第36話 地上の太陽
「ア、アルファ……そんな……」
「嘘だろ……?」
囚人たちから呆然とした声が上がる。
ディックはそれを聴きながら、魔族の足元に倒れたアルファの様を、やはりただ呆然と見ていた。
アルファはピクリとも動かない。それはそうだ。あの凶悪な爪に体を貫かれたら――人間ならば誰が死を免れるだろうか。
親しかった少年が目の前で殺された。一瞬の出来事に、ディックはまだ実感できなかった。直前、アルファが魔族の右手の爪を斬り落とした時には、アルファの勝利を疑わなかったから、なおさらだった。
目の前の惨劇が信じられなくて、悲しいという感覚が湧いてこない。
また、悲しんでいられるだけの余裕など、なかった。
アルファが死ねば、次は――
「さぁて、時間食っちまったが、お前らももう、覚悟はできてるよなぁ?」
獅子の魔族レイダーは、卑しい笑い顔をこちらに向けて言った。
そう――ディックや囚人たちには、アルファと同じ運命が待っているのだ。
レイダーは倒れたアルファを後にし、血が滴った左手の爪を見せびらかすようにかざしながら、こちらに近づいてくる。
「死んでもらう」
捕縛の術を掛けられた囚人たちは体を動かすことができない。逃げられないとわかっていて、レイダーはゆっくりゆっくりと近づいてくる。
やはり逃げれば良かったか。ディックはそんな後悔が頭をよぎらないでもなかったが、もう遅い。
「嫌だぁ……!! 死にたくない……!!」
「助けてくれ! 頼むから命だけは……!!」
大声で喚き、動かない体を無理に動かそうともがく囚人たちもいれば、ただ怯えている者たち、青ざめて硬直している者たちもいる。
「……オフクロ……親父……」
囚人の一人が涙混じりの声で呟いた。
アンディだ。アルファと歳が近く、特に仲が良かった青年だ。
彼はあと一ヵ月で刑期を終える予定で、両親の元へ帰ると言っていた。喧嘩別れした父親に謝罪したいとも……
ディックは田舎にいる自分の両親を思い出し、ますますつらくなった。
「モニカ……すまない……」
俯いて声を絞り出すのは、元騎士、横領犯のグスタフ。モニカとは確か、彼の娘の名前だ。彼が歳を取ってから生まれた一人娘で、別れた妻が連れて行ってしまったらしいが、「娘に会いたい」が彼の口癖だった。
「死ぬのか……ボクたち……」
他人事のように呟く連続放火魔のパトリス。彼は、出所したら画家になる、なんて言っていた。きっかけは、何気なく描いた落書きをアルファに褒められたからだった。
「……俺はどーせ刑期クソ長ぇし、死んだって悲しむ奴もいない……気楽なもんだ」
この声……
聞いたことがあるようなないような声で、ディックにはそれが誰か、初めはわからなかった。そして声の主を知って驚いた。
「人殺しといて……自分は死にたくねぇなんて、言えねぇもんな……でも……」
殺人犯のフィルという男だ。無口な奴で、ディックが知る限り、ほとんど口を開いたことがなかった。
「生きてたっていいことなんか何にもねぇって思ってたけど……アルファやお前たちのおかげで、最後は少し、楽しかった……」
仲間への感謝の言葉とも取れるが、独白のようでもあった。誰も聞いていなくてもかまわない、自分自身への確認であったのかもしれない。
そしてそれは、死を完全に受け入れた者の言葉のようであったが、彼の表情は悲哀が満ちていた。そこにあるのはおそらく、自分が人を殺めたことへの後悔と――生への未練。死にたくないと言う資格はないと、自認しながらも。
人はきっと、そう簡単に命を諦めることはできない。
それはディックも同じだ。
だが、無情にも。
レイダーがすぐ近くまで歩み寄ってきた。
この場に残った騎士の隊長が剣を構え、一歩前に進み出る。彼はもう、覚悟を決めたのだろう。
ええい……! もうヤケクソだ……!!
