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双星の光継者  作者: 明谷有記
第2章 サーチスワード編
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第19話 職探し

 エクルはルートホール夫人に案内され、三階の廊下の東端に着いた。

 人が一人通るのがやっとと見えるやけに小さな扉があり、夫人がそれを開く。

「ここがアナタの部屋ですの」

 中は真っ暗だったけれど、夫人が光玉をかざすと、扉のすぐ内側から上り階段が伸びているのが見えた。階段は扉と同じ幅しかないのに加え、両側から壁に挟まれて非常に狭苦しいが、階段の先で、天井が正方形に口を開いている。

 この屋敷は外観上三階までだった。つまりエクルに与えられる部屋というのは、どうやら屋根裏部屋らしい。

「一人部屋だから好きに使っていいですのよ。部屋にある調度品も。それじゃ、さっさと着替えて下に来るんですのよ。早速仕事をしてもらいますから」

 夫人はエクルにメイドの制服と光玉を渡すと、歩いてきた廊下を引き返し、螺旋階段を下りていった。

 なるべく急ごうと思いながら、エクルは光玉で照らしながら急勾配の階段を上った。そして開口部から屋根裏部屋の中に入り、驚いた。

 その狭さと、あまりの汚さに。

 面積そのものは、実家のエクルの部屋の倍はある。けれど、そこにはたくさんの木箱が積まれ、古ぼけた家具が無造作に置かれているし、天井も低い。東側から部屋の半分までは屋根の傾斜があり、空間を圧迫している。高いほうの天井も、立っていれば頭がつきそうだ。

 窓が小さいため、あまり陽が射し込まず、午前中だというのに暗い。光玉がなければほとんど何も見えないだろう。

 床や木箱や家具の上には埃が積もり、あちこちに蜘蛛の巣が張っている。部屋の奥には寝台が置かれていたが、それも埃を被っていた。拭いたり洗濯したりしなければ、とてもではないけれど使えそうにない。

 部屋と言うより、何年も放置された物置。先日辞めたというメイドは、ここを使っていたわけではないようだ。

 これだけ大きな屋敷なら、空き部屋くらい他にもあるはずなのに、夫人はわざわざこの部屋をエクルに宛てがった。エクルとしては、屋根裏だとか狭いことに関しては別に構わなかったが、これだけ汚い物置を説明の一つもなくそのまま人に使わせるのはどうなのかと思わずにいられなかった。

 でも、夫人が怖くて文句を言う気にはなれない。借金を背負うということは、こんなにも肩身の狭いことなのだろうか。

 昨晩泊まったサーチスワード邸の客間は言うまでもなく広々と豪華で、ふかふか過ぎる寝台が逆に眠りにくかったりもしたけれど――この屋根裏部屋との落差があまりにも大きい。

 けれど、風雨を凌げる場所が与えられるだけでも、感謝しなくてはならないのだろう。

 エクルはとりあえず背中の荷を降ろし、寝台の脇に置いた。旅装からメイドの制服に着替えながら、自分が陥ってしまった状況を思う。

 ほんと……変なことになっちゃったなぁ……

 魔族から世界を救う――そのために旅立ったはずなのに。

 考えると、納得できない思いが次から次へと湧いてきた。

 でも、こうなったからには、しばらくはメイドとしてやっていくしかない。早く借金を返して、旅を続けられるように頑張らないと。

 着替えが済むと、エクルはすぐ下に向かった。本当は、仕事の前にまず屋根裏部屋の掃除をしたかったのだけれど、そんなの夫人が認めるはずがない。それは休憩の時間にでもすることにして、夫人の元へと急いだ。

 

 

 エクルはルートホール夫人から、最初の仕事として応接室の掃除を命じられた。一階の大広間の横にあるその部屋は、掃除の必要などないほど綺麗に見え、それならやはり屋根裏の片付けをさせてもらいたい、と思ったけれど、口には出さなかった。

