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双星の光継者  作者: 明谷有記
第1章 召命編
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第5話 来訪者

 午後の授業では、アルファは始終爆睡してしまった。

 母の授業さえ気をつければ、あとは平和なものだ。他の教師たちは、アルファの日頃の苦労を思ってか、居眠りを見過ごしてくれるのである。

 学校の時間が終わり、友人たちが家路につく頃、アルファは森の中にやってきた。

 朝、父と手合わせしたのと同じ場所で、これから夕食の時間まで、また修行である。

 いつもは父が一緒だが、今は一人。父は、村を囲む柵にいたんでいる箇所を発見してしまったため、大工のロイと一緒に修復作業中なのだ。アルファも手伝うと言ったのだが、先に行って体を鍛えていろと言われてしまった。

 エクルも夕の修行を課されているが、村の入り口のすぐそば、つまり魔物が出てもすぐ逃げ込める場所で、薬草摘みをさせられている。アルーラ曰く、「足腰を鍛えるための修行だ」とのこと。

 それはさておき、言いつけ通り、アルファは腕立て伏せから始めた。

 ただ、父がいないので、たびたび小休止を挟む。

 別にさぼっているわけではない。どうせ父が来たらいつものごとく、うんときつい課題を与えられるのだ。少しくらいのんびりしていても、バチは当たらないだろう。もし休憩中に父が来てしまったら、ただでは済まないが。

 ――アルファにとって、アルーラは本当に怖い存在だ。

 けれど、それ以上に、誇りに思っている。

 父は、村長として常に村のために尽くしている。

 村を守るべく様々な対策を立て、みんなを鍛えて剣を教え、万一、村に魔物が入って来た時は、先頭に立ってそれを退治する。人手の足りない農場や牧場に、進んで手伝いに行くこともある。

 『困っている人がいたら助けるのが当然だ。自分に力があるなら、なおさらだ』

 アルファは幼い頃から父にそう言われてきたが、父はその言葉を自ら実践しているのだ。

 また、自分の力をより高めようと努力し続けている。父が忙しい合間を縫って密かに体を鍛えていることを、アルファはちゃんと知っている。

 父は、自分自身が強くあることで、ソーラの村を守ろうとし、また、息子を同じように育てようとしているのだ。息子にばかりでなく、自分にも厳しい父だ。そんな父にだからこそ、アルファは従ってこれたのだ。

 ――父はなかなかやって来ない。柵の修復に時間が掛かっているようだ。

 腹筋をしていたアルファは、つい、そのまま大の字になって寝転んだ。

 本当に疲れた。腹も減った。何度目かわからないが休憩だ。

 仰向けになったアルファの目に映るのは、茂った枝葉と、その隙間から覗く青い空。森の中に注ぐ光は弱くなってきたが、それでも春になってだいぶ日が伸びた。冬ならばもう暗くなっている頃だ。

 ひんやりとした風が、アルファの頬を撫でた。火照った体に心地良い。このまま眠ってしまいそうだ。

 でも、こんな場所で眠ってしまったら風邪を引く。今の季節、昼は暑いくらいのときもあるが、朝晩はまだ冷える。いや、それ以前に魔物の餌だ。それでなくても父に叱られるのが恐ろしい。仕方なくアルファは上体を起こした。

 風に吹かれながら、アルファはふと思った。

 もしかしたら、剣の腕において自分は、既に父を超えているかもしれない、と。

 毎日剣を交えながら、いまだ一度も、父に勝てたことはない。だが、負けているのでもなく、限りなく引き分けに近い勝負ができる。

 父と手合わせするのはいつも、腕立てや懸垂でさんざん疲労した後。そうでなければ、あるいは勝てるかもしれないとも思うのだ。

 それに、親に向かって剣を振るうのは、やはり心苦しい。父は自分の上達を望んでいるし、自分も本気で戦っているつもりではある。しかし、実はどこかで、全力を出し切れていないような気もする。

