キャラバン
キャラバン。
それは行商の名のごとく商品を運んでは儲けを得る集団である。安く仕入れ高く売る。核戦争後も変わらぬ人類の取引の基本。ただ違うのは、武装されたバギーや重機で運搬すること、構成員が腕利きの戦闘要員であることである。異形の化け物が跋扈する場を行ったり来たりする彼らは腕っ節の傭兵でもあった。
故に、アッシュはキャラバンへと入隊するべく契約を結ぼうと考えていた。
アッシュはこれでもかつては議会に籍を置いていたスカベンジャー。HWの操縦に関しては鬼神とは言わないまでも自信があったし、どこのコロニーでも喜ばれるメカニックとしての技術もあった。
クリアがやってきてから数日後。
計画について一通り話してみれば、クリアは椅子もとい木箱に腰かけたまま、首をかくんと傾げた。
「負けて議会のスカベンジャーを辞めた……と聞いた。経歴に不利がある」
そう、アッシュは一通り自分について話しておいたのである。この世の中にごまんといる孤児であり、議会所属のスカベンジャーだったことを。
「やってみなけりゃわかんないだろ!」
無表情で痛いところついてくるクリアに、アッシュは声の段階を一つ跳ね上げた。腕を組むとコンテナの中で最も清潔で整っているベッドへと急行して腰かけ、片足を腿に乗せその上に肘杖をついた。
あらぬ方角に視線を向けつつぽつりぽつりと語り始める。
「確かに……俺は以前、妙な戦車にやられたさ。負け犬だと思って辞めちまったよ。仲間も大勢死んだしな。けど以前居たってのはおいしいと思うが」
クリアはあいも変わらず氷のような表情で淡々と口を動かした。
「可能性は低い。が、別の手段を提示できない」
「そいつは俺の台詞だろうがよ。ところで俺が任務を捨ててお前をばらばらにしようとしたらどうする」
任務など捨ててもいいんだぞと暗に伝えてみると、クリアは瞬きを一つするだけという反応の薄さにて、こういってのけた。
「私は行動に必要な方法をプログラミングされている。瞳孔、皮膚の温度、筋肉の動きから、80%以上の確率で虚偽を述べていると計算される」
「20%もあるぞ」
アッシュはたまげたと苦笑いを浮かべた。その通り。任務は遂行する予定だった。故にプログラムは当たっているのだ。あえて言い返したのはどんな反応を取るかという興味によって。
するとクリアは人工の瞳を数度瞬かせると、箱から身を起こしてゆっくりと歩み寄ってくると、顔を数㎝という距離にまで近寄せた。
クリアの顔は美しかった。汚れや染みの無い白い肌。故に、違和感があった。シャワーを浴びることさえ贅沢な世の中なのだ、綺麗すぎるのもおかしい。一応吐息はあるようで顔に風が流れてくるも臭いの一つ無くまるで扇風機の風を受けるようであり。
マネキンを見て美しいと思う人間はいるだろう。人形を見て恋い焦がれる人間もいる。だがアッシュはそういった心の動揺が発生することも無く、綺麗だな、とだけ思った。
クリアはまたも瞬きをすると、振り返らずに後退していき箱に深く腰掛けてぴんと背を張りつめた綺麗な姿勢をとった。
「安堵、リラックスを検知した。私に危害を加える可能性は極めて低い」
「そうかよ。とにかく、なんとかキャラバンに潜り込まないと、お話にもならない」
あっさりを話を切り上げる。肩をすかして足を組みかえればため息を吐いた。
アッシュは席を立つと、机の上に放置された小箱の中身を指差した。
「とりあえずだ。お前のその顔やらなんやらは綺麗すぎる。泥と砂を用意したから、塗るなりなんなりしてそれっぽく化粧しておいてくれ」
クリアは早速箱から腰を上げると机の傍まで寄ってきて視線を泥に落とした。表情こそ不変であるが、困り果てた雰囲気にて頭だけを振り返りアッシュを見つめる。指に泥をつけてねちねちと弄りつつ。
困惑の色は深く、泥よりも濃い。さては化粧がわからないのか。アッシュは天を仰ぎたくなった。
「化粧……?」
「どうしてもわからんなら俺がやる。化粧して、あとは……何もしないでいい。動くな」
「認識した」
頼もしい返事を背中に部屋を出ると南京錠をかけてしまう。鍵をポケットにねじ込み、部屋もといコンテナを出る。