 初めてのことなので、先輩メイドのルッカに指導してもらうことになった。

「……窓とテーブル拭いて、床掃いて雑巾掛けする……花瓶の水はさっきアタシが換えた」

 ルッカは無表情で淡々と説明し、

「普通にやればいい……じゃ、アタシは廊下の掃除に行くから」

言い終わるか言い終わらないかの間に、背中を向けてさっさと応接室から出て行ってしまった。

 それを指導と呼ぶには投げ遣り過ぎる気がしたけれど、エクルはとにかく言われた仕事に取り掛かった。

 メイドになった経緯にはどうしても疑問や不満が残るものの、働くからには一生懸命やろう。

 一見綺麗に見えても、細かな埃や汚れはあるものだ。エクルは一つ一つの作業を丁寧に行い、部屋の汚れを落とし、テーブルやソファーの位置を整えた。

「これでよし、っと」

 達成感を覚えつつ、廊下に出て左右を見回す。誰もいない。

 ルッカは廊下を掃除すると言っていたけれど、一階ではないらしい。次に何をすればいいかもわからないし、エクルはルッカを探しに行った。

「ルッカさーん、応接室のお掃除終わりましたー」

 エクルは二階の廊下でやっとルッカを見つけ、声を掛けた。

「……早かったな」

「でも、ちゃんとキレイになりましたよ」

 無表情で感想を述べるルッカを連れて、エクルは一階に戻り、応接室の扉を開いた。

 ――え!?

 エクルは我が目を疑った。

 台座の上に置かれていた花瓶が何故か床の上で倒れており、水浸しになった上に切り花が散らばっていた。整えたはずのテーブルやソファーが、位置もバラバラにひっくり返ってしまっている。

「な、何これ!? どーなってんの!?」

 慌てるエクルに、

「……それはアタシが訊きたいけど……」

とルッカ。無表情のまま……いや、エクルを睨んでいる。

「どうでもいいけどマジメにやんな。でないとアタシまで夫人に怒られる」

「す、すみません……」

 どうしてこうなったか訳がわからないながら、ルッカの迫力に負けて謝ってしまった。

「じゃ、さっさと片付けな」

「はっ、はい。すぐに――」

 エクルは慌てて動こうとしたが、床にこぼれた水で滑り、転んでしまった。

 ルッカは身を起こそうとするエクルにさっと背を向けて、廊下へと戻りながら言う。

「アンタ、トロそうだけどくれぐれもアタシに迷惑掛けないように」

「……」

 返す言葉はなかった。

 それにしても、ちゃんと掃除したはずなのに、どうして……?

 

 

 応接室の片付けに追われるエクレシアを影から見ながら、ステラはにやりと嗤った。

 隣には、ステラが目を掛けているリタもいる。

「……とってもイジメ甲斐がありそう。楽しみですわ」

「そうですね、ステラお嬢様」

 そう、エクレシアがルッカを呼びに行っている間に、ステラとリタが応接室を荒らしたのだ。

 けれどこんなのはまだ、ほんのご挨拶だ。

 覚悟なさい、エクレシア……じっくりと追い詰めてやりますわ。

 

 *

 

 サーチスワードの町では、町の中心にある領主の館から七本の大通りが放射状に伸びているという。アミス通りがプロッツ門へと繋がっているように、七本の大通りはそれぞれ、七つある市門へと続いているそうだ。

 アルファはアミス通りから時計回りに一本隣の大通り、サーチスワード邸からほぼ真東に伸びる『ノター通り』へとやってきた。

 アミス通りではとんだ災難に見舞われたから、場所を変えたかったのだ。

 あの泥棒野郎を捕まえて金を取り戻せるならそれが一番だが……

 奴はフードを被っていたため、アルファはその顔さえわからない。わかるのは性別と声だけ。いつまでもあの灰色ローブを着たまま町をうろついているはずがないし……あれを脱がれてしまえば、例え街中で奴とすれ違うことがあったとしても、アルファは気がつくこともできないだろう。ただでさえ人口が膨大な町だし、探して捕まえるなんて、現実的にはほぼ不可能だ。

