第23話 大市
サーチスワードの町を出発しておよそ半月、フロリド商会の隊商はザリアー地方へと入った。目指すトレイディールの町まではあと一息であるが、雨に見舞われ、またも隊商は宿で一日を過ごすこととなった。
護衛たちは手持ち無沙汰らしく部屋でごろごろしているが、商人たちは常に商いに余念がない。隊商宿には他の隊商も居合わせており、互いに商品の売買や情報交換をしているようだ。アルファは隊商宿の中庭の、屋根がついた場所で剣を振るいつつ、近くにある取引部屋に商人たちが出入りする様子を見ていた。
「さすがフロリドさん。いろいろ参考になりましたよ」
「いえいえ、こちらこそ」
いくつもある取引部屋の一つから、エドガーと相手の商人が出てきた。商談が終わったらしい。
「ではフロリドさん、お元気で。……何でも十日ほど前、ザリィル街道で隊商が魔族に襲撃されて、全滅したって噂ですからね。お互い用心しましょう」
愛想よく笑っていたエドガーの顔が、その話を聴いた途端に曇った。しかし、すぐにまた微笑んで別れの挨拶をする。
「ええ。ではまたお会いしましょう」
エドガーは相手を見送った後、また部屋の中に戻り扉を閉ざした。
そこへソフィアがやって来た。緊張した面持ちでエドガーのいる部屋へと入っていく。きっとまた、商売についての教えを請うためだろう。
だが――
「同じことを何度も言わせるな! 一度で覚えられないのか……!」
例によってエドガーの怒号が聴こえてきた。
「時間の無駄だ。商人になるのは諦めろ。お前は女だし――」
そして例のごとく言い返すソフィア。
「どうしてそうおっしゃるのですか!? 最近は騎士団でも女性が増えて活躍しているのをご存知ないと? それに私が家を継がなければ――」
「確かに性別は二の次かもしれん。才能があればな! だが、お前にはその才能がないんだ! ……大体、お前がのこのこ隊商にくっついて来たせいで、どれだけ周りが迷惑しているか――皆お前に気を使っているのがわからんのか? それなのにお前は自分がやりたいことばかり考えて……」
さすがにそれは言い過ぎではないだろうか。外で聞きながら、アルファは思わず素振りの手が止まってしまった。
同じ女性でも、ベラのような勇ましい女ならばともかく、ソフィアには皆やはり気を使っている。ソフィアはまだ若く、か弱く、貴族令嬢かつ会長の娘でもある。でも、迷惑だと感じている者がどれだけいるだろうか。彼女は自分の立場に甘えようとせず、彼女なりに下働きとしての役割を果たそうと努力しているし、明らかに誰かの足を引っ張ったり失敗したりしたこともない。
「お父様!! わたしはただ――!」
ソフィアは何かを言い掛け――けれど語ることなく、部屋から退出した。俯いて、近くにいるアルファに気づくこともなく、とぼとぼと二階へ続く階段に向かって歩いていった。自分の部屋に戻るのだろう。
やがて雨足が強まり、風も出てきて、中庭では屋根の下でも雨に濡れるようになってしまった。アルファは仕方なく素振りを終えて、護衛たちの休んでいる二階の部屋に戻ろうと階段を上った。
すると、廊下の先のほうにソフィアがいた。
「ソフィアさん?」
窓から外を眺めているらしいソフィアにアルファが声を掛けると、彼女はびくりとして振り向いた。
同時にアルファもぎくりとした。
