第7話 闘う理由
外はもうすっかり暗くなっていた。空を見上げれば、星たちが賑わい、満ちる手前の丸い月が皓々と輝いている。
風が冷たい。アルファは捲っていた袖を元に戻した。
「こっちだ」
アルファは自宅に向かって歩き出した。後ろからルミナスがついて来る。
やはりルミナスを家に泊めるのは気が進まなかったが、今さらどうしようもない。
と。
「あのさ、思ったんだけど――」
ルミナスに声を掛けられ、アルファは振り返った。
「わざわざ君んちまで行かなくても、どうせだったら僕、エクレシア様のおうちに泊めてもらおうかな」
ルミナスはとびきり軽い笑顔と口調で、とんでもないことを言い出した。
「はぁー!?」
アルファはルミナスを思いっきり睨みつけた。が、彼は怯みもせず、笑ったまま言う。
「やだなー、冗談に決まってるだろう? さすがに女所帯に転がり込むほど非常識じゃないって」
「……」
「あ、あれは何?」
今の話題はなかったかのように、ルミナスは行く手にすぐ見える四角い建物を指差した。
「……学校」
アルファはできるだけ短く答えた。
「へぇー、珍しいね。このくらいの規模の村だと、学校なんかないほうが普通なのに」
ルミナスは感心したように言った。そうなのか、とアルファは少し驚いたが、あまり口をきく気になれず、黙ったまま歩く。
このルミナス=トゥルスという人物、何を考えているのか――いや、どういう人間なのだかわからない。
最初ルミナスが現れた時には、アルファは彼の剣の腕や気配に尋常でないものを感じ、恐ろしさまでも感じた。だがルミナスは次々に違う印象を与えてくる。
エクルに対しては姫君に仕える臣下さながらの振る舞いをし、アルーラやグレースの前では、礼儀正しい好青年となった。
アルファへの態度は、年下の少年に対するものとしては普通だろうが、軽薄そうな一面も見せた。
どれが彼の本当の姿なのか。出会ったばかりの人間のことなど、そうわかるものではないとしても、彼の見せる様々な顔は、極端に異なっているのだ。
彼に関わると、どうも疲れる。
だが。
アルファは校舎の裏側に差し掛かると、立ち止まって再びルミナスのほうを振り返った。どうしても気になることがあったのを思い出したのだ。
家族のいる家では訊けないことを。
「『ソーラの村に光継者がいます』って、夢の中にエクルが出てきて言ったって話だったな」
「うん。――君、やっぱり疑ってんの?」
と、ルミナスは苦笑いに近い表情で答えた。
「――それ、本当にエクルだったのか?」
「うん、確かにエクレシア様だったよ」
ルミナスは少し目線を上げ、思い出すような素振りを見せながら言う。
「夢の中では、白いドレス風のお召し物だったから、ちょっと印象は違ったけどね」
白いドレス――
やはりそうだ。ルミナスの夢に現れたのは、アルファの夢に出てくるあの少女と同じだ。
エクルに瓜二つの、けれどエクルではない少女。エクルに初めて会ったルミナスには、夢の少女と同一人物に見えても無理はない。
ルミナスはよくわからない奴だが、その夢を見たこと自体は本当らしい。作り話なら、アルファの夢とこうも一致しないだろう。
問題は、夢の少女の言葉だ。
アルファはもう一つ尋ねた。
「夢の中のエクルは、他にも何か言ってたか?」
「いや。ソーラの村に光継者がいるって、その一言だけだった」
……ルミナスは、夢の少女にそっくりなエクルを光継者だと言っている。しかし、ルミナスの夢の中で少女は、ソーラの村に光継者がいるとは言っても、それがエクルその人だとは言っていない。
そしてアルファは、夢の少女からはっきりと、『あなたは、双星の光継者なのです』と告げられている。
アルファは今まで、自分が見る夢をまともに考えようとしてこなかった。だが、夢の少女は、これまでアルファと全く接点のなかった青年ルミナスの夢にも現れて、この村まで導いた。
アルファの背中に、一筋の汗が流れた。
オレは、本当に光継者なのか――?