 そんな風に思うのは、ただの傲慢かもしれない。それにもし、本当に自分が父に対して力を抑えてしまっているのだとしたら、それは父への冒涜ぼうとくに他ならないだろう。

 命懸けと言って過言でないほどの気迫で自分に向かってくる父の中に、アルファはその思いを感じ取れる。父は、アルファが自分以上になることを願っているのだと。

 と。

 アルファは邪気を感じた。

 森の奥を見やると案の定、魔物がいた。熊のような化物が二頭。

 アルファは素早く立ち上がり、剣を抜き放つ。先に向かって来た一頭に、肩から一太刀浴びせ、続けざまにもう一頭を斬る。

 断末魔の声を上げ、魔物たちがバタバタと地に倒れた。傷口から黒い血を蒸発させながら、魔物たちはぴくりとも動かなくなった。

 ……今日はよく魔物が出るな。

 剣を鞘に収め、自分が仕留めた足元の二体を見ながら、アルファは溜息をついた。

「にしても、父さん遅い――」

独り言は途中で切れた。背後から邪気を感じて振り返る。

 油断していた。もう一頭、熊の魔物がいたのだ。アルファのすぐ後ろに。

 魔物はアルファに腕を伸ばしてきた。その爪先が、心臓に向かう。

 アルファは咄嗟に身をよじった。

「く……っ」

 魔物の爪がアルファの右の上腕をいだ。袖に四本の線が入り、そこから血が滲む。最悪の心臓直撃は免れたし、傷は深くない。が、これで終わりではない。

 アルファは魔物を見た。仲間を殺されたせいか、いきり立っている熊もどきは、唸り声を上げて再び向かってくる。

 アルファは急いで右手で剣を抜き、左手に持ち替えた。普段は両手で柄を握るが、右腕を負傷しているし、体育の授業の時のように、左手だけで剣を扱う訓練も受けている。

 アルファが反撃に出ようとした、その時――

 熊もどきの背後で、そのものとは違う殺気が生じた。

 次の瞬間、熊もどきの胸から、何かが飛び出した。

 何か。細く鋭い、刃の先端。

 そして一瞬のうちに、刃の先が熊もどきの体に引っ込む。魔物は胸から血を溢れさせながら、力なく倒れ――

 なんと、倒れた魔物の背後から、背の高い男の姿が現れた。

 男の右手には細身の剣が握られている。刀身に滴る黒い血が、しゅうしゅうと音を立てて蒸発していく。

 どうやら、その男が後ろから魔物を突き刺したようだ。アルファを助けてくれたのか。

 アルファは驚き、無言のまま男を見ていた。

 透き通るような青の瞳をした、非常に端整な顔立ちの青年だ。後ろで一つに結った、腰に届くほど長い黄金の髪が、風に吹かれて揺れている。

 村の者ではない。紫紺のマントを羽織り、左肩に大きな袋をかけている。旅人なのだろうか。

 歳は自分より上だろう。おそらく二十歳くらい。

 魔物を沈めた時に男が放ったその殺気に、アルファは鳥肌が立ってしまった。大概の魔物ならアルファも一撃で仕留められるが、この男の剣の鋭さは、その上を行っていると見える。