飾りに過ぎない腰の剣を抜き、ディックもまたレイダーに向かって構えた。
腕も足もガクガク震えている。『殺すなら俺からにしろ……!』なんて台詞は口が裂けても言えそうにない。
でも、おとなしく殺されてたまるか。アルファはこんな化け物にたった一人で立ち向かったのだ。自分だって、少しくらい――
そんなディックの気概を嘲笑うかのように、レイダーは言う。
「船で逃げたハクジョーな奴らはたぶん、騎士団に報告しに行くだろうねぇ。そのうちここに騎士団の連中が駆けつけてくるだろうけど――俺はさっさとお前ら処分して、それまでにはトンズラさせてもらうさ」
ディックと囚人たちにあるのは恐怖と絶望だが、アルファを下したレイダーには、もはや恐れるものはない。舐めるような目つきで獲物たちを見回す。
「さぁ、誰から殺るかねぇ。ここはやっぱり騎士からか? それとも、さっき俺に稀封石使った看守――」
「待て」
ディックの耳に、あり得ないはずの音が届いた。
標的を選定していたレイダーに掛かった、制止の声。
レイダーの背後から聴こえたそれは――ディックのよく知る声だ。
レイダーは獅子の顔を強張らせ、後ろを振り返る。
ディックはレイダーの向こう側に、見た。
剣を杖のように地面に突き立て、よろよろと立ち上がる、栗色の髪の少年。
「オレは……まだ戦えるぞ……みんなには……手を出すな……」
血に染まった腹部を左手で押さえている。表情は苦しげだが、そこには魔族に再度挑む強い意志が読み取れる。
ディックには信じられなかった。まさか生きていたなんて。彼が死んだと思った時には出なかった涙が、今溢れ出た。
ディックの後ろの囚人たちが歓声を上げる。
「アルファ……!」
「お前生きて……」
「よっ良かった~」
「心配させんなバカ……!!」
一方。
レイダーは武器を持っている隊長とディックを一応は警戒しながらも、目を見開いてアルファを注視する。
「こんなことが……何で立ち上がって……生きてるだけでもあり得ないってのに……お、お前、一体何者――?」
怯えさえ込められているように聴こえるその問い掛けに、答えは返らなかった。
アルファは声を発する代わりに、血を吐いて膝をついてしまった。
それを見た魔族は初め呆気に取られ、そして嗤った。
「なんだお前。『まだ戦える』って? 真っすぐ立つこともできないくせに。バカな奴だねぇ。あのまま倒れて死んだフリしてりゃ、お前は死なずに済んだかもしれないってのに。こいつらに手ぇ出すなって? こんな犯罪者連中でも『仲間』ってやつかぁ? 笑わせるねぇ!」
死に損ないはやはり恐れるに足らずとばかりに、ベラベラと捲し立てるレイダー。
ディックは悔しかったが、奴が言うことはもっともだ。
アルファは馬鹿だ。大馬鹿だ。
そしてそう思ったのは、ディックだけではなかったらしい。
「アルファ……お前、どうして……?」
アンディが震える声で尋ねた。
仲間たちを救うためとは言え、アルファは自ら命を投げ出している。本当は無実のアルファが、罪人たちのために……
「お前たちを……こんな、所で……死なせたく……ない……」
アンディに答えるように、アルファは言った。
「みんないつか、世の中に……戻って……堂々と胸張って……生きてくんだ……」
アルファは杖代わりの剣で身を支えながら――再び立ち上がった。
足はふらつき、囚人服は血まみれ、息も絶え絶えで……それでもアルファは、微笑んでいた。
アンディは返す言葉がなく、目を潤ませて顔を歪めた。同じく泣きそうな顔をしている囚人たちもいれば、唖然としている者たちもいるが、彼らの姿が、ディックには滲んで見えた。その目に再び浮いた、涙のために。
「……やれやれ、見上げたバカだねぇ……死んでく連中に儚い希望を与えるのは、かえって残酷ってもんさ」
言いながら、レイダーはアルファのほうへと歩き出した。
ディックたちには完全に背を向けて。
その隙に、騎士の隊長が動いた。剣を振り上げ、レイダーの背に接近する――が、レイダーはさっと隊長を振り返り、獅子の鋭い眼で睨みつけた。その眼光の前に、隊長は剣を握る腕を止め、攻撃を断念した。
レイダーには隙などなかった。あのまま斬り掛かっていたら隊長の命はなかったであろうことは、素人同然のディックにもわかる。