ソフィアの頬には、涙が伝っていた。やはり、先ほどエドガーから言われたことはきつかったらしい。部屋に戻るとベラがいるから、ここで声もなく一人で泣いていたのだ。
彼女は慌てて涙を拭い、顔を赤くして下を向いた。
「……これはまた……恥ずかしいところを……」
「……いえ……」
何と言ってやればいいのか、アルファは迷った。
……エドガーはソフィアの商才がないない言うが、何がそんなに駄目なのかアルファにはよくわからなかった。エクルの聖術のように、努力では埋められないほど壊滅的なのか。たぶんそこまでひどくはないだろうと思うのだが、商売に関してアルファは素人だし、下手に励まそうとすれば余計なことを言ってしまいそうだ。
けれど、頑張っているのに父親に認めてもらえず苦しんでいる彼女を見ていると、こちらもつらいし、何か力になりたいとも思う。
アルファにできることはないかもしれないが、話をすれば少しはソフィアの心が軽くなるかもしれない。とりあえずアルファは、自分が気になっていたことをソフィアに尋ねてみた。
「ソフィアさんは、どうして商人になろうと思ったんですか?」
「それは……」
ソフィアは雨が叩きつける窓を見つめながら答えた。
「わたしには兄弟はいないんです。だから、わたししか父の後を継ぐ者がないんです」
「……じゃあ、商売が好きってわけじゃ……」
「好きか嫌いかなんて、考えたことありません。家を継ぐって、好みの問題ではないですよね……」
――そうか。個人よりも家を優先するという考え方は、ソーラレアもルナリルも同じらしい。貴族で大商人ならばなおさらだろう。早速余計なことを言ってしまった気がする。少しわざとらしいが話を変えてみよう。
「エドガーさんもソフィアさんも隊商に出たら、家で待ってるお母さんは一人で淋しがっていませんか?」
「……母は亡くなりました」
「……」
駄目だ……また余計なことを……
「病弱だったので……もう六年前です。ちょうどこんな雨の日で……」
その時のことを思い出すのだろう。ソフィアの目に再び涙が浮いた。声は雨音で掻き消されてしまいそうに儚い。
「父は……いつも商売のために家を空けていました……わたしが物心つく前から……母が亡くなった時も、父は隊商に出ていて……」
……ソフィアはエドガーのことを恨んでいるのだろうか。
いや、きっと――
その時。
廊下にいるアルファたちのすぐ背後で、部屋の扉が開いた。
「ソフィアお嬢様?」
部屋から出てきたベラは、ソフィアの涙に気づき――
「貴様……! お嬢様に何を……!?」
速攻でアルファに斬り掛かってきた。
「ベラ! 誤解です……!」
すぐにソフィアが止めたが、他の部屋からも宿泊客たちが出てきて、宿はちょっとした騒ぎになった。
その後ソフィアにはベラが付きっ切りとなり、アルファはソフィアと二人で話す機会がなかった。
*
ルートホール家では、エクルの戦いが今日も朝から始まっていた。
エクルが廊下の掃除をしていると、今まさに掃き終わった部分に、ゴミ箱を手にしたリタが中身を撒き散らしながら歩いていく。
えぇ!? そんなあからさまに!?
エクルが思わず目を丸くしていると、
「遅刻でーすわ……!」
廊下を走ってきたステラに体当たりされ、壁に叩きつけられた。ステラは気づかない振りをして階段を下っていく。
――ステラたちからの苛めは相も変わらず続いていた。
でも、神様、どうか見ていてください。これくらいのことで私は負けません!