道を歩く。前方から子供の姿。お互いに退かずぶつかった。子供がどかなかった理由などわかりきっていた。ポケットへと伸びる手をむんずと掴みあげると、捻じり、そのまま子供の背後にまわった。
子供の頭にかかった帽子を剥がすと、首に腕を回して呼吸器系の手綱を奪う。
「儲かるな? 俺にもちょっと寄越せ」
「は……なせっ!」
スリ。人口密集なコロニーにおいて頻発する犯罪。例え子供でもコロニーの規範を破ることは許されず強制労働所行きである。子供の首根っこを押さえながら耳元に囁くと、逆に懐を探ってやる。目ぼしいものがない。
子供の耳が真っ赤に染まっていくのを尻目に、その背中を突き飛ばして地面に転がす。手で空気中の塵を払うようなジェスチャーと、魚の死んだような眼で見送る。
「さっさと行けよ。今回は不問にしておく。次は無い」
「いつか逃がしたことを後悔させてやるぞお!」
子供は中指を立てるとぎょろりとした魚のような眼を大きく見開いてとんずらした。背中が消えるまで見送って、そろそろと足を動かす。通行人に特にこれといった反応はなかった。コロニーはハードウェアレベルでは制御されているがソフトウェアたる人間の制御は曖昧なのだ。盗み殺し強姦に詐欺は当たり前。スリなど日常茶飯事である。
糞ガキについて通報するのもかったるくて頭痛がしてくるようだった。
居住区を抜けると市民が集う市のある場所へと足を運ぶ。メインホールの片隅にそれはあった。
武器類は売っていないが、工芸品、怪しい小道具、食べ物もあれば、マッサージ屋もある、修理屋もあった。
その区域の中央には鉄塔が立っており、四方に太陽光線のようにコード類が張り巡らされ、蜘蛛の巣に迫っていた。その根本にはカウンターがあり飲み屋兼情報交換の場として盛り上がっているのが見えてくる。
アッシュはコロニー内でのみ通用する硬貨――加工された六角ナットを手に、席に着いた。
「ロミオ! 取りあえず一杯くれ!」
カウンターの向こうに声をかければ、耳付き帽子を被った小柄な人物が大声を張り上げた。人物は手を振ると、容器から酒をコップに注いで、煤けた鼻の頭を服の袖で拭ってからやってくると、アッシュの前に置いた。
断じて酒が飲みたかったのではない。断じて。
「あいよ! お待ちどうさん。支払いは頂くよ。飲み過ぎは禁物だぞ」
ロミオと呼ばれた人物は、甲高く掠れた声で注意を促しつつ、六角ナットを取った。
アッシュはコップを目の高さまで掲げて見せた。
「大丈夫だ、飲み過ぎて死ぬほど飲む金が無いからな。酒飲んで死ぬだけの金が欲しいよ」
「違いない!」
傑作だと手を叩くロミオの青い瞳がこちらを見ているのをコップ越しに観察すると、まずは一口。カーッと喉の奥が焼ける感触がした。アルコールの苦味と鼻から抜ける透き通った苦痛が疲労を和らげてくれる。胃袋が燃え上がる錯覚に、目を閉じて吐息を漏らした。
「最高にうまい。まったく飲まなきゃやってらんねーよ。あれこれトラブルは舞い込んでくるしな」
愚痴が出る。酒を更に一口飲むと、背後から聞こえてくる誰かが痰を吐き出す音色にうんざりとした顔を作る。コップを置いて、肘杖を付き、ロミオを見遣る。
耳付き帽子を深々と被った背丈の小柄な子。青い瞳と整った顔立ちが特徴的な人物で、酒場でウェイターともマスターともつかぬ仕事をしている。可愛らしい顔立ちだけあってか、男女問わず人気が高い。
ロミオはニコニコしながらコップを磨いていた。注文が入るやカウンターを飛ぶように移動していき指定の酒を出す。時間帯が微妙だったせいか客数は比較的少なく、そのせいか、アッシュの前までやってきた。
顔をじっと見つめつつ酒を飲む。
ロミオはアッシュの愚痴を聞きのがさなかったらしくコップを磨きつつ質問をぶつけてきた。
「それでいったいトラブルってなんなんだい?」
「アー……うん、個人的なもんだ。聞くな」
「もちろんさ。お客様のプライベートに首を突っ込むほど肝が据わってるわけじゃない」
