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双星の光継者  作者: 明谷有記
第2章 サーチスワード編
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第20話 フロリド商会

 ソフィアに案内され、アルファはノター通りを西に――つまり領主の館がある方向に戻りながら話を聞いた。

 ソフィアと並んで歩いているが、もちろんベラもすぐ後ろについて来ている。彼女は黙ってはいるが、先ほど負けたのを根に持っているのか、それともアルファがソフィアに害を与えるとでも思っているのか、敵意剥き出しの目でこちらを監視してくる。猛獣に睨まれているような気分だが、アルファはなるべく気にしないことにした。

 ところで話を聞くうちに、ソフィアは貴族の娘で、ベラはその侍女だとわかった。

 ネカル然り、ルートホール夫人然り、これまで貴族と関わってロクなことがなかったため、アルファは知らず身構えてしまったが、ソフィアは、

「貴族と言っても、うちは末席です。それに父は平民出身で、婿養子になるまではただの商人でしたし」

と屈託なく笑った。

 ソフィアの父親エドガーは結婚後『フロリド商会』を起こし、一代で成功を収めたらしい。このサーチスワードの町にも、近隣の他の町にも、いくつも店を持っているのだと聞くと、アルファは感嘆せずにいられなかった。

 ここからが本題だが、フロリド商会はこれから、遠方の町で開催される大市に参加するために隊商を出すので、その護衛を探していると言う。

 その遠方の町とは、サーチスワード地方の西隣、ザリアー地方にあるトレイディールだ。トレイディールは古くから商業都市として知られ、アルファも名前くらいは聞いたことがあった。

 アルファが後にしてきた故郷ソーラの村より、さらに西。さすがに遠い。

 報酬に惹かれてつい乗ってしまったが、もし護衛の仕事を引き受ければ、エクルをこの町に一人残して行くことになる。それは心苦しい。

 しかし、やはり断ったほうがいいかとアルファが考え始めた時には既に遅く、『フロリド商会』の看板が掲げられた建物の前まで来てしまっていた。

 それはノター通りに掛かるあの水路の橋を越え、南側の比較的広い路地に入ってしばらく進んだ所にあった。

 こちらは店舗ではなく、品物を管理する倉庫と事務所だそうだ。だから見映えはあまり考慮されていないのか、飾り気のない、あっさりした外観の建物だが、大商会のものだけあってやはり相当な大きさだった。

 ベラが正面扉を開いた。見ると、玄関の内装は意外に凝っていて、絵画や花も飾られていた。事務所でも客が来ることがあるのだろう。アルファがソフィアについて建物内に入ると、奥から従業員らしき男が出てきた。

「これはソフィアお嬢様、どうしてこちらに?」

「父は――会長はどちらに?」

「ただ今お出掛け中ですが……」

「そうですか……では、少しお邪魔させていただきます」

 ソフィアが奥へと歩き出したので、アルファはベラと共に続いた。

 廊下を進み、従業員たちが机で帳簿らしきものをつけている部屋の前を通り過ぎ、廊下の突き当りにある扉を開け、広い中庭に出た。

 前面左側に、二台の大型馬車が見えた。従業員たちが声を掛け合いながら、馬車に荷物を積み込んでいる。

 中庭を囲っている壁には、番号の書かれた扉が一定の間隔ごとにあるが、その一つ一つが倉庫になっているらしい。十番まである扉のうち、三つが開かれ、そこから荷物が馬車へと運び出されている。建物から屋根が大きく張り出しているため、雨の日でも風さえなければ、荷物も人も濡れずに済みそうだ。

 中庭の一番奥、正面の壁には、大きな扉が見える。馬車が道に出るための扉だろう。その右側には馬屋のようなものも見える。

 ――えっ?

