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双星の光継者  作者: 明谷有記
第2章 サーチスワード編
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第29話 嫉妬心

「えー、まっさかー。俺あの方の浮いた噂一つ聞いたことないぜ?」

「いーや、確かに見たんだって! 相手がまた綺麗なでさぁ~」

「その話がホントなら親衛隊が荒れるだろうな」

 騎士団本部の廊下を行く団員たちが、ある噂話で盛り上がっている。

 柱の影でそれを聞いてしまったネカルは、腹立ちを禁じ得なかった。

「閣下! こちらにいらしたのですか」

 間が悪いことに、そこへ強盗事件の調査担当者が近づいてきた。

「ご報告申し上げます。意識不明だった騎士団長宅の倉庫番が目を覚ましました。しかし、残念ながら事件当時の記憶が抜け落ちてしまっているようで、何も覚えていないそうです。それと、エクレシアという少女に話を聞きましたが、特に収穫はありませんでした。少女は一ヵ月以上前からずっとルートホール家の屋敷で働き、一度も敷地外には出ていないと夫人も証言していますし、少年と共犯という線はありませんね」

 調査員は相変わらず、流れるように一方的に語る。

「またルートホール夫人は、少年が灰色ローブの人物を追いかけるのを目撃しています。それにフロリド商会の会長も最初の証言を覆し、犯行時刻の午後三時にはやはり少年は商会にいたと言っております。ですからローブの人物と少年が別人であることがますます明白に――」

「黙れーっ!!」

 苛々が募り、ネカルは廊下中に響き渡る怒鳴り声を上げた。ただでさえ虫の居所が悪い時に、あの偽光継者たちの話を出した奴が悪いのだ。

「もうそんな事件のことなんぞ私にとってはどうでも良い! 今はサーチスワードの現状をどう打開するかだーーっ!!」

 

 *

 

 サーチスワード邸の執務室にて。

「閣下、約束の時間に遅れ、大変申し訳ございませんでした」

 怒りに満ちた表情のネカルに、ルミナスは頭を下げて詫びた。ただ今の時刻は、午後五時半頃であろう。

 ルミナスは公園から急いで戻り、遅ればせながら騎士団会議に参席するつもりだったのだが、ネカルはルミナスが不在のため、会議の時間を夕食後に変更したらしい。

「……これまでお前が仕事の時間を守らなかったことなど、一度もなかった。だから何か深ーい事情があったのだろうと思っていたのだが――」

 ネカルは嫌味たらしく大きな溜息をつき、ルミナスが思いも掛けないことを言った。

「まったくいい度胸だな。第三大隊隊長という立場にありながら、職務を投げ出して逢い引きとは」

「え?」

 アイビキ……?

「あの、全く身に覚えが――」

「とぼけるな。団員が目撃していたぞ。お前が公園で、どこぞのメイドと手を握って見つめ合っていたとか何とか」

 公園で、メイドと手を――

 って、まさか!?

 エクルのことが脳裏に浮かび、ルミナスの顔は急激に熱を帯びた。

「見損なったぞ、ルミナス。サーチスワードがこんな状況だというのに、恋愛にうつつを抜かすとはな。まったく嘆かわしい。兄上が孤児と結婚したかと思ったらお前はメイドとか」

「ごっ、誤解ですっ」

 さりげなく両親の悪口まで言われたのは気が悪かったがそれより、ルミナスは焦って弁明を試みた。

「エクルは確かに可愛いし、いいだけどそんなんじゃ……!」

「フン。お前がそんなに必死になるとはますます怪しいわ。まぁ、取るに足らない女のために身を滅ぼさんようにせいぜい気をつけることだな。あぁそうそう、そう言えば義兄の屋敷では以前、メイドに手を出してクビになった男がいたとか聞いたことがあるなぁ」

