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佰物語

夜路

作者: 天風 御伽



 夜の散歩が好きだ。それも、出来れば午前二時とか三時くらいがいい。

 普段は車が行き交う道路も、自転車が過ぎ去る路端も、その周りにある店も、全てが落ち着いている。昼間の雰囲気とは一変した静けさが心地いい。


 敢えて、道路の真中を歩く。いつもは端を行くだけのアスファルトの上を、誰も居ないときは独占していられる。たまに車が通ることもあってひやっとするけど、それは運転手の方も同じだろう。危険なのは承知のうえでやっている。


 道路をしばらく歩くと、脇に伸びた道に足を向ける。道路を独占する開放感から身を離して。


 一本、また一本と電灯が立っている。効率よく電気を行き渡らせるために一定の距離で立っている。光は交わらない。その距離感が、より孤独さを引き立てているようにさえ見える。


 電灯をくぐって行き、またしばらく進むと、橋が見えた。

 町を真っ二つにするように流れるまあまあ大きい川を越えるために作られた橋だ。急な坂を登り、土手に上がる。橋を歩いて行く。欄干のすぐそばだ。

 欄干から顔を出し川を覗きこむ。しかし、何も見えない。まるで元から何もない、ただの闇が広がっているようだ。辛うじて聞こえる川が流れる音だけが、耳に届く。

 橋は結構高い。目算でどうとはいえないが、もし落ちたとしたら無事では済まないくらいだろう。



 ふと、気づく。

 前から人が歩いてきていた。


 この夜中に人に会うことはめったにない。だから、その人物は、ただそこにいるだけで興味の対象となった。

 それは橋の対岸から向かってきている。同じ側の歩道で、同じように欄干に寄り添うようにゆるやかに歩いている。


 じろじろと人を見るのは失礼だろうと、あくまで盗み見るくらいだ。


 近づくにつれて、それの容姿も微かに明らかになってきた。

 髪が長い。腰くらいまでは垂れているだろう。身体の線も細そうだ。欄干に寄り添うように、というよりも、むしろ欄干に寄りかかって歩いていた。その様子はひどく心細そうにも見えた。

 女の人だった。


 一瞬幽霊か超常的存在かとも疑ったが、そもそもそんなものがいるとは考えない面白くない人間なので、その考えはすぐに消え去った。


 それをいえばそもそも、この時間に、女性が、一人でいること自体おかしいといえばおかしい。しかしまさか声をかけるわけにもいかず、ただちらりと見てみるだけだ。


 いつもは風景を見たり頭を空っぽにして散歩するだけなのに、今回は人を一人見つけただけでそちらに意識が向いてしまっている。意味もなく自嘲しそうになる。


 他愛もないことを考えているうちに、距離は大分縮まっていた。向こうは俯きっぱなしで、こちらに気付いていないようだった。このまま二人共まっすぐ歩けば、正面衝突してしまう。


 特に端っこに執着していたわけでもないので、こちらが道を空ける。そのまま、隣を通りすぎようとして、一瞥した。


 目が合った。

 長く伸びた前髪の隙間から見える双眸が、こちらを向いていた。その瞬間、悟った。


――ああ、これから死ぬんだな。


 と。

 何の根拠もなかった。だが、彼女の瞳は、あまりに澄んでいた。


 立ち止まる。彼女の歩く音が鮮明に聞こえる。さっきまで気にもとめていなかったはずなのに。

 向こうも立ち止まる。異音が聞こえる。


 水音が、遠くで上がる。

 

 その意味を理解できない人間は、世界中探してもいないだろう。

 ゆっくりと振り返る。何もなかった。


「…………」


 そのまま正面に向き直って、歩くことを再開した。目の前の光景には、焼きついたように彼女の瞳が映っていた。普段と変わらないように、ほんの二、三分前と同じように、単調なペースを保って足を動かす。



 そのとき、何かを失った気がした。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 情景描写が良くてイメージしやすかったです。 [一言] 何を失ったんですかね
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