レイダーは何事もなかったかのように再び前を向き、一歩ずつアルファに近づいていく。
「ホントに残酷な奴だ。そんなボロボロの体で、この連中を助けられるわけないんだからなぁ。だが、せっかくだから敬意を表してお前から殺してやるさ。それもじっくりいたぶってねぇ」
レイダーに腹を貫かれて気を失い――短い眠りから醒め、仲間たちが窮地に陥っているのを見た時、アルファは気づいたら『待て』と口走っていた。想いだけが先走り、体も、頭の働きも追いつかない。
アルファは重傷を負い、立っていることも困難だ。こんな状態ではレイダーの言う通り、仲間たちを守ることはできない。
でも、彼らの人生をここで終わらせたくなかった。
罪を犯した者たちには違いない。けれど彼らも、後悔していること、失くしたものが、たくさんあったのだ。それをこれから、取り戻してほしかった。
そのために、アルファができることは何か――
「その人間離れした生命力――どこまでもつか試してみるのも楽しそうだねぇ」
レイダーがこちらに歩み寄ってくる。
舌舐めずりしながら、ゆっくりと。逃げられない獲物をじわじわと追い詰める――野生の動物にはおそらくないであろう意地の悪さだ。
レイダーにはアルファをすぐに仕留める気がないにしろ、一度レイダーの爪が届く距離まで近づかれてしまったらアルファは、もう死から逃れることはできないだろう。
アルファは腹の傷を庇いながら、無理矢理足を動かし、後ずさる。
「なんだぁ? やっぱり逃げるのかぁ?」
レイダーから嘲笑される。
そう思われても仕方がない。実際逃げていると言えるが、レイダーをできるだけ皆から遠ざけるためだ。
アルファの本当の狙いは――
アルファは足を引きずり、腹の痛みを堪えながら後ずさっていく。右斜め後ろに、少しずつ角度をつけながら。石切り場と船着き場を繋ぐだだ広い道の左右は森だ。アルファの背中は森に向かっていく。
レイダーはきっと、アルファが怪我ゆえに真っ直ぐ後退できないからだとでも思ってくれるだろう。だがそれも、仲間たちの安全のため。
仲間たちを『軌道』上から外すためだ。
アルファの狙いは――
――以前にも、今回と似たようなことがあった。
故郷ソーラの隣町ガフトンで。
あの時アルファは、ラウザーという魔族の黒魔術によって瀕死の重傷を負った。それでも、父と幼馴染を救いたい一心で立ち上がり、奇跡を起こした。
アルファに勝利をもたらした、その『力』を、アルファは今再び必要としている。
未だ、自分の意志を以ってそれを使えたことはない。それにすがるなど無茶だろう。
だが、霊力を操る術さえ知らなかったあの時の無謀さに比べれば、はるかに可能性が高いはずだ。
今なら、きっとできる――
「さぁ、次はどこを刺そうかねぇ?」
レイダーが近づいてくる。
オレは、負けるわけにはいかない……
このまま絶望だけで、みんなを死なせはしない。
囚人の中には、どうしても理解できない者たちもいた。殴っても飽き足らない奴も。
だが人は、心の中の全てを表に出すわけではない。懺悔を知らぬと見える者も、実は胸の内では思うところがあるのかもしれない。
例えそうではないとしても。それでも――
誰も死なせはしない。
アルファは大聖堂の地下で出会った、自分そっくりの青年を思い出す。アブレス王子。彼は死んで霊魂となってなお、己の過去に苛まれていた。
『僕たちは魔族のない平和な世界を築かなければならなかったのに――果たせなかった。その結果、光継者が使命を果たす時まで、長く人類を苦しめることになったからな……この幽閉はその罰だ』
アブレス王子は贖罪のために、百二十年もたった一人で地下空間に閉じ込められていた。
人々を救うために戦って死した者さえも『罰』を受けるならば、まして罪を犯し、人を苦しめた者が死んだ時、どれほどの罰が待ち受けているというのだろうか。
死んでも罪が消えるわけではないならば――罪を贖うのは、この世に命がある間に。
彼らが生きているうちに償う機会を、魔族に奪わせはしない。
アルファは足を止め、目を閉じた。
他者の目には、アルファが死を覚悟し、戦いと自分の命を放棄したと映るだろう。
残り十八、十七、十六歩と、レイダーの邪気が接近してくる。
「アルファ……!!」
「逃げろ……っ!!」
ディックとアンディ、仲間たちが必死に叫ぶ声が聴こえる。