いや、まさかそんなわけ……
そこまで強くない。聖なる光だって知らない。
けど、じゃああの夢は――
「なんでそんなこと訊くの?」
ルミナスの問いに、アルファは我に返った。できるだけ平静を装う。
「べ、別に。ただ、何となくだ……それより」
アルファは校舎とは反対側を向き、そちらにあるレンガ造りの二階建ての家屋を指差した。
「家に入ろう。父さんたち待ってるから」
「ここ? なんだ、もう着いてたんだ」
拍子抜けしたように言うルミナス。アルファは話をするために、家の手前で止まっていたのだ。
「なるほどね。エクレシア様とはお隣さんなんだ」
ルミナスは後ろを振り返り、エクルの家を見ながら言った。両家の距離は歩いて十数歩ほどしかない。
アルファは光継者に関する思考を無理矢理打ち切って、自宅の扉に手を掛けた。
「ただいまー」
努めて普通に帰宅を告げて、アルファは家の中に入った。すぐ後ろにルミナスが続く。
「お待ちしていましたよ。ルミナスさん」
父が、母を伴って玄関まで出迎えに来た。どたどたと、奥からアルファの弟妹たちも押し寄せて来た。
「わー! 本当にお客さんだー」
嬉しそうに声を上げる、妹のシロン七歳。末っ子にして唯一の女の子。
「お兄さん、こんばんはー!」
元気に挨拶する、エプ七歳。シロンとは双子だ。
「いらっしゃーい! お泊りするんだってー?」
と、続くデルタ八歳。弟たちは、珍しい旅人にすっかりはしゃいでいる。
「……そんな大きな声出したら、お客さんびっくりしちゃうじゃないか」
と、ガンマ十歳は、一歩後ろで落ち着いていたが。
「これはまた、賑やかなご家庭ですね」
ルミナスはくすりと笑った。
「ようこそいらっしゃいました。旅の方だそうで――」
母ファミリアは、愛想の良い笑顔をルミナスに向けていたが、ふとその表情を凍りつかせた。アルファのほうを見て。
「アルファ、その血は!?」
母は血に染まった袖を凝視している。傷は魔法で治せても、服までは直せない。切迫した母の様子に意表を突かれつつ、アルファは答えた。
「え、魔物に……」
聞くや否や、母はふらりとよろめき、父に抱きとめられた。
「ファミリア!」「母さん!」
「あ……ごめんなさい。大丈夫よ……」
よろよろしながらも、何とか自分で立とうとする母。どうやら父は、アルファが魔物によって負傷したことは母に話していなかったらしい。
……言えなかったのだろう。母はこれまでに何度も、アルファが剣の修行やら魔物との戦いやらで大怪我するのを見ては、卒倒していたから。
アルファはもう少し気を使ってあげるべきだったと後悔した。最近、怪我らしい怪我はしていなかったし、今回のもそんなに大した傷ではなかったので、母の尋常でない心配ぶりを忘れてしまっていた。
「そう、教会で治してもらったのね。良かったわ」
母は痛々しそうに、アルファの腕の傷のあった場所に触れた。
「……すまないファミリア」
父が顔を伏せた。
「私の鍛え方が足りないばっかりに、アルファが怪我をして、お前にまでこんな悲しい思いをさせるとは……」
「あなた……! 何を言っているの。そんなことないわ。あなたもアルファも、本当に頑張っているもの。私は全部、わかっているから……!」
「……ファミリア」
父と母は互いに手を取って見つめ合う。……また二人の世界に突入してしまった。
ルミナスは、目を丸くしてその様子を見ていた。アルファも弟たちも、普段なら、両親の邪魔をしないようにそっとしておくのだが、お客を放っておくわけにもいかない。
「母さん、じゃあ、ルミナスさんに食事を」
「あぁ、そうだったわ! さあ、どうぞこちらへ」
アルファが声をかけると、母は夢から覚めたような表情をし、急いでルミナスを中へ通した。父と弟たちもぞろぞろとそれに続いていく。
