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双星の光継者  作者: 明谷有記
第1章 召命編
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第6話 教会

 アルファたち三人は、村の入り口に向かって歩いていった。エクルを真ん中にして、ほぼ横並びに進む。

「ところで、エクレシア様。どうして村の外にいらっしゃったのですか?」

 歩きながら、ルミナスがエクルに尋ねた。若い娘が魔物の出る森の中にいたのだから、気になるのは当然だろう。

 だが、彼は、森の中で先に出会ったアルファにはまるでかまわず、エクルにだけ質問している。アルファとしては、別に関心を持たれたいわけではないが、何だかおもしろくなかった。

「薬草を摘んでたんです」

「え? 何か急にご入用でも?」

 エクルの回答に、ルミナスは意外そうに問い返した。これも無理もない反応だ。わざわざ日暮れの時間に薬草摘みなんて、普通はしない。

「えっと、そういうわけじゃなくて……アルファのお父さんに言われたんです。これは体を鍛えるため――」

 その時突然、村の防護柵の扉が開き、エクルは途中で言葉を切った。

 扉の中から、アルファの父アルーラが出てきた。このわずかな会話を交わしている間に、もうだいぶ村に近づいていた。

「父さん、柵は直ったんだ?」

「ああ、ようやくな」

 父はアルファの質問に答えたが、エクルの隣にいる見知らぬ男を見ながら、不思議そうな顔をしている。

「その方は――?」

「えっと……」

 アルファは口ごもってしまった。ルミナスのことをどう紹介したらいいのだろう。

 彼が夢のお告げでソーラに来たとか、エクルのことを光継者だと言っているとか、そんないらぬ心配を掛けてしまうような話はできない。

 が、ルミナスはアルーラの前に一歩進み出ると、

「どうも、初めまして。ルミナス=トゥルスと申します。旅人なのですが、道に迷ってしまって。森の中で彼らに出会って、村まで連れてきてもらったんです」

と、無駄なほど爽やかな笑顔で、快活にそう言った。

 確かに光継者の話はするなとは言ったが、彼があまりに堂々と出任せを言うのでアルファは違和感を覚えた。隣でエクルもぽかんとしている。

 しかし何も知らない父には、ルミナスの言行はいたって自然だったらしく、疑う様子もなく彼に労いの言葉を掛けた。

「そうでしたか。こんな田舎に迷い込まれるとは、災難でしたね。私はこの村――ソーラの村で村長をしているアルーラ=リライトと申します。今夜はうちで泊まっていかれるといい」

「本当ですか! ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

父の申し出に、ルミナスは嬉しそうに答えた。

 アルファはルミナスを家に泊めるのは、内心あまり気が進まなかった。だが仕方ない。父の言うことだし、村に入れると決めた時からこうなるのは覚悟していた。

「ではルミナスさん、こちらへ」

 父は、ルミナスを村の入り口の扉のほうへとうながしながら、アルファとエクルを見た。

「さて、私はルミナスさんを家まで案内するが、お前たちはもう少し――」

修行を続けろ、と父は言おうとしたのだろう。だが、血の滲んだアルファの袖に気づき、顔をしかめた。

「魔物にやられたのか」

「あ、ああ。三頭出てきて……」

 アルファは言葉を濁した。油断してやられたなど、決まり悪くて言いたくない。「修行が足りん!」などと喝を入れられるだろう。

 だが、父はアルファの傷の具合を見ながら、

「このくらいで済んで良かった」

と呟いた。安堵の表情に、悲哀を浮かべて。

 非情と思えるほどにアルファを鍛えてきた父だが、やはり、親として子を思う心は隠し切れないようだ。

 もしかしたら父は、かつて子供の一人を失った時のことを、思い出してしまったのかもしれない――

 アルファは叱られなかったことを喜ぶよりは、父に対して何だか申し訳なくなった。

「では、今日はこれでしまいだ。家に帰ろう」

 父がルミナスを防護柵の内側へ招く。エクルは、アルファの所へ駆けつける際、この近くに置き去りにしていた薬草入りの小さな籠を回収してから彼らに続き、最後にアルファが入って柵の扉にしっかりと錠を掛けた。