 とにかく仕事を探そうと、アルファはノター通り沿いの商店を当たり、働かせてほしいと頼んだ。

 しかし、どの店も取り合ってはくれなかった。

 人手は足りているとか、アルファの身なりを一目見ただけで、この店とは釣り合わないとか……

 立派な商店ばかりのここいらは、店主も客も貴族が多いようだった。

 アルファは大通りを、領主の館から遠ざかる方向へと進んだ。

 このノター通りにもやはり水路が横切っており、そこに掛かる橋を越えると、庶民の世界が広がった。

 アルファは求人の張り紙がある店を見つけ飛びつこうとしたが、よく読めば、日当が六百リルしかなかったので思い止まった。

 他にもいくつかの店で求人が出ていたが、どれもパッとしない。仕事の内容はそれぞれ接客だったり調理だったり違いがあるのだが、いずれも賃金にそれほど大きな差はなかった。

 それが相場らしいのはわかったけれど、一日六百リルの稼ぎでは、休みなく働いたとしても五万リル得るのに三ヵ月近く掛かる計算だ。そこから自分の生活費を差し引いたら、もっと長く掛かる。アルファは気が遠くなった。

 ……そう言えば、エクルのメイドとしての労賃はどのくらいなのだろう。ちゃんと確認しておけば良かった。でもあの夫人のことだ。あまり期待しないほうがいいかもしれない。さすがにただ働きではない――と信じたいが、自分一人で五万リル稼ぐつもりでいたほうが間違いないだろう。

 とにかく、つらい仕事でもいいから、もっと手っ取り早く稼げる所はないだろうか。

 ……何か金になる仕事があったとしても、アルファにその適性がなければ雇ってもらえないだろうが、とりあえずそれは考えずに探す。

 右を見、左を見しながらアルファが通りを歩いていると。

 リィーン……リィーン……リィーン……

 不意に鐘の音が響いた。すぐ近くでだ。

 見れば、道沿いに時計塔があった。

 小さな町や村には、時計を有する建築物は一つしかないことが多く、それも、公的な建物であるのが普通だが、広いサーチスワードの町には、いろんな場所にあるらしい。騎士団本部の時計塔他、アルファがこの町で時計を見るのはこれで四箇所目だ。

 文字盤を見ると、長い針と短い針が一番上で重なっている。正午だ。

 十二回目の鐘と同時に、アルファの腹の虫も鳴った。時刻を意識した途端、空腹が気になりだした。

 通りの食堂から肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきたが……店で食事をとるような余裕はない。

 アルファは荷物の中から朝買ったパンを取り出し、大通りを歩きつつ食べた。落ち着かないが、この町では、通りで買った食べ物をそのまま歩きながら食す人々がたくさん目につく。細切りにして揚げたジャガイモだったり、串に刺した腸詰だったり、動きながらでも食べやすい形状の物に限るようだが、アルファがパンを食べて歩いていようと、周りの誰も気にする様子はなかった。早く仕事を探さなければならない身としては、時間が節約できてありがたい。

 水筒の水でパンを胃袋に流し込み、アルファはさっさと昼食を済ませた。

 引き続きノター通りを東に進んでいくと、雑踏の中、特に騒がしい場所があった。人だかりができている、とまではいかないが、道行く人々は皆、とある店の方向を見ながら歩いている。

 アルファも気に掛かり、そちらに近づいてみた。

 それは雑貨類を扱う商店のようだが――人々が注目しているのはどうやら店ではなく、店の前にいる者たちだ。

「や、やめてください……!」

 若い男たちが、少女の手首を掴んで無理矢理引っ張っていた。

「いいだろ? 堅いこと言うなよ」

「俺たちとちょっと付き合ってくれって」

 あれは――

 アルファは男たちに見覚えがあった。

 装飾品をジャラジャラくっつけた三人組。忘れるはずもない。ほんの数時間前、アミス通りでエクルに絡んでいた少年たちだ。

「さっき逃がした魚はでっかかったけど、こっちもかなりの上玉だな」

「そーだな。俺的には、こののほーが好みだぜ」

「離してください……!」

 少女は泣きそうな声を出しながら、掴まれた手首を振りほどこうと必死に抵抗している。

 あいつら、また――

「やめろ! 嫌がってるだろ!」

 アルファは頭に血が上り、三人組の前に進み出た。少年たちは一斉にこちらを見、目を見開く。

「お前さっきの……!?」

「またかよ!」

「連れの女はどうした!?」

 それは禁句だ。アルファはますます苛立ち、

「うるさい!!」

大声で質問を一蹴する。

 ほっとけ! エクルは人質に取られたんだ……!