 アルファは広い中庭の前方ばかりに目が行っていたが、真横のほう――右手側の隅に、あるものを見つけた。

 周辺を植え込みや花壇に囲まれたそこは、どうやらちょっとした休憩所らしく、テーブル三台と、それぞれに四脚ずつ椅子が置かれているが――

 なんとそこに、サーチスワード騎士団の制服を着た者たちが座っているのだ。十人ほどおり、それぞれ飲み物を手に、何やら談笑しているようだ。

 何でこんな所に騎士団員が、とアルファが驚いていると、ソフィアが説明してくれた。

「今回、隊商の護衛をあの方たちにしていただくことになっているんです」

 領主所有の騎士団が商人の手伝いなどをすることに、アルファはさらに驚いたが、規模の大きい隊商に騎士団から護衛が派遣されるのは、珍しいことではないらしい。

 隊商が魔族や盗賊で被害を受けると、経済活動の衰退に繋がり、税収が減って領主にとっても損失となるので、保護することになっているのだそうだ。ただし無償ではなく、護衛料を取るという。領主は商人たちに安全を提供し、護衛料と税収を得られるのだ。

「でも、もう護衛がいるなら自分が出る幕はないんじゃ……」

 アルファが言うと、ソフィアは首を振った。

「いいえ、数が足りないんです。どうぞ一緒にこちらへ」

 ソフィアが騎士団員たちに向かって歩いていくので、アルファも言われた通りついていった。ソフィアは騎士団員の一人に声を掛ける。

「隊長さん、例のお話はどうなりました?」

「おや、これはこれはソフィアお嬢様」

 団員の中で一番年上と見える男が、大袈裟な動作で立ち上がり、ソフィアの前に進み出た。体格はそこそこいいが、髪は薄い。がたいの割に柔和な顔をしているが、浮かべているのは明らかに作った笑みで、何だかちぐはぐした印象の男だ。五十くらいに見えるが、もしかしたら髪が淋しいだけで、実際はもっと若いのかもしれない。

 隊長と呼ばれたその男が、ソフィアの質問に答えた。

「お父上がおっしゃっていた件ですね? 護衛の数が少ないからせめてあと二、三人増やせと……しかしですね、騎士団としてもそんなに人手に余裕があるわけではありませんし、これ以上こちらの隊商に人員を割けないのですよ。出発はもう明日に迫っていますし、護衛料を上乗せしていただいても無理なものは無理です。ご理解を――」

「それは良かった。素晴らしい護衛を見つけましたので。この方です」

 ソフィアがアルファを振り返り、手の平で示して紹介する。

「え?」

 隊長はアルファを見るなり目を丸くし、周りの団員たちもざわついた。そして隊長は苦笑しながら言う。

「ご冗談を。こんな子供がどうして護衛など。足手まといになるだけです」

 このヤロー……

 アルファは隊長を睨みつけた。同じ日に二度も子供呼ばわりされ、足手まといとまで言われ怒り倍増だ。様子見で黙っているが、奴に一泡吹かせてやりたい気分になった。

「では、一戦お相手を」

と、にっこり笑って提案するソフィアに、

「仕方ありませんねぇ。無駄だと思いますが、それで納得していただけるなら」

と余裕で剣を抜く隊長。

 建物とも観衆とも距離を取り、アルファは隊長と剣を構えて向かい合った。

 

 結果は、アルファの圧勝だった。

 まず、アルファは勝負開始の合図と共に一瞬で隊長との間合いを詰め、一撃で彼の剣を弾き飛ばした。

 だが隊長は剣を拾って握り直すと、

「ま、まだだっ! 今のはほんの小手調べだ。次は本気を出させてもらう……!」

などと言い、霊力を高め出した。

 彼が霊技使いらしいので、それならと、アルファも霊力を高めた。

 ――ルミナスに霊技を教わった数日のうちに、アルファは霊技の基礎はどうにか習得できた。

 アルファがこれまでに最も霊力の高まりを感じたのは、言うまでもなく光の天使フレイムが現れた時だ。けれどその直前、つまり光の天使の力が交わる前の、アルファ自身のみの霊力も、自分で驚愕するほど大きかった。その時の自身の霊力を十とすると、現段階でアルファが意識的に高められる霊力は、まだ六割程度だ。