 村の中に入ると、道にも畑にももう誰もいなかった。家々には明かりが灯っている。ルミナスは、日が沈む間近の、薄暗い村の様子を眺めて「いい所ですね」と言った。

 アルファたちは、村の入り口から伸びる小路に沿って歩いてゆく。

「そう言えば、道に迷ったと言っていましたが、一体どちらへ?」

 父がルミナスに尋ねた。

「どこといって、行き先は決まっていないんです。いろんな場所に行って、いろんなものを見てみたい。気ままな一人旅ですよ」

 ルミナスはまたも、すらすらと出任せを吐いた。

「ほお……それはまた。お若いのに大したものですね」

 父は感嘆の声を上げたが、そう言いながらどこかいぶかしげだ。

 それはそうだろう。人里の外は魔物だらけだというのに、好奇心のために旅するなど、そんなもの好きな人間がいるだろうか。本当のことは言えないにしろ、もう少しマシな嘘にしてほしいとアルファは思った。

 それにしても、こうも当たり前のように話を作る奴となると、彼が最初に言っていた、サーチスワード騎士団から来たというのも本当だかどうだか怪しい。

 農場の横を通り過ぎ、緩やかな丘を上っていくと、アルファたちは教会の前に出た。自宅はもうすぐだが、ここで立ち止まる。

「アルファ、怪我治さなきゃ」

 エクルが言うと、父も頷いた。

「そうだ、てもらえ。私はルミナスさんと先に帰っているから」

「ああ、行ってくる」

 アルファとエクルが共に教会の入り口に向かおうとすると、ルミナスがアルーラに言った。

「立派な建物ですね。ちょっと見ていってもいいですか?」

「え、ええ。それじゃあ、先に行って家内に夕食の支度をしてもらいますから」

 父は、アルファにルミナスを案内するように言って、一人で先に家に向かっていった。ルミナスはしげしげと教会を観察している。

 この暗がりにもえる、白い石造りの建物。

 広い一階部分の礼拝堂への大きな正面扉には、一面に細かな紋様が刻まれている。

 上部は、凝った造りの時計盤を備えた正方形の鐘楼で、てっぺんの尖った高い屋根も含めて、村の象徴となっている。

 百二十年前、ソーラの村を造ったとき、何よりも先に建てられたのがこの教会だそうだ。

「本当にきれいな教会ですね」

 ルミナスがエクルに声を掛ける。

「そうですか? でも、この小さな村では確かに一番立派な建物ですけど……」

 エクルは謙遜するように、けれど少し嬉しそうに言った。ルミナスはにっこりと微笑んでそれに答える。

「いえ、実に見事なものですよ」

 いつも当たり前のようにこの教会を見ているから、そんなに褒められるものなのかアルファにはわからなかった。たぶんエクルもそうだろう。

 余所の教会は見たことがないから比べようもないし、アルファとエクルは時折、隣りのガフトンという町に行くことがあるが、そこには教会らしき建造物さえないのだ。

 まぁ、ルミナスがここに残ったのは恐らく、教会に関心があるというよりは、光継者と仰ぐエクルに付きまとうためだろうが。

 とにかく、傷を診てもらいに行くのだ。アルファは教会の扉を開いた。

 礼拝堂の中は、昼間のように明るかった。握りこぶし大の水晶玉のようなもの――照明の魔法が施された石、通称『光玉』が天井から吊るされており、太陽のごとく燦々(さんさん)と光を放っている。

 白い大理石でできた床の上に、入り口から奥まで、左右にたくさんの長椅子が整然と並んでいる。その真ん中の通路の先、礼拝堂の一番奥に祭壇があり、いくつも枝分かれした燭台に、長い蝋燭ろうそくが立てられている。

