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双星の光継者  作者: 明谷有記
第2章 サーチスワード編
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第27話 追い打ち

「エクレシア! さっさと廊下と階段を掃除するんですのよ! それが済んだら大広間ですの!」

「はい……」

 昼下がり、ルートホール夫人の命令に、エクルは力のない返事をして廊下掃除を始めた。

 とにかく気力がなかった。食事さえ億劫おっくうで、朝食も昼食も本当は食べたくなかったのに、体がまいってしまうからと仕方なく口に押し込んだのだった。

 いや、いっそ病気にでもなって寝込んでしまえれば……と、そんな思いも去来したりする。愚かで罰当たりには違いないけれど……

 廊下を通り掛かったルッカが、異様なものを見るような眼差しをエクルに向けてきた。

「……アンタ、どうしたんだ?」

「いえ、何も……」

 エクルが呟くように答えると、ルッカはそのまま通り過ぎて行った。

 朝から度々ルッカの視線を感じたけれど、自分はどんな表情をしているのだろう。あの淡泊なルッカがわざわざ声を掛けてくるなんて、よほどひどい顔なのかもしれない。

 とエクルは思ったが、すぐにどうでも良くなった。何かを考えるのも億劫だ。

 昨夜、宝物が破られているのを見つけてしまった時――この弱い心までズタズタになってしまったのだ。

 朝まで掛かって本を直したが、糊でくっつけたところで元のように戻るはずもなく、見るも無残だった。

 もういい。何も考えたくない。

 この屋敷に、この仕事に、何の喜びもやり甲斐もないけれど。悲しむ必要だってない。日々ただ操り人形のように作業をこなし、何も感じないようにすれば――

 エクルはそう思おうとしたが、目には涙が滲んできた。

 無理だ。

 人形じゃない。人には心があるのだから。耐えることができない。

 エクルは箒の長い柄を抱きしめるようにぎゅっと掴んだ。

 アルファ……今どこにいるの……?

 お願い、早く来て……でないと私――

 最初にこの屋敷に連れて来られて別れて以来、アルファは一度もここに顔を出してくれない。借金の額が大きくて稼ぐのが大変だし、何か事情があるのかもしれないけれど……エクルは少しでも会いたかった。

 絵皿を割ってしまったことで借金は倍近くに増え、それを知らないアルファがお金を作って持って来たとしても、たぶん全然足りない。だから自分がここから出られるのはまだまだ先だとわかっている。でも、せめてアルファの顔を見たい。

 そうしたらきっと、力がもらえる……

 その時。

 リンリンリン――

 鐘の音が響いた。玄関の呼び鈴だ。

 もしかして、アルファ――!?

 エクルは箒を放り出し、無我夢中で三階の廊下から螺旋階段を下っていった。

 が、エクルが二階と一階の境目まで下りた時、玄関の扉を開いて中に入って来たのは――

 待ち人ではなく、サーチスワード騎士団の制服を着た男性三人組だった。

 エクルは膝から力が抜け、危うく階段から足を踏み外しかけた。

 玄関の近くにいたルートホール夫人が騎士団員たちに応対し始めた。落胆のあまり、エクルは初め、何故騎士がここを訪れたのか疑問にも思わなかったし、夫人と何を話しているのかも聴こえなかった。

 しかし。

「――エクレシアなら確かにうちにいますのよ。ええ。一ヵ月と十日くらい前から」

 騎士らと夫人の会話に自分の名前が出てきたことに驚き、吸い寄せられるように再び階段を下る。

「ええ。灰色のローブの無礼者なら見ましたけど。エクレシアの連れの少年が追いかけていて――あの無礼者、このワタクシを突き飛ばして逃げていきましたのよ」

 団員の一人が夫人の話を聞きながら手帳に書き留めているが、どうしてその話をしているのか、エクルにはまるで呑み込めない。

「ああ、この娘がエクレシアですのよ」

 ふらふらと玄関までやって来たエクルを、夫人が騎士団員たちに示した。

 騎士たちはエクルを見、言った。

「アルファ=リライトという少年をご存知ですね? お話を伺いたいのでご同行願います」

 え――?