 だが――

 隊長はアルファの霊力を感じたのだろう。その表情に驚きと慄きがはしった。

 が、アルファは迷いなく、高めた霊力を剣に乗せ、後ずさる相手の剣に振り下ろす。

 彼の剣は真ん中でへし折れ、宙を回転した後、誰もいない馬屋前に落下した。

 沈黙が落ちる。商会の従業員たちまで、積み荷の作業を中断してこちらに注目している。 最初に口を開いたのは、ソフィアだった。

「とても強い霊力をお持ちなんですね……」

 感心した様子で、アルファをじっと見つめてくる。どうやら彼女は、霊力に対する感度を持っているらしい。

「霊力の維持ができないから、一撃限りですけど……」

 買いかぶられても困るので、アルファは正直に言った。

 今のアルファは、一度の攻撃で高めた霊力を全て放出してしまい、保つことができない。一度霊力を放出した後、再び高めるのに時間が掛かってしまうため、魔族との実戦では使えない。一撃必殺ならばいいが、敵を仕留め損なった瞬間から自分に危険が及ぶことになる。

 あとひと月――せめて数日でもルミナスと稽古を続けられれば、きっともっと違っていたとは思うのだが、それも今さらの話だ。

 ソフィアの横に立つベラもまたアルファを注視しているが、言葉はない。その顔には驚嘆と警戒――恐怖心に近いものが表れていた。騎士団員たちの多くも同じような表情だが、ソフィアより彼らの反応のほうが自然だろう。

 この隊長が騎士団全体の中でどの程度の地位なのか。前線ではなく隊商の護衛に回されるくらいだから、たぶんそこまでの実力者ではないだろうが、それでも隊の長なのだ。それが、どこからともなく現れた得体の知れない『子供』に惨敗させられてしまった。そんな場面を見たら、彼らがアルファを恐れたとしても、無理からぬことだろう。

 もちろんアルファはそんな視線を向けられたくはないが、残念ながら自業自得だ。隊長の態度が気に食わず、ついムキになってしまった。認めたくはないが……それこそ『子供』なのかもしれない。