 ただ者ではない。その容姿は爽やかながら、どこか妖艶とも言える雰囲気をかもしていた。

「大丈夫かい?」

 青年がアルファに近づき、尋ねてきた。警戒心が解きほぐされるような、落ち着いた、柔らかな声で。

「はい、大丈夫です」

 やや戸惑いつつも、アルファは笑って答えた。

「助けてくださってありがとうございます」

とりあえず、丁寧に礼を言う。

「いや、僕が手を出すまでもなかったね。君、なかなか強いみたいだ」

と、青年は、自分が倒した熊もどき以外にも二体、地面に魔物の死骸が転がっているのを見ながら言った。

「……旅人さんですか?」

「まぁそんなところかな。あ、君ソーラの村の人だろう? 村まで案内してくれない?」

「え? 村に?」

 こんな田舎に客人は珍しい。ソーラの村へは、遠くの都市から役人たちが租税の取り立てに来るか、商魂(たくま)しい行商人たちが数ヶ月に一度訪れる程度だというのに。

「ちょっと人を探しに――」

「アルファ……!」

 青年が目的を答えかけたところに、少し離れた場所から声が掛かった。

「アルファ大丈夫!? 今の魔物の悲鳴は……!?」

 村のほうから、エクルが慌てた様子で駆けてくる。

「……あ。――あれ?」

 エクルは近づいてきながら、魔物たちの死体に気づいて安堵の表情を見せ、次に怪訝な顔をした。たぶん、アルファのそばに、見知らぬ青年が立っているからだ。

 エクルには状況が飲み込めないだろう。だが、アルファはそれを説明をせずに。

「何で来る!? オレが大丈夫じゃなかったらお前も魔物に殺されるだろーが!」

 つい、また大声でエクルに怒鳴った。人の心配をする前に、自分の身を守ってほしい。

「……でも……」

 まるで今朝の再現だ。エクルはつらそうな顔をしてうつむいてしまった。だけど、例えまた泣かれるとしても、ここはしっかり言い聞かせておくべきだ。

「何が『でも』だ」

「……だって……」

 と。エクルの視線が、アルファの左に逸れた。

 自分に向けられた視線に気がついたのだ。エクルが来てから無言だった青年が、今、食い入るようにエクルの顔を覗き込んでいる。信じられないものを目にしているような、驚愕の表情で。その青い瞳には、異様な光が灯っていた。

「あ、あの……? どうかしましたか?」

 恐る恐る、エクルが青年に尋ねる。彼は、一瞬我に返ったような表情をし――すぐに、にっこりとエクルに笑いかけた。

「まさか、こんなにすぐお会いできるとは……」

 声には感激がこもっている。

「え?」

 きょとんとするエクル。どういうことなのか、これはアルファにも飲み込めない。

わたくし、サーチスワード騎士団から参りました、ルミナス=トゥルスと申します」

 青年は、エクルに向かって礼をしながら自己紹介した。

「サーチスワード騎士団!?」

 アルファはびっくりして声を上げた。

 彼を相当の手練てだれだと見ていたが、それはあの大騎士団の団員だからなのか。

 ルミナスと名乗った青年は、驚くアルファには目もくれず、エクルに尋ねた。

「あなたのお名前は?」

「え? エクレシア……オルウェイス……です」

 エクルは戸惑いつつ答える。

 すると、ルミナスは片膝をついてこうべを垂れた。

「素敵なお名前ですね。お会いできて光栄です、エクレシア様」

 ――はぁ?

 アルファは呆気にとられた。エクルは戸惑いを超えて動揺しだした。

「えっ? えっ? どういうことですか? なんでそんな――」

 ルミナスはその端整な顔にさらに優美な笑みを浮かべ、言う。

「伝説の光継者にお会いしたとあらば、礼を尽くすのは当然ではありませんか」

『光継者……!?』

 アルファとエクルは同時に声を上げた。

「わ、私が……!? まさかそんな――!」

 エクルは激しく首を横に振り、助けを求めるように、アルファの顔を見てきた。

 だが、アルファ自身が動揺してしまっている。

 突然現れた余所者が、エクルを光継者だと言うのもわけがわからないが。ついでに、自分が光継者だと宣告されるあのおかしな夢のことを思い出してしまった。

「――何を根拠に、エクルが光継者だって言うんだ?」

 アルファはやっとで、ルミナスに尋ねた。が、ぞんざいな言い方になってしまった。普段のアルファなら、年長者には敬語を使う。初対面ならなおさらだが、やはり動揺しているらしい。

「そ、そうですよ。どうして私が……?」

 アルファの質問に、エクルが乗っかってきた。

 ルミナスは、

「どうしてそのようなご質問を?」

と、心底不思議そうに、エクルに問い返した。

「あなたが私をお呼びになったのではありませんか」

「え? 私が……呼んだ?」

「そう。あなたが私の夢の中に現れておっしゃったのです。『ソーラの村に光継者がいます』と」

 アルファの心臓が、どきりと脈打った。

 自分の夢に出てくる、エクルそっくりのあの少女の姿と声が、脳裏に浮かんで離れない。

「……夢……」」

 呆然と呟くエクルに、ルミナスは話を続ける。

「私は昔からよく、いわゆる予知夢を見ていました。もっとも、こういうお告げのたぐいの夢は初めてでしたし、最初は、ただの夢かと思っていたのです。しかし、数日に渡って同じ夢を見続け、さすがに無視できなくなってソーラに向かって来てみたところ――あなたにお会いしました。その瞬間に直感したのです。このお方こそ、光継者に違いないと」