アルファは食事の前にまず着替えようと、自分の部屋に行った。破れて血のついた服を見ながら、本当に気をつけなければと思った。両親に心配をかけてはいけない。
父も母も、一面では非常に厳しいくせに、やたらと子供の身を案じる。
それは、やはり昔のことが尾を引いているのだろう。
アルファにとっても、思い出すのがあまりにもつらい記憶――
アルファには、本当はもう一人、弟がいた。
名前はベータ。アルファとは年子だった。
アルファが父から剣を習い始めた時、ベータもアルファを慕って、剣を学び始めた。どちらが世界一の剣士になるか勝負だとか言いながら、ちゃんばらしては喧嘩もして――けれど、朝も夜も、片時も離れずに過ごしていた。
しかし、ベータはわずか四歳でこの世を去ってしまった。
あの日――アルファとベータは、二人で遊んでいた。いつもはエクルも一緒だったが、風邪のため家で寝ていてその日はいなかったから、二人だけで森に行った。
今のように頻繁に魔物が出没することはなかったから、村の子供たちにとって、近くの森は庭同然の遊び場だった。だからアルファと弟は森の中で、何の恐れもなく、木登りしたり、探検と称して歩き回ったりしていた。
やがて辺りが暗くなってきて、そろそろ帰ろうと言い出した時だった。
ふいに、何かがアルファの横を通り過ぎた。
猫を二回り大きくしたような、鋭い牙を持つ生き物が、ベータにのしかかったのだ。奇妙な生き物の肢で勢いよく肩を押され、ベータは真後ろに頭から倒れた。
一瞬の出来事に、アルファは何が何だかわからなかった。目の前の生き物がとても怖かった。それが、アルファが生まれて初めて目にした魔物だったのだ。
その恐ろしい生き物が、ベータの首に噛み付こうとした。アルファはいつも剣士ごっこに使っていた木刀で、魔物を横から突いた。無我夢中だった。
魔物は小さく呻いたが、木刀で、しかも子供の力ではほとんど効かなかったようだ。今度はアルファに狙いを定め、飛び掛かってきた。
その時――アルファたちを探していた父アルーラが駆けつけ、間一髪のところで、魔物を倒し、助けてくれた。アルファは、恐怖と安堵の感情が入り混じって、父と一緒に来た母にしがみついて泣いた。
だが。父がベータを呼ぶ、悲痛な声にアルファは顔を上げた。そして弟を見た。ベータは目を閉じて倒れたまま、父が呼ぼうが揺すろうが、動かなかった。
それっきり、二度と目を開くことはなかった。
外傷はほとんどなかったが、倒れた時、頭の後ろに大きな石があった。打ち所が悪かったのだ。
幼かったアルファにはまだ、死というものがよくわからなかった。しかし、弟を抱きしめて慟哭する両親の姿は、あまりにも悲痛だった。その時の両親の姿は、生涯忘れることができないだろう。
ベータを失ってから、両親の悲嘆は長い間続いた。母はベータの遺品を見るたびに涙を流し、それを横で励ましている父もつらそうだった。
いつも一緒にいた、たった一人の弟がいなくなってしまったことは、アルファにとってもつらく淋しいことだったが、両親の苦しみには決してかなわないと思った。死んでしまって、もう動くことのないという弟よりも、父母のほうがもっと、かわいそうだとも思った。
あまりの心痛に床に伏しがちだった母が元気を取り戻すには、長い時間が掛かった。それでも、やがて下の弟たちが生まれて、リライト家はだんだん賑やかになっていった。
けれど両親は、それぞれの子に愛情を注ぎながらも、亡くしてしまったベータのことも、今でも想い続けている。それは、両親がベータの思い出を語る時や、墓参りをする時の様子にはっきりと現れているのだ。
――あの時、死んでいたのは自分だったかもしれない。アルファは時々、そんなことを考えることがある。けれど、もし死んだのが自分だったとしても、やはり両親はこの上なく嘆いただろう。