「ちっ、これ以上邪魔されてたまるか!」

「やっちまえ!!」

 少年たちは少女から離れ、三人がかりでアルファに殴り掛かってきた。

 アルファは一人目のこぶしをしゃがんでかわし、足払いを掛ける。倒れた一人目に間抜けな二人目が足を引っ掛け、勝手に転倒するのを見ながらアルファは素早く立ち上がり、そこに突っ込んできた三人目の腕を取り、背負って投げた。もちろん怪我をさせぬよう手加減して。

「……ってぇ……」

「クソ、俺たちはこれくらいじゃまだ――」

「ちょっ、待て、そいつ剣持ってるぞ!」

 三人組は起き上がりながら、アルファの腰に剣が下がっていることにようやく気づいたらしい。

 ……別にアルファは、丸腰の人間相手に、それもこんな人の溢れた街中で剣を抜く気はないが。

「やべぇ、ずらかれ……!」

「覚えてろよ……!」

 三人組はほうほうの体で逃げ出した。いつの間にか集まった野次馬たちから、拍手が巻き起こった。

「いやー、兄ちゃんやるなぁ」

「スカっとしたよ」

「まったく、ろくでもない連中だな」

 人々は好きに物を言い、また往来に戻っていく。

 さて、仕事を探さないと。

 アルファが歩き出そうとしたところ、

「あ、あの……!」

呼び止める声があった。

 振り返ると、先ほどあの三人組に捕まっていた少女だ。

「あの……助けてくださって、ありがとうございました」

 アルファと同じ年頃に見えるが、丁寧語で話し掛けられたので反射的に丁寧語で返す。

「大したことはしてないです」

 言いながらアルファは、その少女につい目を奪われた。

 いかにも女の子らしい、花の刺繍が入った白い上衣に、淡いピンクの長いスカート。腰まで届く、絹のようにしなやかな黒髪。蒼玉サファイアのように煌く、大きな青い瞳。雪のように白い肌に頬だけ微かに赤みを帯びて、とても可愛らしかった。

「わたし、ソフィア=フロリドと申します。……お名前は……?」

「え? アルファ=リライト……」

 名前を訊いてどうするのだろう。

「アルファさん……ですか。あの、お礼に一緒にお食事でも……」

 少女はますます頬を赤くし、恥らうようにしながら言った。

 ……きっと、少女は人見知りか何かなのに、アルファに恩義を感じて無理に礼をしようとしているのだろう。

「大丈夫です。昼食なら食べたばっかりだし」

 アルファは少女に言って、立ち去ろうとした。早く仕事を探さないと――

 その時。

 アルファは後方から殺気を感じ、振り返ると同時に素早く剣を抜いた。

 軽装鎧を纏った女が、剣を手にアルファに向かってくる。そして次の瞬間、思いっきり斬り掛かってきた。

「な、何なんだ……!?」

 アルファは度肝を抜かれた。通行人たちからも悲鳴が上がる。女の剣を受け止めるのはアルファにとっては造作もなかったが、何故見知らぬ人間からいきなり襲撃されなければならないのか。

 二十歳くらいの、見るからに勇ましく、気の強そうな顔をしたその女は、銀の短髪を振り乱しながら再度アルファに斬り掛かってくる。

「ソフィアお嬢様に近づくとは不届き者め……!!」

 ソフィア……お嬢様?

 一体何の話――

「ベラ……! やめてください……!」

 黒髪の少女が女剣士に叫んだ。

 アルファは斬撃をかわしながら、状況に思考を巡らせる。

 どうやら、アルファが助けた少女が『ソフィアお嬢様』で、女剣士『ベラ』と知り合いらしくて――

「待った、たぶん何か勘違いして――」

「問答無用っ!」

 アルファは誤解を解こうとするも、ベラは聞く耳持たずに剣を繰り出してくる。人間相手に街中で剣を振るうなんて非常識――とアルファは思っていたが、そんな人間がここにいたのだ。

 次々に襲いくるベラの剣を、アルファはひたすら自分の剣で受ける。流れるような彼女の剣。それは一朝一夕に身につけられるものではない。おそらく長年の鍛錬によって培われたものだろう。