 ルミナスはエクルの手を取り、自分の両手でぎゅっと握り締め、当惑しているエクルの目を見つめる。紳士的な表情で、真っすぐに、間近で。

 ――おい。

 突然、謎の苛立ちがアルファの中に湧き上がった。くだんの謎の夢のことは頭から吹き飛ぶ。

「ちょっと待てよ……!」

 アルファは、エクルの腕を引っ張りルミナスから離す。二人の間に割って入ると、ルミナスのほうを向いた。

「光継者ってのは超強くて魔族から世界を救う存在だろ!? けどエクルときたら、武器の扱いも魔法もてんで駄目で戦いの才能なんか全っ然ねぇ!! おまけにドジでトロくてマヌケだし! こんな奴が光継者なわけねーだろ!」

 もはや初対面もへったくれもなく、アルファは息つぎもそこそこに力説した。

「……ちょっとアルファ。そこまで言われると……」

 後ろから聴こえてくるエクルの声には怒気が滲んでいたが、とりあえず無視だ。

 ルミナスはしばし沈黙したが、

「――なるほど。エクレシア様にご自覚はなく、周囲の人々もその認識はないと」

冷静に言った。それから、またエクルに微笑む。

「ひとまず、私が村に同行させていただいてもよろしいでしょうか? 村に行けば、あなたが光継者であることを証明できるものが何かあるかもしれませんし」

 この男、あくまでもエクルは光継者だと言いたいらしい。

「だから! エクルは――」

「あ……! アルファ……!」

 アルファは再度ルミナスに抗議しかけたが、エクルの大きな声に阻まれた。

「この怪我、魔物に――?」

 腕の傷に気づかれた。さっき熊もどきに負わされたものだ。傷は浅く、血は既に止まっている。

「大したことねぇよ」

 もちろん痛いことは痛いが、これくらいは何てことない。

 が、エクルはアルファの傷を心配そうに眺め――その目を閉じ、祈りの形に指を組んだ。そして、ささやくように言葉を紡ぐ。


「愛に溢るる 我らがしゅ

 我 身も魂も主に捧ぎ 唯願う 主の手 我と共にあらんことを

 今ぞ天の使者 我が元へ遣わし給え」


 これは確か、癒しの魔法の呪文だ。

「やめとけって。お前どうせ失敗するし」

 アルファは止めたが、エクルは聞かずに詠唱を続ける。

 エクルの中に、見えざる力が流れ――組まれた指が、ほのかに発光する。


「癒し成す使いよ とく来たれ 

 感謝と歓喜の主の御業みわざ 今我らをしてここに臨ましむ

 主の慈悲 地にあまねく降り注ぎ 傷つきし者を救い給う――」


「『恵みの雨』!」

 エクルの指に宿った光が、小さな球となって、一瞬のうちにアルファの頭上に移った。その空中の光の球が、アルファの腕の傷に光の雨を降らせる。

 細やかな、光の雫。アルファはその腕に温もりを感じた。

 しかし、目に見えぬ力は唐突に霧散し、同時に、光の球も雨も消えてしまった。エクルが足元をふらつかせながら、手で頭を押さえた。

「ご、ごめん。アルファ……だめみたい。村に戻ったら、お母さんに治してもらおう」

 アルファの腕の傷はそのままだ。アルファは溜息をついた。

「だからやめろって言ったのに。ったく、いくら霊力が強くたって、うまく使えなきゃ意味ねぇだろが」

「う……」

 『霊力』――人間は『魂』と『肉体』とから成るが、魂に属する力のことをそう呼ぶ。

 そして、『魔法』というのは、その自らに宿る『霊力』を用いて何らかの現象を引き起こす技術のことだ。

 魂のない人間はないのだから、霊力は誰もが持っているものだ。

 しかし、それは内に宿る静なるもの。魔法に利用するためには、霊力を高め活性化させなければならない。魔法は術者の手から発することが多いため、普通、霊力を高める時は手に集中させる。