だから、思うのだ。弟の分まで生きようと。そして願わくは父と母に、弟の死がその心にもたらした悲しみよりもっと大きな喜びを、与えられるような息子になりたいと。
だからこそアルファは、父の苛烈極まりない訓練に耐えてきたのだ。
それは決して、簡単な道のりではなかったけれども……
自分の目の前で、弟が魔物に命を奪われてから、アルファは魔物に強い恐怖心を抱くようになった。
人間は弱い。魔物に限らず、野の獣に襲われるとしても、充分に死に得る。だが、魔物からは、野の獣にはない、邪気と強烈な悪意が感じられるのだ。
魔物なんかいなければいいと、アルファは心底思った。
それでも、魔物への憤りや憎しみは、恐れよりは膨れあがらなかった。自分が弟と一緒にいながら何もできなかったという、負い目がどこかにあったからかもしれない。
弟を守ってやれなかったことが、とても悔しかったから、何もしないではいられなくて、アルファは剣を学び続けた。
村に魔物が侵入した時、八歳のアルファが震えながらも立ち向かったのは、ベータのことを思ったからだった。ベータのように誰かが命を失うことも、それによって誰かが悲しむことも嫌だったからだ。
その後も魔物に対する恐怖感はなかなか拭えなかったし、父からの猛特訓に幾度となく挫けそうになった。しかしそれを越えさせたものは、やはり両親と弟への想いだった。
アルファが剣を握り続ける理由は、きっと三つある。
剣を学び始めた幼い日からずっと、強さそのものへの憧れが消えることはなかったから。
父の期待に応えたいから。
そして――自分が誰かを、みんなを助けられるのなら。ベータを亡くした時のように、あんな悲しみを誰も味わわずに済むのなら――そう願うから。
アルファが着替えを済ませて食事をする部屋に行くと、既に家族もルミナスも食卓に着いて待っていた。
大きな円卓いっぱいに、母の手料理が並んでいる。じゃがいもとにんじんのスープ、鶏肉のソース煮込み、玉葱と豚肉の炒め物等々だ。早速夕食が始まった。
「お口に合うといいけれど」
「ええ、おいしいです」
母の言葉に笑顔で答えるルミナス。
「お母さんはとっても料理上手なんだよ」
とエプが言うと、すかさず、
「おいしいのはね、お母さんの愛がたっぷり入ってるからなんだって。お父さんがいつも言ってるの」
と継ぐシロン。
「そう。君たちは、こんなおいしい料理が毎日食べられて幸せだね」
ルミナスはにこりと笑った。しかしその笑顔は、どことなく淋しそうにも見えた。
「……ルミナスさんのご家族は?」
気になったらしく、父が尋ねた。
「まぁ、旅なんかしてますから、滅多に会えませんね。あ、これもすごくおいしい」
鶏肉の煮込みを口に運んでいたルミナスは、質問の答えは少々曖昧に、料理を褒める。
「香りもいいし、この甘辛さが絶妙ですね」
「それ、ハーバン煮っていうソーラレア料理なんですよ。気に入っていただけて良かったわ」
「そうか、さすがはソーラの村ですね。これだけでもこの村に来た価値ありますよ」
母の言葉を聞き、ルミナスはまた褒める。とにかく口が達者らしい。
その後、弟たちに請われて、ルミナスは旅の話をしてくれた。
どこどこには大きな滝があって、だの、何とかの町の名物の何がおいしいだのを、子供向けにおもしろおかしく語ってくれたのだ。
アルファはまた違和感を感じてしまった。
ルミナスが旅人というのは出任せだが、その旅の話があまりにも具体的だったからだ。それらの場所を、本当に訪れたことがあるのかもしれない。ルミナスは作り話が得意な奴だし、ほとんど村から遠出しないソーラの住民は、もし作り話だったとしても、たぶん一生気づかないで通るだろうけれど。
ともかく、好奇心旺盛な弟たちは、ルミナスが一言話すたびに大きく反応した。家族が揃う食事の時間はいつも賑やかなのだが、今夜はいつも以上に盛り上がった。