 隊長の衝撃は相当大きかったらしく、あんぐりと口を開け、自分の剣を握りしめたまま、折れた部分を呆然と見つめている。

 悪いことしたなー……

「あの……」

 アルファが声を掛けると、

「おっ、お見それしました……!」

隊長は両手両膝を地について、アルファに頭を下げてきた。

 え……そこまでしなくても……

 髪が薄いのが余計に目立っている。

「あの、顔上げてください……」

「いいえ、私が悪うございました……! どうぞ護衛に加わり、非力な我々にお力をお貸しください……!」

 手の平返し過ぎだ。自分も悪かったが、彼のあまりの卑屈さに呆れた。騎士としての誇りとかないのだろうか。それも部下の団員たちの前だというのに。

「あの、もしやご高名な戦士様では?」

 隊長はすっくと立ち上がり、追従ついしょう笑いを浮かべながら寄ってくる。

「あー、全然」

 アルファは苦々しく思いながら投げ遣りに答えた。

 今のところ、アルファは無名の田舎の少年に過ぎない。

 本当は光継者ではあるが――何事も成せないまま、旅の序盤からつまづいてしまったのだ。

 光継者などと言っても、誰が信じるだろう。現実、金に困って仕事を探す身であり、とても話す気になれない。

「隊長。申し上げにくいのですが……」

 団員の一人が、情けない上官に意見を述べた。

「いくら手練てだれとは言え……よく知らない人間が突然混じると、統率が乱れる可能性もありますし……その、信頼の問題も……」

 遠慮がちに言っているが、素性も知れない人間が加わることに不安があるのだ。

「失礼なことを言うな……!」

 隊長はその団員を一喝し、アルファの機嫌を取ろうとする。

「いやいや、気にしないでください。まったく、うちの部下バカが失礼なことを申しまして」

 バカはあんただ……

 アルファは隊長にうんざりした。部下の指摘は、至極当然のものだと思う。

 今度はソフィアが団員たちに向かって言った。

「大丈夫です。アルファさんはわたしが困っているところを助けてくださったのですから」

「しかし、それだけでは……」

 戸惑っている団員たちに、ソフィアは微笑みながら言葉を足す。

「霊力は人柄を映すと言います。あの霊力を感じれば、アルファさんが良い方であるのは疑いようがありません」

 ……そう言ってくれるのはありがたいが、この娘はどうしてそんなにアルファの肩を持つのだろう。

「確かにそうですね」

 団員の一人がソフィアに同意した。

「多少荒々しさも感じましたが……隊長が失礼なことを言ったのもありますし。これほど真っ直ぐな霊力を持った方は……ちょっとお会いしたことがありませんよ」

 別の団員たちがそれに答える。

「そうは言うが……この護衛隊で霊力を感知できるのは、霊技を使える隊長と法術士のお前ぐらいだし……」

「まあ、そこまで言うんなら、そうなんだろうけどな……」

 また別の団員が、アルファの顔を見ながらおずおずと質問してきた。

「あのー……違っていたら申し訳ないんですが、もしかして今朝、騎士団本部の庭にいらっしゃいませんでしたか?」

「え? ああ、いましたけど……」

 今朝、アルファは確かにあそこにいた。けれど、その後数時間のうちに事態が目まぐるしく変化して……何だかもう、数ヵ月も前のことのように感じられる。

「やっぱり! あのルミナス様とご一緒のところをお見かけしましたよ!」

 その団員の発言に、周囲が大きく反応する。

「え? ルミナス様と!?」

「……一応友人なので」

 少し迷ったが、アルファはそう答えた。ルミナスは嫌がるかもしれないけれど、他に説明の仕様がないのだ。

「そうだったんですか……」

 ソフィアもベラも騎士団員たちも、皆驚きの顔を見せた。

「いやぁ、それならそうと初めからおっしゃってくださいよ! そうと知っていたなら、小生があんなご無礼を働くことはございませんでしたのに!」

と隊長。

 どこまで卑屈なんだ。この人……

 とにかく、これで信頼の問題は解決したようだ。

 しかしそれ以前に、アルファはまだ、護衛の仕事を引き受けることを決めかねている。成り行きでここまで来て隊長と勝負までしてしまったが、やはりエクルが心配なのだ。

「……ここでいろいろ話していてもあまり意味はないかと」

 黙っていたベラがソフィアに向かって言う。

「やはり彼を護衛として雇うかどうかは、会長が決められること――」

「私がどうかしたかね?」

 落ち着いた低い声に、皆が振り返る。

 先ほどアルファたちがこの中庭に出た扉から、一人の男が現れた。

 中背でやや太め、四十代半ばくらいの穏やかそうな顔をした男だ。顔だけ見ればどこにでもいそうなオジサンなのだが、着ているものは上から下まで上物だ。それでも何故か違和感はなく、不思議と似合っていた。

「お父様――」

 ソフィアが呟く。

「会長、お帰りなさいませ」

 ベラや周りの従業員たちも挨拶する。

 どうやらこの人物が、ソフィアの父でフロリド商会会長のエドガーらしい。

 ……ソフィアと同じく黒い髪に青い瞳だが、顔は全然似ていない。きっとソフィアは母親似なのだろう。

「……どうしてお前がここにいる?」

 エドガーに怪訝そうに尋ねられ、ソフィアはどうしてか緊張した表情で答える。

「護衛をしていただける方を見つけて、お連れしました」

「護衛を?」

「こちらです」

 ソフィアに紹介されたアルファを見て、エドガーは微笑し、試すように言った。

「これはまた、ずいぶんお若いようだが」

 その微笑に嫌味はなかった。本当は不審に思っているのかもしれないけれど、たぶん、様々な駆け引きを行う商人としては、相手の前で心の内をあからさまに顔に出してはいけないのだろう。『子供』と言わないだけ、アルファはエドガーに好感が持てた。

「いやぁ、こちらのアルファさんは、我々騎士団員が束になっても敵わないほどの腕をお持ちで、人柄も申し分ない方です! 契約しない手はありませんよ~」

 隊長のわざとらしい推薦は半分聞き流すようにし、エドガーは他の団員たちの話も聞きながら、アルファを雇うと言ってくれた。ソフィアが何か口を出すまでもなかった。

 アルファは建物内の応接室に案内され、そこでエドガーと二人で護衛に関する条件を詰め、契約を結んだ。

 アルファに提示された条件は――

 隊商の人員と荷物の護衛、及び荷物の運搬と積み下ろしを行うこと。

 隊商の指揮は、騎士団から派遣された護衛隊の隊長が執り、その指示に従うこと。

 荷物の扱いはエドガー及びその部下に従うこと。――会長であるエドガー自ら隊商に出て、従業員たちを率いるようだ。

 宿代、食費等、護衛に掛かる費用については商会が負担すること。

 負傷したり万一命を落とすことがあっても自己責任であるということも念を押されたが、護衛というのはそういうものだろう。規模が全然違うとは言え、アルファは毎月、隣町へ商売に行く村人たちの護衛をしてきた。元から魔族と戦うのが当たり前の身であるし、数日ながらソーラの村からサーチスワードの町までは旅をしてきた。今回の護衛もその延長線上に考えているから、特に怖いとも難しそうだとも感じない。あまり軽く見るのも問題だろうが、多少危険であろうと避ける気はなかった。