エクルは痛みを堪え、リタの撒いたゴミを気合を入れて掃く。
が。
「忘れ物でーすわ!」
戻ってきたステラに再び弾き飛ばされ、倒れ込む。そして起き上がるより前に、
「本当に遅刻でーすわ……!!」
「ぐふっ!?」
忘れ物を手に突っ走るステラに背中を踏み付けていかれた。さらに、下の階にいる夫人から怒鳴られる。
「ちょっとエクレシア! バタバタうるさいですのよ!!」
私じゃないです……
何だか、一生懸命やればやるほど嫌がらせがひどくなっていくような気がする。
これくらいで挫けてちゃいけない――それはわかっているけれど、だんだん自分の心が枯れていくような……
ステラが学校に行っている間は少しだけ気が楽だが、その間もリタからは悩まされるし、夫人の人使いの荒さが変わることもない。それに残念ながらこの日学校は午前中だけで、ステラはすぐに帰ってきた。
学校から戻ると、ステラは必ず仕事をしているエクルの所に来て、何かと文句を言う。だからエクルはつい、ステラの学校が年中無休で朝から晩まで授業があればいいのにと思ってしまったり……
しかし、仕事にケチをつけられるのはエクルばかりではない。
「ちょっとルッカ! 衣裳部屋の掃除、今日はアナタでしたわね? ドレスの裾にちょっと埃がついていましたわよ! それと鏡が曇っていましたわ。そんなモノ見たら気分が下がってしまいますわよ!」
「申し訳ございません。以後気をつけます」
ルッカはいつものように無表情で淡々と言いながらステラに頭を下げた。
「まったくアナタ、料理以外は使えませんわね」
「ステラお嬢様、私にお任せくだされば完璧に仕上げますからね」
捨て台詞を吐いて立ち去るステラに、すかさずリタがくっついていく。彼女たちの後ろ姿を見送るルッカの表情は、静かな怒りに満ちていた。
その後、エクルはルッカと共に庭の掃除をするよう夫人から言いつけられた。
「はぁ……やってらんない……」
エクルと並んで庭の草をブチブチとむしりながら、ルッカが愚痴をこぼした。
「夫人もステラ嬢も人をコキ使うわイヤミっぽいわ、リタはステラ嬢に媚びてるわ……あー気分悪いったら……」
「……」
エクルは「そうですね」などとは答えられなかったが、確かにルッカも苦労しているのはわかる。この屋敷は、いるだけで大変なのだ。エクルの前任のメイドは、三日ともたずに辞めてしまったらしい。
けれど、エクルは一つ疑問に思った。そんなに嫌なのに、ルッカはどうしてここでの仕事を続けているのだろう。まさか、エクルと同じように借金があるとか……
「お姉ちゃん!」
急に声が聴こえ顔を上げると、ルートホール家を囲む白い柵の向こうに、十一、二歳の女の子の姿が見えた。
「エリカ!?」
ルッカが驚いた様子でその子に駆け寄った。そして、柵越しに言葉を交わす。
「なんでここに? ここの女主人は怖いんだぞ。見つかったらどんなに怒られるか――」
「どうしてもお姉ちゃんに会いたかったんだもん……」
少女が項垂れながら言うと、ルッカはこれまでエクルが見たことないような優しい顔をした。
「……そう、ありがとう……それで、母さんの具合はどう?」
「うん! お姉ちゃんが買ってくれた薬がよく効いたよ。最近は咳も減ったし、起き上がっていられる時間も増えたんだよ!」
「そっか、良かった……」
ルッカは安堵の表情を見せ、それから妹を急き立てた。
「じゃ、見つかる前にさっさと家に帰んな! 母さんのことよろしくな」
「うんっ、また来るからね!」
走り去る妹を、ルッカは手を振りながらずっと見送っていた。
エクルの疑問はあっと言う間に解かれた。
そっか……病気のお母さんと、小さな妹さんのために働いてるんだ……
大切な人のためだから、つらくても頑張れる。
――自分が今ここでこうしているのは?
誰のため? 何のため?