 ネカルはルミナスにまた嫌味を吐き――

「って、ちょっと待て! 『エクル』とはあの偽光継者の小娘か!? どうして――!?」

ようやく思い出したらしい。

「……それが、街中でばったり会ってしまいまして」

 ネカルが興奮し出し、逆にルミナスは落ち着きを取り戻せた。

「聞きましたよ。騎士団長のご自宅の倉庫に強盗が入ったことも、その容疑者がアルファだということも。それほどの大事を、何故私に伏せておかれたのですか?」

 立場からすればあり得ないことだが、ルミナスはネカルを問い詰めた。

「何故ですか、閣下?」

 こういう時の自分の表情が恐ろしいことを、ルミナスは知っている。ネカルは追い詰められたように、しどろもどろになりながら答えた。

「そ、それは……お前がこれ以上偽光継者共と関わるのは思わしくないとの判断で……」

「なるほど。私をティジュラ地方まで遠征に行かせたのと同じ理由ですね」

「うぐ……っ」

 やはり図星だったらしい。

 だが、追い詰められると開き直るのがネカルという男だ。

「とっとにかく! 本当にもう連中と関わるのはやめろ……! 隊長としての役目をきちんと果たせ! 良いな!?」

 ルミナスはネカルの命令に、承諾も拒否も示さず沈黙した。

 

 *

 

 ねぇアルファ。

 アルファがああいう言い方をしたのは、私が頑張れるって、信じてくれてるからでしょ?

 そう思ってていいよね――

 

 白い鉄柵の外からルートホールの屋敷を見つめながら、エクルは大きく息を吸い、また大きく吐いた。

 よしっ。

 この屋敷で自分が決めたこと――それは、ルートホール家に心から仕えること。

 エクルは柵の内側に入って庭を渡り、気合を入れ、玄関の扉を開く。

「ただ今帰りまし――」

「エクレシアーっ!!」

 そこには、恐ろしい形相をしたルートホール夫人とステラが待ち構えていた。

「こんな時間まで一体どこほっつき歩いてたんですのー!?」

「外で仕事をサボるなんていい度胸ですわねぇ!?」

「そ、それは事情聴取で……」

 申し開きをしようにも、聞く夫人ではない。

「こんなに時間が掛かるとは思えませんの! 罰として今日も晩御飯抜き!!」

そう言って、夫人は奥に引き上げていく。

 そんな……

 アルファに会いに行ったり、ルミナスに話を聞いてもらったりはしたけれど、さぼるつもりじゃ……

「アナタのお仕事はたーんまりとっておいてあげましたわ! さっさと片付けるんですわね!!」

 ステラから追撃を受け、エクルは早々に心が折れそうになった。本当にまだここでやっていけるのかと、疑念が頭をよぎる。それでもエクルは、

「はい」

と、どうにか笑顔を作って答えた。

 ステラは呆れたような顔をし、

「フンッ!!」

ズカズカと螺旋階段を上って行ってしまった。

 ……とにかく、溜まった仕事をどうにかしないと。

 掃除用具のある部屋にエクルが重々しい心で向かっていると、後ろから声がした。

「――アンタ。もうここには戻って来ないかと思った……」

 ルッカだ。

「よく帰って来たな」

 ルッカはいつもの無愛想な顔ではなく、優しく笑ってくれた。

 それは一瞬で、言い終わるか終わらないかのうちに、さっさと背を向けて行ってしまったけれど。

「はいっ」

 エクルはルッカの背中に元気良く答えた。

 これだけでも、この屋敷に戻って来て良かったと心から思えた。

 

 

 エクルは知る由もなかった。

 先ほど公園でルミナスと一緒にいたところを買い物中のリタに目撃され、それをステラに告げ口されていたことなど……

 何よ、余裕ですわね!? ルミナス様にお会いできたから!?

 ルミナス様と手を握り合っていたなんて……もう絶ぇーっ対に赦しませんわ……!!