 

 *

 

 強盗事件の翌日午後、ネカルは執務室にて地図と睨めっこをしていた。

 先ほど、また新たな町が魔族の襲撃を受けたと報告が上がったのだ。

 魔族め、次から次へと休む暇なく……!

 このままでは胃に穴が開きそうだ。

 ところが、ネカルがそれほど深刻に悩んでいるところへ、

「父上! また新曲ができあがりました! どうか聴いてください!」

愚息トーラスが邪魔しにやって来た。

「馬鹿者! サーチスワードがこんな状況だというのに、お前は何を呑気に歌なんぞ歌っておるのだ!?」

 ネカルはカッとなって怒鳴りつけたが、トーラスは動じる風もなく、へらへらと締まりのない顔で答える。

「呑気なわけではありませんよ。サーチスワード騎士団の応援歌を作ったんですから! これを聴けば騎士たちの士気が上がること間違いなしです!」

 ……トーラスの音痴ぶりは、親であるネカルからしても全く庇いようがないほどひどい。もし間違って騎士たちがトーラスの歌を聴いてしまったら、士気が下がるばかりか体調まで崩しかねない。おそらくは下手な魔法よりも破壊力があり、凶器以外の何物でもない。

「いやぁ、何日も部屋に閉じこもったんですけど、初めはなかなかいい曲が作れなくて……でもそれがある時急に、ぱぁっと閃いたんです! 何て言うか、これはもう歴史に残る名曲――」

「ええい出て行けっ!! 私はお前に付き合う暇なんぞない!!」

 ネカルはトーラスを執務室から追い出し――嘆息した。

 認めたくはないが、育て方を間違えたらしい。一人息子だからと甘やかし過ぎたのだろうか。

 トーラスがルミナスのように有能であれば、どんなに頼もしかったことか……

 そこへ、ようやく喜ばしい知らせが入った。

「閣下、ルミナス様が遠征からお戻りになりました」

「おおっ、そうか!」

 ネカルは思わず、執務室から飛び出して階下まで迎えに出た。

 が。

 ルミナスの帰りを待ち兼ねていたのは、ネカルばかりではなかったようだ。

「ルミナス様~っ、お帰りなさーい!」

「私たちルミナス親衛隊一同、今回もどんなにお待ちしたことか!」

「もうどこにも行かないで~」

 メイドたちが館の入り口付近でルミナスを取り囲んでいた。

「いやー、まいったな~」

 あのお調子者の甥っ子は、娘たちに愛想のいい笑顔で媚びている。

 腹立たしさにネカルは声を荒らげた。

「ルミナス! こんな所で何油を売っておるのだ!?」

「申し訳ございません。帰って来るなり囲まれてしまいまして」

 ルミナスは相変わらず飄々(ひょうひょう)とし、口先だけの謝罪をした。憎らしいが頼もしくもある。トーラスもふてぶてしさではルミナスに通じるところがあるのだが……いや、比べても詮ないことである。

「ええい! 皆自分の持ち場へ戻らんか!」

「あ~ん、ルミナス様……」

 ネカルはメイドたちを追い払い、ルミナスを執務室に引っ張って行った。

「では、早速遠征の報告を――」

「もうそんなものはどうでも良い! どうせ楽勝だったのだろう!?」

「え、そりゃまぁ……」

「とにかく、サーチスワードが置かれている現状をどうにかしろ!!」

 机に着いたネカルはルミナスに、ここ一ヵ月の魔族たちの動向が記された騎士団の報告書を突き付けた。

「――ほう……これはまた……」

 机の前に立たせられたまま、報告書をパラパラめくりながら呟くルミナス。

「あちこち魔族の被害が広がって、確かに頭の痛い状況ですね」

「そうなのだ……」

「今特に攻められている北部はもちろんですが、西部の守りをもっと固めなければなりませんね」

 確かにそうだ。西部はザリアー地方を介して王都リュネットに繋がる。

「西部をやられてしまっては、王都との交流が絶たれ、経済的な打撃も避けられず、ますますサーチスワードの戦況は危うくなる……」

 ルミナスは報告書を机上に置き、引き続き意見を述べる。

「周辺に人員を割いて、肝心のここの防衛がおろそかになってしまうのは考えものですが……比較的魔族の少ない東部に派遣している隊を一部、こちらに下げてもいいかもしれません。それと、すぐに効果のあることではありませんが、団員たちの訓練を強化し、新団員も随時募集し、非常事態に備えなければ……」