 先ほどのエクルの試みを例に出せば、手が発光していたのは、その霊力が高められ手に集められていたためだ。

 霊力を高める能力を持つ人間は限られる。そのため、誰しも霊力を持っていながら、魔法を使える者はそれほど多くはない。

 多くの人間は、霊力の存在を認識することさえなく生活しているのだ。

 では、エクルは霊力を高める能力がありながら、なぜ魔法が使えないのかと言うと、高めた霊力をうまく外部に放出することができないからだ。

 エクルは生来、強い霊力を持っている。それは、アルファにも感じ取れる。

 それなのに、魔法を使う際、手がわずかしか発光しないのも、光の雨が弱いのも、自体内の霊力を反映しきれないためだ。

 しかしエクルは、その強い霊力を頼みに、今も魔法に執着しているのである。

 ――実を言うと、アルファも、霊力が強いらしい。昔、エクルの父カテドラルから、そう言われたことがあった。でも、霊力を高めたり操ったりはできない。というか、剣の稽古に明け暮れ、魔法を習得しようと思ったこともない。

 霊力が強ければ、強力な魔法を使える一つの条件にはなるが、『霊力が強い=魔法の才能がある』のでは、決してない。どれだけ強い霊力を持っていようと、それをうまく操れなければ、魔法を使う上では意味がないのだ。

 そして、魔法の行使の際には、霊力と体力が共に消耗される。

 エクルの場合、霊力の操作がうまくいかず、特に治癒の魔法では、体力を大きく消耗するらしい。それで、魔法を使っては、たびたびよろめくのだ。

 魔法に失敗しては疲労し、また落ち込むエクルの姿にアルファは、呆れもし、気の毒にも思う。そして口を突いて出るのは、こんな言葉。

「学習能力ってもんがねーのか。魔法はもう諦めろって今朝言ったばっかだろ」

「……だって……」

 エクルはまたも下を向き、それ以上弁解できずに口をつぐんだ。

 しばらくアルファとエクルのやり取りを黙って見ていたルミナスが、エクルに尋ねた。

「先ほどの詠唱――もしや聖術せいじゅつですか? 天使の力を借りると言う」

「え……はい、失敗したけど……」

 エクルはばつが悪そうに答えた。

 エクルが試みたのは、天使の力を借りて行う魔法――『聖術』だ。

 魔法の力は、自己の高めた霊力と、()()()()を連結することによって形成される。霊力を何と連結させるかによって、魔法は大きく三種類に分類されている。

 『法術』、『聖術』、『黒魔術』の三種類。

 最も一般的な魔法が、法術。自分の霊力と自然界に宿る力を結びつける。自然界の法に則するとされる魔法だ。

 聖術は――自己の霊力と自然界の力に、さらに天使の力も結びつける。主に聖職者が使う魔法。

 そして、黒魔術。これは聖術と真逆で、悪魔の力を借りて行う魔法であり、禁呪である。

 しかし、ソーラの村では、これらの種類をきっちり区別して呼ぶことはあまりない。今、この村でまともに魔法を使えるのは、ただ一人、エクルの母しかいないし、その人が使うのは聖術だけなのだから。

 エクルはためらうように、ルミナスに訊いた。

「これでも私が光継者だって思います……?」

 エクルが聖術を使おうとしたのは、あくまでもアルファの傷を治したかったからで、自分の力のなさを示して、光継者ではないと主張するためではなかっただろうけれども。

 ルミナスは微笑みながら答えた。

「聖術は、魔法の中でも特に難しいと聞いております。それに、光継者の力というのは、聖術ではないでしょう」

「……光継者の『聖なる光』なんて、なおさら使えませんけど……」

エクルはますます疲れた顔になってそう反論したが。

「もう日も暮れてまいりましたね」

と、ルミナスは、落ち着いた様子で空や周囲を見渡す。

 確かに、いつの間にか辺りは薄暗くなってきているが――彼は、村に連れて行けと遠まわしに言っているようだ。どうしても、エクルを光継者にしたいらしい。

「はーーーーーっ」

 アルファは大きく息を吐いた。思い切り嫌味たらしく。エクルとルミナスが、同時にこちらを見てきた。

「帰るぞ、エクル。それと――」

アルファは、半ば睨むようにしてルミナスを見る。

「村の人たちの前でエクルのこと光継者とか言うなよ。変に思われるから」

「了解。そうしよう」

 ルミナスは笑って答えた。エクルに向ける紳士的な笑みではなく、したり顔だ。

 こんなわけのわからない余所者を村に入れるのはどうかと思ったが、もう日没が近い。ソーラの村の近くには人里などないし、追い返したのではあんまりだろう。

 ……ったく、仕方ねぇな。

 アルファはもう一度溜息をついた。


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