押し倒し今度は逆に馬乗りになると、頭に銃を突きつけた。表情は無く能面を通り越して無機質でさえあった。

「あいたたた。あまり乱暴にしないでくださいよ。痛いではないですか」

 キムはまるで痛そうではない癖に苦痛を訴えた。

「黙れ」

「了解」

 しかし短くクリアが脅すと、あっさりと引き下がった。

 アッシュは首を撫でつつ立ち上がると、キムの傍に屈んだ。

「あんた……いや、何者なんだよお前。朝っぱらから押しかけてきて襲い掛かってくるなんて正気じゃない」

「私は正気ですよ。なぜなら、やっと見つけたのですから」

 アッシュはいよいよわけがわからないと首を捻った要領を得ない言葉。キムの言葉を待った。キムは圧倒的不利な状況に追い込まれもとい自分からはまり込んでいるというのに、余裕を崩さなかった。むしろ、喜びさえあった。

「クリアと言いましたね。ロボット。私の目は誤魔化せません。髪の色を変えたって服装を変えて外見をなんとかしても、お見通しです」

「………なにもの?」

 クリアがどこか恐れを抱いたような慎重な言葉遣いで訊ねた。銃はキムの頭に照準されておりきっかけがあれば9mmが脳漿をブチ撒けるだろう。

 キムは、顔にふっと笑みを宿らせれば、語り始めた。

「ルドルフ博士がお待ちです」

「誰だ?」

 すかさずアッシュが口をはさんだ。少なくともこのコロニーにルドルフ博士なる人物は知らなかったからだ。

 クリアは銃口を一ミリと揺らすことも無く、顔を接近させた。

「鳩」

「オリーブ」

「鴉」

「三本」

「猫」

「死」

「船」

「太陽」

「槍」

「大陸」

 ちんぷんかんぷんなやり取りが始められ、アッシュはさすがに押し黙った。

 最後の問いかけにもキムが答えるとクリアが銃をおろし手を貸した。どうやら信用できる人物らしいのだが、キャラバンであしらわれ、部屋では地面に押し倒されたアッシュとしては面白いわけがない。腕を組むと、机に寄り掛かり視線を絞った。

 服から埃を払いつつ悠々と立ち上がったキムは、部屋を一瞥して、その主であるアッシュへと目を向けた。

「順を追って説明します――まず第一に、彼女は重要な鍵ということをね」





「というわけです。つまり彼女はコロニー・ホワイトマウンテンに帰らなくてはならないのです。彼女はとある計画の鍵を担う存在なのです」

 キムの説明はこうだ。

 クリアはルドルフ博士とやらが発掘した過去の産物であり、実戦投入まじかであった兵器の起動と操縦に必須な装置でもあるらしい。それを狙い最近台頭してきたとあるコロニーが奪取せんと博士に強襲をかけ、それから辛うじて逃れてきた。ふらふらと当てもなく救いを求めてさまよっていたところでアッシュが拾った。キムはルドルフ派の者であり、クリアを回収する任務を仰せつかっているとか。

 アッシュは一通り話を聞くと顔を曇らせた。これでは、クリアをばらして売りさばくという目的が達成できそうにない。骨折り損どころの騒ぎではない。助けて命の危険に遭い、挙句の果てにあちこち這いずりまわってこのザマでは、もはや涙もでない。

 反応を待つべく押し黙ったキムへ、アッシュが詰め寄った。

「同行させろ」

「構いませんよ」

 キムはあっさりと頷くと、クリアを一瞥し、アッシュへと視線を戻すと、人差し指を立てて柔和な笑みを見せた。

「人出はいくらあっても足りません。これから私はクリアをコロニーまで連れて帰らなくてはなりません。つまり――傭兵です。戦力として役立てるというならば、無論のこと。そうでないなら」

「もちろんだ。金は出るんだろ?」

 アッシュは腕を組むと、机へと歩いて行って体重をかけてむっつりと唇を尖らせ、キムの言葉を途中で遮った。もはや後には引けなかった。投資してリターンがないのでは赤字になる一方だった。少しでも稼がねばならない。

 するとキムは相変わらずの人を食ったような笑顔にて頷いて見せたのであった。

「生き残れたら」




 そしてキムは去った。キムはアッシュに出発の時間を言い残していった。その期間とは一週間後。一週間という時間は長いように思えるがとても短い。食料や武器の調達その他で大半が潰れてしまうだろう。

 後に残されたアッシュは部屋を出る前にとクリアへと話しかけてみた。彼女は相変わらず地図やら本やらを読んでいた。少しでも情報を仕入れておきたいそうである。

 鍵を開けて、扉を開く。今度は不審な人物がいるでもなかった。

 振り返り、訊ねる。

「どうして言わなかった。お前、分解させてくれるなんて嘘だったじゃないか」

 それは恨み言に近い。分解させてくれれば大金持ちだったところを、クリアが嘘をついていたことにより計画は早くも頓挫して割に合わない雇われ傭兵をやる羽目になっている。

 クリアは本から顔を上げるとしれっとした顔をしてこう言ってのけた。

「聞かなかった。それに、私は嘘を言わないとは言ってない」

「求めよ、されど与えられんてか。どこぞの軍人みたいな物言いしやがって。高性能にもほどがある。計算しすぎて電子回路焼けちまえ」

「冷却を上回る電熱を発揮するだけの計算回数は実行不可能」

 皮肉を与えるもクリアはどこ吹く風。涼しい顔で読書に戻った。

 扉を閉め、鍵をかけると、自分の倉庫へと向かう。HWに改良を施さなければならないだろうから。長旅になる。ハイパワーなガソリンエンジンから、そこらへんの木材を燃やすだけで動けるエンジンへと換装をする必要もある。武器もショットガンだけでは不安が残る。食料も日数分+αで計算せねば。食料には当てがあったが、武器にはなかった。