大丈夫だ。
助けてみせる。絶対に。
だから。
頼む、応えてくれ――
「フレイム…………!!」
アルファは呼ばわった。欲する力を与えてくれる存在の名を。自らの霊力を最大限に高めながら。
その瞬間。
求めた力がアルファに臨んだ。
強大にして優しく、神聖にして親しい。よってアルファはそれを、恐れることも、畏れることもない。
その力とアルファの霊力。両者が共鳴する。
――アルファの首に嵌められた魔法封じの枷は本来、アルファの霊力が他の力と連結されるのを妨げる働きをするはずであるが、この二つの圧倒的な力に対してはまるで用を成さなかった。
二つの力は交わり、一つとなり、爆発するかのごとくアルファの体から溢れ出す。
まるで炎のような、赤き光となって。
体中に力が満ちているのを感じながら、アルファは背後に目を向ける。森の木々しか見えないはずのそこには――
赤の光を司る『光の天使』、フレイムの姿があった。
中性的な美を持つその顔に、微かに笑みを浮かべてフレイムは言った。
「運命に選ばれし者よ。そなたの想いが、再び我を呼んだ」
『霊輝光』――通称『聖なる光』。
『光の天使』の力を借りて放つそれは、『双星』とその従者『三星臣』のみに許された力。
光の天使は、術者の心に感応して力を与える。術者の霊力は光の天使によって跳ね上がり――その見えぬ内在霊力は、光として外に顕現し、魔を滅する――
「ありがとう」
今回も来てくれて。前回も助けてくれて。アルファはフレイムに二回分の感謝を伝えた。前は、礼を言うより早くフレイムが天界に戻ってしまったのだ。もっとも、想いに感応する天使ならば、言葉にしなくても伝わっているのかもしれないが。
さて――
フレイムの力を得、勝利を確約されたアルファは、倒すべき敵に向き直った。
「もっと速く……!」
「こ、これが精いっぱいです……!」
急かすルミナスに、船頭は懸命に櫂を操りながら答える。
「とにかく急げ!」
ルミナスは今、ワーズ川を遡る小舟に乗っていた。
初め、収容所にアルファを迎えに行ったが、アルファは石切り場での労役のため不在だった。そこでルミナスは、石切り場まで出向くことにしたのだ。
そこまでしなくても、と部下たちからは止められたが、アルファが戻る夕方まで悠長に待つ気にはなれなかった。既に散々待たせてしまったのだから。アルファも、エクルも。
それに、何か嫌な予感がしたのだ。
ルミナスは部下三人を引き連れ、小舟で石切り場へと向かった。
途中で石切り場からサーチスワードの町に戻る船とすれ違ったが、そこに乗っていた騎士たちから、とんでもない話を聞いた。
石切り場に魔族の密偵が現れ、騎士たちでは手に負えず、一人が殺されたと。そして、栗色の髪の少年が魔族に立ちはだかったが、腕を負傷し押されていると。
その少年とは、アルファ以外に考えられない。
このままではアルファが殺されてしまうかもしれない。
ルミナスは可能な限り船を急がせ、石切り場を目指した。
そして――
石切り場に続く船着き場に間もなく着くという時。
ルミナスは感じた。
とてつもなく強い霊力を。
これを感じるのは、二度目。一度目は、ガフトンの町にスプライガ騎士団からの援軍を率いて戻った時だった。あの時は、その霊力の正体を、この目で見ることは叶わなかったが――
今、ルミナスは船着き場の先に見た。
朝日のように燦然と煌めく赤い光を。炎のように揺れるそれを、全身に纏った少年――アルファを。
そして、その背後にあるものも、ルミナスにははっきりと見えた。
中性的な美貌を湛え、神官のような衣に身を包み、背から翼を生やして浮かぶ、人と似て非なる存在――
天使。
「なっ、何だあれは!?」
「赤い光……!?」
部下たちが騒いだが、ルミナスは言葉を失ってしまった。
船着き場のすぐそばに、囚人たちと残った看守、騎士もいたが、彼らは船着き場にルミナスたちが降り立ったことなど気づきもしない。ただ呆然と、光を発する少年を見ている。
「何だこれ……」
「俺たち、夢でも見てるのか……?」
そして、アルファの視線の先では――
「そんな、まさか……こんなことが……」
獅子の魔族が、ひどく狼狽しながら後ずさっていた。
その様には、百獣の王らしき威厳は皆無だった。獅子と言うよりは猫――を前にした鼠。いや、それよりもなお憐れだ。泰然としているアルファに対し、己の身を呪うがごとくに叫ぶ。