 その他、ルミナスの友人であっても特別扱いはしないこと等々、取り決めはいろいろあったが、その辺りアルファは最初から期待もしていないし、別にどうでも良いことだった。

 アルファの最大の関心は、何と言っても報酬だ。

 エドガーが示した額は――三万八千リル。支払いは隊商が無事サーチスワードに戻ってからのことだが、働き具合、貢献の度合いによっては、さらにくれるという。

 この金額が決め手となり、アルファは護衛を引き受けることに決めたのだ。

 五万リルには届かないけれど悪い話ではない。町の商店でちまちま稼ぐよりはよほど効率が良く、剣技も活かせる。エクルを置いてサーチスワードを離れるのは忍びないが、結果的にそれで早く迎えに行けるなら、そのほうがいいだろう。

 ソフィアもそうだがエドガーも、貴族だとか金持ちだからという傲慢な雰囲気がなくて良かった。平民出身だからかもしれないけれど……どこかの夫人も彼らを見習ってほしいと思わずにはいられなかった。

 契約書に署名をし、アルファはエドガーと共に、皆のいる中庭に戻った。収入の当てができ、ホッとしていたのだが、ここでちょっとした事件が勃発した。

 なんと、ソフィアが隊商に同行すると言い出し、エドガーと揉めたのだ。

「何!? お前が隊商に!? 何故そうなる!?」

 エドガーはそれまでの穏やかな表情を一変させて大声を出したが、ソフィアはひるまず、少し険のある視線をエドガーに返す。

「お父様は昔、わたしが十六になったら一緒に行ってもいいとおっしゃいました」

「あれは――」

「まさか、娘との約束を反故ほごになさるのですか?」

「学校はどうするんだ!?」

「数ヵ月先の学習内容まで、家庭教師から履修済みです。わたしがそうやって努力をしてきたのは、ひとえにお父様が約束を守ってくださると信じたからですが」

「……お前がついてきて何になる? 魔族がどんなに危険か――」

「わたしも商売のことを学びたいのです。わたしは少しですが法術を習得しました。武器も魔法もお使いになれないお父様は、さらに危険なのではありませんか?」

「何だと? 生意気な……いいか、私は許さんぞ。商売を学ぶなら町の中でもできる――」

「外で経験を積むべきです。わたしにそうおっしゃるならば言わせていただきますが、お父様こそ、会長の身であられながら今さら自ら隊商に出られる必然性はないはずです。それを性分とおっしゃるならば、わたしが外を見てみたいと思うのも性分なのでしょう」

 よく口の回るソフィアにエドガーはすっかり上気し、

「勝手にしろ……!」

と吐き捨て、建物内に戻っていってしまった。

「会長……」

「お嬢様……」

 周囲が困ったような声を出す。「またケンカですか……」と小声で呟く者もあった。

 ソフィアは淑やかそうに見えて、父親に対してはずいぶん反抗的なようだ。親に逆らうなんて、アルファからすると信じられないのだが……

 アルファと目が合うと、ソフィアは顔を赤くした。

「これは恥ずかしいところを……では、わたしは家に戻りますので。また明日お会いしましょう」

 ソフィアは侍女ベラを伴って、近くにあるという自宅に帰っていった。

 その後、アルファは商会の従業員たちを手伝った。隊商で運ぶ商品を馬車に積む作業だ。

 日暮れ頃まで掛かって積み荷の作業を終えると、夕食が提供された。商会の食堂で従業員たちや護衛の騎士団員たちと共に食べ、商会にある宿直室で、彼らと共に眠った。食事も部屋も質素だったが、悪くはなかった。




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