エクルは改めて自分に尋ねた。
ルートホール夫人のドレスを弁償して、旅を再開するため。
早く旅を再開して、光継者の使命を果たすため。
一緒に旅をする仲間のためでもある。
だけど……
自分はこれまで本当に一生懸命働いてきたけれど……
もしかしたらそれは、自分が怒られたくなくて、嫌われたくなくて、そのために必死になっていただけだったのかもしれない。
一生懸命頑張っていたのは結局、自分自身を守るためだったのかもしれない――
だからきっと、心が疲れて、力がなくなってしまうのだ。
でも、ルッカがそうであるように、自分以外のためならばもっと頑張れる気がする。
アルファと旅を再開して、光継者として魔族から人々を救う。だからアルファのため、人々のために頑張るのはもちろんだけれど――
この屋敷の人たちのために、心から尽くしてみよう。
今みたいに、自分の心が荒んでいるのを感じながらただ耐えるのではなく、自分が彼女たちを好きになって喜んで仕えることができたら。
もしかしたら、彼女たちと心を通わせることもできるかもしれない。
自分にとってそれが簡単なことではないとわかっているけれど、エクルは心に決めた。
とにかく、今のままでは良くない。自分が変わらなければいけないのだ。
*
ある日、サーチスワード騎士団本部会議室にて、緊急会議が開かれた。
騎士団長、副団長をはじめとした騎士団上位陣に、領主ネカルを加えた計十四名が、楕円形の大きな卓を囲んでいる。
「報告いたします」
第五大隊の隊長が重苦しい表情で口を開いた。
「北部の状況ですが、三つの町が魔族に襲われ被害が広まっております。駐在の団員たちが応戦しておりますが、既に数十名の犠牲者が出ております。おそらくラッシュが絡んでいるものと……」
「うむ……ラッシュか」
ネカルは唸った。
偽光継者たちに『ラッシュを倒したら光継者と認める』と戯れに言ったことがあったが、そのラッシュが、ここへ来て活動をさらに活発化させているらしい。
「南東部もここ半月で一段と魔族の出没数が増えております。このまま魔族を勢いづかせてしまえば、ゴウズの町やリーコールのような廃墟を新たに生み出すことになりかねません」
と、これは第六大隊の隊長。
ここ半月――
つまり、ルミナスを遠征に送った直後からだ。
連日のようにあちこちで魔族の被害。頭が痛くて敵わない。
こんなことなら、ルミナスを遠征なんぞに行かせるのではなかった。悔しいが、こういう時あの甥っ子は使えるのだ。
「ところで閣下、僭越ながら一つ気になっていることが……」
第九大隊の隊長が、ネカルの顔色を窺っている。
「何だ? 申せ」
「どうしてルミナス殿をティジュラ地方の遠征に?」
サーチスワード騎士団では、役職名か、上位同士では姓に『殿』をつけて呼ぶことが多いが、サーチスワード家の人間であるルミナスの場合は特別である。
この場には、騎士団長と副団長以下、第一大隊から第十二大隊までの隊長が集っている。第三大隊隊長であるルミナスも、遠征に出ていなければ当然この場に参席しているはずだった。
痛い所を突かれ、返答に窮しているネカルの胸の内を知ってか知らずか、大隊長たちはネカルに意見する。
「ティジュラ地方とは交流が深く、協力したいとお考えになるのももっともですが……聞けば、向こうの魔族の数も強さもそれほどのことはないとか」
「それは私も疑問に思っておりました。援軍を送ること自体もそうですが、ましてや騎士団最強のルミナス殿を派遣されるなど……」
騎士団上層部は皆、ネカルとその親族である団長、副団長に気を使ってはいるが、それでもなお、ルミナスに好意的な者も少なくない。
「黙れーっ!!」
ネカルは両手で卓を叩いて立ち上がり、騎士たちに向かって大喝した。
「私の決めたことに異存があるかっ!? 全団員総力を以って事態の収拾に当たれ……!!」
論に負ける時は、権力を振りかざすに限る。それがネカルの政治哲学だ。
*
フロリド商会の隊商は、ついに大市の開かれるトレイディールに到着した。
建物と言う建物が、土色の壁に赤茶色の屋根で統一されていた。もちろん大きさや形状に大なり小なり違いはあるのだが、どれも同じように見える。
古い町のため、大通りでさえ、大型馬車同士ではすれ違うのに困難な幅しかない。その上、二日後から開催される市の準備のために、多くの人々や荷車が忙しく行き交っており、商会の馬車は進行に若干苦労したが、市に際して道を守る役人たちがおり、彼らの誘導で無事に宿に到着した。