「光の天使!? あり得ない! 光の天使を召喚できるのは――っつ、なんでだ!? なんでこんな所に光継者がいるんだぁ……!?」
ルミナスが我を忘れて見守る中、アルファはその強大なる力を操った。
アルファの全身を包む赤い光が、握る剣の刀身へと瞬く間に移り、命あるもののようにうねりを上げる。アルファが剣を振るうと、赤の光は巨大な刃と化して飛んだ。
光の刃は一直線に魔族に襲い掛かった。魔族は断末魔の絶叫を響かせる。
悪しきものの存在を決して赦さぬように、光は輝きを増す。魔族の体を貫くように突き進み、見守っていた囚人たちの脇を通過し――
その光が消失するのとほぼ同時、魔族も消滅した。身に着けていた看守の制服だけを、その場に残して。
一瞬静まり返り、囚人たちから歓声が沸き起こった。
アルファがほっとした顔をして後ろを振り返ると、光の天使はその姿を消してしまった。
ルミナスは戦慄きを抑えながら立ち尽くした。
この時に胸を襲った感覚を、ルミナスはきっと誰にも打ち明けないだろう。
みすぼらしい囚人服姿の年下の少年に畏怖を抱き、感動すら覚えてしまったことを。
天使を従え、光を放つ彼の姿は、それほどに神々しかった。
自分の目で見たものしか信じない――それがルミナスの主義であるが、光の天使も、アルファが光を放つのもこの目でつぶさに見てしまった今はもう、アルファが光継者であることを疑う余地はない。
ルミナスは心の中で呟いた。
今の力を初めから見せることができていたら……誰もが君を光継者と信じたのに――
彼を不信した己の罪を、転嫁するように。
看守と囚人たちがアルファの元へ駆けていく。
「アルファぁ! 心配掛けやがって!」
「すげーよお前……!」
「ほんっとよくやった!!」
囚人たちは捕縛の魔法を掛けられていたはずだが、効力が切れたようだ。
魔族を消滅させたアルファの力に、彼らも驚いただろう。だが彼らは、アルファの霊力がどれほど強いかを感じることもできなければ、光の天使も見えなかっただろう。彼らにもし、それだけの霊力の感度が備わっていたのなら――きっと、そうも気安くアルファに声を掛けることはできないはずだ。
「みんな――」
アルファは仲間たちに微笑み――よろめいた。
近くの囚人たちが慌てて体を支えたが、アルファは目を閉じ、ぐったりとして動かない。
「そういやコイツ大ケガして――」
「しっかりしろ……!!」
気を失ってしまったらしい。ルミナスは急いで駆け寄った。
アルファの力に圧倒されていたのと、赤い光に同化していたために気づかなかったが、アルファの腹部は血まみれだった。一列に並んだ小さな傷口が四つ。魔族の爪に刺されたらしい。ガフトンの町での負傷と同じく、死んでもおかしくないほどの重傷だ。
ルミナスは仰向けに寝かされたアルファの腹に手をかざし、治癒の法術を試みた。
「ル、ルミナス様!? どうしてこちらに!?」
看守がルミナスの顔を見て驚いている。確か、ルミナスがアルファの面会に行った時同席していた看守だ。
「え? って、領主の甥の……!?」
「本当だ。なんでこんな所に……」
囚人たちもざわついたが、彼らの声はとりあえず無視し、部下たちに声を掛ける。
「早く手伝え!」
「は、はい……!!」
数ある魔法の中で、最も重宝されるものの一つが治癒の術だが、肉体の損傷があまりに大きい場合は癒すことができない。もちろん、治癒可能の範囲は術者の能力に大きく左右されるが、アルファのこの怪我は、ルミナス一人ではやはり手に負えない。
幸い、連れてきた三人の部下たちのうち、二人が治癒の法術を使える。三人掛かりでアルファに術を施す。
傷が深いため回復はゆっくりであるが、それでも確実に癒えていく。見上げた生命力だ。
大量出血によりアルファの顔は青白い。だがそれは、遊び疲れて眠る子供のように無邪気で無防備だった。
――人の心は移ろいやすい。
ルミナスの中では、先ほどアルファに感じた畏怖が――早くも薄れつつある。
自分は根本的に傲慢なのだろう。他者を心から敬うという気質が、残念ながら欠落している。
「まったく……無茶をする……」
崇拝すべき光継者に、ルミナスは呆れ笑いを浮かべた。
次回、やっと第2章が終わります。