 ルミナスが言うことはどれも至極当然の内容で、ある程度見識のある者ならば誰でも考えそうなことである。だが、それでもネカルは舌を巻いた。

 ルミナスは今、数十枚に及ぶ報告書を、読むと言うよりさらっと一度捲っただけだった。それでいて、しっかり報告書に目を通したネカルとほぼ同じ見解だった。

 しかも、それだけではない。

「『サーガ街道で隊商が襲われ、六名の犠牲者が出た』という二十一枚目の報告書――『犯人は魔族のコードであると思われる』とありますが、おそらく間違いかと。過去数回、コードによる被害報告が上がっていますが、それとの相違点が多過ぎます。『狸のような容貌の魔族』という点は一致していますが、コードは少人数の旅人しか襲いませんし、その際必ず『ラッシュの配下』だと名乗るはずですが、その記載がない。それにコードは金と物を差し出せば人命までは奪いません。殺人欲より物欲のほうが強いのに、今回その隊商は、荷物は全く盗られていませんしね」

「……ふむ……」

 ネカルは唖然としてしまった。言われてみれば確かにその通りなのだが、ネカルは全く気がつかなかった。物取りが趣味の小物魔族による過去の些細な被害など、ほとんど記憶していなかったのである。ルミナスはよくそこまで……ネカルは心の内でこっそり感心した。

 そしてルミナスはさらに、先ほどより踏み込んだ魔族対策案も提示してきた。

「思い切って、リトリーン村は捨てるべきかと。魔族の標的になる前に、予め住民たちを隣の町に移住させてしまうのです。村は廃墟になったとしても――村を守るために戦力を割き、いたずらに犠牲者を増やすよりは良いでしょう。その分、隣町の防備を強化できます」

 北部のリトリーンという名の村は、小さく何もない所だ。襲われる前から村を捨てろとは、村人たちからすれば非情とも取られかねないが……確かにそのほうが合理的であるだろう。それに、領民に生活の不自由を強いるとも、生命を保護することを何よりも優先しなければならない。

「……よし。そのことも含め、騎士団会議で検討しよう。五時からだ」

 ネカルが言うと、ルミナスは何故か、

「では、それまで少し出掛けてきます」

と答えた。

 はて、遠征から戻って来たばかりで、疲れているはずだが。

 それに、四時の鐘はまだだが、外出して五時までに帰って来るには、それほど時間の余裕はない……

 ネカルはいぶかったが、ふと思い出した。

 今日は亡き兄の――ルミナスの父親の誕生日だった。

 死んだ人間は歳を取れないし、ネカルにとって兄アークトゥルスは妬みの対象でしかなかったが……魔族への対応にかまけていたとは言え、忘れていたとは薄情であろうか。

 ルミナスは毎年、両親の命日と誕生日には墓参りを欠かさない。おそらく、この日に間に合うように急いで凱旋がいせんしたのだろう。

「さっさと行って来い! 必ず五時には戻るのだぞ」

 

 *

 

 鉄格子の中で、アルファは身の不調に悶えていた。

 怪我のせいか、痛みがあるのはもちろん、異様に頭が重い。それにひどく寒い。石の牢とは言え、季節はもう夏になるし、窓から陽が射して天気も良いはずなのに。

 体を起こしているのはつらいが、横になると石の床でますます体が冷えてしまう。アルファは寒気に体を震わせながら、膝を抱えて座っている。

 牢の手前側端には、二口、三口かじられたパン一つが乗った皿と、スープの入った器が置かれている。

 ……少し前、あの若い看守が再び来て、アルファの手枷を外し、昼食を置いていってくれた。昨夜も今朝も何も食べていなかったアルファにとっては、本来なら待ちに待った食事で、完食しても全然足りない量だったはずだ。だが、どうしても食欲が湧かず、ほとんど食べることができなかったのだ。