 アッシュは市場へと向かった。キャラバンはお断りだった。嫌な思い出しかないしキムと顔を合わせるのも癪だったからだ。

 武器屋は基本的にどんな武器でも撃っている。鉛とコンクリートや車の残骸などを寄せ集めて作られたドーム状の射撃場の中にある。閉鎖空間での発砲を行うための囲いである。

 ドームの入口へとやってきたアッシュは、ドックタグを提示したうえで書類にサインをして、ようやく中に通された。現状の武器はショットガンとハンドガンのみ。高性能なアサルトライフルが欲しい。レーザーガンは高すぎるので却下。

 銃のスペックデータを記した紙を一枚とって射撃場の待合室の座席に腰かけた。得体のしれない液体が椅子に染みを作っていたのが不快指数を跳ね上げる。室内には、同年代もいれば髭を生やしたおじさんもいる。荒廃した世界において銃とは自己防衛の権利だけではない生活必需品でもある。特に、外に出る用事があるものにとっては。

 扉が開き、順々に人が吸い込まれていった。やはりAKだ。アッシュは紙の中でも強調表示された箇所を突き決心した。命中精度云々よりも、確実性が欲しい。AKシリーズのどれかにしようと。

 扉が開き、次はアッシュの番だった。紙をポケットにねじ込むと席を発つ。

「アッシュ?」

「ん? あぁ………ロミオか」

 扉から出てきたのはミリタリーな帽子に薄手の服を着込んだロミオであった。ロミオはアッシュを視認するなり動揺を表情ににじませたが、アッシュには何が焦りの要因なのかもわからない。

 アッシュはドアノブを保持して射撃場へと半身を潜らせた。ロミオと体がすれ違う。

「アッシュ。前、キャラバンについていくとかなんとか言ってたよね。準備はほとんど済んでるからいつでも呼んで」

「………別にいいけど、金はでないぞ」

「もちろん!」

 出せるだけの給料が支給されるような気がしなかったアッシュは、暗い表情でそう言ってのけた。一方ロミオは明るい顔となるとニコッと口角を持ち上げて、部屋を去って行った。去り際に手を振りつつ。

 ロミオが足を止めて振り返った。人差し指を立てて。

「いけない忘れるところだったよ。出発の日時を教えて」

「一週間後だ」

「んー…………うん、わかった」

 今度こそロミオの姿は消えた。アッシュは射撃場へと入場すると、いくつか銃を抱えてレーンに入った。

 射撃場は無料ではない。金を係員に渡してその場で銃を受け取る。弾も料金の内。持参すれば安くなるが生憎拳銃用の9mmとショットガン用しかない。

 受け取った銃の内、まずはAK-47を試す。と言っても工廠で製造された純正AK-47のコピーのコピーのまがい物なため、もはや何という銃かも定かではない。耳当てと保護用ゴーグルを装備すれば、マガジンを差し込んでレバーを引き遊底を操作。銃床を肩に宛がうと足を広げ踏ん張る。標的はレーンから数十m先のカカシ。

 三発発射。反動で銃が跳ね、7.62mmの大口径三発分の反動が肩を圧迫した。引き金から指を離す。着弾点を確認すべく目を凝らす。頭を狙ったはずが一発しかあたっていない。しかしこんなものだ。銃なんてあたるもんじゃないというのが常識。

 再び構えなおすと、今度はフルオート。

 購入までには多くの銃を試した。なにしろ命を預けるのだから金をケチっている場合ではなかった。満足する銃を入手したアッシュがドームを出てみれば、居心地悪そうにしているロミオがいた。ロミオは入口に放置されている木材に腰かけて俯いていた。

 ロミオは帰ったものとばかり思い込んでいたアッシュは暫し黙ったが、すぐに持ち直して声をかけた。

「なにしてんだ。帰ったんじゃないのか」

「キャラバンに同行するんだろ。準備の手伝いをしようと思って」

「ロミオはロミオの心配でもしてればいい。俺は俺の心配をする」

「そういわずに」

 軽くあしらおうと手をひらひらさせるも、食らいついてくるロミオの真面目な顔を前に、気持ちが萎えてしまう。頭を掻くと背負った荷物を背負い直し、機械を取り扱う市の方角を指差した。

「荷物持ちくらいはやってもらうぞ。ちなみに給料はでない」

「もちろんさ。給料に期待する程頭が悪いわけじゃないからね」

「馬鹿にしてんのか」

「ありのままを言ったまでさ」

 あっさりとしたものいいにアッシュは苦笑いをした。


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