サーチスワード騎士団から派遣された護衛たちはこれで片道分の仕事を終え、この町を出る時までの長い自由時間を与えられたが、アルファにはまだやることがある。エドガーと部下二人が市の参加手続きを済ませた後、皆で取引所に商品を運んだ。
宿から取引所は路地を通れば近く、手押し車も使えたのでそれほど大変ではなかったが、アルファは石畳の擦り減り具合に歴史を感じたり、取引所にいた役人たちやザリアー騎士団の騎士たちの数の多さ――つまり商品に対する厳重さに感心したりした。
エドガーは従業員たちに指示を出しつつ、自らも荷を運ぶ。ソフィアは、ベラと宿に残り、馬車に残っている荷物の番を買って出た。自分が荷物運びをしても、結局力がなく役に立てないと思ったようだ。
――ソフィアは先日の一件以来、自ら父に近づこうとはしなくなっていた。下働きとしての雑用は続けているし、アルファや従業員たちとはこれまでと変わる様子なく接しているが、やはり父との確執はつらいらしい。
やがて、市に出す分の商品を全て運び終え、アルファも自由時間を与えられた。これから荷解きや商品の陳列などの作業もあるのだが、それは素人のアルファが手伝うより、商人たちだけでやったほうが効率が良いのだ。
後からソフィアがベラと共に取引所に来たが、影からこっそりエドガーたちが作業する様子を見ているばかりだった。アルファはどうしてやることもできず……仕方なくその場から立ち去り、宿の中庭で修行に励んだ。
二日後、トレイディール大市がついに始まった。
商人たちは朝から大忙しだが、アルファには手伝えることがない。他の護衛たちと市を見物することになった。
通りには露店がひしめき合い、人々がごった返している。取引所の建物内では主に商人同士の大口取引――卸売が行われているが、こちらは小売りで一般客が多い。それほど大きな町ではないのに、今は、アルファがサーチスワードの町で見た以上に賑わっている。もっとも、通りもさほど広くないから、なおさら混雑しているように見えるということもあるだろうが、それを差し引いても大変な活気だ。客引きの口上に、肩がぶつかったの足を踏まれたの怒鳴る声やら子供の泣き声やらが混じって、騒がしいなんてものではない。
市には各地から様々なものが集う。北方にしか生息しない獣の毛皮や、南の島でしか採れないという果物等、初めて見るものもたくさんあり、アルファは感心しきりだった。
「お、奥さんにお土産か?」
「新婚さんはいいねぇ。早く帰りたいだろ?」
護衛の一人が耳飾りを買い、仲間たちから冷やかされて顔を赤くしていた。
土産か……
両親や弟たちに何か買ってやりたいが……故郷に帰れるのなんて何年先になるかわからない。エクルに何か――
いや。わざわざ買うこともないか。どうせ借金を返して旅を再開したら、エクルとはいろんな場所を巡ることになるのだ。
第一、金がない。滞在費は商会負担だが、こんな個人の買い物は当然自費だ。エクルの財布を預かっているが、極力とっておくべきで、アルファはこれまで寄った町でも使わずに過ごした。
ここで、大好物の骨付き肉を焼いている露店を見つけてしまったが、アルファは涙を呑んで素通りした。
市が開かれている区画の隅のほうでは、曲芸や踊りなどが披露されており、本当にお祭り騒ぎだ。吟遊詩人が竪琴を掻き鳴らしながら双星の英雄譚を歌っていたのを聴いた時は……アルファは何とも言えない気持ちになってしまった。
その双星の光継者が、金策のために奔走しているなんて。
それに……
自分とエクルは、いつかこうやって歌い、語り継がれるような英雄になれるだろうか――
栄光を期待しているわけではない。重圧なのだ。英雄たり得る実績を立てられるか――使命を果たせるのか、ということが……常に。
一通り市を見物し終えて夕刻、護衛たちは酒場に入った。
「アルファさんも行きましょうよ」
「いえ! オレ未成年ですから……!」
護衛たちから誘われて、アルファは首を全力で横に振った。
「まぁまぁ堅いこと言わずに」
「俺がそれくらいの歳にはもう親父と一杯やってました」
「いやー、酔わせたらどうなるか見てみたいなぁ」
彼らは揃ってとんでもないことを言う。
「いえっ! 結構です……!!」
アルファは走って逃げた。
ルナリルの法律では飲酒が許されるのは十八歳からだ。大人になっても飲みたいとは微塵も思わないけれど。村では誰も飲んでいなかったし、不味過ぎる。匂いだけで吐きそうなのに冗談じゃない。
アルファは一人で宿に戻り、いつものように庭で素振りをした。