 ――だがアルファが防戦一方なのは、その剣に翻弄されているからではない。その剣を正確にさばくことに、何の無理もない。はっきり言って、彼女はアルファの敵ではなかった。ただ――あちらから襲い掛かってきたとは言え、女相手に剣を向けるのが忍びないのだ。

 だが、アルファに剣を軽くあしらわれ、顔に焦燥を露わにしながら呼吸もひどく荒くしている彼女を見ると、気の毒になった。これだとたぶん、いたぶっているのとさほど変わらない。

 おまけに、再び周囲には人が集まり、すっかり見せ物になっている。早く終わらせよう。

 アルファはベラの剣を受けた瞬間、手首を返して剣をうねらせ、ベラの剣を絡めた。

 ベラの剣は彼女の手を離れ、アルファの足元に落下した。武器を奪われたベラは後ろに跳んでアルファと距離を取り――呼吸を乱したまま、口惜しそうに呟いた。

「こ……こんな子供に負けるなんて……」

 ……子供?

 その言葉にアルファはカチンときた。

 ルナリル王国では十八歳以上が成人とされる。ソーラレア族であれ、ルナリルに属しているからにはルナリルの法に従うのであり、その観点からすれば、現在十六歳のアルファは当然まだ『子供』なのだが……やはりおもしろくない。

 そこへ、黒髪の少女――ソフィアが歩み寄ってきた。

「お強いんですね、アルファさん……これでもベラはなかなかの腕なのですが」

 頬を染めたままじーっとアルファを見つめたかと思うと、我に返ったような顔をした。

「わたしったら、つい夢中で観戦してしまって……!」

 そして女剣士に向き直り、叱責した。

「ベラ! この方はわたしを助けてくださった恩人です。お詫びして」

「……すみませんでした……」

 ベラはアルファに謝罪した。が、かなり不服そうな表情をしている。子供呼ばわりされたこともありアルファは余計に気分が悪かったが、怒っても仕方ないだろう。

 野次馬たちも安心した様子で散らばっていった。ベラは石畳に落ちた自分の剣を拾って鞘に収め、ソフィアに尋ねた。

「ところでお嬢様、私に黙ってお出掛けになるとは……どうしてこのような場所に――? それにそんな服装で……」

「ごめんなさいベラ。どんなものが、どれくらいの値段で売られているか、調査に来たんです。お客様は貴族だけではないし、いろいろなお店を見てみたくて。……それに、ここにドレスで来たら目立ってしまうでしょう?」

 咎めるような表情だったベラは、優しく微笑んだ。

「……お嬢様は相変わらず勉強熱心でいらっしゃいますね」

 何の話かよくわからないが、アルファには関係ない。今度こそ本当に仕事を探しに行こう。

「それじゃ、オレはこれで――」

「あ、待ってください……!」

 アルファはまたソフィアに呼び止められた。

「そ、その……お礼もまだなのに……」

と、ソフィアはモジモジしながら俯き気味に言う。

「いや、ほんと大したことしてないので」

「でもこれでお別れなんて――そうだ」

 ソフィアは急に顔を上げ、表情を輝かせた。

「アルファさん、もし良かったら、隊商の護衛をしていただけませんか?」

「え? 護衛……?」

 隊商とは確か、商人たちが隊列を組んで大量の商品を輸送することだ。盗賊や魔族から人と荷物を守るため、隊商には護衛が付き物なのだが……

「ソフィアお嬢様! そのようなことはお嬢様がお決めになることでは――」

 たしなめるように言うベラに、ソフィアはこくりと頷く。

「わかっています。わたしからお父様にお話します。でも、お父様ならきっと、これほどの剣士様との取引を逃したりはしません」

 そして、ソフィアはアルファにこう持ち掛けてきた。

「どうでしょう、アルファさん。ひと月半前後のお仕事になるかと思いますが、報酬は弾みますので」

「報酬!?」

 アルファはつい、過剰に反応してしまった。仕事と金は喉から手が出るほど欲しいのだ。これも何かの縁だろう。アルファはソフィアの話を詳しく聞くことにした。

 

 

 

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