ロミオは真面目な顔で頷くと次のコップを磨き始めた。酒に酔って眠くなったらしい中年男がカウンターに突っ伏していびきをかき始めた。
更に一杯。お世辞にも酒に強いとは言えないアッシュは、早くも酔いが回ってくるのを感じて、コップを置いた。ふちを指で弾いて遊ぶ。飽きた。手で頭を掻く。
「その、あれだ。ちょっと拾いもんをしてな。デカいもんだ。そいつをホワイトマウンテンまで届けなきゃならんわけだ。キャラバンに紛れ込むいい手段はないもんか」
「え………」
柄にもなく手を止めてこちらを凝視してくるロミオ。アッシュは僅かに考え込んだが、酒の内容量を確かめる作業を始めてしまい、深くは考えなかった。
ロミオはすぐに持ち直すと次のコップを補充して汚れを取る作業に戻った。
キュッキュッと乾いた耳に心地よい効果音が心をリラックスさせてくれる。
アッシュは酒のつんとする匂いのしみついたカウンターを手で撫でると、その手をひらりとロミオに振った。
「マァわかってる。危険ってことくらいはさ。でもよ、すげぇ山なんだ。届けるだけで……正確には届けて戻ってくるか、あれこれするだけで大金が手に入るんだぜ? やるしかない」
「その話、ちょっと僕にも興味があるな」
「おっ。ウェイターが運び屋の真似事ってか。やめとけ。死ぬぞ。英雄的行動と無謀は違う」
身を乗り出してくるロミオを手の一振りで制すると酒の中身を全て胃袋に叩き込む。かっと頭が熱くなっていく感覚に酔いしれる。合成されたわざとらしい果実の酸っぱさが舌を溶かしていくようだった。今日の酒はいい出来だと感想を持つ。匂いが普段よりもいい。
アッシュはコップをロミオの側へと押すと、微かに染まった頬で質問をした。
どこかで誰かが嘔吐する音が聞こえたが二人して無視した。
「それとも興味っては、キャラバンについていい情報があるってことか?」
「ン………そうだね。知ってるかはわからないけれど、いま、市場の方に三隊のキャラバンが来てるよ。三つあたってみてからでも話は遅くないと思う」
「本当か?」
思わぬ情報に、アッシュは声を大きくした。酒なんて飲まなければよかったと後悔しながら。酒を飲んでキャラバンと交渉は成功確率を下げるだけでプラス要因とはならないだろう。
ロミオは深く頷くと、腕を組んで考え込む仕草をして、ぽつりぽつりと言葉を選んだ。勇気を振り絞るかのように。
「あとだけどさ。もしキャラバンついていくなら僕もついていけないかなと思うんだ」
「は? 冗談は名前だけにしておけよ。ジュリエットはどこだっての。ウェイターが外の世界ってのは魚を陸にあげるようなもんだぞ。魚なんて見たことないけどさ」
酒のせいで気分が大きいアッシュはさらっと侮辱を吐いた。もっともアッシュという名前も大概酷いのだが。ちなみにロミオとジュリエットは題名だけ知っているだけで呼んだことも内容さえも知らなかった。知ったかぶりである。
ロミオはむっと目尻に皺を刻むと腕を解いてカウンターに乗せた。不機嫌さもあったが、何かに恐れるような雰囲気もあった。アッシュにはそれが何なのかを特定できなかった。
「うるさいなぁ! 灰なんて名前の人に言われたくないよ! 真面目な話、銃撃には自信があるから……もしよければ、お願いします」
ぺこりと頭が下がるのを目前にする。丁寧な言葉づかいで頼まれるとは思わず鳩がまめ鉄砲を食らったような顔となってしまう。カウンターの向こう側にある酒瓶にピントを合わせると、すぐに席を立つ。
「………検討しておく。ちょっとキャラバン冷かしてくるから」
「頼むよ」
頼まれる意味が分からず首を傾げつつも、手を振って酒場を後にした。
向かう先は市場である。とはいっても酒場が市場の中にあるのだから数分とかからない。キャラバンは市場の片隅という立地条件の悪い位置に集合していた。黄色と赤の喧騒に包まれた市場の一角に物々しい雰囲気が漂っている。音の流れと空気が変わるのですぐに理解することができた。
HWの類は外にあるのか何もなかったが、数人の屈強な男たちが銃を構えて四方を固めており、中心では小規模テントが張られ色々な品々を販売していた。コロニー住民たちが集ってはいるが護衛の男たちの尋常ではない眼光に晒され居心地悪そうにしていた。