 ――という具合に、ステラの心の中に嫉妬の炎が燃え盛ってしまっていることなど……エクルはあいにく、夢にも知らなかった。

 

 *

 

 エクルに会った翌日、ルミナスはアルファに会いに罪人収容所にやって来た。

 騎士団の大隊長であり領主の甥でもあるルミナスが何故こんな所にと、看守たちはひどく驚いていたが、すぐに案内してくれた。

 面会室で椅子に掛けて待っていると、鉄格子の向こうの扉が開き、アルファが左右の腕を看守たちに掴まれながら入ってきた。アルファは煤色の作業着――囚人用の服を着せられている。足取りが怪しくずいぶん具合が悪そうだが、ルミナスを見ると大きな声を上げた。

「ルミナス……!? 遠征から戻ったのか……!?」

 どうやら、面会の相手を事前に知らされていなかったらしい。

「ルミナス様を呼び捨てに!?」

と、後ろで看守たちがざわついた。

 ルミナスは痣だらけのアルファの顔を眺め、言った。

「――……しばらく見ない間に貧相になったね」

「久々に会って第一声がそれかよ……」

 アルファは大儀そうに椅子に座りつつ、ルミナスを睨んできた。

「ごめん。元からだっけ?」

「あのな……仕方ねぇだろ。昨日っから熱が下がんねぇんだよ……施療室で寝かされてたのに、無理矢理起こされてここまで引っ張って来られたんだぞ……」

 看守たちはルミナス相手に、囚人ごときが病気だから断るという選択肢を持たなかったらしい。彼らは後ろでひたすら驚いている。

「ルミナス様にタメ口とは……三七三は何者だ?」

 アルファはうんざりした様子でルミナスに尋ねた。

「お前、まさか冷やかしに来たわけじゃないだろーな……?」

 冷やかしなんてとんでもない。ましてや病人相手に。

 だが、労いの言葉はとりあえず口にしない。

「なるほどね。エクルにそんな姿は見せたくないか。どうりで、『会いに来るな』なんて言うわけだ」

 もっと他に言い方があっただろうとは思うが、アルファらしいと言えばらしいかもしれない。

「エクルに会ったのか……!?」

 アルファは目の色を変えて訊いてくる。

「うん。これまでのあらましは聞いた。ずいぶん大変だったみたいだね」

 ルミナスが答えると、アルファは無言で俯いてしまった。

「所長、まずかったんじゃないですか? 三七三を拷問したの」

「あ、あれは領主様が……!」

 ……看守たちの声がうるさい。

「君たち、少し席を外してくれ」

「えっ、いや、しかし……」

 ルミナスの命令に当惑する看守たち。規則上、面会中は囚人に付き添っていなければならないのだろう。ルミナスは語気をやや強めて言った。

「いいから早く」

「ははっ」

 看守たちがそそくさと面会室から出て行ったのを見、ルミナスは若干反省しないでもなかった。権力に物を言わせる辺り、叔父ネカルに似てしまったかもしれないと。しかしまぁ、使えるものは使わねば。

 アルファはルミナスと二人だけになると、ようやく言葉を紡いだ。

「それで……その……エクルは……?」

 自分で『会いに来るな』と言っておいて、気になって仕方がない様子だ。

 ルミナスはここで意地の悪い冗談を言ってみる。

「カンカンに怒ってた。『アルファなんかもう知らない』って」

「……」

 おもしろい。アルファは項垂うなだれ、しなびた魚のようになってしまった。

「ってのは嘘」

「はぁ!?」

「でも……見てられないくらい泣いてた」

 一瞬だけ顔を上げたアルファは、また下を向いてしまった。

 エクルをあんなに泣かしたのはアルファ自身だ。反省するといい。

 でも……

 少し癪だが、ルミナスはエクルの言っていたことをアルファに教えてやった。

 