「いいなー……僕もよその町とか行ってみたい」
と、エプが呟く。
「そう言えば、お父さん。明日はガフトンの町に行く日だよね?」
「ああ、そうだよ」
デルタに問われて父が答えると、
「オレもついてく!」「あー! 僕も僕もっ」「シロンも行くー!」
弟たちがまた一斉に騒ぎ出した。
「それはだめだな。途中の道は危険なんだよ」
困ったように父が笑った。
「まったく……その話ならいつもだめだって言ってるだろ」
ガンマが呆れた顔で溜息をつく。本当は自分も行きたいだろうに、弟たちの前ではしっかり兄貴の顔をしている。
「だって~……」
「あ~あ。アルファ兄とエクルお姉ちゃんはいいなー」
口を尖らせて文句を言うシロンたち。
「兄ちゃんは毎日修行してるんだぞ。一応エクルも。お前たちも一生懸命修行して、もうちょっと大きくなってからだな」
「アルファ兄のイジワル~」
「今行きたいのに~」
アルファの説得に、弟たちはまた不満の声を漏らしたが、これ以上言っても仕方ないと諦めたのか静かになった。
「ガフトンというと、ここから南の方向にある町ですよね?」
ルミナスが父に尋ねた。
「ええ、山を越えて、かなり歩かないといけませんが、この村から一番近い町です」
と父。母が続いて説明する。
「月に一度、村で採れた野菜や工芸品なんかをガフトンまで売りに行くんです。昔は出品する人たちだけで行っていたんですが、このところは魔物が増えて物騒なので、主人とアルファが護衛としてついて行っているんです」
「エクレシアさんも一緒に?」
また問うルミナス。アルーラたちの前では、さすがに『エクレシア様』とは言えない。
「ええ、あの娘には売り子をしてもらってます」
「なるほど」
そうなのだ。エクルははっきり言って戦力外なのだが、エクルが一緒だと品物の売れ行きがいい。山道もアルーラとアルファがついていれば、それほどの危険はないし、エクルも行きたがるので、一緒に出掛けるのが慣例となってしまった。
月に一度のガフトン行きは、アルファとエクルにとって修行の延長であり、また社会見学も兼ねているのだ。
やがて、夜が更けて弟たちは寝室に引っ込んだ。
するとルミナスは、すかさずアルーラに申し出た。
「実は……僕もガフトンの町に行きたいんです。ご一緒してもいいでしょうか?」
たぶん、ガフトン行きを熱望しているアルファの弟たちの前でその話をするのは悪いと気を遣い、言い出す頃合を探っていたのだろう。
奴の目的は決まっている。エクルに付き纏うつもりだ。
アルファは露骨に嫌そうな顔をしてルミナスを睨んだが、奴は気がつかない振りをしている。
「え? ガフトンに?」
アルーラは意外そうな声を出した。
「小さな町ですから、あまり見るようなものはないと思いますが……まぁ、それでもこの村よりはましか。でも、旅の途中なのにいいんですか?」
ルミナスはにこりと笑った。
「なにせ気ままな一人旅――いろんな所に行くのが僕の趣味ですから。もちろん、ご迷惑でなければ、ですけど」
――やられた。
アルファは今さらルミナスの意図に気づいて悔しくなった。
『どこといって、行き先は決まっていないんです。いろんな場所に行って、いろんなものを見てみたい。気ままな一人旅ですよ』
説得力のない嘘だと思ったが、わざとだったのだ。もっともらしい旅の目的を言わないことで、行動を制限されずに、自由にエクルの近くにいられるのだ。
「まさか迷惑なんて。こちらは全然かまいませんよ」
アルファの葛藤などいざ知らず、父は快諾した。
「ありがとうございます」
ルミナスは嬉しそうに礼をいい、微笑をそのままアルファにも向けてきた。
嫌味だ。
アルファはまた苛立ったが、両親の手前、無言を貫いた。