アッシュは平衡感覚が低下しているのを自覚していたので、ゆっくりと歩みを進めていくと、テントの傍まで寄った。テントは三つで店主らしき恰幅のいい男が三人。キャラバンは三隊と考えて相違ないだろう。
一つ目のテントを見る。電子部品が主であった。端末もあれば、ロボットの整備に使うような部品、テスター、アーク溶接装置、エンジンもある。
二つ目のテントは、食料品が主だった。缶詰。もはや生産不可能となってしまったワインなどの酒。干した肉。戦前の甘味。農業の本もある。
最後のテントは武器であった。自動小銃はもちろんのこと、ロケットランチャー、グレネードランチャー、電気銃に蒸気式の銃に、極め付けはレーザーガン。大気の状態で威力が大きく変わってしまうとはいえ発射即着弾の優れた対人兵器。お値段は目玉が飛び出るほど大きくゼロの数が横に行列をなしていた。
アッシュはしゃがみ込み、しげしげとレーザーガンを観察した。毒々しい黄色と黒の警告マーク。銃口を見てはいけないという警告文。近未来的な流線型で構成されるその武器は美しく手に取ってみたい衝動に駆られたが、胡坐をかいた店主の突き刺さるような視線のせいで叶わなかった。
店主はふっくらと太った細目の男だった。お世辞にも筋肉質ではなく、キャラバンの主とは思えぬ優しげな印象があるものの、得体のしれない眼光と雰囲気がひしひしと伝わってきた。言うならば荒涼とした大地にでっぷり太った乳牛が徘徊しているようなものだ。生きていけるはずがない容姿なのに、いつまでも生存しているとしたら、幽霊よりも不気味である。
アッシュの視線を何と思ったか、店主はレーザーガンを前に両手を合わせて見せた。
「お気に召したかい。こいつは上物だ。撃てば当たる。どんな下手糞でも照準さえしくじらなければ風穴を空けられる! いまなら」
「一ついいですか。例えばキャラバンに同行させてもらえるとかって話は」
言葉を遮り人差し指を立てて質問をすると、店主はあからさまに不機嫌な態度を取った。腕を組み拒絶を意味してむっつりと唇を結んだのだ。
「冷やかしか。金を払わないような屑はお断りだ。問題外なんだ。とっとと失せろ。おいキム。こいつを叩き出せ」
店主は顎で背後の人物に指図した。背後に目を向けたアッシュはぎょっとして顔を強張らせた。
「かしこまりました」
細目の男が店主の背後に影のように佇んでいたのだ。全身を防弾装備に包みグレネードランチャーを備えた自動小銃を斜めに構え、腰にマチェットを携えた姿は、一目見て戦士であることを理解させるに足りる威圧感を宿していた。キム。そう呼ばれた男は足音も無くテントから出てくると、アッシュの前で腰のマチェットの柄を握ってみせた。
防弾装備の上からでも肩幅と腰つきはがっちりとしていた。腕、足、ともに強靭な筋肉に包まれており、体には自信があるはずのアッシュをして自身の肉体の弱さを吐露したくなるほどであった。
キムは、マチェットの柄を握ったままニコニコと笑みを湛えてアッシュの一歩前で止まった。両隣のコロニー住民がのっぴきならぬ事態に驚きを隠せず離れていく。
「失礼ですが私の主人はこのように仰せです。ミスター……」
「アッシュ。アッシュ=セーガン」
「あぁ……ミスター・アッシュ」
名を口にすると同時に立ち上がると、両手を肩のあたりで固定して数歩後退する。顔は引き攣っていた。
するとキムはあっさりマチェットから手を解くと両手を体の前で組んで笑みを深めた。だが、細く見開かれた瞳は笑ってはおらず、狙撃銃のスコープのような冷徹かつ無機質な光を携えていた。
「左様でございますか。お帰りのようですね。お体に気を付けて。我がキャラバンでは主人の眼鏡にかなう人材だけを採用しております。機会があればお会いしましょう」
「そうだな……」
駄目なようだ。キムの能面のような笑顔を見つつ悟ると、手をおろして撤退する。
これではキャラバンに潜り込むのは難しそうだ。アッシュは自室への道へと進路を取ると、腕を組み考え込みつつ急いだ。