 しかし蝋燭の火は灯っていない。礼拝堂は無人だ。

「グレース様は家にいるみたいだな」

 アルファが言うと、エクルは教会の入り口から外に駆け出そうとした。

「待ってて、すぐ呼んでくる――」

「いい。オレが行く」


 アルファはエクルと共に、教会の裏に向かった。もちろんルミナスもついて来る。

 教会のすぐ裏手に、教会とは対照的な、小さく簡素な家が建っているが、それがエクルの家だ。

 エクルは入り口の戸を開いた。

 入るとすぐそこが、食事をする部屋になっており、食卓の周りに六つの椅子が並んでいる。この家は、母一人娘一人の二人暮らしだが、いつでも客をもてなせるようにされていて、狭いがよく片付いている。

 こちらも、天井から光玉が吊るされていて室内は明るい。ただし、大きさは鶏の卵程度。一般家庭の狭い部屋には、これで充分なのだ。

 魔法の力を蓄えておく石は概ね高価だが、光玉に関しては比較的安価で、ほとんどどこの家にも普及している。

 淡い黄色のカーテンで仕切られた奥の部屋から、何やらおいしそうな匂いが漂ってくる。そちらは台所だ。どうやら今日の夕食はシチューらしい。アルファは急に、いろいろあって忘れていた空腹を思い出した。

「お母さん、アルファが怪我してるの。治してあげて」

 奥の部屋に向かってエクルが声をかけた。

 すると、カーテンを開き、白い法衣を着た女性が姿を現した。亜麻色の髪をした美しいその女性は、教会を守る神官、エクルの母グレースだ。姉と言ってもよいほどの歳にしか見えないが、エクルと違って非常に落ち着いた雰囲気を持っている。

 グレースは、袖をまくったアルファの腕の傷を見て、

「まあ……痛いでしょう。すぐに治しますからね」

と、優しく微笑んだ。そして、先ほどエクルがしたのと同じように、瞳を閉じ指を組んだ。

 即座に、グレースの中に見えざる力が生じた。霊力を高め、活性化させているのだ。高められた霊力が、組まれた指に集中し発光する。

 魔法に習熟した者は、呪文を詠ずることなしにその力を行使できる。エクルが使おうとしたのと全く同じ魔法だが、その効力は明らかに違う。

 グレースの手の中の光が強さを増す。自分の霊力を、自然界に存在する力と結び付けているのだ。グレースの周りに、いくつもの光の球が生じた。その球の中に――まぶしくておぼろげにしか見えないが、小さな人のような姿がある。白い衣をまとい、その背には、翼。

 天使だ。

 天使の光の球が、グレースの手の光に集う。光が一層大きくなり、その輝きに、天使たちの姿は溶け込み完全に見えなくなる。と同時に、その光が、グレースの手から瞬時にアルファの頭上に移り、そこからアルファの体に光の雨が降り注いだ。

 魔物の爪を受けた傷が、塞がっていく。まるでグレースの人柄を映したかのような、暖かい、優しい光。一日の疲れさえも癒し、力を与えられる気がした。腕の傷はすぐに跡形もなくなり、光が止んだ。

「良かった……」

 治った腕を見て、エクルが呟いた。しかし、ほっとした表情の中に、何か複雑なものが見て取れた。母と同じようにうまく魔法が使えないのはいつものことなのだが、少なからず劣等感を抱いているに違いない。

「ありがとうございます」

 アルファはグレースに頭を下げて礼を言った。するとグレースは、

「お礼なんて。魔物と戦って怪我をしたのでしょう? アルファ君は、いつも村を守ってくれていますからね。こちらこそ感謝していますよ」

と、言って微笑んだ。村の人々から愛される、謙虚で穏やかな人格がそこに表れている。娘と同い年のアルファにも、誰に対しても丁寧な言葉を使う。

 だが、こちらが礼を言われるのは申し訳ない気がした。もちろん、村を守るために戦うこともあるけれど、今日の場合、修行中に気を抜いてしまっただけなのだから。アルファが、そんなことはない、と言おうとした時、

「これが聖術……天使か……」

背後から、感嘆するような声が聞こえてきた。ルミナスだ。

「あら? お客様ですか?」

 グレースは、入り口付近に立っていたルミナスの姿に、今初めて気がついたらしい。

「失礼しました。僕はルミナス。旅の者ですが……この村に来れて良かった。聖術も天使も、初めて見ましたよ」

と、言うルミナスに、グレースは笑顔で答えた。

「まあ、見えましたか。それは良かったですね。聖術の天使は、毎回見えるわけではないんです。術者本人にさえ、ただの光の球にしか見えないこともあるし、何も見えないこともありますからね」