「……そっか……あいつ、そんなこと言ってたのか……」

 アルファは嬉しそうに呟いた。

 アルファのその表情が、ルミナスにはやはり何だか癪だったが……エクルに免じて良しとしよう。

「……ちょっとここまで来て」

 ルミナスは席を立ち、鉄格子の位置まで進んでアルファを呼んだ。

「来いって……」

「その顔じゃあんまりだから直してあげる」

 ルミナスは鉄格子の隙間からアルファへと腕を伸ばした。よろめきながら近づいてきたアルファの顔に治癒の法術を掛けると、痣はすっかり消え去った。

「ありがとう……」

 顔色はいまいちだが、素直に礼を言うアルファ。

「他に痛い所は? 拷問されたんだろう?」

「ああ、大丈夫だ……高熱出した時点で、ひどい怪我は施療室の法術士が治してくれたらしい……オレは意識なかったけど」

 囚人と言えど見殺しにするわけにはいかないため、収容所では最低限の治療はするのだ。もっとも、治癒の法術は病気にはあまり効果がないので直接熱を下げることはできないが、怪我が良くなればその分体力も回復する。

「じゃ、そろそろ帰るけど……この事件のこと、僕なりに調査してみるよ」

「へ?」

「無実なら、早く証明してこんな所出ないとね」

「あっありがとう、ルミナス……!」

「……別にお礼なんていいよ。それじゃ」

 ルミナスは収容所を後にしながら、心の内に思った。

 たぶん、どちらかと言うとエクルのためだ。

 それに――もし()()()……

 アルファとエクルは確かに光継者だと、ルミナスが庇っていたら――

 それでもネカルはあの二人を受け入れなかったかもしれないが、ルミナスが最後まで二人に味方してやっていれば、少なくとも、ここまで事態がこじれてしまうことはなかっただろう。

 けれど、ルミナスは騎士団での地位を剥奪されることを恐れ、保身のために……

 今の地位を失うわけにはいかなかった。自分は誰もが認める実績を積み、いずれは――次の領主として推戴されなければならないのだ。

 その野心を表に出したことはない。ネカルに従い、可能な限りトーラスを立てようとしてきた。だが、先代領主である父の後を継ぐのは、本来自分だったはずだ。それにあのトーラスにこの地を任せるには、やはりどうしても不安がある。

 ルミナスが領主になることを望むのは、第一にサーチスワードの領地と民を守りたいからであるが――ネカルに仕えてきた歳月の中で、いつしか気がついた。

 自分本来の性格は、誰かの下にいることを望まないのだと。少なくともサーチスワードにおいては何ものにもおびやかされず、頂点にありたいと――

 とりあえずサーチスワード邸へ戻る道を歩きながら、ルミナスは自嘲の笑みを浮かべた。

 あの二人をネカルの前で庇ってやらなかったことの他に、ルミナスはまだ、特にアルファに対してすまないと思っていることがある。

 アルファがアブレスの剣を抜けなかった時、ルミナスは驚くと共に、心のどこかで安堵していた。

 両親が命を懸けて守ろうとした大切な剣を、渡さずに済むと……

 それに、これも到底口にはできないが……正直、ルミナスはアルファの才能に嫉妬していた。

 両親を亡くした後、ルミナスは自分が弟とサーチスワードを守るのだと、血を吐きながら剣の修練に励み、魔族との命懸けの戦いに幾度も身を投じ、勝利を重ね、とうとう騎士団最強の剣士となった。

 これまで多くの先達を追い抜いてきたルミナスだったが、アルファに会って、初めて自分が他人から追い抜かれ得ると感じたのだ。

 それは屈辱であり、恐怖でもあった。ルミナスはそれを、認めたくなかった。

 だが。

 自分のその野心と執着と意地とが、どんなにあの二人を苦しめてしまっただろう……

 今なお、エクルとアルファが光継者であることを実証できるわけではない。確信が持てるわけではない。

 でも、一つだけ確かなことがある。

 あの二人が――信じたいと思える人間だということだ。

 

 

 




多忙のため、書き溜め分の推敲もなかなか進まないので、のんびり更新していきます。

 

(第二章の一番しんどい部分は通り過ぎたと思います)


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