 と、そこへ。

「おーい三七三」

 あの看守が三度みたびやって来た。

「オレはアルファだって言ってんだろ……」

 と、力がないながら一応言い返す。が、看守は聞き流し、アルファが昼食の大部分を食べ残していることに気づく様子もなく言った。

「お前に面会だ」

「面会?」

 看守は鉄格子の鍵を外しながら、にやにやと笑う。

「そうそれも、すっごく可愛い女の子だぞ。服装からしてどっかのメイドさんだな」

 エクルだ……

 迎えに行ってやると言ったのに……こんな形で会うことになるなんて。これは、ネカルとの再会以上にばつが悪いかもしれない。

 それでも会いたいけれど――

 アルファは複雑な思いを抱えつつ、ハッとした。

「……なぁ、コレどうにかできないか?」

 アルファは牢から出ながら、魔法封じの首輪を指差して看守に尋ねてみる。

「無理だ」

と、案の定の回答をする看守。ただし、にっこり笑って快活に答えられたせいで、アルファは余計に腹が立った。

 そして、こんな情けない姿をエクルに見せなければならないのかと思うと、溜息が出た。

 看守はそんなアルファを面会場所へと案内しながら、陽気に声を掛けてくる。

「しっかし、お前も隅に置けないね。犯罪者の分際で」

「オレは無実だ! ……つーか、スミって何だ?」

「またまた~」

 どうやらこの看守、明るい性格らしいが、何を言いたいのかアルファにはいまいちわかりかねた。アルファは体の痛みとふらつきで、看守の後について収容所の廊下を歩いていくのがやっとだった。

 やがて看守が廊下の途中で立ち止まり、扉を開いた。

「この部屋だ。入れ」

 壁が白く、石の牢屋と違い陰気な雰囲気はないが、これまた狭い部屋だった。手前側に一脚の椅子が置かれ、その先には、鉄格子が見える。

 そしてその向こう側に――椅子に掛けている幼馴染の姿があった。

「アルファ……!」

 エクルはアルファを見るなり椅子から立ち上がった。

「お嬢さん! その椅子より前に出てはいけません……!」

 エクルの斜め後ろに立っていた付き添いらしい看守が制止を掛ける。エクルはその場に踏み止まったが、目から涙が溢れ出している。

「アルファその顔――! ひどい怪我! 大丈夫!?」

 アルファは自分では鏡を見ていないが、傷があるのはわかるし、たぶん痣とかもできて見るに堪えない状態なのだろう。

「ああ、大したことねぇ。落ち着けよ」

 アルファはいたたまれなさを感じながら声を掛けた。

「ちゃんと座ってください。ここでの決まりですので」

 看守に言われ、エクルは黙って再び椅子に腰掛け、アルファもまた、こちら側の看守から促されて椅子に座った。

 椅子に背もたれがあって良かったと密かに思いながら、アルファはだるい体を後ろに預け、改めてエクルを見た。

 メイドの衣装はなかなか似合っているが、エクルは目に見えて痩せてしまっていた。やつれたと言っても過言ではない。元々華奢な体格なのに……

 この一ヵ月半の間、エクルに何があったのか。あの屋敷でまともな扱いをしてもらえなかったことだけは明らかだった。

 エクルはポロポロと涙を流しながら言う。

「どうしてこんなことになっちゃったの……? アルファがそんな悪いことするはずないのに……」

 アルファは胸が塞がる思いだった。

「……いろいろ悪い条件が重なって、犯人に仕立て上げられちまったんだ。けど……オレは信じてる……必ず無実が認められて、ここから出られるって」

 エクルは答えなかった。それ以上何も言わず、俯き、声を殺して泣き続ける。

 そんなエクルに、アルファは何もしてやれない……

 その無力感の中、唐突に。

 アルファの視界はぼやけた。泣いているエクルの姿が、幾重にも見える。

 え……?