「ええ。そう聞いたことがあります。僕はよほど運がいいみたいですね」

 例に漏れず、アルファも毎回は見えない。

 天使は人間と違い、肉体を持たない、魂のみの存在だ。

 人間が天使の姿を見ることができるかどうかは、各自の霊力に対する感度が大きく関わると言われている。感度が低い人間は、何度聖術を目にしても天使は見えないし、その気配さえも感じ取れないという。

 と言うことはつまり、ルミナスはそれなりに霊力の感度が高いということだろう。

「そう言えば――神官のカテドラル=オルウェイス氏は、確かソーラの村の出身だとか。もしかして――」

と言いかけて、ルミナスは待つようにエクルとグレースの顔を見た。

「父を知っているんですか?」

エクルが返事の代わりに問い返すと、ルミナスは笑って答えた。

「ああ、やっぱりお父上だったんですね。いえ、お会いしたことはなくて、噂で聞いたことがあるだけですけど」

 グレースの手前、先ほどまでに比べれば慇懃いんぎんでないものの、やはりルミナスはエクルに敬語を使っている。

「聖術の天才で――いろいろな村や町に出向いては、魔物から人々を救った、それは立派な方だったと」

 ()()()

 そう、エクルの父、ドラルことカテドラル=オルウェイスは、既に他界している。

 人々を救うために、霊力を酷使し、肉体の限界を超えて魔物と戦い続け、己の寿命を縮めてしまったのだ。亡くなってからもう五年になる。

 グレースと同様、穏やかで誠実で、ソーラの村人のみならず、余所の人々からも尊敬を集めていた。

 温厚な一方、使う聖術は強力で、アルファはドラルが、空からいかずちを下したり、地から天にも届こう火柱を上げ、魔物を一瞬で灰にしたのを見たことがある。グレースのほうは敵を倒すための術はあまり得意ではないのだが、ドラルはあらゆる聖術を使いこなした。

「この村の外でも、まだお父さんのこと、知ってる人がいるんだ……」

 嬉しそうにエクルが呟いた。

 ドラルの話になると、エクルはいつも嬉しそうな表情をする。エクルにとって、本当に大切な父親だったのだ。だが――エクルにとってドラルは、誇りであると同時に重圧でもあるだろう。その類稀なる聖術の才を、受け継ぐことができなかったのだから。

 ルミナスがエクルの呟きに答えた。

「カテドラル氏は有名ですから。でも、あなたがそのご息女とは」

 急に、エクルの表情が曇った。

「私は聖術すごく苦手で……」

 天才の娘なのに、という意味で言われたとエクルは受け取ったようだが、ルミナスの表情にも口調にも、馬鹿にしたようなところはない。案の定、

「いや、そうではなく。さすが、義人とうたわれたカテドラル氏の娘さんだなぁと。一目見てにじみ出るような清らかさが」

と、ルミナスは微笑んだ。

 出会いから口の減らない奴だ。アルファはまた苛立った。

「ルミナスさんっておもしろい方ですね」

 少しおっとりとしたところがあるグレースは、そう言ってくすりと笑ったが、エクルは、褒められたら褒められたで反応に困っているらしく、戸惑いの表情を浮かべている。

「そろそろうちに」

 アルファは玄関のほうにルミナスを促した。もう、傷は治してもらって用は済んだのだ。そうだ。父たちも待っているし、早く自宅に帰らないといけない。

「あ、そうだったね。案内よろしく」

 アルファが苛立っていることなど知る由もなく、ルミナスは笑顔を向けてきた。エクルに対するのと違い、うんとくだけた態度で。

 アルファはルミナスを先に外に出しつつ、再度グレースに礼を言い、エクルの家を後にしようとした。ふと思い出したことがあり、ルミナスに聞こえないように小声でエクルに声を掛けた。

「明日はいちの日だからな」

「うん、また明日ね」

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