 目に映る全てが歪み、床が傾き、ゆっくりと大きく揺れ動く――いや、違う。これは――

 アルファは声を絞り出し、エクルに言った。

「帰れ」

 かすむ視界の中のエクルは顔を上げ、泣き腫らした目でこちらを見る。

「……ったく、こっちは身に覚えのねぇことでこんな所ぶち込まれて、ただでさえ憂鬱だってのに……お前にそんな風に泣かれたら、鬱陶しくてたまらねぇだろ」

 エクルの表情が凍りついた。

 アルファは席を立ち、エクルに背を向ける。

「帰れエクル。もう会いに来るな……」

 そう言い残し、アルファは唖然としているこちら側の看守の横をすり抜け、面会の部屋から出た。エクルを振り返ることもなく。

 これ以上、エクルの顔を見るのが怖かった。

「おっ、おい、三七三……!? ちょっと待てって……!」

 看守が慌てて追って来るのが声と足音でわかるが、アルファは無視して廊下を来た方向へと歩いていく。

 頼むから放っといてくれ。素直に牢に戻ってやるから……

「いいのか、あんな冷たい態度とって……あの、聴取の時『アルファはそんな人じゃない』って、お前のこと必死で庇ってたらしいぞ! あの娘がどうしてもお前に会いたいって言うから、やっと許可が下りたのに……! 恋人なんだろ? あーんな可愛い娘、大事にしないと他の男に取られちまうぞ!?」

 何訳のわからねぇこと言ってんだ……

「おい三七三! 人の話聞いてんのか!?」

 大きい声出すな。頭に響く――

 自分の牢の近くまで来た所で、アルファは倒れた。前のめりに勢いよく。瞼が下り、視界が閉ざされる。

「おいっ!? どうした三七三!?」

 アルファの額に、何か冷たいものが触れた。看守の手か。

「何だすごい熱があるじゃないか……! お前、さっきからずっと無理してたのか!?」

 看守の声を聴きながら、アルファは意識が遠のくのを感じた。

 ただエクルの青白い顔が頭に浮かぶ。

 エクル……ごめん……

 お前を守るって決めたのに……オレはこんな所にいて何もしてやれない……

 エクルはあの屋敷でひどい目に遭っているはずなのに、それをアルファに愚痴ることさえできなかったのだ。

 今のオレにはただ、お前の無事を祈ってやることしかできない……

 だからせめて、オレなんかの心配はするな……

 

 *

 

 ルミナスは両親の墓石に花を供え、サーチスワード邸への帰路にあった。

 五時から騎士団会議が始まる。それまでに準備もしておかなければならない。

 賑やかな町を足早に歩きながら、ルミナスはふと、あの二人のことを思い出した。

 少々ドジだが気立ての良い少女と、鬱陶しいほど負けず嫌いで努力家の少年。

 ルミナスは遠征中も度々あの二人のことが頭をよぎった。あの二人に味方してやらなかった罪悪感が、いまだに続いているのだ。

 だが、もし時間を巻き戻せるとしても――もう一度彼らを見送る前に戻れるとしても――果たして自分の選択は変わるだろうか。

 きっとまた、同じことを繰り返すだけだろう。彼らが本当に光継者であるか否か、その答えさえまだ出ない。

 けれど、何故こんなにも後味が悪いのか――

「わっ!?」

 ルミナスは思わず声を上げた。通りを歩いていて、突然人にぶつかってしまったのだ。

 ルミナス=トゥルスともあろう者が、何たる不覚。考え事なんてしながら歩くものではない。ぶつかった相手は尻餅をついてしまった。

「すみません、大丈夫ですか?」

 ルミナスは相手に――どこかのメイドらしい服装の女性に声を掛けた。

「いえ……こちらこそ……」

 痛かったのか、返答はいやにつらそうである。それに、聞いたことのあるような声……

 メイドが顔を上げ――ルミナスは彼女と顔を見合わせた。

 え……っ?

 ルミナスは目をしばたたいた。

 目の前にあるのは、よく知った顔だった。前より痩せてしまったようだが……月の精とも見紛うほどに美しい少女。

「エクル……? どうしてここに……?」

 

 

 


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